36、カードックの町
半日歩くと、ラルフは前方を指さして言った。
「あの峠を越えるとカードックの町さ」
一行が峠に登ると、眼下に昔鉱山で栄えた町が広がっていた。
そこは山に囲まれたまるい土地で、まるで地面が陥没したかのように周囲から隠れるように存在していた。
普通の町のように見えた。城のようなものはない。役所のような建物も見当たらなかった。
ユリトスたちはその町に下って行った。
一行は町に降りた。しかし、人の姿が見当たらなかった。
家々には人の住んでいる様子がうかがわれる。
彼らは町の中を歩いた。誰ともすれ違わない。
「おかしい。人の気配は家の中にするのに、誰も出てこない。まるで何かに怯えているようだ」
そのとき、ある家の戸を少し開け、女の声がユリトスを呼んだ。
「ユリトス!そこにいると危険だよ」
それはラーニャだった。
「なんだ?おまえは、カードックの町に来て、カース王を奪うのではなかったのか?」
「そのカース王が、鉄仮面たちに狙われてるんだ」
「どういうことだ?奴らは賞金稼ぎだろう?」
「いや、賞金稼ぎどころじゃない。奴らは百人以上の騎馬隊だぞ」
「なんだって?私たちのところに来たときは三十人程度だったぞ」
「とにかく、こっちに隠れたほうがいいぞ」
ラーニャはそう言うが、ユリトスは彼女を信じない。前科があるからだ。
しかし、五味と九頭はもうラーニャのほうに久しぶりに括れが見られると歩いて行ってしまった。しかたなくユリトスたちもそちらへ向かい、ラーニャたちが隠れる民家に入った。
ユリトスは民家に入ると、ラーニャ一味ではなくその家の住人に質問した。
「カードックに会いたい。どこにいるか教えてくれ」
質問を受けた中年の女は笑っていた。
「あんた、カードックを人だと思っているのかい?」
その言葉に五味と九頭は怯えた。
「人じゃない?じゃあ、モンスターだ。カードックはモンスターだ。そいつの餌として、加須は攫われたんだ。宿屋の娘のエビリアさんも食べられたんだ。やっべぇ、ホントにRPGみたいになってきた。リアルに怖いぞ、この展開は」
九頭は勇気を出して女に質問した。
「カース王はどうなっちまったんだ?」
「ああ、あの人質ね。今頃はカードックに捧げられて、広場の十字架に架けられていると思うよ」
「十字架?カードックに捧げられる?」
五味は凶悪なモンスターに加須が食べられる様を想像して青くなった。
ユリトスは動き出した。
「広場に行こう」
すると女は止めた。
「行かないほうがいい。あそこは鉄仮面をやっつける罠だからだ」
「なに?罠?」
すると、その女の夫が出て来た。
「おい、おまえ、なにを部外者に話している。バカ者が」
夫はユリトスたちを見て怖い顔で言った。
「あんたらは何者だ?なぜここに入った?」
ラーニャが言った。
「あたしが招いたんだ」
「ラーニャ、おまえも部外者だったはずだ。だが、ここに永住する覚悟があるというから、入れてやったんだ。まだこの町の掟を知らないくせに出しゃばるな」
ユリトスは訊いた。
「永住?」
夫は言う。
「あんたらには永住するつもりはあるまい。出て行け。おまえらも鉄仮面どもと同じだ。カース王の身柄が欲しいのだろう?」
「そうだといけないのか?」
「貴様、よくもそんなことが言えるな」
夫は剣を抜いた。しかし、ユリトスの剣がそれを叩き落とすほうが速かった。
「貴様、何者だ?」
「名は名乗らん。ここではその方が良さそうだ」
すると、ラーニャは言った。
「ユリトス、こっちの裏庭から、路地を抜ければ、広場の見える家の裏庭に出るよ。その家にエビリアという女性がいるからその名を呼んで入れてもらうといいよ」
夫は怒った。
「ラーニャ、貴様、裏切るのか?」
ラーニャは夫に言う。
「この人は剣豪ユリトスだ。鉄仮面たちとは違う。この町の人間の敵になるとは思えない」
「ユリトス?名前だけは聞いたことがある。この人が・・・」
ユリトスは夫に訊いた。
「ご主人、この際だから聞くが、カードックとは何者なんだ?鉄仮面とは何者なんだ?」
「鉄仮面はこの町を滅ぼそうとする、ロンガの非政府組織だ。裏では政府とつるんでいるという話だ。だから、あんな仮面をつけているんだ」
するとユリトスはラレンの姿をしているナナシスに訊いた。
「おい、知っているか?元カース王」
ナナシスは答えた。
「知らない。俺が王座にあってもそんな話は耳に入らなかった」
夫は首を傾げた。
「王座にあった?あんた誰だ?」
ナナシスは笑った。
「賞金稼ぎアトリフ五人衆のひとりラレンだよ」
「なに?ラレン?・・・そうか、やっぱり、カース王を取返し賞金が欲しいのだな?」
ユリトスは言う。
「おまえたちも賞金というか身代金が欲しくてカース王を攫ったのではないのか?それとも何か他に目的があったのではないか?」
ユリトスは今度は夫の首元にサーベルの先を向けて脅して言った。
「うう、俺を殺すのか?」
「素直に話せば殺さない」
「じゃあ、言うが、俺たちの鉱山は鉱物が取れなくなったために廃れたのではない。苦労して取った金や銀や銅などを政府が不当に安く買うのが嫌で、労働者が町から離れていくようになった。労働者が離れれば採掘は無理だ。だから、山賊になった。その首領がカードックだ」
「む、やっぱりカードックは人なのだな?」
「うむ、人は人だが架空の人だ」
「なに?」
「俺たちはあえてリーダーというものを作らないんだ」
「リーダーを作らない?じゃあ、この町の代表者はいないのか?」
「いない」
「そうか、それで軍が調査してもカードックは見つからなかったわけか」
「そうだ」
「では、なんのためにカース王を攫った?」
「もちろん政府にこの鉱山を復活させるために、鉱物を高く買うようにさせて労働者を再び帰還させることを訴えるためさ。しかし、」
「しかし、なんだ?」
「今回、カース王を攫ったのは失敗だった。カース王は俺たちの訴えを聞いてくれる存在だ。つまり訴えを受ける立場だ。それなのに若い衆がロンガに潜り込んでいたときに、まさにそこに立っているこのラレンがカース王の身柄が欲しくないかと持ち寄ったらしい。若い衆はチャンスと思ったのだろう。そのままカース王をこの町まで連れて来てしまった。政府は俺たちを許さないだろう。だから、せめて、カース王を殺し、我々の怒りを見せつけてやろうと・・・」
するとジイが言った。
「バカ者。王を殺してなんとする。王に誠意を示してこそ、国民の要求は受けいれられるんですぞ」
夫はジイを見た。
「あんたは?」
「私はガンダリア王国ゴーミ王に仕える侍従長ジイだ」
「なんで、外国のそんなに偉い人がこんな町に?」
ジイは、「おっほん」と咳払いをして言った。
「諸国漫遊の途中なのです」
夫は言った。
「しかし、もう、カース国王は鉄仮面たちの前で殺される。鉄仮面たちを待ち受けているのは死の恐怖ではなく、カース国王を目の前で殺されるというショーを見ることだ。奴ら政府の犬に王の最後を見せつけてやることだ。もちろん奴らも殺す。だが、全員は殺さない。たぶん矢の雨にあっても生き残る者がいるだろう。そいつが生き証人として俺たちの意地をロンガ王国の歴史に伝える役になるのだ」
五味は言った。
「そんなことをして、あんたらに得することはあるのか?」
「ない。ただ、俺たちの意地を王国に見せつけるのだ」
「俺はガンダリアの王ゴーミだ。そしてこっちにいるのはバトシアの王クーズ。俺たちはカース王と共に旅をしている仲間だ。カース王が生きて帰れたら、あんたたちを無罪にしてもらい鉱山をまた再開させてもらうようにしよう」
「え?あんたたちはガンダリアとバトシアの王?バカな?じゃあ、三国の王がこの町にいるのか?」
「そうだ。だから、今からでも遅くはない、カース王を殺すことを中止させるんだ」
五味はそう言った。夫は言った。
「わかった。広場に面した家々に弓矢を持った兵士を潜ませてある。彼らに作戦を中止させる。しかし、広場で大声で言ってもみんな信じてくれないだろう。みんな命がけでこの作戦に臨んでいる。広場に来た者は誰であろうと殺すことになっている。俺は仲間と手分けして作戦の中止を家々に告げて回るよ」
ユリトスは言った。
「それでみんな納得するのか?」
「俺たちにリーダーはいないんだ」
「なるほど、よし、私たちは裏庭を通り広場の近くまで行こう。その家にエビリアという女性がいるのだろう?」
五味と九頭は王として国のことを真面目に考えていた頭から一気にエビリアという女性がどんだけ美しいのかというほうに興味のベクトルが向かってしまった。五味と九頭は裏庭に出た。ユリトスたちもそれに続いた。




