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352、虹の男(レインボーマン)

翌朝、ジイが目を覚ますと、部屋にナナシスの姿がなかった。正確にはメザンヌの姿をしたナナシスがいなかった。そのことをチョロに言うと、チョロもナナシスの行方を知らないと言う。

ジイはユリトスに報告した。

そのとき、部屋の外の町の広場が騒がしくなっていた。

アラミスが窓から外を見ると、何者かが、十字架に架けられていた。その周りは人だかりだった。

人々は言った。

「メザンヌ、貴様が俺たちを絵に閉じ込めてくれたおかげで、俺たちの人生はメチャメチャになった」

「そうだ、百年も絵の中に閉じ込めやがって、家族と幸せな生活を過ごすはずができなくなっちまった。全部おまえのせいだ」

十字架上のメザンヌは小声で言った。

「俺はメザンヌじゃない。ナナシスだ。変身師ナナシスだ」

「さっきから、そう言っていて姿を変えているが、正体はメザンヌなのだろう?」

そう言ったのは三百年前に閉じ込められた裁判官だった。

「おまえは囚われたとき、たしかにメザンヌの姿をしていた。間違いない。おまえは意識を取り戻すと、自分はメザンヌではないと言い始め、変身師だと言う。そして、目の前の私に変身したり、目の前にいる他の者に変身したり、一向に正体を現さない。やはり、メザンヌに違いないだろう」

十字架の人物は小声で言う。

「違う、俺は変身師ナナシスだ。メザンヌではない」

「ならば、本物のメザンヌはどこにいる?この町の警察が捜索してもこの町にもホテルの焼け跡にもいないぞ」

その様子を宿の窓から見た五味と九頭と加須は「やばいぞ」と言って、宿の廊下を走り、階段を駆け下りて広場に出た。

ナナシスを名乗る人物は、残酷にもキリストのように手と足に釘を刺されて十字架に(はりつけ)にされていた。

「ナナシス?おまえなのか?」

人垣をかき分け、前に出た五味は言った。

十字架の者は両手両足の痛みに耐えて弱々しい声で言った。

「おお、ゴーミ王、助かった。俺の正体を教えてやってくれ」

五味は裁判官に言った。

「この男はナナシスという変身師だ。俺たちの仲間だ」

「その証拠は?それならばナナシスという男の姿を見せてみろ。そうすれば皆、納得するだろう。なにしろ、我々は三百年から二百年、百年とこいつの一族に絵に閉じ込められてきた。早くそいつの無様な死を見て、復讐を遂げて気分さっぱり新しい人生を始めたいのだ」

九頭は言った。

「あれが本物のメザンヌでなくともいいのか?」

「そうではないが、あれがニセモノである証拠がない」

加須は言った。

「あれは俺たちの仲間のナナシスだ。その証拠はある。ナナシス!俺の尻にはホクロがあるな。右側の尻か、左側の尻か?」

十字架上の人物は答えた。

「右側だ」

加須は裁判官に尻を見せた。たしかに右側にホクロがあった。

裁判官は言った。

「そんなもの証拠にならんわ。二分の一の確率で当たる問いではないか。よし、執行人、槍でメザンヌの脇を突いて殺せ」

十字架上の人物は言った。

「まて、俺はナナシスだ。メザンヌではない」

裁判官は言った。

「では、本当の姿を見せてみろ!」

十字架上の人物、いや、ここではもうナナシスと言ってもいいだろう、ナナシスは自分の本当の姿がわからなかった。

裁判官は笑った。

「それみろ、おまえはメザンヌだ。槍を構えろ!」

ナナシスの両側に槍を持った執行人がふたり立った。

ナナシスは小声で言う。

「俺は誰でもない。誰だ?俺は誰だ?ポーラン、ヤーザン、おまえたちならなんと言う。ヤーザンは死んだ友達の姿を借りた。それを本当の自分にした。ポーランは言った。『君は本当の自分の姿をどこかに見つけ、それに似せようとしていないか?』俺は常に誰かの姿を借りていた。俺は誰だ。俺は、俺は、変身師ナナシス。ナナシスを名乗る前は名前もなかった。ゴーミ王たちにナナシスと言う名前をもらった。旅の間、俺はいろいろな姿に変身してきた。でも、どんな姿をしていても俺はナナシスだった。俺の本当の姿?俺は変身して本当の姿がないのがこの俺だ。俺には本当の姿はない、それが本当の俺だ。俺なんだ」

「突け!」

執行人の二本の槍がナナシスの脇を刺した。

「俺は変身師、ナナシスだぁー!」

その叫びと共に、ナナシスの全身が閃光を発し、七色に輝いた。しかし、槍は容赦なく脇を刺した。ナナシスの全身は細くも太くも高くも低くもなった。色々な色で輝いていた。脇から流れる血さえ七色に輝いていた。周囲に集まった人々は何も言えなかった。

そこに人垣をかき分け現われたボッホは言った。

「レインボーマン。伝説の虹の男にようやく会えたぁ!」

ナナシスは死にそうな声で言った。

「レインボーマン。なんだ、それは?」

ボッホは言った。

「その男はすべての姿を体現する男だ。画家にとって最高のモデルだ。レインボーマン、それは人の姿そのもの。もちろん女にもなれる」

ナナシスは言った。

「だが、俺はもう死ぬ」

「私がおまえの絵を描く。十字架に架けられたレインボーマン。その絵をいったんスケッチブックに描いてそこにおまえを吸収する。それから、どこかの礼拝堂で祭壇画におまえを移動させる。十字架に架けられたレインボーマン。人々はその姿を拝むだろう」

「そんな神様みたいになりたくねえな」

ナナシスはぐったりした。

ボッホはスケッチブックと鉛筆を取り出して、虹の男ナナシスを描き始めた。

五味たちがナナシスを十字架から下ろそうとした。

ボッホは言った。

「待ってくれ、十字架に架かったままの姿を残したい」

九頭は言った。

「なに言ってんだ。じいさん。ナナシスはまだ生きているんだぜ?そんなあんたの趣味のためにナナシスを苦しいままにさせていいわけないだろう?」

ボッホは言った。

「絵画は趣味ではない。宗教だ」

加須は言った。

「宗教より大事なものがある」

ボッホは驚いて言った。

「それはなんだ?」

五味が答えた。

「命だ」


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