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336、マックとハギー

ユリトスたちはホテルに戻った。

食堂で遅い昼食を摂ることにした。

ローギャンも加わった。テーブルの端では、五味の足下に、ポエニがいて、餌の肉を(ついば)んでいた。

ラーニャは言った。

「ねえ、ゴーミ、あんたたち、あのコントが面白いと思ってやったの?」

九頭は答えた。

「面白いわけがないだろう?あれはたぶん文章で読めば面白い作品なんだ。演劇にしたらダメだ」

オーリは言った。

「でも、結局、あのチャップとリーンって本当にお笑いの学生だったの?」

それにはローギャンが答えた。

「うん、ふたりはお笑いの学生だ。そのうち、リーンの方は絵画のほうの学生でもあったみたいだ」

五味はポエニを見ながら言った。

「学生ってのも悪くないかもな」

加須は言った。

「五味は大学に行きたいの?」

五味は言う。

「ちょっと興味が沸いた。とくに芸術系の大学」

すると、黙っていたアリシアが泣き出した。

ラーニャは言った。

「アリシア。あなたは、才能あるわよ」

オーリも言った。

「大学に行けなくても歌手にはなれるわよ」

アリシアはまだ昨日のことを忘れられなかった。

「慰めてくれなくてもいいわ。あたしは歌手にはなれない」

加須は言った。

「アリシア、俺が昨日言ったことを忘れたのかよ。おまえは権威に認められなくても立派な歌手になれるって。第一、ドラゴンとかを呼び出したりするのは権威に認められてるとか関係なくすごいんだぜ?」

アリシアは鼻をこすって言った。

「加須、ありがとう。でも、やっぱり、本物の指導を受けたいわ」

加須は言う。

「あんなデブに指導されたら、アリシアの魅力は無くなるぜ?」

「そうかしら?」

「そうだよ」

オーリも言う。

「私は歌のことはよくわからないけど、加須の言ったとおりだと思う。歌は権威に認められることより、どれだけ多くの人の心を震わせられるかが大事だと思うわ」

ラーニャも言う。

「そうよ。あたしもそう思う。権威に認められてるけど心に響かない歌手よりは、権威に認められないけど心に響く歌手のほうがいいわ」

アリシアは言う。

「うん、でも、聞く耳のない一般大衆の支持を受けるか、それとも、少数者でも聞く耳を持つ優れた人々に指示されるか、その葛藤はあるわ」

九頭は言う。

「じゃあさ、両方を目指せばいいんじゃないかな?」

アリシアはきょとんとした目で九頭を見る。

九頭は言う。

「つまり、一般大衆にも指示されて、専門家からも高評価を受ける歌手。アリシアが目指したいのはこれだろ?」

アリシアは頷いた。

九頭は付け加えて言う。

「それに、聞く耳のない一般大衆なんているかなぁ?良い音楽は誰にでも平等に感動を与えると思うけど」

アリシアは言う。

「聞く耳を持つ者、小説を読む力のある者、絵を見抜く力のある者、どんな芸術にも玄人はいると思う。そうね、一般大衆にも受けて、玄人も唸らせることもできたら最強ね」

と、そのとき、突然、五味の足下が光った。

いや、五味の足下と言うより、ポエニが光った。

ポエニは近くの席にいた禿げたおじさんの描いたスケッチブックの中に吸収されてしまった。

「きひひ、やったぞ。ハギー、あとは頼んだ」

「あいよ、マック。ここから誰も出しやしないよ」

マックという禿げたおじさんはスケッチブックを抱えて外へ出ていった。アラミスたちが追いかけようとしたとき、ハギーという太ったおばさんは鞭を取り出して出入り口を塞いだ。

「ここを通りたければあたしを倒してからにしな」

ユリトスは言った。

「ポルトス、おまえが相手をしろ。殺さずにな」

ハギーは怒った。

「ムキー、(かん)に障る男だね。あんたから相手をしてやるよ」

ユリトスは言った。

「結構、弟子のポルトスが相手をする」

ポルトスは剣を抜いた。

「殺さずに倒す」

ハギーは怒って、ポルトスに鞭を振った。ポルトスは剣で受けた。

ハギーの鞭は剣に絡まった。

ポルトスは剣を奪われそうになった。しかし、ポルトスとて怪力の持ち主、負けなかった。

「この鞭、斬ってやる」

ポルトスは絡まる鞭を斬ろうとした。

しかし、ハギーはその鞭を緩め手元に戻した。

ポルトスはニヤリと笑って言った。

「やはり、斬られるのは嫌と見えるな」

「あたしの鞭は斬れないよ」

「やってみなければわかるまい」

ポルトスはハギーに斬りかかった。

ハギーは鞭を両手で持ち、ピンと張ってポルトスの一撃を受け止めた。

ポルトスは驚いた。

「なに?鞭で剣を受け止めるなんて」

ハギーは笑った。

「あたしの鞭には鎖が仕込まれているのさ」

ハギーとポルトスの動きが止まっている隙に、ハギーの後ろを通り抜ける者がいた。

ハギーはそちらを睨んだ。

「なにしてんだい?あんた?」

それは他の客だった。

「私は関係ない」

ハギーはポルトスに訊いた。

「本当だね?」

ポルトスはその客を見て言った。

「ああ、たしかに知らない」

五味たちもたしかに知らない客だった。

ハギーも一応、それはこの食堂に入ったときから観察していたので、五味の仲間にこの客がいないことはわかっていた。

「じゃあ、あんたは行きな」

ハギーはまたポルトスのほうを向き直った。

ハギーの背後でその客はハギーに変身した。

ポルトスは笑った。

「ナナシスめ」

「なに、笑ってんだい?」

「鞭で受け止めた状態でこれからどう動くんだ?俺は鞭が斬れるまで力を込めるぞ」

「ふん、こうするのさ」

ハギーはポルトスの股間を蹴った。

「くおっ!」

ポルトスは痛みに耐えかね後ろに下がった。

五味と九頭と加須はそんなポルトスを見て笑った。最低である。

その瞬間、ハギーはサーベルを抜いて、ポルトスの心臓めがけて突いてきた。

「勝負あったー!あたしの勝ちだー!」

が、

ポルトスはその剣を自分の剣で弾いた。

そして、そのままハギーの右肩にサーベルを刺した。

「ぐあっ」

ポルトスは言った。

「いくら太ったおばさんでも女だ。金的攻撃は無いと思ったが油断した。しかし、この程度の攻撃で俺がダウンすると思ったらあまいぞ」

そして、さらにハギーの左肩に剣を刺した。

「ぐうっ」

「これで、武器は振るえまい。さあ、おまえのボスのところへ案内しろ」


禿げたおじさんのマックは、スケッチブックを抱えて町の中を逃げた。

後ろから声が聞こえる。

「おーい、マックー」

マックは振り返った。

「あたしだよー」

「ハギー?もうあいつらを倒したのか?」

「そんなことより、獲物は大丈夫かい?」

「おお、この通りさ」

マックはスケッチブックを広げてポエニの絵を見せた。

「どれ、ちょっと、貸しなさいよ」

ハギーはスケッチブックをマックから取り上げた。

「おいおい、あまり乱暴に扱うなよ。兄貴に怒られる」

ハギーは突然、ポエニの絵を破り始めた。

「な、なにすんだ、ハギー!アホか!」

すると、ちぎられた紙からポエニが現われた。

ハギーは言った。

「ポエニ、あんたを盗もうとしたこのおじさんに火をつけておやり」

ポエニは口から火を吐いて、マックの尻に火をつけた。

マックは、「あちちちちち」と言いながら走り、ちょうど近くにあった広場の噴水に飛び込んだ。

「ふうぅー、助かった。あ、そうだ、ハギーとフェニックスは?」

マックが噴水の中から広場を見渡しても彼女らの姿はなかった。


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