332、ボッホのアトリエ
ユリトスたちはローギャンの案内により、湖の畔の森の中の道を歩いていた。
穏やかな夏の日である。
木陰は涼しく、時折、湖からサーッっと湖面を舐めるように風が吹いてきて、湖岸の森の木々を揺らす。
その森の中に、大きな二階建ての家があった。
丸太作りで、どこかの別荘みたいな雰囲気だが、一階の、出入り口は非常に大きかった。
大きな絵を出し入れするためと思われた。
ローギャンは言う。
「ここがボッホ先生のアトリエ兼住居です。出入り口が大きいのは大きな絵を出し入れするためらしいけど、僕は先生がこのアトリエでそんなに大きな絵を描いていたのを見たことはありません。先生は大きな絵を描くときは芸術学校のアトリエか、依頼主の現場で描くようです。では入りましょう」
ローギャンは鍵を取り出し、アトリエの出入り口を開けた。
中に入ると、そこには所狭しと描きかけの絵や完成した絵が並んでいた。
そこに、休憩用の椅子とテーブルがあった。そのテーブルの上に紙が置いてあった。
ローギャンはそれを手に取って読んだ。
「ローギャン君、私はドラゴンの絵を描くために西の方へ旅に出るよ。あとはよろしく。ボッホ」
ユリトスは言った。
「西か。やはり、西の方にはドラゴンがたくさんいるのだな?」
ローギャンは言った。
「まさか、先生は聖域までいくつもりでは・・・」
オーリは訊いた。
「ボッホさんはドラゴンを絵の中に閉じ込められるのですよね?」
「はい」
「もしかして、ドラゴンの絵を描きに西へ行ったのなら、ドラゴンを絵の中に閉じ込めようと考えているのかしら?」
ローギャンは答えた。
「先生は、芸術家です。純粋にドラゴンを描きたいのではないでしょうか?」
ラーニャは訊いた。
「フェニックスはあの絵の中だけにいるのか?」
「わかりません。先生の魔法は僕にはまだ理解できません」
ユリトスは言った。
「とにかく決まりだな。ローギャン君、我々と旅をしてくれぬか?ボッホ画伯に会うまでだが」
「え?」
チョロが言った。
「大丈夫、カネの心配ならいらない。この大泥棒チョロがいるからね。美味しいものを食べさせてあげられるよ」
その言葉に貧乏画学生ローギャンは即答した。
「行きます」




