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313、フェニックスの卵

五味が祭壇画のフェニックスに飲み込まれたのを見て、九頭と加須は言葉を発せないでいた。

しかし、しばらくして九頭は言った。

「おい、加須、ユリトスさんたちを呼んで来いよ」

「う、うん、わかった」

するとホテルマンが言った。

「待ちなさい。単独行動はいけません」

「え?じゃあどうするんだよ?」

「ホテルに戻るならば私を含め三人で移動しましょう」

こうして、九頭と加須とホテルマンの三人は礼拝堂を出てホテルに戻った。

「ユリトスさん、大変だ。五味が、ゴーミ王が礼拝堂の祭壇画のフェニックスに飲み込まれた」

「なんだって?」

ユリトスたちはラクルスとレヨンとチョロを除いて、全員礼拝堂へ移動した。

すると、祭壇画前に大きな卵が立っていた。

白い、子供の身長ほどもある卵だ。

「こ、これは?」

九頭はそれ以上言えなかった。

すると、祭壇の横にいた神官が言った。

「先ほど、祭壇画のフェニックスが産みました」

「ええ?」

九頭たちは驚いたが、卵は沈黙していた。

加須は言う。

「この中に五味が入っているのか?」

九頭は言う。

「まあ、そうとしか考えられないよな」

ユリトスは言う。

「本当に、祭壇画のフェニックスに飲み込まれたのか?」

九頭は言う。

「間違いない。俺たちの目の前で、この巨大な祭壇画から、火の鳥の長い首が出てきて、五味を頭から丸呑みにしたんだ」

一同は巨大な祭壇画を見上げた。

絵の中では、燃えさかる巣から、火の鳥フェニックスが夜の空へ飛翔しようと翼を広げている。長い首を伸ばして天を見ている。しかし、それは絵に過ぎない。動くことのない絵だ。

ジイは神官に訊いた。

「こういうことはよくあるのですか?」

神官は答えた。

「私は見るのは初めてですが、古文書にそのような記録は残されています」

アラミスは訊く。

「絵に飲み込まれた少年は絵から出てきた卵から生まれ出るのか?」

「はい」

神官は答える。

「そして、卵から出て生まれ変わったその人は魔法を使えるようになります」

「え?」

九頭と加須は驚いた。

「具体的にどんな魔法なんです?」

「炎を操る魔法です。まあ、どれだけフェニックスから魔法力をいただくかで、その力には違いが出るようですが」

九頭と加須は思った。

「五味が魔法使いになる?」

「いよいよ、RPGになってきたな」

「ってことは、俺たちも魔法使いになれる可能性があるってことか?」

「いよいよRPGだ」

ユリトスは訊いた。

「生まれ変わるとはどういうことでしょう?」

神官は答えた。

「飲み込まれたのが魔法の使えない者だとしたら、生まれ変わると魔法が使えるようになっている。そういうことです」

「それは誰でも飲み込まれて、卵として生まれればそうなるのですか?」

ユリトスが訊くと神官は答えた。

「ドラゴンの血が必要です。魔法使いには多かれ少なかれドラゴンの血が流れています」

「え?」

一同は驚いた。

「じゃあ、ナナシスやポーランもあるいは回復魔法の使えるオーリもドラゴンの血が流れているのか?」

神官は言った。

「ほう、あなた方のメンバーには魔法使いがいるのですか?」

「はい」

「魔法使いにはドラゴンの血が流れています。ドラゴンの雄と交わった人間の女あるいは人間の男と交わったドラゴンの雌、それから生まれたのはドラゴンの血を受け継いだ者です。だからドラゴンのいるドラゴニアには魔法使いが多いのです」

ユリトスは訊く。

「じゃあ、訊くが、ロガバ三国の王はドラゴンの血が流れているからドラゴンに願いを叶えてもらえるという伝説は間違いなのか?」

神官は眼を閉じた。そして再び開いて言った。

「すみません、私にはその知識はありません。しかし、もしそれが本当ならば、ロガバ三国の王の祖先であるドラゴンか、またその系譜を引くドラゴンが願いを叶えてくれるドラゴンなのかもしれません」

九頭は訊いた。

「そのドラゴンはフェニックスなんですか?」

神官は困った。

「それは私にはわかりません」

神官は少し黙ってから言った。

「しかし、私には心配があります」

「なんです?」

「この町チェンジでは、変身は違法です。厳しく罰せられます。つまり、身分の違う者になることが禁止されているのです。それなのに、ここにフェニックスの卵が現れた。中の少年は生まれ変わって出てきます。生まれ変わりを変身とみれば死刑です」

アトスは言った。

「しかし、古文書にはこういう例はあったのだろう?皆、死刑になったのか?」

「いいえ、古文書にはそのような記述はありません。第一、変身が死刑になったのは、デブチ家が管理者になったごく最近です」

ラーニャは言った。

「じゃあ、デブチ家を倒せば、ゴーミは死刑にならないんだな?」

オーリは驚いてラーニャを見た。

「あなた、何を言い出すの」

ラーニャは言う。

「この町の人は青シャツとか白シャツとか、化粧はいけないとか、バカみたいな決まりに縛り付けられている。あたしはこの町の人たちを自由にしてあげたい」

ホテルマンは慌てた。

「ちょっと、お嬢さん、その言葉、撤回してください」

ラーニャは言う。

「撤回って何よ?一度言った言葉はもう取り戻せないのよ」

そのとき、神官が礼拝堂の出口に向かって走り出した。

「大変だー。革命の分子だー!旅人は革命の分子だったー!」

ユリトスは言った。

「ポルトス、その神官を取り押さえろ!」

ポルトスは神官をラグビーのタックルみたいにして床に倒した。

ユリトスは礼拝堂の内部を見回した。

「他に神官はいないか?聞いていた者はいないか?」

すると側廊のドアから人が出て行くのが見えた。

「アラミス、あいつを捕まえろ!」

アラミスはそちらに走って行った。

側廊のドアを開けると、そこには誰もいなかった。

「先生!ダメです!逃げられました!」

ユリトスは言った。

「逃げるぞ!」

アリシアは言った。

「どこへ?」

「西だっ!」

ユリトスが言った言葉に加須は言った。

「この卵のゴーミはどうするの?」

「む?」

とても人が持てるような大きさではない。それを持って逃げるなどなおさら出来ない。

ユリトスは決断しなければならなかった。

五味を捨てていくか、それとも残って戦うか。この町に軍隊がいるか知らないが、恐らく多勢に無勢だろう。決めた。

「逃げるぞ!」

ラーニャは言った。

「ゴーミを置いてか?」

「そうだ」

「見捨てるのか?」

「見捨てない。とにかくこの場から退散だ。ゴーミ王はまた改めて助けに来よう」

「そんなことが出来るの?」

「わからない」

そのとき歌声が、礼拝堂内に響き渡った。美しいソプラノだった。

それはアリシアだった。

「わたしが~、トイレで~、放尿、してるとき~、便器の~、中から~、国王陛下~、ふたり現れた~、それが~、冒険の始まり~」

アリシアは歌うのを止めて言った。

「あたしは残るわ。そして歌う。歌の力でなんとかしてみたい」

ラーニャも言った。

「あたしも残る。ゴーミ王を捨てては行けない」

オーリは反対した。

「アリシア、歌で解決できると思うの?」

ユリトスはオーリの肩に手を置いて言った。

「ここは残る者と逃げる者を分けよう」

ジイは言った。

「ではわしは残る。わしは陛下の側を離れはせん」

ユリトスは言った。

「アトス、ポルトス、アラミス、そして、ポーラン、それにクーズ王、カース王、私とともに逃げるぞ。逃げてから作戦を考えよう」

ポーランは言った。

「策はあるぞ」

「なに?」

「ラクルスの召喚魔法だよ」

ユリトスは笑顔になった。

「それだ!」

すると、警官隊が、礼拝堂の正面のドアから入ってきた。

ユリトスは言った。

「ポーラン、あなたが鍵だ。変身魔法で逃げてくれ」

「わかった」

ポーランは祭壇の陰に隠れた。

アラミスは言った。

「先生、どうします?」

「私と三銃士で強行突破だ。あの左側廊のドアの人数を見ろ、あそこが弱い、あそこを攻めて外へ出るぞ」

アトスは言った。

「おとなしく、逮捕されて、ラクルスの召喚を待つのは?」

ユリトスはうっすら笑みを浮かべて言った。

「それでおまえは満足できるか?」

アトスは久しぶりにユリトスの顔に剣士のそれを見た。

ユリトスと三銃士の四人は抜刀し、左側廊出入り口の警官たちとぶつかって、剣を振り回し、混戦を抜けて外へ脱出した。もちろんユリトスは人を殺さなかった。アトスとポルトスとアラミスも先生にならいこのときは警官を殺さなかった。

その間に、ポーランは警官に変身し、悠然と外へ出た。

逃げたユリトスたちはホテルに走り、その厩で、自分たちの馬に乗って、町を出た。もちろん西側だ。そしてそのまま西の森の中の道を走り夕闇の中に消えていった。追っ手は町の外へは出なかった。

もちろん、ポーランはラクルスとレヨンの危険も考えた。自分たちはユリトスの一行の仲間なのだ。当然逮捕の手が伸びる。

ポーランはホテルの部屋で、ラクルスとレヨンに簡単に説明して、逃げる支度をした。そこへチョロが来た。

「逃げるんだろ?」

ポーランは答えた。

「おまえはどこにいた?」

「職場さ」

「ユリトスが聞いたら何と言うかな?」

「それより、逃げ道を教えてやるよ」

「助かる」

三人はチョロのあとについて、町の中を走った。チョロは北側の森の中に彼らを導いた。道もない、藪の中だった。隠れるならば好都合だった。もう夜は来ていた。

礼拝堂に残ったアリシアは美しいソプラノで歌を歌った。

九頭と加須とラーニャとオーリとジイは五味が入っていると思われる卵を囲むようにして立っていた。警官たちは彼らを取り囲んだが、アリシアの美声に緊迫した空気は弱められていた。警官たちは九頭たちを囲んだまま動かなかった。

そこへ、礼拝堂の正面入り口から太った煌びやかな服をまとった男が現れた。

「おお、何という美しい歌声だ」

警官は敬礼した。

「は、これは、デブチ・パリ様!」


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