31、ナナシス
ボルメス川はドラゴニアからロンガ、ガンダリア、バトシアへと流れ海に注いでいる大河である。その支流は数多くあるが、ロンガに多くある支流は、そのほとんどが山を削り渓谷を形成している。そこには多くの山賊が住み、ときどき、麓の村を襲ったり、旅人を襲撃したりして、金品や生活物資を手に入れている。そんな山賊の中でも大山賊と呼ばれるのが、カードックの一味である。いや一味と言うより軍団と言ったほうがいいかもしれない。ロンガ王国の軍隊はいつも手を焼いている。この国の北にはドラゴニアがあり魔法使いの侵入にも気をつけなければならないのに、山賊どもの存在は本当に迷惑なものだった。
カードックはどこにいるのか?ユリトスたちは村々で聞き込んだ。すると、東側の渓谷の奥に住処があるらしいとのことだった。
その渓谷に五味たち一行は歩いて向かった。
「ねえねえ、ナナシス」
と九頭は馴れ馴れしく新しく仲間に加わった魔法使いに摺り寄った。
「なんですか?」
九頭は声を潜めて言った。
「アリシアに変身できるか?目の前にいる人にしか変身できないんだろ?」
「できますけど、今、彼女に変身したらこの姿には戻れなくなってしまいます」
「う~ん、そうか、残念」
アリシアは九頭に詰め寄った。
「陛下、今、いやらしいこと言ってませんでした?」
「え?言ってないよ。ただ、ナナシスは誰にでも変身できるのかな~って思ってね」
「あたしに変身してなんとかって、言ってたような」
「あ、いや、異性にも変身できるのかな~なんてね」
「それがいやらしいって言うんですよ」
「いや、俺はそういう意味では」
そう言うと、五味はあからさまに言った。
「ズボンで隠れたアソコは、見ないと真似ようがないもんな」
アリシアは五味を睨んだ。
「ゴーミ陛下、この、どスケベ」
ユリトスたちは黙って歩いていた。
そのうち町に着いた。牧畜や農業で栄えている町のようだった。
その町の宿に入った。
「ごめんください」
ユリトスは誰もいない受付で言った。奥から男の声がした。
「はいはい。あ、どうもお客様ですか、これは珍しい」
「珍しいとはどういうわけですかな?」
ユリトスは訊いた。
「いえ、この辺りは奥に通じる鉱山で賑わっていましたが、山賊が多発する地域でもありまして、旅客がほとんどいなくなってしまったのです。うちも宿の看板は下ろそうかと思っていたような次第でして・・・」
「そうですか。では、宿泊させて頂こうかな」
「何名様でしょうか?」
ユリトスは後ろを見て数えた。
「九人です。そのうち女性がひとり」
「では四人部屋がふたつと、すみません女性の方は、うちの家族の部屋に寝て頂くことになってもよろしいでしょうか?部屋がふたつしかありませんので、すみません。あ、家族の部屋と言っても一階の空いている部屋でございます。昔、私の娘が寝ていた部屋です」
ユリトスはアリシアのほうを向いて言った。
「いいかな?アリシア」
「ええ、もちろんよ」
アリシアは笑った。
宿の食事は粗末なものだったが美味かった。そして夜、ユリトスとジイと五味と九頭が同じ部屋、ポルトス以下男性がもうひとつの部屋となった。
九頭は夜中起き出した。便所に行くためだ。すると、隣のポルトスたちの部屋のドアが開き、 スッと若い女の足が出て来た。
九頭は「お?」と思った。
足は裸だった。「おお?」
太ももが見えた。「おおお?」
下着姿の女性が現れた。アリシアだった。
アリシアは九頭に言った。
「ああん、ねえ、陛下、あたし、もう我慢できないの」
九頭は生唾をごっくんと飲み込んだ。顔はブスだが月明かりゆえにそれは問題なかった。月明かりに映える足の白さは絶品だった。
「な、なにが我慢できないんだい?」
「あたしね、ずっと、陛下のことが好きだったのよ」
「え?」
アリシアはスッと九頭に体を寄せて囁いた。
「抱いて」
もう九頭を止められる者は誰もいない。そのまま廊下で九頭はアリシアを床に倒した。そして、胸を触ったり、尻を触ったりした。そして、股間に手を伸ばした。すると、アリシアはその手を掴んで言った。
「そこはまだダメ」
そのじらしが、九頭を余計に興奮させた。もう九頭は夢中でアリシアの唇を吸った。そして、もう今度こそと思い自分の一物を相手の股に押し付けた。すると、相手の股間にないはずのものがあった。
「え?アリシア。君は男だったのか?いや、そんなはずはない、俺たちが初めて出会ったときトイレで・・・あ、もしかして、おまえ・・・」
「いひひひひ、そのもしかしてさ、俺はナナシス」
「なんのためにこんなことを」
「いや、なんのためでもないさ。あんたが欲求不満そうだったからサービスしたのさ」
もう、九頭は興奮が冷めていた。
「いや、まて、おまえ、ようするにいたずらか?」
ナナシスは笑って言った。
「そ、いたずら」
「おまえ、じゃあ、元のイケメンのナナシスに戻れるのか?目の前にいないと変身できないんだろ?」
「あ、」
「どうした?」
「すっかり、そのことを忘れてた」
「えー?マジか?おい、どうする?これからアリシアの姿で旅をするわけにもいかないだろう?ユリトスさんたちに怒られるぞ」
「や、やばい、俺はとんだミスを。どうしよう?」
「どうしようって、おまえ・・・そうだ、こっち来い」
九頭はアリシアの姿のナナシスを連れて階下に降りた。一階の宿の主人の夫婦の寝室を覗いた。
「ナナシス。この宿の主人になれ」
「結構なじいさんじゃないか」
「姿はじいさんでも身体能力は本来のおまえのままなんだろ?」
「うん、そうだけど。朝になって宿の主人がふたりになっていたら、みんな何て言うかな?」
「知らねえよ。おまえがバカなことするからいけねえんだよ。俺だっておまえにキスしたこと後悔してるんだから」
「でも、俺、自信あるんだけど、唇の感触は良かったろ?」
「うん、良かった・・・って、そういう場合じゃないだろ?バカか?ほら、とりあえず宿の主人になれ。ん?」
九頭は宿の主人の奥さんの顔を見た。まだ若い、三十代くらいの美人だ。
「おまえ、あの奥さんになれよ」
「え?でもアソコは男のままだぞ」
「それでもいいよ。あんなじいさんを毎日見るより、男とわかっていても美人の女を見てるほうがいいだろ」
「よくわからんが、あんたがそう言うならそうしてみるよ」
翌朝、ラレンは隣に美女が眠っているので驚いた。
「うおっ!あんた誰?」
同室のポルトスとアラミスなどは剣を抜いて構えた。
「落ち着いてくれ、俺はナナシスだ。訳あって、この宿の奥さんになっちゃった」
その訳を聞いたとき一行は呆れた。
「こいつ、バカなんだ」
「カース王として武勇を誇っていたけど、本当はバカなんだ」
朝食を食べると一行は外へ出た。また東へ向かって山道を歩き始めた。
アリシアと宿の奥さんの姿をしたナナシスが並んで歩いた。例によって、その後ろを歩く五味と九頭は女体の品評会をした。
「う~ん、後ろ姿、アリシアの体はいいけど、ナナシスのほうがいいな」
「うん、大人の色気がより引き立っているよな」
「顔もナナシスだな」
「ニセモノだけどな」
加須の心配よりも目の前の女体のことばかり考えるバカふたりだった。いや、ひとりバカが増えた一行だった。
ところで話が変わるが、ポルトスは歩きながらジイに訊いた。
「ジイ殿、アトスが生きていてあなたを助けに行ったと聞きましたが、どこにいるかご存じですか?」
ジイは首を捻った。
「アトス殿が?知らんなぁ」
アラミスは訊いた。
「俺たちはアトスの『ぎゃ、やられた』という声を聞いただけで死んだと思っていたんだ。ケガはなかったのかな?」
「いや、一向に知りません」
アラミスは言った。
「アトスは単独でジイ殿を助けに行ったとネクラ大臣が言ってましたよ」
「そのネクラ大臣はあてになりますか?」
そうジイは言った。
「では、アトスはまだガンダリアの王都にいると?」
ユリトスはジイに訊いた。ジイは答えた。
「私には皆目見当もつきません」
そのとき、ポルトスが前方を指さし言った。
「見ろ!森の向こう!黒煙が上がっているぞ!」
ユリトスは足を速めた。
「急ごう」




