281、思想習慣強化療法
五味はラレンの馬の背で揺られている自分に気づいた。
「うわっ、なんだこれは?誰だ?」
「俺を忘れたのかよ、ゴーミ王」
「ラレンか?」
「俺たちも声だけで相手がわかる間柄になっちまったな」
「俺をどうする気だ?」
「人質だよ」
「またか」
「ふはははは、おまえも人質慣れしたか?」
「するわけがないだろう。馬を下ろせ」
「ダメだ。もうすぐメファニテだ」
「え?メファニテ?また逆戻りか?」
「本当はおまえじゃなくて、犀野郎と仲がいいクーズ王を攫うつもりだったんだ」
「じゃあ、なぜ、俺を?」
「成り行きだよ」
「とにかく下ろせ」
「暴れるな。落馬して怪我するぜ」
「ちくしょう」
結局、ふたりは夜が明けてすぐにメファニテに着いた。
そこにはカルガン皇太子とドンブラ将軍の軍隊がいた。
ラレンは笑った。
「ほう、物々しいな」
ラレンは五味を連れて、アトリフのいるホテルの部屋に入った。
そこにはエレキアとラミナに見守られたアトリフがベッドに寝ていた。
病床のアトリフは言った。
「おお、ゴーミ王か。いまさら何の用だ?」
五味は言った。
「何の用?俺はラレンに攫われてきた。理由もないのか?」
アトリフはラレンの方を見た。
「ラレン、これにはどんな意味がある?」
ラレンは答えた。
「こいつがいればユリトスたちもここへ来るだろう。そうなると、またあの犀野郎が来るだろう。そうしたら、アトリフ、おまえが戦って奴に勝つんだ」
「奴に勝つ?」
「先手を打てば勝てるだろ?時間を止めて奴の目玉をグサリさ」
アトリフは言う。
「それは必勝法だな。しかし、もう一度奴と勝負できるのならば、奴の攻撃を受けて立ちたい」
「え?どういうことだ?」
「俺の精神は、あんな奴に壊されるほど柔じゃないことを証明したい」
「でも実際コテンパンにやられたじゃないか。たった二晩で強くなれるのか?」
「なれる。名医に教えられたよ」
そうアトリフが言うと、部屋のドアが開いた。
「その名医とはヨッチャンのことかな?」
アトリフは笑った。
「名医のご登場だ」
ヨッチャンは言う。
「どうだい?気分は?」
「まあまあだ」
ヨッチャンは言う。
「じゃあ、リハビリの質問だ」
アトリフはベッドに寝たまま微笑んだ。
ヨッチャンは言う。
「クリスティーナは生きている?」
「わからない」
「クリスティーナはまだ君を愛している?」
「わからない」
「クリスティーナはドラゴンと結婚した?」
「わからない」
「クリスティーナはドラゴンと寝たことがある?」
「わからない」
「アトリフ、君の旅の目的は?」
「クリスティーナの所在を確認すること」
ヨッチャンは言った。
「だいぶ良くなってきたね」
ラレンは訊いた。
「何をしてるんだ?今のは?」
ヨッチャンは答えた。
「思想習慣強化療法だ。ヨッチャンの考えた精神療法のひとつだ」
そう言っている所へ兵士が来た。
「ヨッチャン医師、カルガン皇太子殿下がお見えになりました」
「うむ、入っていただこう」
アトリフはハイン王国の皇太子がいきなり自分の部屋に入ってくるとは思わなかったので驚いた。
「おまえがアトリフかね?」
尊大な態度でカルガンは言った。二十歳の太った坊ちゃんである。
「ドラゴンと戦ったそうだな?」
アトリフは笑った。
「負けましたがね」
「ところで、我が母上、レヨン王妃は知らないか?」
「さあ、」
五味は戦慄して考えた。
「俺は知っている。レヨン王妃を知っている。一緒に旅をしている。今、彼女は北の森の中を西へ向かっている。俺はそこからラレンに攫われてこのメファニテに戻って来た。まずい、ユリトスさんたちがレヨンさんを連れて来たら、ラクルスは殺される。いや、まて、ラクルスこそがこの王子の本当の父親なのかも知れない。それを伝えるか?このカルガン王子は不倫の子なのだと。そうなるとどうなる?カルガン王子はラクルスに会いたいとなるか?いや、その前にそんな国王に恥をかかせることを言う俺の首がないだろう。しかし、この不倫の子はカードだ。いつか効果的に使えるカードだぞ。それを使うのは今じゃない」
カルガン皇太子は言う。
「アトリフ、おまえはまたドラゴンがこの町に現れると思うか?」
「来ます、確実に」
「それはいつだ?」
「今日です」
「なに?今日?なぜそれがわかるのだ?」
「勘です」
「そのドラゴンはどんなドラゴンだ?」
「犀みたいな奴です」
「犀?」
「そして、人の心に攻撃をかけてきます」
「ほう、だが、我が軍が相手ならば、多勢に無勢ではないか?」
「奴は硬い皮膚を持っています。弱点は恐らく眼」
「では、眼を矢で狙えばいいわけだな?」
「待ってください。奴は俺が倒します」
「ひとりでか?」
「はい、やらせてください」
「うむ、いいだろう。だが、おまえには倒せないと判断したら我が軍が退治してくれるぞ」
「はい、ありがとうございます」
「しかし、おまえは療養中のようではないか?」
「大丈夫です。間に合わせます」
「わかった。おまえと我が軍は同盟関係だ」
そう言ってカルガンは部屋を出て行った。




