268、犀のドラゴンと九頭の会話。父について
九頭は真夜中の霧の中だというのに、視界が効いていることに気がつかなかった。九頭はぼんやりとした頭で、犀のドラゴンについて行った。
この犀のドラゴンは、肌は蛇のようであり、色は黄色い。顔には犀のように角がある。体の大きさは犀と同じだ。尻尾は複数の木の根のような触手のようなあるいは蛇のような長いものがついている。地面に引きずるように垂れている。これをドラゴンと言うべきか、色々意見があるだろうが、ただ口は、シャチのようにギザギザの歯がついている。
ドラゴンは歩きながら九頭の頭の中に語りかけてきた。
「僕はこれからメファニテに行く。そこにお父さんを殺した奴が来てるんだ。僕はそいつを殺しに行く」
九頭は頭の中で言った。
「え?お父さんが殺された?」
「十五年も前のことになるだろうか。お父さんはメファニテで、旅の剣士に殺されたんだ。僕のお父さんはね、悪いドラゴンだった」
「え?」
「お父さんは、メファニテの人を食べたりしていた。メファニテの人々はお父さんを恐れていた。ドラゴンは神の使いだからね。でも、旅の剣士が現れ、お父さんを殺してしまった」
「君は人間を食べるの?」
「時々ね」
「メファニテで食べるのかい?」
「いや、ときどき、あの池に来る人を食べていた。おかげであの池には滅多に人が寄りつかず、神殿は放棄されていた」
「ダメだよ。人間を食べちゃ。それは嫌われるし、殺されても仕方ないと思うよ」
「殺されても仕方がない?じゃあ、お父さんが殺されたのは仕方なかったのか?それでも僕のお父さんであることに違いはない」
「でも」
「九頭君はお父さんが殺されたらどう思う?」
「え?」
「殺した奴を恨まないか?」
「俺の親父なんて、ただのオタクなデブで、ゲームばかりしていて俺をかわいがってくれなかった。最低な父親だ」
「じゃあ、そんなお父さんが殺されても、殺した奴を恨まないのかい?」
「それは・・・」
「君の記憶を探らせてもらったよ。君のお父さんは工場で働いているそうだね?」
「ああ、そうだ」
「その工場にお父さんは友達がいなかったようだよ」
「?」
「いつもひとりでお弁当を食べていたらしい」
「なぜそんなことがわかるんだ?」
「これが僕の魔法だからね」
「魔法・・・」
「君のお父さんは君と、君のお母さんくらいしか人との関わりを持たなかったようだね。そんなお父さんにとって君の存在はとても大きなものだったと思うよ。ひとり息子だからね」
「そうかな?」
「僕には子がいないから、本当のところはどうかわからないけど、子供がいるということは、その人の人生にとって確実にプラスになることだと思う」
「でも、俺の親父はゲームばかりして、俺と遊んでくれなかった」
「でも、毎月、ゲームソフトを買ってくれたろう?」
「それだけだ」
「それだけで、充分、君を愛していた証拠になると思うよ。君のお父さんはゲームくらいしか遊びを知らない。だから、君にゲームソフトを買ってくれるということは、それは彼の愛情表現だったと思うよ」
「でも、俺はそれが嫌だったんだ。中小企業の楽大工業の労働者で、友達がいなくて、オタクで、結婚していて子供がいるけど、ただのオタクを続けている」
「お母さんはどうなの?」
「え?」
「お母さんはどうして君のお父さんと結婚したのだろう?あるいは君の言うように最低なお父さんならば、なぜ離婚しないのだろう?」
「そんなの俺にはわからないよ」
「僕のお母さんは、離婚したよ」
「え?」
「お父さんが殺される前の話だけど、あの池から去ってどこかへ行ってしまった。幼い僕を置いてね」
「ドラゴン、君はかわいそうな人だね」
「人じゃないけどね」
犀のドラゴンは笑った。
「さあ、殺しに行くぞ、待ってろ、アトリフ」
「え?アトリフ?それが君のお父さんを殺した剣士の名前なの?」
「うん、そうだよ。一日たりともその名前は忘れたことがないよ。まさかそいつがここに戻ってくる日が来るなんて思わなかった。これはチャンスだ」
「でも、人を殺すのはよくないよ。犯罪だよ」
「それは人間の法律だ。僕はドラゴンだ」
九頭は何も言えなかった。
犀のドラゴンはゆっくりとメファニテに向かって歩いて行った。
九頭も黙ってついて行った。




