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263、メファニテの朝

翌朝、ロローがひとりエイルカの町を出発しようと、ヨッチャンの診療所から出ると、広場にいた絡み合ったドラゴンはいなくなっていた。

ロローは馬に乗った。

ドンブラ将軍が見送りに出た。

「ロロー伯爵、気をつけて。あなたは元宰相の息子、将来があることをお忘れなきよう」

「はい、では、王妃を救いに行って参ります」

そして、ロローは心の中で思った。

「ラレンへの復讐も忘れないぞ」

ロローは馬を駆って西へ出発した。ドラゴン街道を西へ進んだ。

その直後のことだった。エイルカに残ったドンブラ将軍の所に思いがけない手紙が来た。

カルガン皇太子が西へ向けてハイン王都を出発したというのだ。ドンブラ将軍はエイルカで皇太子を待ち、皇太子を助けて、王妃奪還の任務を遂行しろ、とのことだった。


いっぽう、メファニテで朝食を食べていた、五味たち一行の中で、物思いに沈んでいたのはラクルスだった。

「子供は血がつながっていなくとも育てる歓びはある。しかし、では、血とはどういう意味があるのだろう?どういう価値があるのだろう?愛する人との間の子なら育てられなくとも血がつながっているというだけで親子ではないだろうか?」

ユリトスは考え込んでいるラクルスを見て声をかけた。

「食事が進んでないようですが、どうしました?」

「いや、なんでもありません」

ラクルスは食事を続けた。

五味と九頭と加須はラクルスを心配そうに見つめた。三人はラクルスとレヨンの抱えている秘密が大きなものであることを知っていた。

皇太子カルガンがふたりの子である可能性は高いということだが、とくにレヨンは王妃としてカルガンを育てているのである。五味たちはまだ親になったことのない少年だが、育てた息子を捨てるということがどれだけ辛いことか、察することはできた。

ラクルスも、できれば血のつながった子を育てたいであろうことは、五味たちにも容易に察することができた。しかし、五味たちは血のつながらない子でも育てたい、つまり養子を育てたいという思いは理解できなかった。

五味と九頭と加須は、できればカルガンが王族を抜けて、親子三人でどこかの田舎に住むようになれば理想だろうと思った。

ナナシスも考え事をしていた。彼の姿はエイルカで変身したどこにでもいる男だった。

ナナシスはミルクを飲んだ。メファニテの新鮮な美味いミルクのはずが、ナナシスには美味く感じられなかった。考え事をしているときの人間の味覚は鈍るものである。

彼はまだ「本当の自分」について考えていた。本当の自分の顔。物心ついた頃には、本当の自分の姿を忘れていた。声さえも。性格というか人格は残っている。いや、変化しつつ継続していると言ったらいいか。ナナシスは本当にポーランか、あるいはもっと西にいる変身の達人にこの魔法の秘密を聞きたかった。

ユリトスは言った。

「ところで、このメファニテで聞き込んだところによると、北の牧草地を突っ切って行った森の中にドラゴンの神殿があるという。そこへゴーミ王らを連れて行きたいのだが、しかし、ラクルスとレヨンは追っ手に追われている。この町に留まっているわけにはいかない。西へ行くべきだ。そこで、一行を二手に分けようと思うのだが・・・」

するとラクルスが言った。

「私たちもそのドラゴンの神殿に行ってみたい」

レヨンも言った。

「はい、私たちは今後どうするべきか、ドラゴンに相談したいと思います」

五味が言った。

「オーリ、この町から北のドラゴンの神殿に行って、そのまま、西へ向かうルートはないのか?エイルカ前の北街道みたいに」

オーリは答えた。

「ないわ。でも、この町の北にあるドラゴンの神殿は近いわ。日帰りで往復できそうな近さよ。もう一泊このメファニテに泊まるつもりならば」

ジイは言う。

「その一泊が命取りになりはせんかな?」

九頭が言った。

「もし、ドラゴンが俺たちの願いを叶えてくれるなら、ラクルスとレヨンをどこか危険のない土地に、ラクルスの送致みたいな魔法で飛ばしてくれないかな?あ、ラクルスたちと早く別れたいって言ってるんじゃないぜ」

ラクルスは微笑んだ。

「わかっていますよ。クーズ王」

オーリは指を顎に当てて言う。

「問題はドラゴンがどんなものかということね。いや、ドラゴンがいるかいないか、それ自体問題だわ」

ラーニャが言う。

「アトリフたちはどうしているのかしら?」

オーリは訊いた。

「アトリフ?」

「ええ、あたしたちを追いかけ追い越しして旅を続けているじゃない?」

「それがどうかしたの?」

「利用できないかなって思って」

加須は言った。

「ラーニャ、ラレンみたいになってきたな」

ジイは腕を組んで考えた。

「アトリフの利用価値か・・・」

そこで口を開いたのはアトスだった。

「ゴーミ陛下らがドラゴンの神殿に行ったと聞けば、アトリフは必ずそちらに向かうだろう」

アラミスは言った。

「そうだ、ナナシス。おまえレヨンさんに化けて、西へ向かえよ」

「ええ?」

ナナシスは嫌そうな顔をした。

「俺ひとりが(おとり)になるのか?」

アラミスはポーランを見た。

「ポーランあなたはラクルスになって、ふたりで西へ向かってくれませんか?」

ポーランは言った。

「私がラクルスとレヨンと別行動をするのかね?」

「ダメですか?」

ポーランはレヨンとラクルスを見た。そして、ナナシスを見た。

「私がレヨンに化けて、ナナシスがラクルスではダメかね?ナナシスは百パーセント女性に変身できないからな」

アラミスは笑顔になった。

「行ってくれるのか?」

「うむ。だが、その囮はどこまで有効かな?遅かれ早かれドンブラの軍は来るだろう」

ポーランがそう言うとオーリは言った。

「この町の北のドラゴンの神殿は行き止まりにあるけど、南には南街道のようなものがあるわ。街道というか、森の中だけど。つまり、ドラゴンの神殿から帰ってきてドラゴン街道を行くのが不安ならば、南街道を行く手があるわ」

ポルトスは言った。

「しかし、そのときはこのメファニテを通過しなければならん。もし、ここにドンブラ軍がいたらアウトだ」

オーリは言った。

「じゃあ、まだ道はあるわ。これは危険な道になると思うけど、北のドラゴンの神殿に行く途中に左へ分かれる道があるの。その道はドラゴン街道からはずいぶん逸れていく道で、だから北街道とは言えないと私は言ったの。でも、その道は険しい山岳地帯を通って、ハイン国の西の国境付近に出ることができる。かなり遠回りだけどね」

ナナシスは言った。

「そっちに行くなら、俺と師匠が囮になる必要はないんだな?」

オーリは頷いた。

「そうなるわ」

ユリトスは言った。

「決まりだ。我々はこれから全員で北のドラゴンの神殿に行き、帰りは途中で西へ折れて山岳地帯を西へ向かう」

一行は朝食を終えると、長旅が予想されるために、食料を買い込み、馬に積んだ。そして、自分たちも馬に乗った。

一行は北へ向かい、牧場の間の土の道を馬で進んで行った。


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