251、鬨(とき)の声
ザザックはレストランの中で待った。そこは広場の北側で、窓からは広場が一望できる。広場は広く遠くに「ヨッチャンの診療所」という看板が見える。他にも宿やレストランが多く建ち並んでいる。
広場では多くのデムルン軍の軍人が動き回っている。
すると、広場の東側から、棺を担いだ兵士たちが、片手で鼻をつまんで、歩いて出てきた。おそらく中にはデムルンの遺体が入っているのだろう。
ザザックはそれを見て笑った。
「くくく、あいつら、鼻をつまんでいるということは、あの中に入っているデムルンの遺体は相当くせーな。洗わなかったのかな?」
棺は広場の真ん中に置かれた。
葬式でも行われるのだろうか?
とそのとき、東側から鬨の声が聞こえた。
ザザックは直感した。
「ラレンだ!」
ザザックはレストランの窓から広場を眺め続けた。
デムルンの兵士はデムルンの棺を守ろうと陣形を整えた。
ザザックは独り言を言った。
「そんな臭いやつを守ってどうすんだよ。ラレンはそんなの狙わねえよ。む?ラレン?あいつ、昼間からこんな大きな鬨の声を上げさせて、どうしようってんだ?何が目的だ?あ、そうか、この町を占領して、ドンブラ将軍を待つつもりだ。あいつにもアトリフの指令がカラスで届けられたんだ。つまり俺と同じ任務。ドンブラの首を取れ、だな」
しばらく、ザザックはレストランの窓から広場を見ていた。
すると、レストランの店主がザザックに言った。
「お客様、お逃げください」
ザザックは言った。
「逃げるって、どこに?」
「この町では災害や戦争があったときは、北の山の上にあるドラゴンの神殿に逃げることになっています」
「ドラゴンの神殿?」
「はい、そこでドラゴンに祈るのです」
「そうすると、ドラゴンは現れるのか?」
「はい」
「やっぱり、泉か何か水の中から出てくるのか?」
「いいえ。森の中からです」
「森の中?」
「そのドラゴンは、巨大な蛇なのです」
「そいつは言葉がわかるドラゴンか?」
「さあ、私は見たことがないので」
「見たことがない?じゃあ、なぜ、それを信じる?」
「昔から言われていることですから。お客様、お早く!」
「よし、わかった、行こう」
ザザックは「こいつは面白くなりそうだ」と思い、店主について、北の山に登って行った。
いっぽう、こちらはラレン。
鬨の声を上げさせたのは、キメラである。
ラレンはそれに反対していた。
白昼正面から攻めても弓矢部隊は弱い。矢の数と敵の数を比べても、勝敗がつく前に矢が尽きてしまう心配があった。なにしろ弓矢部隊はたった百名である。しかも、後ろからはドンブラの軍が迫ってきている。
キメラは得意の弓矢だけではなく、騎兵サーベルでも攻撃させた。まず、矢で敵の先頭の列を殺し、相手に正面から突撃すると、死ぬと思わせ戦意を下げる。そこへ白刃を閃かせた騎兵が突撃する。これが上手くいった。敵であるデムルン軍は大将のデムルンを亡くしたばかりで、戦闘意欲が足りなかった。デムルンがひとりで指揮を執っていたため、指揮命令系統が整わず、兵士たちは困惑していた。デムルンの軍は基本的に戦いに来たと言うより、王妃を探しに来たのである。故に戦意も低かった。
ラレンは思った。
「勝てる。この戦、勝てる。しかし、嫌な予感がする。後方にドンブラの軍が来ていることもあるだろう。このデムルン軍に勝てたとしても、ドンブラ軍にはどうか。ここは・・・」
ラレンは横にいる馬上のキメラを見た。
「キメラ」
「なんだ?」
「小便がしたい」
「それを俺に断るということは、俺の部下になったと判断していいか?」
この野郎、とラレンは思った。
「じゃあ、行って来る」
ラレンはそう言い残して南の森に馬に乗ったまま入って行った。
「ふふん、もう俺はキメラの軍隊のしがらみから逃げるぞ。あんな奴の軍事力を維持するのに力を貸すのは面倒だ。軍隊を率いるなんて俺の趣味じゃねえ。しかもこんな長い間一緒にいて、もう飽きたぜ。俺は賞金稼ぎなんだ。軍人じゃねえんだ」




