239、馬車の中の美味しい朝食
「何があったのです?」
馬車の中の王妃は外を走るアトスに訊いた。
「王妃、恥ずかしながら、俺はあなたを騙そうとしていた。ラクルスに会わせると言いながら、賞金稼ぎのために、ハイン王都へあなたを届けるつもりだった」
「なんですって?では、ラクルスには会えないのですか?」
「これからエイルカに戻ります。そこにラクルスはいます」
「賞金稼ぎはどうなるのです?」
「あきらめます。俺はガンダリアの三銃士、アトスです。やはり賞金稼ぎなど性に合わない」
チョロは言う。
「アトス、これはアトリフを裏切る行為なんじゃないか?」
「かまわん。自分の正義が大事だ」
「なんで、正義の男がアトリフ五人衆なんだよう?」
「俺はただ、エレキアとともにいたかっただけだ。だが、自らを裏切ることはできない」
「この行為のためにもうエレキアとともにいられないことになってもか?」
「それとこれとは話が別だ」
「同じだと思うぜ?」
王妃は馬車の窓から顔を出して言った。
「アトスとやら、あなたも恋人がいるのですね?」
「います。残念ながら賞金稼ぎの一員ですがね」
「私が王都に届けられればあなたの恋が成就するのですか?」
「そういうわけでもないんです。もう恋は成就しています。ただ、この行為で、近くにいられなくなるかもしれないだけです」
「では、王都へ行きましょう」
「え?」
「あなたの恋を犠牲にして、私の恋を優先するわけにはいきません」
「しかし、あなたは王都に戻れば、恋人とは隔絶されてしまうでしょう?俺はこのままエイルカに戻っても、恋が破れるわけではない。だから、エイルカに戻ります」
「あなたは優しい人ですね」
アトスは顔を赤くして黙った。
馬車は西へ向かって走って行った。
いっぽう、デムルンのところに、彼のいる町へ王妃が来たが西へ引き返して行ったという報が入った。
デムルンはまだ朝早かったので、ベッドに寝ていたが、これは自分の首がつながるか切れるかの境目だと、起き上がり、命令した。
「全軍ただちに、ドラゴン街道を西へ向かうぞ」
デムルンは馬車に乗り、ビップな揺れない馬車で朝食を摂った。
「もぐもぐ、うむ、美味い、宰相ゆえにこうして、ビップな朝食が摂れるのだが、もし我が首が落ちたら、暮らしはどうなる?王の権力は絶対だ。私は田舎の貴族にでもなるのか?そうなると息子ロローの将来も危うくなる。我が家系が子々孫々までビップであるためには、私がここでコケるわけにはいかん。絶対に、王妃は取り戻さなければ。しかし、王妃が誘拐されるとは、歴史上例がないのでは?それだけにこの事件は私の顔に泥を塗る事件なのだ。また、王の顔にも泥を塗ることになる。王も気が気でないだろう。あの王が?」
デムルンは国王ダルガンが王妃にした暴力の数々を思い出した。大臣である自分の前であれだけの暴力を振るうのだから、寝室などではどれだけの暴力だったろう。王妃のやつれた顔はデムルンも見るに堪えないものがあった。感情的には王妃に味方したいが、自分の立場を考えれば、やはり王の命令に従うよりほかなかった。
「しかし、なぜ、王妃を乗せた馬車は、我が軍がいる町に来てすぐに引き返したのだろう?捕らえられると思ったのだろうが、そもそも王妃を連れて来たならば褒められる行為だ。賞金も出ただろうに、なぜ?」
デムルンはクロワッサンを齧りながら考えた。
「まさか、その馬車を操っていたのが、王妃を攫った犯人なのでは?しかし、そうなると、戻ってくる理由がわからない。王妃を攫って得する人物?東へ戻って得する人物?私の軍に捕まるとまずい人物?まったくわからない。もぐもぐ、美味いな、このパンは。これが宰相の朝食だ」




