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215、困るナナシス

ハイン川は大河である。初めて見る者はそれが川だと気がつく前に湖と思うだろう。しかし、流れがあるために、流れのある湖と思うだろう。そのあとようやく川だと気づくのである。

その西岸にハイン国王都があり、そこへ東からドラゴン街道を渡る大きな橋をハイン大橋と言い、幅二十メートルはあるだろうその石橋は、遥かに隔てる両岸を繋いでいた。その東岸の町がパーニである。

ユリトスたちはパーニで泊まり、翌日、ドンブラ将軍に守られてハイン国王都に到着した。

王都は、これまで九頭と加須が見て来たこの世界の王都では最も大きかった。ドンブラ将軍の軍隊は楽団に先導され、王城に向かった。

「なんだすか?この楽団は?わいの軍隊はただ、野盗と戦っただけだすぞ。しかも、任務であるカリア姫を連れて来ることは失敗し、ロロー伯爵も行方不明。こんな凱旋パレードには値しないはずだす。は、まさか、カルガン王子はこのナナシスとかいう変身師の変身したカリア姫を迎えるためにこんな派手なことをしただすか?」

民衆はドラゴン街道の沿道に美しい姫を一目見ようと押しかけていた。

「ああ、あの馬の上の女の子、あれがカリア姫ね」

「まあ、惚れ惚れしちゃうわ」

ドンブラはこの民衆の反応に戸惑った。

「どういうことだす?こいつはニセモノだすよ。レプリカだすよ」

民衆は言う。

「ニセモノでもなんてお美しいのだろう」

「あんな女性をお嫁さんにできるなんて、カルガン王子は幸せ者だ」

ドンブラはびっくり仰天だった。

「ニセモノでもお嫁さんにしちゃうだすか?何を考えているだす。これは本当にカルガン王子の意向だすか?なにか情報が間違って伝わってないだすか?おい、伝令係、このカリア姫はニセモノであることを国王陛下並びにカルガン王子殿下に伝えてくるだす」

「はっ」

しかし、この事態に一番困惑しているのはナナシス本人だった。

「はあ?俺がカリア姫としてカルガン王子と結婚するのか?」

ナナシスの隣を馬で歩くユリトスにナナシスは話しかけた。

「どうしよう?別の姿になっちまおうか?」

「いや、それはまずい。これほど大々的にやられると、逃げられん」

「じゃあ、どうする?俺がカルガン王子と結婚?」

そこへ伝令が戻って来た。

「ニセモノ大いに結構、とのことです」

ドンブラ将軍の開いた口は塞がらず、顎が地に着くまで落ちてしまった。

「く、狂っているだす。いや、王族をそう言うもんじゃないだす。だが、お(いさ)めせねば、これはわいの勤めだすか?」

ユリトスたちはナナシスと共にドンブラの先導で、王城の王座の間に到着した。

王座には王が座り、その向かって右に王妃が、そして、左に王子カルガンが座っていた。

王は言った。

「一同、(おもて)をあげい」

ナナシスが顔をあげると、太ったカルガン王子は身を乗り出してその顔を覗き込んだ。

「う、美しい」

カルガン王子は国王に言った。

「父上、今すぐにでも挙式をしたいです。それで今夜を初夜にしたい」

国王は言う。

「焦るでない。伝統の儀式は守らねばならん」

「じゃあ、明日、挙式でその夜が初夜、そうしてください」

「まあ、かわいいカルガンのためだ。仕方ない。デムルン大臣!明日結婚式ができるよう大急ぎで準備せい」

ナナシスは震えていた。

「やべえ、やべえぞ。俺の股間にはあるものがある。結婚式を大々的にやって、その夜に『なんだ、貴様は男だったのか、死刑だ』って可能性もある。そうだよ、死刑だろう。こんな罪は刑法に決まってなんかいないだろうから」

隣にいるユリトスとオーリに小声で相談した。

「どうしようか?」

オーリは小声で言った。

「ナナシスはいつでも他の姿に変身できるのよね?」

「ああ、変身する対象が目の前にいれば」

「チャンスを見つけて逃げられない?あなたは正体がないわけだから見つかりっこないわよ」

「ああ、そうか、そうだな。人前でこのカリア姫の姿から他の誰かに変身しようと思うからダメなんだ。こっそり変身して王城を抜け出せばいいんだ」


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