214、五味とアトスの夜
夕方、ロローとポーランはマラパーニの町に到着した。ポーランは安い宿を取った。それはユリトスたちが以前宿泊し、夜、五味がラーニャの色仕掛けでザザックたちに攫われたあの「サイドリバー」という宿だ。
その宿の食堂でロローとポーランは夕食を摂った。
その頃、バルガンディと五味を捕虜にしたアトリフたちが、マラパーニの町に到着した。彼らはこの町で一番高級な宿を取った。道中から部屋に行くまで五味とバルガンディは人に怪しまれぬために、手足は自由にされていたが、変な行動をしようとすれば、すぐにアトスとザザックの剣がそれを制した。ここで気づいている読者もいることだろうが、アトスは三銃士であり、ガンダリア王ゴーミつまり五味の警護をする人間だったのだ。それを知っているアトリフはあえてアトスを五味につけた。理由は「そのほうが面白いから」だ。
当然、アトスは悩んでいた。
「俺はもとガンダリア王を守る三銃士、『もと』?今は三銃士ではないのか?もうポルトスやアラミスとの絆はないのか?今は完全にアトリフ五人衆なのか?俺は何をやっているのだ?俺はまだ三銃士であれば、今すぐゴーミ陛下をお助けして、ポルトスたちの所へ届けるのが役目ではないか?しかし・・・」
アトスは部屋のテーブルで夕食を摂るエレキアの顔を見た。エレキアはこちらを見て笑っていた。
「すべて、読まれているということか」
アトスは読まれていると思うとより強くエレキアを愛しく思った。アトスは読まれてもいいと思い考えた。
「俺はエレキアを愛している。天秤に掛けるならば三銃士よりもエレキアだ。それは間違いない。だが、アトリフ五人衆と三銃士ならば・・・!」
またアトスはエレキアを見た。やはり笑っている。
アトリフたちが食事を終えると、それまで壁際の床に縛られて座らされていた五味とバルガンディの縄が解かれ、床に置かれた食事を食べさせられた。
バルガンディは怒った。
「床で食事を摂らせるとは、許さんぞ。テーブルで食べさせろ」
すると、アトリフは冷たい眼でバルガンディを見下ろした。
「おまえ、自分の立場がわかってないのか?隣のガンダリア王は普通に食べているじゃないか」
五味は頬張りながらバルガンディに言った。
「美味いぞ、これ、さすが高級旅館」
バルガンディは頭を抱えた。
「この王には王としての尊厳がないのか?」
バルガンディは声に出して言った。
「おまえは本当にあのガンダリア王ゴーミなのか?別人が成りすましているのではないのか?」
五味は一瞬、食べる手を止めた。そのとき、エレキアはピクリと眉を動かした。そして、五味は再び食事を始めた。
食事が終わると、だれがどの寝室に寝るかを、アトリフが指定した。五味とバルガンディの分もベッドを取ったので、部屋は三部屋取ってあった。
アトリフとザザック、バルガンディが今食事をしたこの四人部屋であり、隣のふたり部屋にアトスと五味、そして、さらに隣に女子のラミナとエレキアが寝ることになった。
五味とバルガンディは手足を縛られてベッドに入った。五味とアトスをふたりきりにしたのもアトリフが「面白そう」だと思ったからだった。
暗い部屋の中、ふたり部屋のベッドに寝た五味は、隣のベッドのアトスに声をかけた。
「なあ、アトス。おまえはなぜ、アトリフ五人衆なんだ?エレキアに惚れているだけだろう?」
「そうです。それではいけませんか」
「気になるな。どうして、そんなにエレキアが好きなの?まあ、たしかに美人だけど」
「愛に理由が必要ですか?」
「む?返しが上手いな」
「いや、俺は本当にそう思っているんですよ。エレキア以上の女は他にいません」
「ふふ、誰かに惚れた男はたいがいそう言うだろうぜ」
「陛下にもそういう女はいますか?」
五味は一瞬、ラーニャを思った。そして、美好麗子を思った。
「今はいないな」
「返しが上手いですね」
五味は笑った。そして、声を落として言った。
「アトス、こっそり俺を逃がしてくれないか?」
「何を言うのです。無理ですよ。俺は今はアトリフ五人衆です」
「今はね?」
「そうです。今は」
「戻る気はあるの?三銃士に」
「それはまたいつか答えます。さあ、眠りましょう」
「あまり、寝る前に話し込むタイプではないのか。まあ、いいや。おやすみ、アトス」
その頃、隣の男性部屋では、ベッドの中でバルガンディが喋っていた。
「あんたたちの旅の目的はやはり、ドラゴンの秘宝か?願い事か?それならば・・・」
と喋っていると、隣のザザックのベッドからサーベルが出て来てチクリと刺した。
「うるせえぞ。寝ろやボケ!」
バルガンディはビビッて眠ってしまった。
翌朝、また、アトリフたちは部屋で食事をした。
アトリフたちが食事をしているあいだ、五味とバルガンディは縛られたまま壁際の床に座らされていた。
紅茶を飲むエレキアが五味に訊いた。
「ところで、美好麗子って誰?」
「え?どうして、その名を?」
「壁の向こうから、あなたの心の声が聞こえて来たのよ。誰なの?変わった名ね」
五味は青くなって言った。
「ハ、ハーレムの女だ」
「ふ~ん」
エレキアはまた紅茶を飲んだ。
五味は青くなったどころではなかった。思考は停止した。考えてはいけなかった。前世のことなど考えようものならエレキアにバレてしまい、自分が本物のゴーミ王でないことがバレてしまうのだ。五味にとってそれ以上に恐ろしいことはなかった。
その頃、早めに「サイドリバー」を出たロローとポーランがアトリフたちの宿の前を通り、ドラゴン街道を西に向かって、馬に揺られて進み始めた。
その一時間後にようやく、アトリフたちはマラパーニの町を出発した。




