201、ラーニャの色仕掛け
アトスたちがマラパーニの町に着いたのは夕方だった。
アトスとザザックはとりあえず、酒場に入って情報集めをすることにした。ラーニャも入った。
ラーニャは思っていた。
「あたしはこれからユリトスたちを裏切るかもしれない。裏切る?いつから、あたしはそんなふうに考えるようになったのだろう?もともと、あたしは山賊で、ユリトスは父の仇でもある。実際、あたしは最初、ラレンと結託して彼らを騙して売ったことがある。それでもあの人たちはあとになってあたしを受け入れてくれた。仲間だと言ってくれた。じゃあ、今、あたしは何をしているの?ザザックがカッコいい?本当?」
バーのマスターにザザックは訊いた。
「最近この町に来た旅の剣士たちを知らないか?少年少女を連れているんだ」
隣のラーニャの頭に手を置いて。
「このくらいの年頃の少年少女五人だ」
マスターは言う。
「ああ、川辺の宿に泊まっていますよ」
「なんという宿だ」
「サイドリバー」
ザザックはニヤリと笑って立ち上がるとカウンターにカネを置いて言った。
「アトス、ラーニャ、行くぞ」
アトスは座ってグラスを持ったまま言う。
「まて、ザザック」
「なんだ?」
「この任務、俺がリーダーだ」
「ああ?」
「俺の指示に従ってもらう」
「てめえ、・・・うん、そうだな。俺はサポート役だ。おい、ラーニャ、おまえはどうする?師匠の俺の指示に従うか、任務上のリーダーであるアトスに従うか?」
「たまにはアトスに従ってみるわ」
「そうか、じゃあ、アトス、命令をくれ」
ザザックは再び、カウンターのスツールに腰を下ろした。
アトスは言う。
「じゃあ、ラーニャ、国王をひとり連れて来い」
「え?」
ラーニャは意外な命令に驚いた。ザザックも意表を突かれたように感じた。
アトスは言う。
「おまえは女だ。国王三人は男だ。女の色気を使え」
ザザックは感心して言った。
「おまえ、まるで悪党だな?」
アトスはニヤリと笑ってザザックを見た。
「こういうことだろ?」
そんな表情だった。
ラーニャはひとり、酒場を出た。
「『サイドリバー』っていう宿ね。どこかしら。色気を使う?あたしは剣士よ。ああ、しょせん男の世界では色気が女の武器と見なされるのかしら」
川辺を歩いていると、ラーニャは簡単に「サイドリバー」という宿を見つけた。
さっそく中へ入ってみた。
受付に男が立っていた。黒い蝶ネクタイのホテルマンだ。
「お泊りでしょうか?」
ラーニャは勇気を出して言った。
「ここにあたしの彼氏が泊っていると思うのですけど」
「お名前は?」
「ゴーミあるいはゴミトス」
「ええと、失礼します、団体様かもしれないので、代表者のお名前をお願いします」
ラーニャは考えた。そして言った。
「ユリトスです」
「あー、ユリトス様ご一行のゴーミ様、はい、お呼びいたします。お客様のお名前を教えてください」
「あたしの名前?」
ラーニャは困った。こういうときは偽名を使うのか。しかし、偽名を言ったら五味はラーニャが来たとは思ってくれないだろう。
「ラーニャです」
「はい、ラーニャ様ですね。少々お待ちを」
「あ、ちょっと待って。ゴーミ以外の人にはラーニャが来たとは伝えないでください」
「かしこまりました」
ホテルマンは階段を上がっていった。ラーニャは受付の観葉植物の陰に隠れた。緊張していた。色気で男を誘惑して攫うなどやったことがなかった。
すると、ロビーに五味がひとりで降りて来た。
ラーニャは観葉植物の陰から広い場所に出た。
「ラーニャ!」
五味は大喜びだった。
ラーニャはがんばって、腰をくねらせながら歩いて、五味に向かってわざとらしくウインクなどして、近づいた。
「ラ、ラーニャどうしたんだ?なんか以前と違うじゃないか?」
ラーニャはがんばってエロティックに言った。
「ねえん、陛下、あたしと一緒に来てくれな~い?」
ラーニャは両腕を五味の首に回した。
もう五味は大興奮だった。
ラーニャは調子に乗って言った。
「あたし、ずっと、寂しかったの。だから一緒に来て、ふたりきりでお酒を飲みましょう」
「う、うん、飲みましょう、飲みましょう」
ふたりは腕を組んで宿を出た。
そこにアトスとザザックが待ち伏せしていて、すぐに暗がりに五味を引き込み、猿轡を噛ませ、腕を縛った。そして、五味を馬に積むと、自分たちも騎乗した。ラーニャだけは馬に乗らなかった。
アトスは言う。
「ラーニャ、先生たちにゴーミ王はロードンにいると告げて連れて来い。俺たちは先に行ってる」
アトスとザザックは五味を乗せて暗い夜の道をランプの灯りを頼りに馬で去って行った。
ラーニャは独り夜の「サイドリバー」の玄関の前に立って放心していた。




