192、湖のドラゴン
午後、遅い時間に五味たちは目を覚ました。窓の外はまだ明るい。
五味は窓から湖を見た。
すると、湖面に何かが姿を現した。キリンのように長い首が現れ、また水の中に潜った。
「おい、九頭、加須、ドラゴンだよ。ドラゴンがいたよ」
九頭と加須は眼を擦って窓の外を見た。
「なにもいねえじゃねーかよ」
「いたんだよ。この眼で見たぞ」
「あれじゃねえのか?ほらあそこにいる白鳥」
「白鳥なんかじゃないって、キリンみたいっていうか、キリンより首が柔らかくて、そうだよ、恐竜だよ。水の中にいる奴」
「恐竜はドラゴンじゃないだろう?」
「え?そうか?ドラゴンは恐竜の一種じゃないのか?」
「いや違うだろう。ドラゴンは架空の動物じゃないか」
「いや、俺たちは今、どこにいる?ドラゴニアだぜ?前世の世界じゃないんだぜ?」
そういう五味に九頭は言う。
「うん、俺もこの湖にドラゴンがいるとは信じるよ。今まで、俺たちは不思議な体験ばかりして来た。もう、何が出ても驚かないさ」
「じゃあ、俺が今見たというのも信じてくれよ」
「ああ、信じるよ。でも、今は・・・」
九頭は窓の外を見ていた。
開いた口がふさがらなかった。
「デカいな」
加須も外を見た。
それはまさしくドラゴンだった。
ただ、翼がなかった。翼がないのをドラゴンというか、分類学上どうなのかわからなかったが、それは確かに五味の言うように水の中に住む恐竜に似ていた。いや、恐竜だった。そして、また、それは水の中に消えた。
加須は言った。
「ドラゴンってさ。前世ではたぶん、恐竜の化石を見た人が、その神みたいな動物を想像したんだと思う」
九頭は言った。
「でもさ、これから俺たちが会うだろうドラゴンって恐竜のことかな?」
五味は言った。
「エコトスの倒したドラゴンとは比較にならないほどデカいよな。カタチも違うよな。あれには無用の長物になったと思われる翼がついていたからな。ドラゴンが恐竜かどうかはわからないけど、いろんな種類があってもおかしくないよな」
九頭も加須も頷いた。
そこへドアをノックする音が聞こえた。
「陛下たち、町を見物に行かない?オーリとユリトスさんは書店に行ったわ」
ドアを開けると、アリシアとジイとポルトスとアラミスとナナシスがいた。チョロはいなかった。
一行は町の広場に出た。
もう日が傾き始めている。
五味たちはドラゴンの神殿を見た。そこには白い衣を着た女の神官が三人いた。人々はそこに集まり始めた。
「何が始まるんだろ?」
五味たちもその人垣の後ろから覗き込んだ。
すると、柱に囲まれた神殿の中で、神官が祈っていた。
すると、湖から巨大なドラゴンがその長い首をもたげて現れた。
神官は口をそろえて言った。
「「「ドラゴンよ。この先ひと月のこの町の運命を占いたまえ」」」
すると青い色をした長い首のドラゴンは言った。
「今、この町に不吉な影が押し寄せています。しかし、それは通り抜けるでしょう。あなたたちはこの町より東には行ってはなりません」
ドラゴンの声は女の優しい声だった。
「東には何があるのですか?」
神官は訊ねた。
ドラゴンは答えた。
「戦があります」
それを聞いた五味は人垣をかき分けて前へ出た。九頭と加須も遅れて前に出た。
五味は言った。
「ドラゴン、戦は終わったんじゃないのか?」
ドラゴンは驚いた。
「あなたたちは・・・」
ドラゴンは言葉を切った。そして、言った。
「あなたたちは西へ進んだ方が良いでしょう。戦に巻き込まれたくなければ」
五味は訊いた。
「その戦では人がたくさん死ぬのか?」
「ええ、たくさん死ぬでしょう」
「それを食い止める方法はないか?」
ドラゴンは眼を閉じた。
「すみません、私は具体的なことはわからないのです。ただ、今、この町に西から恐ろしいものが近づいています」
「西から?」
「ハイン国の軍隊です。明日には到着するでしょう」
五味は言った。
「その戦で誰が死ぬんだ?」
九頭は五味の肩を掴んだ。
「おい、五味」
五味は九頭の手を振り払って言った。
「俺たちの知っている人は死ぬのか?」
ドラゴンは答えた。
「死にます」
「それは誰だ?」
「わかりません」
ドラゴンは言った。
「今日は疲れました。私はこれで今月の占いをやめにして、湖の中へ帰ります」
ドラゴンは水の中に沈んでいった。
町の人々は、五味を責めた。
「おい、兄ちゃん。俺たちの占って欲しいことが訊けなかったじゃないか」
「あんたは旅人だろう?あのドラゴンはこの町の守り神だ。俺たちの質問に答えてもらうべきだったんだ」
「もう一か月は出てこないんだぞ」
そこでジイが自分の出番だと思い登場した。
「みなさん、落ち着いてくだされ。ここにいる三人の少年、これはドラゴンの血を引いている者たちでありますぞ」
「ドラゴンの血?」
「あの伝説の?」
「じゃあ、なおさらだ、出て行ってくれ」
「そうだ、出て行け、ここは平穏を第一にする町ロードンだぞ」
五味は大きな声で言った。
「明日出て行く!今日は一泊させてくれ。それでいいか?」
人々は黙った。
五味は言った。
「九頭、加須、みんな、東へ向かうぞ!」




