189、バーの隣の客
ロローの町はかなり破壊略奪された。ハインの軍隊の多くはまだ、コランに残っていて、この町には少なかった。それでも軍隊はないわけではない。町がアンダスの野盗どもに奪取されるようなことはなく、追い返すことはできた。アンダスの野盗は山の中に消えた。しかし、アンダスの動きは読めなかった。しかも、アンダスの兵力にはバルガンディの兵力も加わっているようだった。あのデラン王国司令官と、デラン西部の野盗の首領がタッグを組んで、ハイン王国内の山賊になったのだ。
アトリフ一味がロローに着いたのは、その翌日のことだ。
ロローの町は荒廃し、人々は復興のために働いた。一方、死者を嘆く女などもいた。
アトリフは町の住民に訊き、三国の王はユリトスと共に西へ逃れたことを確認した。
アトリフはラミナに言った。
「カラスを西へ、常に奴らの動向を把握するんだ」
「わかったわ」
ラミナはそう言うと肩に止まっていたカラスに何か言いい、そのカラスは飛んでいった。
アトリフは言った。
「ラレン、この町の最高級の宿を取れ」
ラレンは言った。
「最高級?」
「カネを使えばこの町が潤う。復興に役立つ。山賊からの防衛費にもなる」
「アトリフ、復興のために、汗を流したらどうだ?」
「俺の性に合わん」
ラレンは宿を探しに行った。
アトスは言う。
「しかし、あのバルガンディという男、悪運が強いな。今後、どうするつもりだろう?」
アトリフは言う。
「読めないな。読めない人間は狂人か天才かそのどちらかだろう?違うか、エレキア」
エレキアは笑った。
「そうね。でも、狂人はわかりやすいものよ」
「そうなのか?」
「狂人はたいがい、ひとつの思想に染まっているもの。でもひとつの思想に染まっていなくても凡人はわかりやすいわ。でも天才は私の理解を超えていることがあるから、わかりづらいわね。あとね、言葉で思考しないタイプはわかりづらいの」
「言葉で思考しないタイプ?」
「つまり、天才か、言葉を知らないバカか」
ラミナはエレキアに訊いた。
「動物の思考はわからないの?動物にも言葉はあるわよ」
「そうね。でも私は動物の言葉がわからないから。もし、動物の言葉がわかる読心師がいたら尊敬しちゃうわ」
アトリフは言う。
「広いドラゴニアにはいるかもしれないな」
ラレンが戻ってきて言った。
「最高級の宿が取れたぞ」
「よし、行こう」
宿に入ると、それぞれ個室に入った。エレキアとアトスはふたり部屋だった。
ラレンとザザックはアトスが羨ましかった。
ラレンは自分の部屋のベッドに横たわると、不平を口にした。
「ちきしょう、アトスめ、また今夜もお楽しみか?あーあ、俺は随分ご無沙汰してるよな。今夜あたり女を抱きに行くか。そうだな、俺が遊んだカネがこの町の復興に繋がれば俺は善行を為したことになる。ザザックも誘うか?いや、今日はひとりで行こう。なんとなくそんな気分だ。この町に売春婦はいるかな?まあ、とりあえず酒場に行くか」
ラレンは部屋を出てアトリフの部屋のドアをノックした。
「おい、アトリフ、俺は今夜は遊ぶぜ」
閉じたドアの中からアトリフの声が返ってきた。
「好きにしろ」
ラレンは宿を出た。
まだ日は高かったが、酒場は開いていた。
ラレンはカウンターでウイスキーを飲み始めた。ラレンの隣にはすでに男の一人客が酒を飲んでいた。ラレンはマスターに訊いた。
「「おい、マスター、この町で女を抱ける店はどこだ」」
隣の男と声が重なった。
ラレンは隣の男を見た。
「おまえは、たしか、バルガンディの所にいた、弓の・・・」
「バルガンディ?俺はそんな奴知らない」
ラレンは考えた。そして、微笑んだ。
「おまえ、女が欲しいのか?嫁か?」
「嫁などいらん。一夜限りの女こそ、その一夜を思い出にしてくれる女だ」
「ふふふ、おまえ、俺と気が合いそうだぞ」
「なんだ、何が言いたい?」
「マスター、もう一度訊くけど女を抱ける店を教えろ」
マスターは答えた。
「広場の向こうに歓楽街がある。そこにストリップ劇場があるが、その裏に小さな宿がある。そこだ」
「ありがとうよ。じゃあ、行こうか」
ラレンと、隣の男は立ち上がった。
カネを払うと、ふたりは酒場から出た。
ラレンは歩きながら隣の男に言った。
「おい、あんた、キメラだろ?」
「それが?」
「やっぱり、バルガンディの懐刀じゃねえか」
「刀ではない、弓矢だ」
「おんなじことだろ」
「いや」
「なあ、バルガンディは使える奴には給料をはずんでくれる男か?」
「ああ、かなりな」
「そうか」
「どうした?」
「紹介してくれねえか?」
その夜、いや、夜が明けても、ラレンはアトリフの元に帰って来ることはなかった。




