187、バルガンディの処刑台
ユリトスたちはしばらく行くと、森が開けて来た。
そこに町が広がっていた。人に訊くとそこはロローという町だった。コランから出荷された豊かな木材を生かした、木造の家々が多くあった。基礎は石が積まれて、その上に木の骨組みと漆喰でできた家も見られた。町の中心には噴水のある広場があり、その周囲には、円形にその広場を囲む商店が軒を連ねていた。広場の地面は石畳であり、町のほとんどがそのような石畳で舗装されていた。
そして、五味たちが度肝を抜かれたのが、その広場の中心の噴水前に処刑台が建っていたのだ。二階建てくらいの高さの櫓が建っていて、その台の床は開くようになっている。その上に木組があり、そこにロープが垂れていた。つまり、絞首刑の処刑台だった。
ジイは言った。
「なんでこんなものが町の真ん中にあるのじゃ?」
ユリトスは町の者に聞いてみた。
「あれは誰を処刑するための台なんだ?」
「デランの敵将、バルガンディさ」
「バルガンディ?王都へ移送されたのではなかったのか?」
「この町で処刑しろとの命令があったらしいぜ。ま、俺はこの町の床屋に過ぎねえから、詳しいことは知らねえけどさ」
「バルガンディは今どこに?」
「この町の警察署だろうぜ」
「そうか。で、いつ、処刑なんだ?」
「今日の日没だそうだよ」
ユリトスは空を見た。
青い空に、西へ傾き始めた午後の太陽がある。
あと四時間とユリトスは見た。
「どうする、ユリトスさん」
五味は不安な顔でユリトスに言った。
ユリトスは不思議に思いながら不安そうな五味の顔を見た。
「では、見ていきましょうか。宿を取り一泊しましょう」
「え?」
五味は驚いた表情になった。
「見ていく?助けないのか?」
「え?」
ユリトスは五味の言葉の意味がわからなかった。
「助ける?バルガンディをですか?」
五味はその質問の意味がわからなかった。
九頭は言った。
「でも、どうやって助ける?チョロに盗ませるか?」
チョロは顔の前で手を振って否定した。
「無理無理、俺にはあんな大物を盗むのは無理」
加須は言った。
「じゃあ、ナナシスがバルガンディに変身して、代わりに死んでもらうか・・・」
ナナシスが言った。
「なんで、俺が死ぬことになるの?それじゃ意味がないでしょ」
五味は言う。
「カース王、バルガンディはおまえの家来だよな」
「うん」
「おまえが今回はリーダーになれよ」
加須は驚いた。
「え?俺がリーダー?」
「家来を助けるのも王の務めだろ?」
こういうやり取りでユリトスは、なぜ五味がバルガンディを助けると言うのか意味がわかってきた。つまり、五味にとってはバルガンディは加須の家臣であるのだから王である加須には家臣であるバルガンディを助ける義務がある、そういうことだった。しかし、今頃になって王だの家臣だのという主従関係を持ち出す五味の思考がユリトスにはわからなかった。ユリトスにとってバルガンディはとっくに敵だと思っていたからだ。
加須は考えていた。
バルガンディを助ける作戦?
オーリは言った。
「国王が助けたいというなら、私たちも協力しましょう。みんなで知恵を出し合いましょう」
チョロは言う。
「こういうとき、俺が詐欺師だったらよかったのにと思うよ。詐欺師になっていればいろんな嘘をつくコツがわかるのだけど、俺はただのコソ泥。大泥棒に憧れていたけど眼が出ずコソ泥」
九頭は言った。
「あの処刑台を壊してしまうのはどうだろう?」
五味は頷いた。
「なるほど、そうしたら、新しく組み直すまで時間が稼げるな」
ポルトスが言う。
「いや、それは違うと思いますよ」
「え?なんで?」
「処刑なんて、べつにあんな大袈裟な処刑台を作らなくともできるものですからね」
「どうやって?」
「首を斧で斬るとかね」
五味はゾッとした。
チョロは言う。
「やっぱりバルガンディの身柄を盗むのが一番かと思うな」
ナナシスは訊く。
「じゃあ、大泥棒、どうやって盗む?」
「ナナシス、やっぱりおまえの出番だ」
「俺?・・・だから、代わりに死ぬのは御免だって」
「そうじゃねーよ。おまえがハイン国のお偉いさんになって警察署の牢屋に入って堂々と連れ出すのさ」
「え?お偉いさん?」
「例えば王族とか」
「この町にいるのか?」
「それを今から探すんだよ。この町にいる一番のお偉いさんを捕えてしばらく猿轡でも噛ませて黙らせておくんだ。そのあいだにおまえがそのお偉いさんになって堂々と牢屋からバルガンディを連れだす。そして、西へ去るって作戦だ。どうだ?うめえだろ?」
ユリトスは苦笑した。
「まるでラレンかアトリフが考えそうなことだな。お偉いさんに猿轡か。犯罪だな」
ポルトスは訊いた。
「やるんですか?先生」
ユリトスは言った。
「それはリーダーのカース王に訊いてくれ。そうだ、カース王の命令なら違法ではないかもしれんな。国際問題にはなるが」
ポルトスは訊く。
「カース王、どうします?」
「じゃあ、その作戦で行こう」
じつは加須は乗り気ではなかった。バルガンディは確かに家来ではあるが、とっくに加須を裏切っているのである。加須さえも五味の思考回路にはついていけなかった。しかし、五味は正しいことを言っているという直感はあった。
加須は言った。
「よし、みんな。この町の一番偉い人を探そう」
九頭は言った。
「じゃあ、役所だな」
ユリトスは言う。
「いや、直接役所では疑われる。できるだけさっきの床屋のように町の住民に訊くことから始めよう。そうして、この町全体を把握してから、誰が一番の権力者か詰めていくんだ」
五味は感心した。
「お~、さすが、ユリトスさんだ」
ユリトスは言った。
「さっきの床屋はよかった。床屋は住民の情報が集まる場所のひとつだ」
「他には?」
加須は訊いた。ユリトスは言った。
「酒場」
「他には?」
「肉屋、八百屋、魚屋、パン屋、その他主婦の集まるところ」
「他には?」
「この町の主産業を調べ、その仕事場、休憩場所、それから市民の憩いの場所」
加須は言った。
「よし、みんな。散り散りになって聞き込もう」
ユリトスは訊いた。
「聞き込んだ後の集合場所は?時間は?」
加須は言う。
「集合場所はここ、時間は・・・」
加須は困った。この世界に時計はない。
ユリトスは助言した。
「一時間後はどうだろう?ここから西を見て、あの家の屋根の真上に太陽が来たとき」
一行は西の空を見た。そこには三角屋根の高い木造の建物がある。
みんなは言った。
「了解!」
ナナシスとチョロは酒場に入った。そして、バーカウンターに座った。
ふたりはニコニコしていた。
「酒場で聞き込むにはまずは客のふりをしなければな。マスター、ジントニック」
「俺は、ウイスキーストレート」
ふたりは酒を飲み始めた。
ユリトスはこの町の主産業は何か聞いて回った。
ポルトスとアラミスはチョロたちとは別の酒場に行って、そこの客からこの町の権力者をさりげなく聞いた。
ジイとオーリ、アリシアは主婦が集まりそうな場所で聞き込んだ。
五味と九頭と加須は共に動いた。
「人が集まる場所はどこだ?」
「それを人に訊こうか?」
「アホか、だったら、その人に直接権力者は誰か聞けばいいじゃないか」
すると、五味が足を止めた。
「あったぞ、人が集まりやすい場所が!」
五味が立ち止まった店の屋根には大きな看板が掛かっていて、そこには『ストリップ劇場』とあった。
三人は互いに目を合わせて、生唾を飲むと、並んでその建物の中に入っていった。くどいようだが、こいつらはアホなのだ。




