182、エコトスの送別会
ラーニャはぼんやり、立ったまま、エコトスの墓石を見ていた。
墓は木立の向こうに湖が見える場所にあった。
アトリフたちはすでに、コランサイドの村の宿の食堂で食事を始めていた。
ラーニャは何も思っていなかった。いや、思っていたが自分で何を思っているかわからなかった。雑念だらけだったようにも思えるし、ただ、自分が女であることを強く意識していたとも取れる。
そのラーニャの所へ来たのは、アトスだった。
「ラーニャ、君は、なぜ、我々といるのだ?」
「だって、あたしはザザックの弟子です」
「剣を学びたければユリトス先生の方がいいぞ。ザザックは悪人だ」
「ザザックを悪人というなら、アトスはアトリフを悪人と思っているの?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、なぜ、アトスはアトリフ五人衆に入ったの?」
「それはエレキアがいたからだ」
ラーニャは顔が熱くなった。
「エレキアさんが好きというだけで五人衆になったの?」
「そうだ」
「え?他に理由ないの?ドラゴンの秘宝とか」
「他に理由はないな。ドラゴンの秘宝も別に興味はないよ」
「え?もしかして、アトスはエレキアさんと結婚しているの?」
「結婚とは国が夫婦と認めるということか、それとも神がそれを認めるか、それによって意味合いが違うな。国が認めるものだとしたら、俺は結婚なんてごめんだ」
「え?どういうこと?」
「俺は、うむ、神が認めるというのでも、嫌かもしれないな」
「え?意味がわからない」
「俺とエレキアのあいだには神も国も必要ないんだよ。それが男と女の理想だと思っている。まあ、それを結婚というならば、俺たちは結婚していることになるだろう」
「難しい理屈をこねるのね」
「理屈じゃないさ、実感から出た哲学だよ。まあ、結婚とは周囲に自分たちの愛を認めてもらうことならば、もう俺たちは充分結婚していると言えるかもしれない」
「プロポーズはしたの?」
「してないさ。その前に心が繋がってしまった」
「気障ね」
「ふふ。俺もこんなふうになるとは思わなかったよ」
「エレキアさんとの馴れ初めを教えてよ」
「それはまたいつかしよう。さあ、メシを食べに行こう。もうみんな食べているぞ」
「ふふ、馴れ初めに話が行くと逃げるのね」
「べつに逃げちゃいないさ。さあ行こう」
木造の宿屋の一階にある食堂に行くと、アトリフたちは酒を飲んでいた。八人掛けの木目の美しいテーブルで、美味しそうな料理が並んでいた。
アトリフは赤い顔で言う。
「おい、ラーニャ、おまえも飲め」
「いただくわ」
ラーニャはラミナの隣に座った。
向かいのラレンが、ラーニャのワイングラスに赤ワインを注いだ。
「ここのワインは美味いぞ」
ラレンはボトルを傾けてラーニャに言った。
「エコトス、どこ行った?おまえも飲め」
アトリフは笑った。
「ラレン、エコトスは死んだぞ」
「なに?死んだ?あ、そうだったな。あいつ、この野郎、こんな美味いワインを飲まずに死ぬなんて、罪だぞ、この野郎」
ザザックは笑った。
「はは、ラレン、酔っているな。よし、俺も飲もう」
ザザックはグイッとグラスを煽った。
「ああ、美味い。そして、この村はチーズが美味いな。ワインによく合う」
ラーニャもチーズを食べてワインを飲んだ。
「ああ、美味しい」
ラーニャはアトリフの右隣の席が空いていて、そこに赤ワインの入ったグラスとチーズの置かれた皿が置いてあるのを見て、「ああ、これはエコトスの送別会なんだ」と悲しく思った。
アトリフは魚料理を食べながら言った。
「エレキア、今、エコトスは何を考えている」
エレキアが笑った。
「それがわかるということは近くにいるということね?」
「そういうことになるな?どうだ?近くにいるか?」
「死ぬと読心術の対象ではなくなるのかしらね。そう言えば、エコトスの死んだ瞬間、私は立ち会っていないけど、ひとりの思考が、フワッと、消えたように感じたわ」
「フワッと消えたか?で、どっちに消えた?上に消えたか、下に消えたか」
エレキアは答えた。
「森の中に消えたわ」
「ははは、そうか、奴は森と同化したんだな?」
「どこの森だ?」
ラレンが訊いた。
「雲の上にも森があるみたいよ」
エレキアがそう言うと、ラレンは笑った。
「エコトスの奴、あのマリーちゃんとかいうのと仲良くなったかな?でも、そう言って見ると、死後の世界も残酷だな。エコトスがマリーという子に会って、どう言われるか?」
アトリフは笑った。
「暗いぞ、ラレン!」
ラレンも笑った。
「はは、つい、エコトスのことを考えちまう。あいつの人生も壮絶だな」
「おまえはどうなんだ?ラレン?」
そう訊いたのはザザックだ。
「俺の人生?」
ラレンは自分の顔に指を差した。
「俺の人生には過去は存在しないことになってる」
アトリフとザザック、アトスは笑った。
「ははははは、ラレンらしいな」
アトリフたちは飲んで食べて喋って笑って、夜になったら寝室に入って眠った。
エレキアの隣のベッドの中に入ったラーニャは思った。
「この人たちは嫌いではない」




