181、エコトスの死、そして出発
アトリフたちがエコトスを看取っているあいだ、ラーニャは動けなかった。
ラーニャは感動していた。
「これが男の世界だ!」
しかし、自分は女である。そこに迷いがあった。
「女でも剣士としてやっていけるのか?」
ラーニャは動けなかった。
五味たちも動けなかった。
五味は命を捨ててまで守り抜くものがある男の生きざまを見て、自分の思想と比較していた。殺し合うのは良くない。たとえ、相手がドラゴンにしろ。そのような考えがあったが、エコトスの死際に接して、その思想も無力のような気がした。
ユリトスは気づいた。
「アンダスの姿がない」
皆がエコトスの死際に気を取られている隙にアンダスは姿を消していた。
ユリトスはアンダスがここに現れたということは、部下も国境を越えたのか、そこに関心があった。しかし、目の前でひとりの男が全力で戦い死んだことはやはり、ユリトスも感動を覚えていた。ユリトスはカリア姫がインダスを殺そうとしたとき、五味が自ら犠牲になり胸にナイフを受けたことを思い出した。あのときは、「これこそ本当の勇気」と思ったが、エコトスの勇気、闘志も否定し難いとユリトスは思った。
アラミスも五味の勇気とエコトスの生き様を比べていた。言い方を変えれば戦わない勇気と戦う勇気だ。アラミスにはどちらも重要だと思われた。
アトリフはエコトスの瞼を閉じて言った。
「エコトスの墓を作ろう。そして、弔おう。ユリトス、あんたらは邪魔だ、早く西へ行くがいい。どうせ、遅い足だ。俺たちはすぐに追いつくだろう。ハイン国から西はいよいよドラゴンの出る地域だ。あんたらも苦戦するだろう」
「アトリフ、おまえはこれより西へ行ったことがあるのか?」
「まあな」
「おまえは地図を持っているのか?」
「俺とエレキアの頭の中に嫌でも残っている」
「エレキア?」
「さあ、早く行け、身内の葬式の邪魔をするな」
「わかった。ポルトス、アラミス、みんな、行こう」
ユリトスたちは馬に乗り、森に逃げたジイとアリシアとオーリを連れて西へ出発した。
チョロはユリトスに言う。
「バルガンディはハイン国に捕らえられて連れて行かれた」
「ほう、まだ生きているのか」
「まったくしぶとい奴だな」
「うむ、ソウトスの参謀がよくここまで来られたものだ。その頭脳は大したものだな。で、弓の名手キメラはどうなった?」
「え?それは知らねえよ」
「あの男がいるといないとでは、バルガンディの恐ろしさは全く変わってしまう。今のところ、キメラの矢と、アトリフの時間を止める魔法くらいしかアンダスの魔法に打ち勝つものはない」
ポルトスが言った。
「しかし、アンダスと言えど、ドラゴンを倒すことはできますかね?」
「さきほどのドラゴンならば倒せただろうな」
ユリトスは思い出したように言った。
「あ、そうだ、アラミス、お帰り」
アラミスは急に明るい表情になった。
「先生、お久しぶりです」
「この期間、どうだった?どう過ごしていた?」
「俺は先生の殺さずの誓いを破りました。ゴーミ陛下らを助けるためにアンダスの子分を殺しました」
「そうか」
ユリトスはそれ以上何も言わなかった。
五味は言った。
「あのさ、・・・」
「なんです?ゴーミ王」
ユリトスは訊いた。五味は言う。
「あのさ、ラーニャは今、さっきの村にいるんだよね?」
「うむ、そうじゃが」
ジイは言った。五味は引きつった顔で言う。
「俺、ラーニャを取り返したい」
「なぜです?」
ジイは言う。
「え?なぜって、それは・・・」
加須が言う。
「ゴーミはラーニャが好きなんだよな?」
「いや、べつにそうじゃねーよ」
九頭は笑う。
「ははは、この前、アンダスに攫われる前のオナニーで、ラーニャのこと考えていただろ?」
五味は九頭に言い返す。
「おまえだって、オーリのこと考えていただろう?」
「バ、バカを言うなよ。誰がこんな、デブ・・・すみません」
九頭は「デブ」とオーリの前で言ったことを後悔した。オーリが傷つくと思ったからだ。
ユリトスは笑った。
「ははは、ゴーミ王よ、ラーニャはいつでも戻って来る。彼女が帰りたくなれば我々の所にいつでも帰って来る。さっきのアトリフを見ていたらそう確信したよ。あの子は攫われたわけじゃない。自分の意志でザザックに弟子入りしたんだ。修行を終えるか、ザザックを嫌いになれば戻って来るさ。それを引き留めるアトリフでもあるまい」
ドラゴン街道は森の中を続いていた。太陽は高く昇っていた。




