177、燃える町の戦場
アンダスはそう思いつくと、さっそく動き出した。夜、コランの町に忍び込ませるため数名を放った。アンダス自身も燃える町を見たかったので、ついて行き、町の見下ろせる観客席として、岩の上に立った。しかし、バルガンディとてバカではない。コランの町は山側もしっかり警備の兵が交代で夜通し立っていた。アンダスの側もバカではなかった。侵入できないときのことも考えて、以前からコランの町の住民として忍び込ませていた子分に連絡し、合図があれば町のあちこちで火を放つように命令した。やはり、侵入できなかったアンダスの子分は合図の鏑矢を放った。鏑矢は放たれると、笛のようにヒューイイイイと大きな音を立てた。
ユリトスは目を覚ました。
「なんだ、いまの音は?」
ポルトスとジイも目を覚ました。
「鏑矢の音じゃ」
「ということは宣戦布告の合図か?」
ポルトスはそう言ったが、バルガンディはそう思わなかった。
「あれは、アンダスが、この町に潜り込ませたスパイに何かの暗号を放ったのだ。なんだ、攻めて来るか?」
バルガンディは部下に命じた。
「全軍に告げろ、町の警備に着け」
「バルガンディ司令!町のあちこちから火の手が上がりました」
「そう来たか!ちっ、消火活動をしろ!放火犯を捕えろ!」
乾燥した夜だった。家々は良く燃えた。町のすべてが木造だったため、火は延焼し激しく燃えた。夜なのに昼間のような明るさになった。
アンダスはその様子を岩の上から見て、喜んだ。
「ははははは、燃えろ、燃えろ、逃げまどえ、はっはっは」
ユリトスたちは全員、宿を出て逃げ出した。
ユリトスは言った。
「念のため馬とロバと荷物を持って逃げよう」
オーリは訊いた。
「どこへ?」
ユリトスは言った。
「国境の関所だ」
「なぜ?」
「私の勘だ」
ユリトスは笑った。
杭で仕切られた国境の関所に行くと、そこには旅支度をしたアトリフたちがいた。
「アトリフ!」
「ほう、ユリトス」
アトリフは笑みを浮かべて言った。
「なぜここに?」
ユリトスも言った。
「おまえこそ」
アトリフは言う。
「あんたと一緒だよ」
関所ではこんな押し問答があった。
ハイン国側から火消しの援護活動を申し込まれ、デラン側はそれは必要ないと、何度もやり合っていた。しかし、火の粉は国境を越え、西のハイン国側の木造の屋根にも降りかかった。
ハイン国側は力ずくで関所を破ってきた。
デラン側は言った。
「国境侵犯であるぞ!」
ハイン側は言った。
「今は非常時だ、火がこちらに延焼したら、貴国はどう保障してくれるのだ。人命にもかかわることだ。我々は延焼を防ぐため国境に近い建物を破壊する」
そこへデラン側の司令官バルガンディが馬に乗りやって来た。
「なにをする?ハイン国の者たちよ。ここは我々の領土だぞ。領土内の問題は国内問題だ。越境行為は侵攻と見なすぞ」
ハイン側は言う。
「何を言う。ならば、火を消せ。我らも手伝う」
「いらぬ。内政干渉するな!」
「堅いぞ、デランの司令官」
「堅いのは司令官ならば当然だ!」
「ああ、ハインに火が!この火の粉こそ侵攻ではないか?」
「詭弁を言う暇があれば国へ帰り、自分たちの火を消せ!」
「もとはと言えば、おまえらの火だろう?」
「無礼な、これはアンダスが放った火だ」
「それはおまえらの国の野盗だろう?おまえたちの責任だ。我がハイン国に火の粉を降らせるのはデラン国に違いはない」
「屁理屈を言うな!」
「屁理屈ではない!おまえらが無能ならば、ハイン国がアンダスを捕えてやろう」
「それが、内政干渉だ」
とやり取りをしながらも、ハイン国の軍勢はぞろぞろと、関所を越えて来る。そのうち、雪崩のようにデラン側に押し寄せて来た。
バルガンディは馬で東に駆け戻り全軍に伝えた。
「敵はハイン国だ。消火活動とハイン国の侵攻を同時にするのでは手が足りぬ。建物は捨てろ、住民はできるだけ荷物財産を持って逃げろ!家は捨てるんだ。軍隊はハイン国軍を蹴散らせ!」
炎に包まれる町は戦場と化した。
関所近くの林の中にいたアトリフは笑顔だった。
そこにいたユリトスは笑わなかったがこう言った。
「私とアトリフの勘は同じだったようだな」
アトリフは五人衆たちに言った。
「隙を見て関所を越えるぞ」
そのとき、ラーニャはユリトスたちに言った。
「ゴーミ王たちは?」
オーリは言った。
「たぶん、アンダスの所よ」
「アンダス?じゃあ、デラン側にいるのね?」
アトリフは言った。
「ラーニャ、構うな。行くぞ」
「でも・・・」
迷うラーニャにザザックは言った。
「おまえは修行の身だろう?」
エレキアが言った。
「アトリフ、もうすぐ、隙ができるわ」
エレキアがこう言えたのは読心術の応用で、近くに人がどれだけいるかを探ることもできたためだ。
アトリフは言う。
「ラーニャ、行くぞ」
ザザックも言う。
「ラーニャ、甘い感情は捨てろ。これも修行だと思え」
アトリフたちは馬を進め始めた。
ザザックは言う。
「ラーニャ!」
ラーニャは躊躇いながら、オーリとアリシアに、「王たちを頼むね」と言って、ザザックを追いかけ、関所を越えていった。
ユリトスは言った。
「私たちも行こう。チャンスだ」
アリシアは言った。
「陛下たちを置いて行くんですか?」
ユリトスは言った。
「これも私の勘だが、国境は越えられる時に越えておいた方がいい」
アリシアは言った。
「陛下たちを置いて行くのですか?」
ユリトスは言う。
「もし、国境を越えてしばらくしても国王たちが来なかったら、また戻ればいい」
アリシアは言った。
「ユリトス様、なぜ、そんなに焦るのです?」
「私が焦っている?」
「そうです。別に私たちは追いかけられているわけではありません」
「ダメだ。ここにいては危険だ。ここはもう戦場なのだ。とにかく、宿の窓から見えた湖まで行くぞ。馬に乗れ」
アリシアは渋々馬に乗った。一行は関所を越えた。
山の上の岩の上では、アンダスが燃える町の戦場と化した光景を見て最高のショーだと喜んでいた。




