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175、エコトスの過去

コランの町の別の宿にはアトリフたちが泊っていた。アトリフたちはもちろん国境を越える許可証などは持っていない。この国境は大国間の国境であるため、通る人間も制限されているようだ。同時に林業の町だから、両国に木材は出荷されていた。とくにハイン国の方に出荷されることが多かった。なぜなら、デランの西部は荒野だからだ。しかし、アトリフはその気になれば時間を止め、国境を悠々と越えることができたはずだ。しかし、アトリフは魔法を簡単に使うことを嫌っていた。もちろん、時間を止めるというより、自分の時間だけを早送りするので、周囲に比べ自分だけが歳を取るのが嫌だったのかもしれない。

 アトリフは食堂で夕食を摂っていた。

「どうだ、エコトス。故郷に戻ってきた感想は?」

ラーニャは驚いた。

「え?故郷?エコトスの?」

エコトスは答えた。

「正確には、国境を越えた湖の畔にある村が俺の故郷だ」

ラーニャは言った。

「じゃあ、なんで、こんな所に泊まるのよ?あの村に泊まればいいのに。エコトスの家族がいるんでしょ?」

アトリフはフォークとナイフで肉を切りながら言う。

「国境は簡単には越えられない。それにエコトスには個人的な問題があるんだ」

ラミナは言った。

「それは何?」

アトリフは言った。

「エコトス、答えられるか?」

「いや、まだ、気持ちの整理が・・・」

「もう言うべき時だろう?」

そう言うアトリフにザザックが訊いた。

「なんだよ、何を隠してんだよ?」

ラレンも訊いた。

「何か、過去があるのか?」

エコトスは下を向いてフォークで刺した肉片を口に運んでもぐもぐとしていた。

「俺の恋人は、あの国境の向こうにある湖に注ぐ川を遡って行った山の中のどこかに住むドラゴンに殺された」

アトリフとエレキア以外のメンバーは驚いて、ナイフとフォークを動かす手を止めた。

「俺はあの森の近くで魔法の修行をしていた。師匠である父親はあの村に住む同化師だった。木と同化する魔法だ。俺はそれを身につけるために努力していた。村には若くて美しいマリーという娘がいた。俺は修行しながら、マリーに恋をしていたよ。修行をサボってデートすることもよくあった。父親には叱られた。もっと、修行を頑張らねば村を守る戦士にはなれんぞ、って。それでも俺は魔法の修行よりマリーと遊ぶことにうつつを抜かしていた。そんなある日、ドラゴンが山から下りて来たんだ、そして、村人を殺し、口から吐く炎で木造家屋を焼いて暴れた。父親は村の守護者として、戦った。いや、本来は俺が戦うべきだったんだ。俺の魔法の習得が遅いから、もう若くない父親が戦った。ドラゴンは言った。『村一番の美女を出せ。若くてピチピチした美女だ。俺は若い美女を食べれば、十五年以上眠りに就ける。どうだ?これ以上村を壊されたくなかったら、村一番の美女を俺に差し出せ』。父親は、『この村には美女などいない』と言って戦った。ドラゴンは父親の胸を爪で(えぐ)った。父親は村にある木と同化した。ドラゴンは木を焼いた。しかし、そのときには父親は枝から移って別の木に同化していた。するとその木をドラゴンは爪で抉った。そのときは父親は枝から移って別の木に同化していた。そんな追いかけっこをしているうちに、ドラゴンは木の下で腰を抜かしている俺を見つけた。『おまえは?あの男と似ているな?息子か?』。ドラゴンは俺の所に近づいて来た。『この若者の親父よ、俺にこいつを殺されたくなくば、姿を現せ』。すると父親は言った。『息子も魔法使いだ。もう自立した大人だ。自分の身は自分で守る』。俺は震えていた。小便まで漏らしていた。ドラゴンは言った。『本当に殺すぞ!』。父親は林の中から言った。『エコトス、剣を取れ、魔法を使え。おまえは戦士だ。この村を守る戦士なんだぞ』。俺の腰にはサーベルがあった。でも、俺は怖くてサーベルを抜くことすらできなかった。ドラゴンは容赦なく俺に襲い掛かって来た。父親は木から飛び出し、剣でドラゴンの爪を受け止めた。俺は逃げた。ドラゴンは炎を吐き、父親を焼いた。俺は木の陰に隠れブルブル震えていた。父親は黒焦げになって倒れていた。ドラゴンは大声で言った。『村の者ども、よく聞け。おまえらが村一番の美女を差し出せば、十五年間は平和を約束すると言っているんだぞ』。すると、俺と同じように木の後ろに隠れていた友達が言った。『エコトス、おまえの彼女のマリーが村一番の美女だよな?』。俺は驚いた。彼は俺の親友だと思っていた男だったからだ。『おまえ、何を言ってるんだ?』。俺は裏切られたのだ。すると、ドラゴンが巨大な口を俺の鼻先に寄せて、地獄から吹き出る轟音のような声で、俺に言った。『おまえの彼女、マリーを俺の前に連れて来い!』。俺は首を横に振った。『で、できない、俺には恋人を売るような真似はできない』。すると、ドラゴンは言った。『じゃあ、おまえが死ぬか?』。『嫌だ、死にたくない』。『では彼女を連れて来い』。『嫌だ、・・・ぎゃあ!』ドラゴンは俺の肩を爪で抉った。俺は悲鳴を上げた。『いてえ、いてえよぉ。』。『さあ、おまえの女の居場所を言え。その女がいる場所を指さすだけでいい。さあ、その場所を指し示せ』。その場所は俺の背後にある家だった。そこにはマリーが家族と共に隠れていることを俺は知っていた。ドラゴンはもう一度俺の肩を爪で抉った。『ぎゃあ、ぐわっ』。『痛いだろう?次は足を噛み切ってやる。さあ、彼女はどこにいる?』。俺は言った。『本当におまえはマリーを食べたら、十五年以上眠りに就くのか?』。『そうだ、嘘はつかない。十七年前は他の村の若い美女を食べたのだ。今回はこの村を俺は選んだ。さあ、彼女はどこだ?指し示せ。女一人の命で貴様らの十五年の平和が保障されるのだぞ。安いとは思わんか?それともおまえは今すぐここで俺に殺されたいか?』ドラゴンは俺の胸を爪で抉った。『ぎゃあ、』。『次は首を噛み切ってやる。彼女の居場所を知るのはおまえだけではないだろうからな』。『い、言う。だ、だから、殺さないで、くださ、い』。ドラゴンは俺の顔に鼻息がかかるほどにその恐ろしい顔を寄せて言った。『ほう、どこだ、マリーという娘はどこにいる?』。『こ、ここです。お、俺の、後ろの、この家に』。ドラゴンはすぐに俺を跳び越え、俺の背後の木造家屋を破壊し始めた。『マリー、どこだ?マリー』壁を壊すと、マリーが彼女の両親と共に震えているのが見えた。俺はマリーを売った。我が身かわいさに、自分の恋人を売った。目の前でドラゴンは俺の恋人、マリーを食い始めた。その前に抵抗した両親は大けがを負わされ、近くに倒れた。『美味い、美味いぞ、久しぶりの若い美女の肉だ!』。俺はまだ腰を抜かしていた。目の前で恋人マリーの足が食いちぎられ、腕が食いちぎられた。彼女の顔は絶望の表情だった。一瞬彼女は俺を見たような気がした。しかし、次の瞬間、ドラゴンは彼女の頭を食いちぎった。『ああ、美味いなぁ。やっぱり食べるなら若い美女に限るなぁ』。俺の前でドラゴンはマリーの全身を骨の髄まで食い尽くした。『美味かったぞ。おまえの恋人は』。俺はまだ怖くて立てなかった。『さあ、もう、いい、だろう?や、約束通り、わ、若い美女を、く、食ったんだ。か、帰って、くれないか?』俺はそう言った。ドラゴンは笑った。『美味かった。約束通り山へ帰ろう。わっはっは。おまえは恋人を売った村の救世主だよ』。ドラゴンは山に去って行った。マリーの両親も俺の父親もまだ生きていた。村に平和は戻っても、俺への村人の態度はまるで人を見る目ではなかった。裏切り者、恋人を売った者、『村を救った?でも、恋人を売ったんだぞ』、そんな声が聞こえてくるようだった。俺は、『いや、先に親友に裏切られたのは俺なんだぞ』と言おうとしても、マリーの食べられている姿を思い出すと、何も言えなかった。すべて俺が悪いのだ。何日後かに俺の父親は死んだが、死際に俺に言った言葉がこれだった。『おまえは最低な男だ』。俺はもう村にいられなかった。村を出た俺は行き場所がなかった。そんなときに、アトリフと出会ったんだ」

エコトスの長い話は終わった。

ザザックは言った。

「最低な話だな」

アトスは何も言わなかった。

ラレンはエコトスに訊いた。

「なんでそれで、おまえはアトリフの仲間になったんだ?」

エコトスはチラリとアトリフを見てから言った。

「アトリフが言ってくれたんだ。ともに修行して、強くなったら戻って来て、ドラゴンに復讐しようって」


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