170、ジイの昔話
ユリトスは馬に揺られながら、後ろについてくるバルガンディたちの武力について考えていた。
「弓は魔法に対し有効な武器だ。とくにアンダスの魔法、空間を腕が越えて敵の喉元に刃を持った手が現れるという恐ろしい魔法、接近はできないが弓矢ならば離れた位置から攻撃できる。ましてや、バルガンディ配下のあのキメラという男、弓の名手だ。奴がいればアンダスも怖くはない。む?私は結局奴らの武力を当てにしているのか?」
一行はひたすら森の中の街道を西に進んだ。
「オーリよ。この森はいつまで続くのだ」
「森の中で何泊もしなければなりません」
「そうか。森を抜けたらハイン国か?」
「いいえ、国境は森の中にあります」
「町か村があるのか?」
「はい、コランという林業の町があります」
「そこまで、どのくらいだ?」
「二日」
「二日か」
その晩、一行は途中の広場でテント泊した。バルガンディの五十人の騎馬部隊もテント泊した。広場と言っても五十人がテントを張るスペースはなく、入りきれなかった者たちは街道の道端にテントを張った。
テントのあるところには炊煙が上がった。
五味たちはポルトスが料理するのを涎を垂らして待った。
五味たちは料理を待つあいだもときどき、アリシア、オーリ、美女に化けたナナシスの体を見た。
「やっぱ、アリシアの体はいいよ」
加須が言った。五味も頷いた。
「うん、それは確かだ」
九頭は言った。
「ナナシスやらせてくれねえかな?」
加須がツッコんだ。
「やらせると言ってもアソコは男だぜ。おまえそういう趣味あったのか?」
「あ、そうか。あまりに美しいんで忘れてたよ。あいつ男だ」
「ラーニャの括れが忘れられねーよ」
五味はしゃがんで顎を手の甲に載せて空を見て言った。九頭は笑った。
「五味はやっぱりラーニャ派か?」
五味は言う。
「体全体のバランスはアリシア、括れだけはラーニャ、感触はオーリ、顔は・・・」
加須は言う。
「顔は誰なんだよ?」
「ナナシスかな」
五味がそう言うのでふたりはナナシスを見た。二十代の完璧な美女がそこにいた。
「うん、顔はナナシスだ」
「他の部分もナナシスじゃねーか?」
「アソコ以外はな」
三人はそんなところで意見が一致した。そして笑った。
ナナシスがお椀にスープを入れて三人のしゃがんでいる所にやって来た。
「何を話しているんだ?」
「お、男が来たぞ」
「いやね、ナナシス、このメンバーで誰が一番美人かなって話してたんだ」
ナナシスはそれに答えた。
「ジイだろ」
三人は爆笑した。
「ジイなわけねーだろ?」
「同性愛だとしても、最下位だろ?」
「いや、俺、同性愛でも絶対無理」
四人はおおいに盛り上がった。
ユリトスの所にいたジイはその様子を見て言った。
「いいですなぁ、若いというものは、わしも若返りたいです」
ユリトスはスープを飲んで笑って言った。
「ドラゴンにお願いしますか?」
「いえいえ、わしなんぞがそんな願いをしたらバチが当たりましょう」
ポルトスは笑って言った。
「べつに構わないんじゃないですか?若返るくらい」
ジイは冗談交じりで言った。
「それでは二十歳に戻してもらおうかの?」
ユリトスは言った。
「ジイ殿の二十歳は見てみたいものですな」
「そうじゃな。わしはすでにその頃から、ガンダリア王室に仕えておりました」
「先代の王がお生まれになった頃ですな?」
「はい、わしは先代の王の養育係を仰せつかりました」
「二十歳の若さでですか?」
ポルトスが訊いた。
「はい、わしにはそういうのが性に合っていたのだと思います」
ユリトスは言った。
「たしか、先代の王に剣の手ほどきをしたのもジイ殿でしたな?」
「はい、わしは若い頃は自慢じゃありませんが、剣技には他の者をしのぐものがありました。いやいや、ユリトス殿のような剣豪というほどではありませんでしたが」
「うむ、先代の王についてもっと話してくだされ。あ、そうだ」
ユリトスはそう言って、五味らに声を掛けた。
「ゴーミ陛下。こっちへ来てくれぬか」
五味は立ち上がった。
「なんです?」
「ジイ殿が昔話をしてくれるぞ」
九頭と加須も「それは面白そうだ」と立ち上がって、オーリやアリシアも集まった。チョロとナナシスも仲間外れは嫌なのでジイの周りに集まった。
ジイは言った。
「いや、こう、集まられると照れ臭いな」
ユリトスは言った。
「ジイ殿、先代のガンダリア王について我々の知らぬところがあると思う。この旅はあの方に会うのが目的でもある。お話しくだされ」
「う、うむ、わかった。そうじゃの・・・わしは二十歳で先代の王の養育係になり、剣技などを教えた。王は筋がよく、成長するとわしなどより立派な剣士になられた。その頃はもうユリトス殿と王は親しい間柄でしたな?」
「うむ、私のことはいいよ。ジイ殿、先代のガンダリア王の話をしてくれ」
「そうじゃの、先代の王は、二十歳で王座を継がれた。立派な王じゃった。二十二歳で結婚し、二十五歳のとき子宝に恵まれた。それがゴーミ陛下あなたです」
五味は訊いた。
「立派な王でもハーレムで遊んだの?」
「え?そこ?」
ジイは困った。
「先代の王は、ハーレムで遊ぶことはあった。しかし、ハーレムには王しか入れぬゆえわしには中でどんなことをしていたのかわからない」
五味は言った。
「な~んだ。立派な王でもやることはやってんだ」
ジイは言った。
「陛下。なぜ、わしが思い出話を真面目にしているときに、水を差すのです?先代の王も男です。それはハーレムがあれば遊ぶでしょう」
五味はニヤニヤしていた。
「ふふふ、立派な国王にもそういう点があったんだな。じゃあ、俺も立派な国王になれるな」
ジイは言った。
「しかし、先代国王は二十歳で王座に就かれてから、王座を投げ出すことなく立派に王としての仕事をなさいました。伝統的に続いていたロンガとバトシアとの戦争も、あの方の代で終わるかとわしは思っていました」
「終わらなかったの?」
「陛下の生まれる前でしたから、これは歴史の勉強でしたでしょうが、あの頃、悪いドラゴンがバトシアに向かって飛ぶのを多くの者が見ました」
五味と九頭と加須は驚いた。
「「「悪いドラゴン?」」」
「ええ、わしたちもドラゴンの存在は伝説のようなものだと思っていました。しかし、その悪いドラゴンが、ガンダリアの上空を飛びバトシア方面に飛んで行くと、ガンダリア国内には不安が生じ、国内の治安が悪くなりました」
五味は訊いた。
「ドラゴンが通過しただけで、治安が悪くなったの?」
「はい、国民の感情というものはそのようなものなのだと思います」
九頭は言った。
「バトシアでは何があったの?その悪いドラゴンが、何かしたの?」
ジイは言った。
「それはあなたがよくご存じのはず、クーズ王、あなたの叔母に当たるクリスティーナ姫が攫われたのです」
「「「ええ?」」」
もう三人は驚いて何も言えなかった。ドラゴンは神様みたいなものだと思っていた五味たちは悪いドラゴンについて初めて知った。
ジイは続ける。
「それ以来、ロガバの世は乱れ、戦乱が続きました。わしはそんな中、ゴーミ陛下の養育係となりました。わしは王にその役を辞退したいと言いましたが、どうしてもとおっしゃるので受けることにしました」
五味は訊いた。
「どうして、辞退しようとしたんだい?」
「二代続けての養育は国の発展のためにも良くないと思いましたし、わしはそのとき五十代です。ゴーミ陛下にとっておじいちゃんでしょう?おじいちゃんが養育係をするなどやはり陛下のためにならないと思ったのです。ですが、先代国王はわしでなければならないと強く希望したためわしもお引き受けしました。そして、あの事件が起きました。ゴーミ陛下が十四歳のとき、つまり一年と少し前、ある朝、国王陛下夫妻を起こしに行った侍女が、寝室に陛下たちの姿がないのを見つけました。わしらは最初は陛下たちがお忍びでどこかへ行かれているかと思いました。しかし、陛下夫妻は戻って来ませんでした。そして、それはバトシアとロンガでも起きていたことがわかったのです。ロガバ三国の国王夫妻が突如消えた謎の事件です。すみません、みんなが知っていることを、知らないかのように語ってしまいました」
五味たちは初めて聞いた話だった。この話をユリトスたちは当然知っていて旅をしていたのだ。無論、十五歳の三人の国王に途中から転生した五味たちもこの事件は知っているとみなされていたのだ。もちろん五味たちは転生前のことなど知る由もない。
九頭は言った。
「悪いドラゴンは、クーズ王、俺の叔母さんのクリスティーナ姫を攫って行った?」
ユリトスは九頭の顔を見ていた。
ジイは頷いた。
「はい、叔母様はドラゴニアのどこかにいるかもしれません」
「それは西か?」
九頭は言った。
「この街道を西へ行けば、そのクリスティーナ叔母さんはいるのか?」
ジイは首を横に振った。
「わかりません。悪いドラゴンがどこにいるのか、我々は知らないのです」
九頭は言った。
「じゃあ、その叔母さんを救出するのも俺たちの旅の目的だよね。ユリトスさん、そうでしょ?」
ユリトスは頷いた。
「うむ、しかし、我々は何でもできるわけではない。ドラゴンから救出するなど人間にできることなのか」
五味は言った。
「じゃあ、俺たちドラゴンの血でその悪いドラゴンじゃない別のドラゴンにお願いすれば、そのクリスなんとかっていう叔母さんを助けることができるんじゃないか?」
ユリトスは頷いた。
「うむ。しかし、もしかしたら、ドラゴンというものが、その悪いドラゴン一頭しかこの世にいない可能性もある」
「「「ええ?」」」
加須は言った。
「ドラゴンって神様みたいな存在じゃないの?」
ジイは言う。
「神とは善を司り、悪も司る者でもあるらしい」
「そんな・・・」
五味たちは下を向いた。
五味たちは悪いドラゴンの存在を知り、この旅の行く末にあるものに不安を感じた。もしかしたらドラゴンに殺されるかもしれない。そう思ったりもした。この旅はただの旅行じゃない、改めて思った。
ポルトスが言った。
「さあ、スープが冷めないうちに飲んでくれ、食べよう」
五味たちはポルトスの美味いはずの食事が美味く感じなかった。
一同は食事を終えるとテントに入った。




