146、ユリトスの迷い
「どういうことです?国境を越えるには内戦が勃発するのを待つしかないって?」
ポルトスが訊いた。
ユリトスは答えた。
「難民がハイン国に流れればそれに紛れて行けるだろう?」
アラミスは言った。
「しかし、先ほど言ったように、国境は封鎖されています」
「その封鎖を破るのが難民の力じゃないか」
ユリトスは言った。
「地図を見てみよう。オーリ、先ほど買った地図を出してくれ」
オーリは地図を出した。
「デラン王国西部の地図です」
「うむ、ここが現在我々のいるチェインの町だ」
五味は地図を覗いて驚いた。
「え?チェインはこんなに東にあるの?」
「うむ、デランの王都がいかに東に寄っていたかがわかるだろう」
アリシアが言った。
「デラン王国の西部って広いのね。私たちロガバの人間にとって、国がこんなに広いなんて、感覚としてはなかったわね」
オーリが言った。
「国境に行くまでに、何泊もしなければいけないわ」
ジイはユリトスに訊く。
「国境に行って、内戦を待つのですか?」
ポルトスは言う。
「待って、内戦が起きなかったら我々は待ちぼうけですよ」
ユリトスは腕を組んで考える。
「うむ、そうだな。うむ」
チョロは笑った。
「へへ、ユリトス先生困ってら」
ユリトスはチョロを睨んだ。
「チョロ、おまえに何かいい案はあるか?」
チョロは笑って言った。
「ドラゴン街道にこだわらなければいい」
「なに?」
チョロは地図を指した。
「ドラゴニアは広大な大陸だ。北の海は遥か彼方。南も山岳地帯が広くある。どこか、西のドラゴンのいる場所まで行ける抜け道を探せばいい」
ジイは言う。
「地図を見てわからんのか?そんな道などないぞ」
チョロは笑う。
「じいさん、バカか?抜け道が地図に載ってるかよ」
チョロはユリトスの眼を見た。ユリトスと視線が合った。
「どうだい?ユリトス先生。俺の言ってることは間違っているかい?」
ユリトスは言った。
「間違ってはいない」
オーリは地図を見た。
「地図に載っていない道か・・・」
レストランでこうして話し合っていると、そこへアトリフたちが入って来た。
五味は言った。
「あ、アトリフ、ラーニャ・・・」
アトリフは笑って言った。
「やあやあ、みなさん。なにか相談中だったのかな?」
五味はアトリフを無視してラーニャに言った。
「ラーニャ、俺たちの所に帰って来いよ」
ラーニャは首を横に振った。
「あたしはザザックについて剣の腕を磨きたい」
「ユリトスさんに教わればいいじゃないか?」
「ユリトスさんはもう強くない」
ラーニャはそう言った。
「ザザックのほうが強い」
「ラーニャ、本当にそう思っているのか?」
「ええ、だって、ユリトスさんは、敵を殺せないもの」
五味はユリトスの顔を見た。ユリトスはむっつりと黙り込んでいる。
ユリトスはラーニャに言う。
「ラーニャよ。剣は何のためにある?」
ラーニャは意外な質問に不意を突かれたが、すぐに答えた。
「もちろん、人を殺すためじゃない?」
「そう思うならば、私が師になるより、ザザックのほうが適任だな」
ザザックは笑った。
「お、認めるのか?自分の弱さを」
ユリトスは言った。
「弱さではない。私は剣は何のためにあるか今考えているのだ」
ザザックは言う。
「その迷いが、あんたの剣を弱くしているんだよ」
「そうかもしれないな」
ユリトスが考え込んだのを見てオーリが悔しそうにザザックを見て言った。
「ユリトス様はあんたみたいに人でなしじゃないわ」
ザザックは厳しい眼をして、オーリに言った。
「剣は人を殺すものだ。それは不変の真理だ。どんな屁理屈をつけようと、その真理は変わらん」
オーリはザザックの言葉は正しいと思った。しかし、感情的にそれを認めるのは悔しかった。何も言い返せなかった。
ラーニャは言った。
「ユリトスさん。あまり高尚なことばかり考えていると、死ぬわよ」
ユリトスはラーニャの顔を見た。
「おまえもいっぱしのことを言うようになったな」
「なによ、親みたいなこと言って」
ユリトスは微笑んだ。
「おまえの親父さんを殺したのは私だからな」
ラーニャは顔を歪めた。
「あのときのユリトスさんは強かった。でも今は、あたしの親父でもあなたには勝てるような気がする」
「そうかもしれんな」
ユリトスはまた微笑んだ。
「ところでアトリフ」
ユリトスはアトリフを見て言った。
「ここに何の用だ?」
アトリフは笑った。
「ははは、何の用?人がレストランに来るのは何の用だろうな?食事に決まっているだろう」
アトリフ一行は別のテーブル席に着いた。
ユリトスは立ち上がった。
「店を出よう。茶を飲むだけでこれ以上いるのは店に申し訳ない」
五味たちは立ち上がり、店を出た。五味は店を出るときラーニャと目があったが、ラーニャはすぐに逸らしてしまった。




