12、アリシア
五味と九頭は終わったと思った。ふたりは松から飛び降りた。
ゼトリスという男は笑って言った。
「ふふふ、懸賞金一億のうち五千万が私の物ですか。ふふふ」
宿の中にはアリシアの姉カトリシアがまだ起きているのか小さな明かりが窓から漏れてくる。その薄明かりの中に、ゼトリスという男の顔が浮かび上がった。紳士みたいな服装をして、顔は残酷そうな細身の男だ。突き刺すために作られた細い剣レイピアを抜いている。
「殺しはしませんよ。なにしろあなたは国王ですからね、クーズ王様。そしてもうおひとりはガンダリア王との噂。これは大手柄だ」
五味はがくがく震えている。捕まれば死刑かもしれない。いや、ここで殺されるのか?
九頭はビビっているのに違いない。先ほどトイレに行こうとしてキャンセルになっていたので、その分のおしっこを漏らしてしまっている。
「いけませんねえ、おもらしですか。くっくっくっ」
ゼトリスは縄を取り出した。
「おとなしく縛られれば、ケガはありませんよ」
「縛られるのはおまえだ」
ゼトリスはその声を聞いてゾッとした。背後に大柄な男の影があった。その大柄な男はげんこつでゼトリスをぶん殴った。そして地に倒れたゼトリスを後ろ手に縛ってしまった。口にはハンカチを噛ませ、喋れなくした。
大きな男の影は言った。
「ご無事ですか?陛下、いや、ゴミトス殿」
それはポルトスだった。
五味は嬉しさのあまり涙が出た。
「ポルトス!」
そして、ポルトスの後ろからもうひとり現れた。
「アラミス!」
五味はこれで安心して旅ができると思った。
五味は言った。
「今、この宿の主人が都に馬を飛ばして警察を呼びに行った。すぐに逃げたい」
「わかりました。では行きましょう」
ポルトスが言うと、五味はこう言った。
「この世界の地図を持って行きたい」
アラミスが言った。
「これよりさらに東に、バロンという小さな町があります。小さな町といっても本屋ぐらいはあります。そこで買いましょう」
「カネはあるのか?」
「あなた様の逃亡資金が、私とポルトスの懐にあります」
こうして、四人は宿を出発した。先頭にポルトスがランプを持って歩いた。四人は東に向かった。
草原の道を東へ歩いた。東の空が明るくなってきた。
日が昇る頃、後ろから声がした。
「おーい、待ってぇ」
五味たちが振り向くと、それはアリシアだった。
「あたしも連れてって~」
五味と九頭は笑顔になった。
「アリシア!」
「クーズ陛下、ゴーミ陛下、あたしも旅に連れてってください」
ポルトスは言った。
「君は?」
「あたしは無職のアリシア。お姉ちゃんはさっきの宿の奥さん。その旦那が、警察を呼びに王都に行ったんでしょ?お姉ちゃんから聞きました。ところでどこへ行くつもりですか?」
五味は言った。
「ロンガまで」
アリシアは首を横に振った。
「そうじゃなくて、最初の目的地です」
アラミスが言った。
「東のバロンまで行って地図を買おうと思ってるんだ」
「それじゃダメです。追手に捕まります。地図はあたしが持って来たわ。それにあたしはこの辺の地理に詳しいの。追手が来ない道もわかります」
ポルトスは笑顔になった。
「本当か?助かる」
「案内します」
アリシアを先頭に、東に向かう街道から北向きの横道に逸れた。
しばらく行くと、針葉樹の森に入った。アリシアは獣道みたいな道をずんずん行く。
九頭は訊いた。
「しかし、アリシア、どうしてこの道に追手が来ないって言えるんだい?絶対来ないとは言えないだろ?」
「絶対来ないわ。だって、この森にはサーベルタイガーが出るんですもの」
「え?」
九頭は訊いた。
「サーベルタイガーって?」
アリシアは答えた。
「牙がサーベルのように長い虎のことよ」
「え?それが出るの、この森?」
九頭は上を見た。木の枝で空がほとんど見えない。
烏がギャアギャアと鳴いている。
すると近くの茂みがガサゴソ動いた。あきらかに大型動物がいる。
「ガルルルッ」
五味たちは冷や汗を流した。
そいつは姿を現した。姿大きさはほとんど五味たちが知っている虎だが、牙が二本サーベルのように長い。眼は獰猛そうであきらかに五味たちを敵視していた。
ポルトスとアラミスはサーベルを抜いて構えた。
それをアリシアが笑って制した。
「ダメよ、そんなものサーベルタイガーには効かないわよ」
彼女は鞄からきんちゃく袋を取り出した。その口の紐をゆるめて、サーベルタイガーの後方へ投げた。
すると、その猛獣はその袋を追いかけて後ろの茂みに入って行った。
アリシアは言った。
「今よ、走って逃げるわよ」
五人は走って森の中を先へ向かった。
アラミスはアリシアに訊いた。
「今のは、何なんだい?」
「羊の内臓を乾燥させて粉にした物よ。猛獣は大抵あれに釣られて追いかけるわ」
「ふ~ん、初めて知ったよ」
五人は森の中を駆けて北へ向かった。
しかし、少し広いところへ出た。そこで五人は足を止めた。
なぜなら、そこでサーベルタイガーの親子が牛を食っていたからだ。
親子は食事中に現れた人間を見て、敵意をむき出しにした。
アラミスは言った。
「アリシア、さっきの粉はある?」
「少しあるけど、あそこに牛の死体があるのに、そっちに興味がなくてこっちを睨んでいるから、きっとアレを投げても効果はないわ」
五人はもうダメだと思った。さすがのポルトスもアラミスも震えていた。
「ガルルルッ」
母親と子供三頭は五味たちに近づいて来た。
しかし、親子は足を止めた。そして、おとなしく引き返していった。
五味たちは不思議に思った。なんだろう?
すると、森の中からキーン、キーンと金属の音が聞こえて来た。




