1173、病室の三人
地井や医師たちは全員出ていった。
病室は個室だった。
あきらかにVIPの個室だった。
五味はパジャマを着ていた。
そこへドアをノックする音が聞こえた。
五味は「どうぞ」と言った。
すると九頭と加須がパジャマとスリッパ姿で入って来た。
「「おお、五味!」」
「九頭!加須!」
五味は言う。
「九頭、加須、俺たちは転生したんだよな?」
九頭は言う。
「ああ、再転生だ」
五味は言う。
「俺は総理大臣なのか?」
加須は頷く。
「ああ、そうみたいだ。九頭が外務大臣。俺が財務大臣だ」
「マジかよ」
加須は言う。
「カース、クーズ、ゴーミは相当賢い立派な少年だったみたいだ。転生すると、この日本の社会をよく勉強して、『子供に投票権を!』と全国の少年を集めて国会議事堂の前でデモを行ったんだ。そこで、政府は折れて、選挙権、被選挙権を十五歳まで引き下げた。そしたら、全国で少年党から出た候補が勝って過半数を獲得して与党になったんだ。そして、代表のゴーミが総理大臣、クーズが外務大臣、カースが財務大臣になったんだ。今は、国会で選挙権をさらに下げて、物心がついた時点で選挙権が得られるように議論されているんだ」
五味は言う。
「わけがわからない。俺が総理大臣で九頭が外務大臣、加須が財務大臣?」
加須は頷く。
「ああ、そうだ」
五味は言う。
「そういえば、さっき、ジイとヨッチャンがいたぞ」
「ジイは五味の第一秘書・地井だ。ヨッチャンは、この病院の医者で、名字は知らんが、名前は良雄だそうだ」
五味は言う。
「そうか、俺はドラゴンに願いを言った」
九頭は言う。
「どんな?」
五味は言う。
「来世でも冒険した仲間と共に生きられるように。そう言った」
加須は言う。
「なるほど、それでか。俺の秘書にアリシアがいた。正確には有志阿だ」
「え?マジか?」
五味が言うと、九頭が言った。
「俺の秘書にも大里という女がいる。オーリと瓜二つだ」
五味は言う。
「じゃあ、俺の秘書にもラーニャはいるか?」
九頭は言う。
「ああ、いるいる。羅新谷。あの括れは健在だ」
五味は言う。
「そうか。で、これから、どうする?」
加須は言う。
「俺は歌手になりたい。正直、財務大臣なんてできないよ。これは逃げるわけじゃないけど俺にはまだ荷が重すぎる」
五味は言う。
「アリシアは?」
加須は答える。
「有志阿は歌が上手い。一緒にプロの歌手を目指そうと思うんだ」
九頭は言う。
「大臣の座を捨ててか?」
「もちろんだ。じゃあ、九頭はどうする?」
「俺か?俺は大里と・・・大里は秘書ではなく医者になりたかったそうだ。それをクーズが一目惚れして秘書にしちまったらしい」
加須は言う。
「クーズも九頭と同じ女を選ぶんだな」
九頭は言う。
「俺は大里を医者にさせてあげたい。俺も政治から逃げるわけじゃないけど、政治家をやるならば、知識が足りなすぎる。大里と一緒に大学に行くよ。そして、いつか、本物の政治家になるんだ」
五味は言う。
「外務大臣をやりながら勉強すればいいじゃないか?」
九頭が言う。
「俺にできると思うか?でもな、将来は違うと思うんだ。俺は外務大臣にも総理大臣にもなれるかもしれない。若いからな」
五味は微笑んだ。
「そうか」
そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「そろそろ、夕食のお時間です」
五味は外を見ると、夕方だった。東の空に満月が浮かんでいた。
三人は懐かしそうにその満月を見た。ついさっきまでそこにいたと思いながら。
ドアを女性看護師が開けた。
「お食事の時間です。九頭先生と加須先生はご自分のお部屋にお戻りください」
五味は言う。
「ここで三人で食べたいんだけど」
看護師は言った。
「わかりました。ご用意いたします」
食事が運ばれてくると、五味の食事だけ、お粥だった。
「なんで、俺だけ?」
看護師は言った。
「一週間、点滴で生きていらしてさっき目覚めたばかりだからです」
「ふ~ん」
五味は仕方なくそれをベッド上で食べた。九頭と加須は室内に置かれたテーブルで食べた。
食べ終えると、五味はベッドに寝転んだ。
そして、天井を見た。
「俺は総理大臣をしたいのだろうか?」
五味は異世界での冒険の数々の記憶が頭から抜けなかった。
五味は九頭と加須に言う。
「なあ、ふたりとも」
「「なんだ?」」
「おまえら、あっちの世界の記憶が薄れていくのってどう思う?」
九頭は答えた。
「嫌だな」
加須も答える。
「ああ、いつまでも鮮明に覚えていたいよな。ははっ、おい、おまえら、今、RPGとかしたいと思うか?」
九頭はニヤッと笑った。
「したいとは思わないな」
五味も笑う。
「ああ、現実に経験しちまったもんな。魔王だぜ?しかもふたりも」
五味は言う。
「でな。俺はあの世界の記憶を書き留めたいんだ。小説にして」
九頭は言う。
「ああ、向こうで言ってたな。小説家になるのか?」
「ああ」
加須は言う。
「総理大臣は辞めるのか?」
「辞める」
九頭は言う。
「また俺たちは逃げるみたいなカタチになるな」
五味は笑う。
「いや、今回は逃げじゃないさ。やりたいことをやるんだから」
九頭は笑う。
「わかってるよ」
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「総理、開けてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
それは地井だった。
「明日は精密検査を受けられます。そして、明後日以降、体調が戻り次第、記者会見に臨んでいただきます。よろしいでしょうか?」
五味は言った。
「精密検査はいらない。明日、記者会見に臨むよ」
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ」
「では段取りをつけて参ります」
地井は出て行こうとした。
そこを五味が呼び止めた。
「待ってくれ。地井、羅新谷を呼んでくれないか?」
地井は言った。
「かしこまりました」
しばらくすると羅新谷が来た。
それはラーニャそのものだった。
九頭と加須は大里と有志阿を呼んだ。
病室に六人が集まった。
五味は言う。
「ラーニャ、俺たちとの冒険、覚えていないか?」
羅新谷は首を傾げる。
「冒険?総理がデモを主導した頃のことですか?」
五味はもう何も聞かないほうがいいと思った。
しかし、この女は間違いなくラーニャだと信じた。
話は盛り上がらないどころか、できなかった。
大里と有志阿と羅新谷は病室を出て行った。
五味は怒って言った。
「俺はあの仲間とこの世でも共に生きていくように願ったはずだ」
九頭は言う。
「でも、こうして六人揃っただけでも運命だよ」
加須も言う。
「ああ、有志阿はアリシアだ。声も同じだ」
五味は言う。
「でも、前世の記憶がないんじゃ、別人だよ」
加須は言う。
「でも、性格とかは変わらないようだぜ」
五味は言う。
「人格って何なんだろうな?記憶を失ったら別人になるのかな?」
九頭は言う。
「それは違うだろう」
五味は言う。
「じゃあ、体とか性格が同じならば、同じ人間なのかな?」
九頭は言う。
「俺は大里とこれからも生きていくぜ」
加須も言う。
「俺も有志阿と歌手を目指す」
五味は言う。
「そうか、わかった。俺も羅新谷を彼女にするよ。じゃ、明日、三人で記者会見に臨もう」




