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1154、ゼランの母

ゼランは後ろに振り返り鳥居の向こうにいる五味たちを見た。彼らの背後にネズトスが卵を持って隠れていた。

「ふはははははは。その卵だ。それさえあれば、俺は!」

ゼランは手を振り上げた。

「その卵、斬らせてもらうぞ」

ラレンは悟った。

「空間操作だ!空間を超えて、一撃が卵に振り下ろされるぞ!」

しかし、ゼランの手は振り下ろされなかった。

アラミスとザザックが背後から刺していたからだ。

「ぐ、ぐぶっ。お、おのれ、人間ども、寄ってたかって、俺をいじめるのだな?」

ラレンは鼻で笑う。

「ふん、千年以上生きている化け物のくせに」

ゼランは鳥居の向こうのラレンを睨んで言う。

「化け物か・・・そうだ、俺は魔王の子として育てられた。普通に人間の子供と遊ぶことなどあり得なかった。唯一話し相手となってくれたのは母さんだった。母さんは優しかった。よく俺に歌を歌ってくれた。そこに死んでいる小娘のソプラノのような美声ではなく。もっと素人の下手だが愛情の籠もった歌だった。俺は母さんを通して人間を知った。母さんは言った。『あなたが人間を支配して、素晴らしい世界を作るのよ』。俺はその言葉を指針として生きて来た。俺は人間を支配する。そのために生きる」

オーリは言う。

「お母さんはどうしてドラゴンの魔王などと結婚したの?」

「人間が嫌いだったからだ」

「なぜ?」

「幼い頃から、いじめられていたからだ」

「いじめ?」

「母さんはなぜか周囲の人間にいじめられていたそうだ。美人だったが魔力が強かったからかもしれない。そのためにずっと孤独だった。それで、魔王である俺の父に出会い結婚した」

アリシアを抱く加須は言う。

「おまえのお母さんは人間を嫌いだったとは思えない」

「なに?」

「おまえに歌って聞かせた歌はたぶん人間の世界のものだったのじゃないか?」

「そうかもしれない。そうかもしれないが、母さんはいつも自分をいじめた人間のことを悪く言っていた。人間は悪い存在だと」

ラーニャは言う。

「そんな悪い存在を、なぜお母さんはあなたに支配させようと思ったのかしら?」

「人間を矯正するためだろう」

オーリは言う。

「あなたこそ、矯正されるべきじゃないかしら?そんな歪んだ思想を持っているのだから」

ゼランはオーリを睨んだ。

「なんだと?貴様、俺が歪んでいる?」

「ええ、お母さんも随分歪んでいたみたい。たしかにいじめられていたのは不幸かもしれないけど、だからといって人間を支配しろだなんて、歪んでいるわ」

ゼランはオーリを睨んで怒った。

「小娘、わかったふうなことを言うな!」

加須はアリシアを地面に横たえ立ち上がって言った。

「ゼラン、おまえはわかっていない。おまえのお母さんは人間だった。人間の歌を愛する人間だった。いじめられたかもしれないけど、支配しろとおまえに言ったかもしれないけど、人間の歌を愛していた。本当は人間を愛していたんだ!」

加須は再び歌い始めた。


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