11、一本松の宿
アリシアはふたりに言った。
「さあ、裏口から逃げて」
五味は言った。
「逃がしてくれるならおまわりさんを呼ばなくてもよかったんじゃないか?」
アリシアは言った。
「スリルがあるほうが面白いじゃない」
「え?」
「あたしも後からいくわ。王都の東の街道に一本松っていう大きな松の木があるの。その下に『松屋』という宿があるから、そこで待ってて」
「え?その宿は安全なのか?」
「姉夫婦が経営する宿よ。ほらこれ、あたしの名刺、ここにこう書いておくわ。『このふたりを匿って』。ほらこれを渡せばいいわ」
九頭が言った。
「恩に着る」
ふたりは裏口から逃げた。そのとき、表の方から声が聞こえた。
「この家の中にクーズ陛下とガンダリア王がいるぞ、娘、どこにいる?」
「二階から屋根を伝って隣の家に逃げたわ」
「なんだって?隣だ、隣の家を調べろ!」
五味と九頭は街中を縫うように歩いた。ふたりともフードをかぶっていた。
そして、王都から出ることに成功した。王都はとくに城壁に囲まれているなどしていなかったため、それが可能だった。
ふたりはフードを脱ぎ草原の街道を東に向かって歩き始めた。
「なあ、九頭、王都を出ると草原って、結構、国の規模が小さいんじゃないか?」
「そうだな、東京よりも小さいよな」
「奈良か京都みたいな感じかな?」
「日本のそのふたつの都は山に囲まれてるけど、こっちは草原なんだな」
「でも、まだ、バトシア国内なんだよな」
「うん、松屋か、牛丼食いてえな」
「ああ、腹減ったな」
「おい、あれ見ろよ。一本松じゃないか?」
「ほんとだ。でかい松だな。縄文杉みたいだ」
草原の中に一本だけ大きな松があった。
その松の下に一軒の宿があった。『松屋』と看板が出ている。
九頭は言った。
「しまった。食券を買うのにカネがない」
「バカ、それは牛丼チェーンのほうだろ。こっちはただの宿屋だ」
「しかし、漢字で『松屋』とは日本なのかな、ここ?」
「うん、ガンダリアもバトシアも中世ヨーロッパみたいな雰囲気だけど、言葉はしっかり日本語なんだよな」
「俺たちはタイムスリップしたのか?」
「いや、歴史上にガンダリアとかバトシアという国はあったか?俺は歴史に詳しくないからわからんけど」
「じゃあ、異世界転生か?」
「ウェブ小説みたいだな」
ふたりは笑った。
すると、宿から女が出て来た。二十代くらいの歳で、赤い髪、そばかすの顔。
「あんたたち、うちに泊まるの?」
五味は言った。
「あ、アリシアさんのお姉さんですか?」
「あんたたちは?」
「これを見てください」
「なにそれ、ふ~ん、アリシアの名刺じゃないの。匿って欲しい、ふ~ん」
女は笑顔で言った。
「じゃあ、入んな。あたしはアリシアの姉、カトリシア」
五味は言った。
「俺はゴミトス」
九頭は五味がそう名乗ったので、少し困った。偽名?
九頭は言った。
「俺はクズリス」
宿に入ると、主人の男が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
カトリシアは言った。
「あなた、この人たちは何かワケあって、追われているみたいなの。でも、見てこの名刺。妹のアリシアの物よ」
「ふ~ん。わかった。じゃあ、匿うとしよう。しかし、あなた方はこれからどこへ行こうと言うのです?」
主人は五味と九頭に席をすすめて言った。
五味はテーブル席に座って言った。狭い個人経営の宿の食堂である。
「ロンガ国まで行きたい」
「ロンガ?」
主人が首をかしげると、五味は言った。
「できればガンダリアを迂回して行きたいんですけど」
「ちょっと待ってな」
主人はちょっと奥に引っ込み、戻ってくると地図をテーブルに広げた。
「これは世界地図だ」
五味と九頭は興味津々で覗いた。
そこには南に海があり、その沿岸にバトシアがある。バトシアはボルメス川という大きな川の作った広い平野で、東西は山岳地帯で閉ざされている。地図にはその外が描かれていない。そして、ボルメス川の上流つまり北には、ガンダリア王国がある。これも東西は山岳地帯で閉ざされている。さらに北にはロンガ王国がある。
そして、五味は質問した。
「このロンガ王国の北にある『ドラゴニア』とはどんな土地なんですか?」
主人は答えた。
「ああ、ドランゴンのいると言われている土地だよ」
「「ドラゴン?」」
五味と九頭は同時に声を上げた。
「ドラゴンがいるんですか?」
主人は首を捻った。
「さあ、いると言われているがなぁ。誰も立ち入らない土地だからなぁ」
五味と九頭はワクワクした。まるでRPGの世界だ。
九頭は質問した。
「じゃあ、魔法使いはいるんですか?」
「いると思うかい?」
主人のその言葉に、九頭と五味はちょっと寂しさを感じた。
五味と九頭は二階の部屋をあてがわれた。ベッドがふたつなんとか入っている狭い部屋だ。小さな窓がひとつ王都から来た街道を見渡せる。
夕方は一階の食堂で鍋料理を振舞われた。これは洋風だった。他に客はいなかった。
食後、ふたりは二階の部屋に入った。
そのとき、宿のドアを開けて、アリシアが入って来た。
「姉さん、陛下は?」
「二階にいるよ」
アリシアは二階に上がりふたりの部屋のドアをノックした。
ドアが開くとそこには五味の顔があった。
「ゴーミ国王、クーズ陛下は?」
「中にいる」
アリシアは部屋に入り、五味と九頭と話をした。そして、一緒に、ガンダリア王国を迂回しロンガ王国に行くことが決まった。
アリシアは言った。
「じゃあ、明日の朝食を食べたら出発ね。あたしは隣の部屋に泊まるから」
アリシアは出て行った。
夜中、九頭が小便をしに階下のトイレに向かうと食堂に小さな明かりが灯り、宿の主人夫婦がひそひそ話をしているのが聞こえた。九頭は隠れてそれを聞いた。
「ねえ、あなた、やっぱり通報しましょうよ。あれはクーズ国王陛下よ。通報すれば一億ゴールドよ。アリシアには悪いけど、匿ったことがバレたら死刑よ。いやよ、そんなの、あたし、死にたくない。あなた、夜明けまでに馬を飛ばして、警察を読んで来た方がいいわよ。ね、そうしましょうよ」
「わかった。行ってくる」
主人は立ち上がり仕度をして出て行った。
これを聞いていた九頭は、静かに二階へ上がった。
「おい、起きろ、五味」
「んん?なんだよ。うるせえな、俺は今マリンちゃんとあれの最中なんだよ」
「寝ぼけてんじゃねーよ。やばいんだよ」
「なにが?」
「この宿の主人が今警察を呼びに行った」
五味は布団をはねのけて跳び起きた。
「マジか?」
九頭は言った。
「とにかく今からこっそり逃げ出したほうがよさそうだ」
「アリシアはどうする?」
「彼女はグルじゃないと思うが、う~ん、やっぱりふたりだけで逃げたほうがいいと思う。彼女の姉さんが通報しようって言ってたんだ。アリシアはその妹だからな」
「そうか、で、どうやって逃げる?」
「その窓から出て、松の木の枝を伝って脱出しよう」
「で、どこに行く?」
「さらに東だ。さっきの世界地図覚えているか?」
「ああ」
「東には山岳沿いに南北に延びる街道がある。そこまで行こう」
ふたりは窓の外へ出て、屋根から松の枝に移り下に降りようとした。
すると、下から声が聞こえた。
「夜中に木登りですか?風情がありますねえ」
五味は驚いて下を見て言った。
「誰だ?」
下の人物は言った。
「アトリフ五人衆のひとり、ゼトリスと申します」




