第6話 本格的に道程を進む
翌朝。
(……昨晩は、中々寝れなかったな)
ベルゼーラはそう思いつつ、宿のエントランスにある喫茶室でコーヒーを飲んでいた。
「旅の方、体調が悪そうな感じがしますな。大丈夫かい?」
そこのマスターが声をかける。
「……ああ、はい。一応は」
ベルゼーラは、そう返した。
マスターは少し考えると、棚の端にある袋から赤茶色の小さな木の実を取り出した。
それをベルゼーラに渡した。
「これは?」
「ノヨの実と言いましてな。睡眠不足に効くとされているモノです」
確か、トルゼルガ王国にしか生息していない木の実だったはずだ。
実物は初めて見たし、貴重な木の実だと聞いているが……
「良いんですか?この実を、見ず知らずの自分なんかに」
そう伝えると、マスターは微笑んだ。
「只の旅の方には見えんて、これから過酷な旅をすると……長年の勘が働いているからなぁ。気にせずに貰ってください」
「ありがとうございます」
ベルゼーラは、コーヒー代に気持ちを少し上乗せしてお金を出した。
そして、会釈をして喫茶室を出た。
「……この国の事を、頼みますぞ。ベルゼーラ殿」
▪▪▪
「おはよう」
タツヤが宿を訪れた。
「随分早いな……まだ集合時間じゃあないだろう」
ベルゼーラが言うと、タツヤは苦笑する。
「あれから、各都市で警備している剣士に連絡したんだが……無事に通れる場所が少なくてな。ちょっと遠回りになるから、確認を兼ねて迎えに来たんだ」
「なるほど」
その時、3人も宿のエントランスに出てきた。
「丁度良かった」
エントランスの待合室で、道程の確認を始める。
タツヤは、昨日の地図を出した。
「最短の距離で行ける道は、かなりの被害があると報告を聞いている。その他の道を検討した結果、西側の沿岸道を通るルートが妥当と考えた」
ペンで、その箇所をなぞる。
「ちょっと遠回りになると言ったが、時間にして30分強がさらにかかるぐらいだ。途中、エッテル村で休憩を取るぞ。……と、確認はこれぐらいだ。準備が出来たら、声をかけてくれ」
▫▫▫
準備が整ったところで、5人は宿を出た。
エッテル村までは、2時間半の道程である。
「しかし、まさかベルゼーラが異変調査だなんてな」
その道中、タツヤがそう言う。
「女王陛下から、直々に調査に乗り出すように命令があったんだ」
「なるほど……剣士を送る訳にもいかないだろうしな」
タツヤが返すと、ベルゼーラは頷いた。
海が見える道路に出た。
比較的、地割れの被害は無さそうだ。
「ん~、潮の匂い凄い。普段嗅がないから、新鮮」
チアが言った。
「確かにな」
普段、海とは無縁の生活をしているから……そう思うのは確かなのかもしれない。
「………」
「メイリーさん、大丈夫ですか」
アシラは、さっきから表情が暗いメイリーを気にかける。
「……あ、いえ。大丈夫です……」
メイリーはそう返すも、何だか胸騒ぎがしてならない。
(なんだろう、この不吉な感じ)
この先には、進むな……そう暗示しているかのような。
(私に出来るのは、皆を守る事。しっかりと警備しなきゃ)
▪▪▪
前半の道中は何事も起きず、エッテル村に着いた。
「この村は、被害が少ないと聞いている」
そうタツヤは言った。
彼の言う通り、地割れの被害はさほど見受けられない。
小さな喫茶店を見つけ、そこで一行は休憩をとった。
休憩をしてから数分経ったところで、村の外が騒がしくなってきた。
それと同時に、獣の鳴き声がしてきた。
「……皆、大変だ!ロドボーラがやって来る!!」
村人の一人が、そう叫びながら村へ入っていった。
「ロドボーラだと!?」
ロドボーラは、大鳥の一種で毒牙を持つ凶暴なヤツだ。
どうして、エッテル村なんかに……
急いで喫茶店を出ると、既にロドボーラが村の中へ入っていた。
……身体に、解放隊の紋章が刻まれていた。
(胸騒ぎは、これだったのね)
そう、メイリーは思った。
紋章を見て悟ったが……まさか、最後ノ手段の一手として育てていたロドボーラを送るなんて。
「メイリー!村人を、安全な場所へ避難させてくれ!」
ベルゼーラが言う。
「分かりました。撃退、お願いします」
メイリーがそう返すと、ベルゼーラは頷いた。
そして、メイリーは避難の呼びかけを始めた。
「まさかだが……ここまでの大きさの奴、此処で初実戦だなんてな」
タツヤが言った。
かつて、国家剣士の撃退訓練でまだ幼いロドボーラと対峙したことはあった。
……が、タツヤの言う通り、大人の姿を撃退するのは初めてだ。
「俺が引き付けるから、急所の首元を狙ってくれ。……時間は無い。さっさと片付けよう」
二人は剣を取り出すと、ロドボーラに向かって走り出した。
雄叫びを上げなら、ロドボーラはベルゼーラに襲いかかる。
攻撃を避けながら後退し、首元が少しでも空くように仕向ける。
何回か避けたところで、ロドボーラが飛び上がるモーションを取った。
「タツヤ!今だ!」
「おうよ!」
タツヤは、首元を斬りつけた。
ロドボーラは、その場に倒れた。
▫▫▫
「たく、どうしてコイツを送り込んだのか」
倒れたまま動かない、ロドボーラを見ながらタツヤが言った。
「そうだな……」
解放隊の紋章があるロドボーラを送り込んだってことは、解放隊がそれほど自分達の行動に焦りを感じているのか。
「エッテル村の住人を巻き込ませてしまったのは、申し訳ないな……怪我人が居なかっただけ良いが」
ベルゼーラがそう言うと、タツヤは頷いた。
「……ベルゼーラさん」
アシラが話しかける。
「どうした?」
「チアさんが、見当たらないのです。村人と一緒に避難した筈なんですけど……」
それを聞いたメイリーは青ざめた。
「メイリー?」
その表情を読み取った、タツヤが聞く。
「も、もしかして……チアちゃんを拐う為に、ロドボーラを送り込んだとしたら……」
「俺らの足止めも兼ねて送り込んだ、か……厄介な事になってきたな」
「だとしたら、チアさんは何処に居るのでしょう」
アシラが横から聞く。
その瞬間、一筋の光が上っているのが見えた。
まるでこの会話を察し、チアが居る方面を指している……そんな光だ。
「まさか、あの方角……解放隊の基地かもしれん」
タツヤが察した。
「分かるのか?」
そうベルゼーラが聞くと、タツヤは頷く。
「解放隊の基地は、エッテル村から見て北東に位置する。……まさしく、その方面なんだ」
そう、タツヤは言う。
「あの、ベルゼーラさん。私にチアちゃんを救わせてください」
会話を聞いていたメイリーが、そう言う。
「このまま、皆でチアちゃんを探しに行けば彼らの思うつぼです。……お願いします!」
そう付け加えて、頭を下げた。
「分かった。俺とタツヤ、アシラは神殿へ進む。基地へは、一人で大丈夫か」
そうベルゼーラが言うと、メイリーは頷く。
「そうか。頼むぞ、メイリー」
こうして、チアを救うメイリーと、神殿に向かう三人に分かれて行動する事になった。