第3話 エルゼルガ王国の神殿へ
翌日。
この日は、朝から少し曇っていた。
3人は朝食を食べると身支度を済ませ、宿屋を出た。
イベルガ山へは麓の町まで馬で行き、そこからは歩きで山登りする。
(このまま、晴れれば良いんだが)
ベルゼーラはそう思う。
こういう時の曇り空は、何か嫌な気がしてならない。
無事に行けるよう、気を引き締めないと。
▪▪▪
麓の町に、何事も無く着いた。
そこも、数日前から首都に避難するよう指示があったと聞いている。
町には、宿屋の主人と馬屋の店主、警備の国家剣士だけ残っている。
酸素ボンベを携帯しながら過ごしていると、警備している剣士から話を聞いた。
「まさかあの、ベルゼーラ殿がエルゼルガに。本来であれば剣士がやらなければいけない事案ですが」
話を聞いた、若い剣士がそう付け加えた。
「剣士は本来警備やら忙しいのは、重々承知ではある。それを見越して、自分のところに話が来たのだ。……今は、この事は任せて欲しい」
そうベルゼーラが言うと、その剣士は頷いた。
「どうか、よろしく頼みます」
▪▪▪
神殿への道のりは、軽く整備してある。
歩いていけば、約15分で着く計算だ。
(空気がさらに薄くなりつつあるな……)
歩きながら、ベルゼーラはそう思う。
これは、休みながら行かなければならない。
予定よりも少し遅れそうだ。
道中、雨が降ってきた。
「……あ、あの洞穴に入りましょう!」
チアがそう言う。
3人が入れる程の丁度いい洞穴だ。
休憩も兼ねて、雨が止むのを待った。
「………」
その休憩中、チアは小さな巾着袋を見つめていた。
「なあ、チア。その巾着袋はなんだ?前から大切そうに持っているが」
ベルゼーラは気になって、聞いてみる。
「……これ、お父さんの形見なんです。お守り石が入っていて」
チアはそう返す。
「お父さん、実は戦地医術師をやっていて、あの反乱で殉職したんです。その前に、『母さんの大切なもんを、チアに託す』と言って、渡してくれたんです」
更に、こう付け加えた。
それを聞いたベルゼーラは、自分の記憶が正しいと悟った。
やはり、医師の子だったのか。
「それで、孤児院の出身だった訳だな。色々と、辛かったろう」
ベルゼーラが言うと、チアは首を横に振る。
「ベルゼーラさんは、私にとって第二の親です。……それに、過去は消せないけど、前を向いて生きなきゃ天国に居る両親に恥ですから」
その時、晴れ間が見えた。
スコールだったのか、天候は一気に回復した。
「お守り石のお陰ですかね」
アシラが横から言う。
「そうだな。じゃあ、再度出発しよう」
▪▪▪
歩き始めて20分弱。
ようやく、難所の『滑らせの崖』までやって来た。
岩肌は滑らかで、普通に登るのは難しい事でその名が付けられた。
……のだが、掴めるポイントは少なからずあり、赤い印が付いている石を掴めば登れるという。
「俺が先に行って、命綱用のロープを大樹に取り付ける。その後に、二人は登ってきてくれ」
ベルゼーラが言うと、二人は頷いた。
ベルゼーラが登り始める。
「元剣士だけあって、軽々ですよね」
その姿を見ながら、チアはアシラにそう呟く。
「そうですね。今年で40歳とお聞きしたんですけど……鍛えていたから、でしょうね」
アシラはそう返す。
5分で、頂点まで登った。
一番の大樹にロープをくくりつけ、下に落とす。
「それをお腹に頑丈に巻いて、登ってきてくれ」
ベルゼーラがそう指示を出す。
次は、アシラが登ることにした。
少し手こずったが、何とか上まで登れた。
ここまで順調だったが、問題が起きたのはチアの番だ。
「……うう、緊張する」
命綱用のロープを巻きながら、チアはそう呟く。
「時間をかけて、ゆっくり登るんだぞ!」
ベルゼーラはそう、チアに言葉をかける。
チアは上を向いて、頷く。
ベルゼーラの言う通りに、チアはゆっくり登っていく。
……だが、半分を過ぎた時点で命綱のロープが切れた。
(朝、不吉な予感がすると思ったのは……これだったのか)
ベルゼーラはそう思う。
「……ううっ」
ロープが切れた反動で、チアは動揺している。
「大丈夫だチア、更に慎重に登れ。俺が最後に引き上げるから」
そう、ベルゼーラは手を出した。
手の届く範囲まで登り詰めた瞬間、チアは手を滑らせた。
「チア!」
ベルゼーラとアシラが身を乗り出して、身体を掴まえようとしたが……遅かった。
「きゃっ……」
チアは落下していく。
(くそっ!俺とした事が……!)
ベルゼーラがそう思った瞬間、甲高い鳴き声が鳴り響いた。
崖の上に居た二人がその方向を向くと、大きな鳥の姿が見えた。
そして、そこから黒い影が一瞬にして通り過ぎたと思ったら、崖の下にチアを抱きかかえた人が居た。
▫▫▫
「目を開けてください」
声がして、チアは目を開ける。
そこに、女性の姿があった。
チアは、彼女に救われたと悟った。
「お怪我はありませんか?」
その人が、優しい声で言う。
チアは、涙を目に溜めながら頷いた。
「よかった!それでは崖の上に行きましょうか」
彼女はそう言うと、口笛を吹いた。
その瞬間大きな鳥が、目の前に降りてきた。
「ひっ」
チアは驚いた。こんな大きな鳥を間近で見ることは、そうそう無いからだ。
「大丈夫よ、この子は見た目より大人しい子だから」
そう彼女が言うと、二人を鳥の背中に乗せて飛んだ。
一瞬で、崖の上に到着した。
「ありがとう、モチ!」
彼女が言うと、『モチ』と呼ばれた鳥は喉を鳴らした。
「……で、貴女は?」
ベルゼーラがそう聞く。
「ああ、申し遅れました。わたくし、これから皆様とお供します……ヴェルシア解放隊の国家監視課所属、メイリー・シェントと申します」
▪▪▪
彼女……メイリーに、どうしてベルゼーラ達のお供をするか聞いた。
「あの流れ星の件から、ヴェルシア解放隊の本部が騒がしくなっていまして。で、もしかしたら危険が迫るとデオロガ様から直々に」
と、メイリーは言う。
(それだったら)
首都の街で、自分達に矢が向けられた件をメイリーに話した。
それを聞いたメイリーは、青ざめた。
「……そうですか。もう少し、早く合流すれば良かったですね」
メイリーはそう言うが、ベルゼーラは首を横に振った。
「メイリーが側に居てくれるだけでも、十分心強い」
道中、メイリーに話を聞くと……彼女は元々解放隊の所属だったとの事。
あの反乱に関して疑問を持っていたらしく、解放隊とは決別すると決めたらしい。
「腕に、解放隊だった頃の紋章がありまして」
メイリーは、服の袖を捲った。
そこに、ヴェルシア解放隊の紋章が刻まれており、そこに三本の横傷がある。
「入る誓いを決めた人に、入れ紋章をするのが決まりになります。……で、決別するときにはその紋章に横傷を付けます」
そう付け加えた。
「……あれ?」
チアは指を前に向ける。
そこに、立派な建物が見えた。
「ここだな、神殿は」
登山を開始してから、30分。
ようやく、神殿へ着いた。
「中へ入ろう」
ベルゼーラが言うと、3人は頷いた。
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メイリー・シェント 22歳
ヴェルシア解放隊の国家監視課所属の女性。
元解放隊であり、身体能力は監視課の中では高い。
減少種である、トーネルオオトリのモチは相棒。