第9話 メーゼルガ王国へ向かい、それから
翌朝、ベルゼーラは日の出の前に起きた。
喫茶店のマスターから貰った、ノヨの実のお陰でスッキリ目が覚めた。
その足で、船の甲板に出た。波風が気持ちいい。
(この災いが終わったら、助けて貰ったみんなにお礼を言わないとな)
ベルゼーラは、そう思っていた。
「ベルゼーラさん。おはようございます」
その声は、チアだ。
「おはよう、チア」
そう返すと、チアは笑顔で頷いた。
「……そう言えば、チアを危険な目に遭わせて悪かった」
「ううん、メイリーお姉さんに助けて貰ったから、大丈夫です」
チアはそう返す。
あの一件を機に、チアはメイリーの事を『姉』と慕うようになった。
まあ、それがチアにとって心の拠り所になれば嬉しいとは思うが。
「……あ、お二人とも。朝食の時間です」
アシラが呼びに来た。
「行きましょう!」
チアはそう言って、先に歩き始める。
その姿を見つつ、ベルゼーラも後に付いていった。
▪▪▪
日の出と共に、船は出港した。
ちなみに、向かうメーゼルガ王国は他国とは違う所がある。
それは首都がある島そのものが『神殿』とされており、国王が居る城から約10km程離れた、対側の丘に神像がある。
「メーゼルガ王国でも、最近何か異変が起きていますか?」
朝食を食べたあと、ベルゼーラは船長のトメゾウにそう聞く。
「……そうですなぁ。最近、満潮時の水位が上昇していましてな。多分ですが、それが例の異変とやらだとは思いますが」
神の加護により満潮でも今まで浸水被害は無いはずだが、一部の地域で被害が出ているとも話してくれた。
「あの、神像の腕の部分に変な印はありませんでしたか?」
話を聞いていたメイリーが、横からそう聞く。
「そう言えば、半月程前から謎の印が付けられているという話で、誰が何のために付けたのか、国家剣士の方々が調べていると聞いています」
「……もしかしたら、メーゼルガ王国の首都がある島が沈む可能性があるかもしれませんよね。住人の方々が危険な目に遭いませんか?」
ふと、アシラが言う。
「確かに、アシラの言う通りかもしれん。トメゾウさん、船の速度を上げて貰いませんか」
「分かり申した」
トメゾウは機関師に無線で事情を話し、船の速度を上げてもらう。
『この距離的に普段は1時間強で着くところを、45分まで短縮します。申し訳ないですが、これがエンジンの限界です』
そう機関師が返す。
「何とか間に合うと良いが……」
▫▫▫
それから30分が経ち、そろそろ島が見えてくる範囲になった。
その時、無線機が鳴った。
『こちらテイテル運航社、応答せよ』
どうやら、他の船からの無線だ。
「ミラージエ運航社、どうぞ」
『トメゾウさん、大変ですっ!神像が動き始めたと思ったら、海水が街中に流れ込んできたんだ。今、仲間と一緒になって住民を船に乗せて沖合いに出ています!』
「何だって!?」
もう少し話を聞くと、住民の殆んどは船に乗れたのだが、国王を含めた城側の人と逃げ遅れた住民がまだ城に残っていて、そこに神像が向かっているとの事だ。
「……どこか、船を停められる無人島はありますか」
事情を聞いたベルゼーラは、トメゾウに聞く。
「は、はぁ。ありますが……」
「至急、そこに停めて頂きたい」
トメゾウは頷いた。
「メイリー、その無人島に停まったらモチを呼んでくれないか?」
今度はメイリーにそう言う。
「水上からは近付くのは困難と考えたんですね……分かりました。あと、これを使ってください。目の前で爆発させれば、多少は動きを止めれると思います」
そうメイリーは言って、ボルベイを数個渡した。
「ありがとう」
首都が見える無人島に降り立ち、メイリーにモチを呼んで貰う。
ものの1分で、モチはやって来た。
「トメゾウさん、城に居る皆様をよろしく頼みます」
ベルゼーラはそう言う。
「分かり申した」
「……ベルゼーラさん!」
チアが船の柵から、身を乗り出す。
「絶対に、絶対に無事で戻ってきてくださいっ」
その時のチアの眼は、不安を物語っている。
「大丈夫だ。必ず戻ってくる」
ベルゼーラはそう返すと、モチの背に乗った。
「モチ、向かってくれ」
指示をすると、モチは飛びはじめる。
(……絶対に、誰一人犠牲にはさせん!)
▫▫▫
首都に近づくにつれて、聞きなれない警報の音が耳に障る。
ゆっくりだが、神像が城の方へ歩いているのが分かる。
「モチ、彼奴の周りを飛んでくれ」
ベルゼーラが言うと、モチは言うことを聞いて飛ぶ。
3周したところで、神像がこちらに気が付き目線を向ける。
こちら側に、腕を振り上げる。
(……これでも喰らえ!)
ボルベイ2個を、神像の目の前で爆発させる。
メイリーが言った通り、動きが多少止まる。
「今だ、腕に近づけ」
モチは急降下して、接近する。
降りられる距離で、ベルゼーラは飛び降りる。
「そい!」
神像の腕に乗ったと同時に、鞘から剣を抜いて印に傷を付ける。
上手く削れ、それ以降神像が動く事が無かった。
▪▪▪
メーゼルガ王国の異変は収まり、住人は誰一人犠牲にはならなかった。
……のだが、島民の住居の殆んどは浸水してしまった。
「申し訳ない。もう少し、早く来ていれば」
船上であるが、国王に謁見した際にベルゼーラはそう言う。
「……まあ、よい。住民一人も犠牲が出なかったのは、ベルゼーラ殿が来てくれたお陰じゃ」
そう国王は返す。
「あの、皆さんのお家はどうするのですか」
メイリーが横から聞く。
「それに関しては、トルゼルガ王国側に緊急移転 (万が一、住民が住めなくなった時に結ぶ特別条例) をするよう連絡はしております。そろそろ、確認団が来ると思いますが」
側近の一人が言う。
約1時間程が経った頃、トルゼルガ王国の国旗をなびかせた船が一隻近づいてきた。
国王が乗っている船に近づき、甲板に居たトルゼルガ王国側の一人が会釈をする。
「緊急無線を頂いて来ました。トルゼルガ王国、外交師のアノイドと申します」
アノイドに事情を話した。
島の状態を紙に記録をし、無線でトルゼルガ側の城に伝える。
数分後、向こう側の城から返答があった。
「……分かりました、そうお伝えします」
アノイドは、拡張器を取り出す。
「緊急移転の許可が下りました。今から、トルゼルガ王国の方へ向かいたいと思います」
それを聞いた、メーゼルガ王国の人達は安堵の表情を見せた。
そして、住民を乗せた船はトルゼルガ王国の方へ向かった。
▪▪▪
メーゼルガ王国の住民と共に、ベルゼーラ一行もトルゼルガ王国に戻って来た。
「次の国にも即急で行きたいが、流石に日が傾いてきているな」
港に着いた頃、ベルゼーラはそう言う。
それには、皆も賛同する。
「ベルゼーラ殿」
聞き覚えのある声がして、ベルゼーラが振り向く。
そこには、かつて泊まった宿にある喫茶店のマスターだ。
「なぜここに……と言うか、申し訳ない。どうして俺の名を……」
「名を明かさずに、こちらも申し訳ない。……ジエラ・エッテレンゼと申す」
その名を聞いて、思い出した。
かつて、剣士学校の教師から校長へ登り詰めたという、名誉剣士の一人であるジエラ・エッテレンゼだ。
教えは講じて居なかったが、デオロガの実力を見出だした人物でもあった。
(今は引退し、ひっそりと喫茶店を営んでいるとも話した)
「……デオロガのかつての部下が国の異変を調べている、と聞いていてな。何かと心配で、こっちの港町についさっき着いたんじゃ」
そう、最後に付け加えた。
「とりあえず、今はメーゼルガ王国の件は収まりました。シーゼルガ王国に関しては、翌朝に向かおうと思います」
ベルゼーラが言うと、ジエラは頷く。
「そうか。それなら気を付けて、向かうんじゃぞ」
そうジエラは残し、その場を後にした。




