第7話 チアを救うために
メイリーは、モチの背に乗って解放隊の基地へと向かっていた。
なお、念のための連絡として小型無線機をタツヤから受け取っている。
(……どうして、この事態を防げなかったのか)
向かう途中、メイリーはそう思っていた。
胸騒ぎや嫌な気はしていたのに―――
(今は、チアちゃんを救うこと。待ってて、チアちゃん……)
▫▫▫
その頃、チアは目を覚ました。
(……ここは、どこ?)
周りは薄暗いが、どうやら物置小屋のようだ。
そして、手足がロープで結ばれている為か、身動きは完全に出来ない。
(確か、化け物が襲いかかってきて……)
人混みを掻き分けるように、アシラと共に安全な建物に逃げ込む途中に誰かに腕を掴まれた。
抵抗をする間もなく、口を布かなんかに塞がれたっけ。
そして、気を失って……
その時、扉の向こうから男の人の声が聞こえた。
「……たく、オリィの野郎はなんて面倒な作戦を立てるんだろうな。」
「仕方がないだろう、計画があいつらのせいで頓挫しかけているんだ。こうするしかないだろう」
もう一人の声も聞こえた。
オリィって、誰?
そして、計画が頓挫しかけている?
………あいつらってもしかして私達の事?
「こんな小娘、人質に捕ろうだなんて……余程、メイリーを人質にした方が良いだろうに」
その言葉で、チアは察した。
……ここは、解放隊の場所なんだ。
(……た、助けて、みんな……!)
▪▪▪
距離はそこそこあったのだが、モチが頑張ってくれたお陰で15分程で解放隊の基地へ着いた。
(爆弾を使って、中に居る人を出した方が良さそうね)
メイリーはショルダーバッグから、数個のボルベイ (小型爆弾の一種) を出し、正面門の近くに投げた。
大きな爆発音が鳴り響き、隊員らしき人物がぞろぞろと出てきた。
「さてと、何処に降り立てばいいだろうかね……」
そうメイリーが呟くと、またしても光が差し込んだ。
どうやら、基地の奥の方だ。
「……モチ、あの大きな木の近くへ寄って」
モチはその言葉に従い、木の周りを沿うように飛ぶ。
そして、メイリーは木の下に降り立った。
奥の方に、小屋が見えた。
あそこに光が差し込んでいる。
(行くしか、ないわね)
念のために短剣を片手で持ち、メイリーは走り出した。
「ここから先は行かせねぇぜ」
聞き覚えのある声がしたと思うと、メイリーの目の前に人が現れた。
解放隊の紋章が付いている、独特のマントを着ている男性だ。
「オリィ!」
彼は、オリィ・レゼラ。
自分と同じく、ボエルジーの養子となった一人だ。
……今は確か、次期解放隊のトップになろうとしていると聞いている。
「……ここに来たのは、メイリーだけみたいだ」
オリィは無線機のマイクに向かって、そう呟く。
「そこを退いてちょうだい!」
メイリーは声を荒らげる。
「そうはさせない、分かるだろう?」
オリィは拳銃を取り出した。
銃口をメイリーに向ける。
「父上に反抗をする者は、抹消。それはお前も……ッ!?」
言葉を言い終わる前に、驚異の速さでメイリーはオリィに近づき、脇腹に剣を突き立てる。
その眼は、今まで見たことが無いほどの憎しみと殺意に溢れている。
「……これが、あんたらのやり方か……人を犠牲にするのが、てめぇらのやり方か!私はただ、犠牲を払うだけのやり方は間違いだと思っている!」
そうメイリーが言うと、鳩尾を強く殴りつけた。
「ぐっ……」
腹を押さえながら、オリィはしゃがみこむ。
「ど、どうし、て……殺さ……ない……」
「私は仲間を護りたいだけ。そして、無駄死にはさせたくない……きっと、オリィは私の気持ちが分かるはずだと思っている。チアちゃんを、返してもらうわ」
メイリーはそう言うと、奥へ走り出した。
「気持ちが、分かる……か……」
オリィはメイリーの後ろ姿を見ながらそう呟くと、気を失った。
▪▪▪
小屋の前へ着いた。
扉の前には、二人の男性が居る。
マントの紋章の枠色が違うから、多分の他の国からこっちに来た隊員だろう。
「ここは通らせんぞ!」
二人の隊員は、剣を振り上げて襲いかかる。
「……甘いッ!」
メイリーは、一人を短剣で脇腹を切りつけながら、もう一人を蹴飛ばす。
「良くも、テルゼを……っ!」
蹴飛ばされた方が、起き上がると同時に再び襲いかかる。
メイリーはしゃがみこみ、足元を切りつけた。
二人は、その場で倒れこんだ。
「……切りつけ、御免」
メイリーはそう呟き、小屋の扉を開けた。
中に、チアの姿が見えた。
「チアちゃん!」
「メイリーさん!」
メイリーはチアに駆け寄り、手足に縛られたロープを切った。
「怪我は無い?大丈夫?」
メイリーが言うと、チアは頷いた。
「……こ、怖かったよぉ……」
チアは、大粒の涙を流した。
「……ごめんね、本当に。無事で良かった……」
▪▪▪
その後、メイリーはトルゼルガの国家剣士に連絡し、解放隊の一部人員が調べられ……監禁容疑として逮捕という流れになった。
ただ一つ気がかりなのは、オリィの姿が見えなくなった事だ。
……多分、誰かに保護されたのだろう。
「あ、あのぉ、メイリーさん」
チアの言葉で、メイリーは我に返る。
「どうしたの?」
「二回も助けてくれて、その……ありがとうございました」
そう言って、チアは頭を下げた。
それを見たメイリーは、チアの肩を叩いた。
「本当は、私は貴女に謝らなければならないわ。護るべきところで、護れなくて」
顔を上げたチアは、首を横に振った。
「メイリーさんが助けてきてくれて、安心しましたから」
と言って、チアは首を傾げた。
「……でも、どうして私の居場所が分かったのです?」
メイリーは、居なくなった時に基地の方面に光が差した事を伝えた。
それを聞いたチアは、肩掛けのバックから巾着を出した。
「それは?」
メイリーが聞く。
「お守り石が入っているモノなんですけど……」
袋を開けて、石を取り出した。
少し輝いているように見える。
「……なんだか、いつもより光っているように見える。もしかして、この石のお陰なのかな」
▫▫▫
その頃、トルゼルガの解放隊の基地から少し離れた場所では。
「……ここは」
オリィは目を覚まし、そう呟く。
どうやら、ベットに横たわっているみたいだ。
「気が付きましたか、オリィ様」
男性が声をかけた。
「……この声は、リズイルか」
そう言うと、リズイルは頷いた。
(リズイルは、オリィの直属の部下である)
「通信を行っても返事が無くて、向かってみたら倒れているオリィ様を見かけたので……安全なところに移動しました」
「そうか、ありがとう……リズイル」
「いえ」
リズイルから、トルゼルガの解放隊の隊員が何人か逮捕されたと報告を受けた。
「痛手、ですね」
リズイルはそう最後に付け加える。
「……仕方がない事だ。あの事に支障が出なければ……」
そう言った瞬間、メイリーの言ったことが過る。
『犠牲を払うだけのやり方は、間違っている!』
『仲間を護りたいだけ。そして、無駄死にはさせたくない』
(……仲間を、護る……)
「オリィ様?」
リズイルの言葉で、オリィは我に返る。
「……いや、何でもない」
「そうですか。……それでは、私は本部の方にオリィ様が目を覚めた事をお伝えします」
そうリズイルが言うと、部屋を出た。
それを見届けると、オリィはふと過去の事を思い出した。
幼い時に、両親や兄弟を目の前で強盗に殺害された事。
物陰に隠れていた自分は目を付けられず、辛うじて生きていた事。
その後、今の父上に引き取られて育ち、従えている。
父上には感謝の念はある。
けれど、本当に護りたい存在は……なんだろうか。
(まさか、自分がメイリーの言葉に気持ちを揺るがされるとはな……)
オリィはそう思いつつ、目を瞑った。




