表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
職安の善人  作者: maru
7/8

7.むしろ今すぐ滅ぼしてほしいです

 仕事をはじめて6日目。業務にはすこしずつ慣れてきた。でも、まだまだ安定した収入を得るには、ほど遠い。テスト決済までさせてもらえる割合、もっと上げてかないとな。


 今日まわる予定の店は、あちこちにバラけているので、本部の車をお借りすることにした。車でまわれば、効率もよくなるはず。


 午前中に4店舗まわって、テスト決済までお願いできたのは、1件だけ。次の訪問先に期待、かな……。


「あっ!」


 前の車の急ブレーキ。考えごとをしてたから反応が遅れて、ヒヤッとした。ここ数年、ほとんど運転してなかったもんなぁ。気をつけないと。


     ◇


 パッとしない店だった。幹線道路の角に建っているのに、ほとんど客が来る様子もない。最寄のコンビニは500メートルも離れていないので、わざわざこの店を選ぶ客はすくなそうだ。


 おじいさんの店主が、ニコニコしながら出迎えてくれる。断られるだろうな、と内心思いながら、いつもどおりの説明をすると、意外にもあっさりとテスト決済を引き受けてくれた。


「ありがとうございます。では、早速はじめさせていただきますね」


 しばらくの間、店主が「うんうん」「はあ、なるほど」などと相づちを打ちながら聞いていると思ったら、すうっと、ワタシの真後ろに立った。私がゴルゴ13だったら、殴り飛ばされるところだぞ――


角田(つのだ)さんだっけ? あんた、いい匂いしてるね」


 至近距離でそう言われたときは、マジで手が出そうになった。でも、その声の感じが、元夫の声とオーバーラップして、体がフリーズしてしまう。もう忘れたと思ったのに、こんなにあっさり記憶がよみがえるなんて……。


「匂いの話、1ミリもしてねえよな?」


 腹の底から絞り出すように吐いたのが、そんな言葉だった。店主とは目も合わせずに最速で撤収して、速足のまま車に戻る。


 全身を震わせて、ハンドルに突っ伏し、声も立てず涙を流した。周囲に人通りのすくないのが、せめてもの救いだった。


     ◇


 事務所に直帰して、業務内容とあわせて先ほどの経緯を報告した。そして、仕事を辞めることを伝えた。セクハラ程度で辞めたりはしないと思っていたけど、DVのフラッシュバックが起こるなら話は別だ。とてもじゃないけど、それは耐えられない。


     ◇


「おつかれさん」


 ただいまも言わずに帰宅したワタシを、神さまがいつものように出迎える。一瞬だけ、こちらに目を向けると、そのまま優那(ゆな)の相手をしていた。


「見つかったの、善人?」


 ワタシは、神さまに尋ねた。


「見つかっとったら、とっとと帰っとるわ」

「もうすぐ10日経つじゃん」

「せやな」


 優那のお絵描きを眺めたまま、神さまは、やれやれという感じで肩をすくめた。


「いつまでそんな茶番を続ける気?」


 神さまが、ゆっくりとこちらに向きなおる。「どういう意味だ」とでも言いたげな目で、まっすぐワタシを見つめた。


 なによ。考えてることわかるんでしょう?


「見つかるわけないじゃん! 待つだけムダでしょ? 人間なんて、できそこないの生き物造ったの、アンタなんでしょ? 善人なんて現れないこと、最初からわかってるんでしょ! だったら……だったら、今すぐ滅ぼせよ! 人間を、自分のヒマつぶしのオモチャにすんなよ!」


 大声を出すと、優那はいつも泣き出す。でも、今日は驚きのほうが大きいのか、なにごとかとワタシの顔をじっと見ている。神さまは、優那の頭をそっと撫でて、立ち上がった。


「まあ、メグミちゃんの言うとおりかもしれへんな」


 神さまが、独り言のようにつぶやく。


「せやけどな、一つだけ、重大な思い違いをしとる。言うたやろ、ワイは人間に自由を与えてしもた。もうとっくに、ワイの手は離れとるんや」

「どこ行くの?」

「帰る」


 その言葉どおり、神さまは部屋を出ていこうとする。


「まだ10日経ってないじゃん」

「待つのはムダや言うたの、メグミちゃんやで」


 妙にお行儀よい仕草で靴をはき終えると、神さまはドアノブに手をかけた。


「あ、そうや。なんか郵便届いとったで」


 そう言って、神さまはワタシに市から届いた封筒を手渡す。空席待ちをしている保育園関連の通知だ。


「短い間やけど、世話になった。達者でな(・・・・)。まあ、世界が滅びひんかったらの話やけど」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ