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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2021『かくれんぼ』

木梨村

作者: 小畠由起子

 どんな環境に置かれたとしても、すぐに溶けこむような人間はどこにでもいるものだ。信之(のぶゆき)もまさにそんな人物だった。引っ越してきたド田舎の小学校でも、ものおじずることなく、すぐにガキ大将のような存在になっていた。始めこそ、都会モンと揶揄されることもあったが、そんなときはつかみ合いの取っ組み合いで相手をねじふせる。とにかくなめられないように。それが信之の信条だった。


 その日もそうだった。放課後さっそく山へ向かうと、村の子供たちとなにをするか話し合うのだ。……話し合いといえば聞こえがいいが、要は意見のぶつけあいだ。自分が遊びたい遊びをいい合って、なにをするか決めるのだ。そこにはもちろん男たちのプライドやミエも関わってくる。遊びとはいえ、小学生たちにとっては戦争なのだ。だが、その日は比較的すんなりと遊びのメニューが決まった。かくれんぼだ。


「それじゃ、誰が鬼をやる?」


 腕まくりして信之が聞いた。じゃんけん一つとっても、そこにはプライドとミエが関わってくる。とにかく負けたくない。単純な信之は、そんなところにもこだわるのだ。……しかし、誰も手を出さない。信之は目を丸くした。


「なんだ、どうしたんだ? ……おれは鬼はしないぜ」


 ギラギラと目を光らせてから、信之はみんなを見まわす。なめられたくない一心の信之だったが、どうも様子がおかしいことに気がついた。みんなまゆをひそめて、お互い顔を見合しているのだ。困惑している。こんなことは初めてだった。


「どうしたんだよ? ほら、じゃんけんしようぜ」


 さらに促す信之だったが、弥助(やすけ)という丸刈りの男の子がえんりょがちに聞いてきたのだ。


「いや、あのさ、ノブちゃん……鬼って、なんのことだ?」


 これには信之がめんくらってしまった。からかわれているのかと、ぎょろっと弥助を、そして他のみんなをにらみつける。しかし、やはり弥助も、他のみんなからも、そんなそぶりは見えない。しかめ面で弥助を問いただす。


「なんのことだって、どういうことだよ? 鬼っていったら鬼だろ」

「いや、その……鬼なんて決めないだろ、それともあれか、都会じゃかくれんぼで、鬼を決めるっていうのか?」


 信之の顔が険しくなる。その言葉のはしに、都会モンというあざけりの色が隠れているのに、目ざとく気づいたのだ。


「お前らは鬼を決めないのか? それじゃあどうやるんだよ、鬼がいないかくれんぼなんて聞いたことないぜ。それとも田舎じゃ、かくれんぼに鬼を決めないっていうのか?」


 今度は弥助がムッとする。ほかのみんなも目をぎらつかせて、信之をねめつけたのだ。それに挑発的な目で信之が答える。


「じゃあ逆によ、お前らはどうやってかくれんぼするんだ?」

「いや、かくれんぼっていったら、みんなで隠れて、じっと我慢するってやつだろ? なぁ、みんな」


 弥助の言葉に、みんなうんうんとうなずく。信之はおかしそうにアハハと笑い、それから肩をすくめた。


「いやいや、そんなのなにが楽しいんだよ? 違うぜ、かくれんぼっていったら、鬼以外のやつが隠れてさ、それで鬼が探すってやつだろ。そうしなくちゃ面白くないじゃんか」

「えっ、鬼が探すのか?」


 思わず弥助が信之に聞き返す。信之は首を縦に振る。


「そりゃそうだろ。それがかくれんぼってもんだろ」


 弥助がみんなをふりかえった。みんなも、もの欲しそうな顔で信之を見ている。それに気づいた信之がにやりとした。


「なぁ、どうするんだよ? お前らのやりかたでやるのか? それともおれのやりかたでやるのか?」


 もう何度目だろうか。みんな顔を見合わせ、どうしようか迷っているようだ。しかし、とうとう弥助が根をあげた。こうなってしまったら、男のプライドやミエも吹き飛んでしまうのだ。


「それじゃあ、ノブちゃんのやりかたでやろうぜ」


 弥助の言葉に、他のみんなも一人、また一人と声をあげる。そしてその声が一つにまとまる。男のプライドとミエは、新しい遊びへの好奇心に変わっていった。すぐに気持ちが切り替えられるのも、小学生の特徴だ。


「んじゃ、最初はおれが鬼をさせてもらうぜ」


 信之が高らかに宣言する。しかし、それは新たな火種へと変わっていった。


「はぁ? なんでだよ? それこそじゃんけんで決めなきゃダメだろ!」


 弥助がすかさず文句をいう。他のみんなも、我先にと手をあげ、鬼をさせろといいよってきた。男のプライドとミエがまた鎌首をもたげてきたのだ。そして……。




 結局あいこの応酬のあと、最後は信之が弥助に勝利して、鬼の座を死守することに成功した。頭をかかえてくやしがる弥助たちに、信之が得意げにいう。


「ま、とにかくお前らはどうやって鬼の役をするか、しっかり見ておけよ。おれがお手本を見せるからさ」

「ちぇっ。……まぁいいや、とりあえずおれたちは隠れればいいんだろう?」


 弥助に聞かれて、信之はうなずく。


「そうさ。で、おれが目をつぶって百まで数えるから、数え終わったあとに、『もういいかい?』って聞くぞ。そう聞かれてまだ隠れてないやつは、『まーだだよ!』って答えるんだ。隠れたやつは『もういいよ!』って答える。みんなが『もういいよ!』って答えたところで、鬼が目を開けて、探しはじめるって流れだ。さ、それじゃあ始めようぜ」

「よっしゃあ!」


 弥助がいの一番に山の奥へかけていく。ほかのみんなも我先にと、山の中へ散っていく。こんな広い山の中でかくれんぼするなんて初めてのことだ。今まではせいぜい校庭や、学校の中ぐらいでしかしたことがない。ワクワクが知られて、からかわれないように平静を装いながら、信之が数を数え始めた。




「……八十七……八十八……」


 大声で数を数える信之の声を聞きながら、弥助は不審そうに目を細めた。身をちぢめて、木の影に隠れて様子をうかがう。なんだか声が低く、そしてしわがれているように聞こえるのだ。山の中だからだろうか? しかし、それにしてもおかしい。それに、最初のほうは迫力ある数え方だったのに、なんというか無感情というか、まるでお経でも読んでいるかのような、抑揚のない数えかたに変わっているのだ。


 ――信之のやつ、数を数えすぎて疲れたのか――


 しょうがないなといった様子で、弥助はほくそ笑んだ。そして突然すさまじい怒声が耳を襲ったのだ。


「コラァッ! なんばしよっとかぁっ!」


 大人の声がして、弥助はビクッと飛びあがってしまった。ドタドタと足音が聞こえてくる。それも複数だ。なにごとかと顔を出す弥助に、強烈なゲンコツがお見舞いされた。


「いてぇっ!」

「いてぇ、じゃねぇぞ、このバカガキどもが! お前ら、まさか鬼を決めてかくれんぼしたんか? したんか!」


 となりの家のおじさんだった。いつもニコニコして、イモやタケノコを持ってきてくれるのだが、今日は見たことないような恐ろしい顔をしている。それこそ鬼のような表情だ。首をちぢめる弥助に、もう一度おじさんのゲンコツが落とされる。「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げる弥助の襟首をつかんで、おじさんが無理矢理引っぱり上げた。


「どこの誰じゃ、鬼役は? 弥助、お前は違うんじゃな?」

「お、おれじゃねぇよ! ノブちゃんだよ! 信之、ほら、新しく引っ越してきた」


 息も絶え絶えに答える弥助だったが、おじさんの顔が真っ青になった。集まって来た他の大人たちに、おじさんがなにか話をしている。「山狩り」だの、「ヒバ様」だのといった言葉が聞こえてきたが、そのただならぬ雰囲気から、子供ながらにとんでもないことをしてしまったと思い、弥助はふるえる声でおじさんに聞く。


「ねぇ、いったいなにがどうなってるんだよ? ノブちゃんはどうなるの?」


 おじさんは苦虫をかみつぶしたような顔をして、それからゆっくりと中腰になった。目線を弥助と同じ位置に持ってきてから、気の毒そうに首をふる。


「……わからん。とにかくお前らは今日はもう帰れ。家の人たちには村の若い衆が伝えに行ってる。それから今日はもう家から出るな。……わかったな」

「ノブちゃんはどうなるの?」


 おじさんは弥助から視線をそらした。なにかいいたげな顔をしていたが、軽く首をふって、それから同じことをもう一度いった。


「とにかく今日は帰れ。わしがいっしょに帰ってやる。わかったな」


 有無をいわさぬ口調だった。弥助はもう、うなずくことしかできなかった。




 結局弥助は、それ以降信之と会うことはできなかった。信之とその家族が引っ越したと教えてもらったのは、それから半月ほど経ってからだった。しかし、なぜなのか、大人たちは誰も教えてくれなかった。


 ただ、あの日の夜、同じように山狩りに出た弥助の父親は、真夜中になって帰ってきた。こっそり起きていた弥助は、あれほど真っ青になった父親を見たことがなかった。父親はガチガチと歯を鳴らしながら、お茶を持ってきた母親にぽつりとつぶやいたのだった。


「……鬼が、出おった」


 それ以降、弥助たちはもちろん、村の子供たちには鬼を決めて行う遊びは絶対にしないようにとくぎを刺された。だが、それがなぜなのかは、最後まで教えてもらえずじまいだった。それでもしつこく聞く弥助に、おじさんだけはあわれむような顔で、こっそりと一言だけ教えてくれた。


「……この村の名前を、もう一度思い出してみろ。……といっても、知らないほうが幸せだろうがな」


 この村の名前は、木梨(鬼無)村――

お読みくださいましてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後に戦慄。ぞわーっときました。 民俗学的なホラー、大好きなんですよ。
[良い点] なるほど、その土地特有の風習や禁忌には相応の理由があるのですね。 「かくれんぼに鬼を指定しない」という風習が当たり前になる事で、やってはいけない理由が次世代に伝わらなくなり、事情を知らない…
[一言] 思わず背筋がゾクゾクしました( ´∀` ) ここまでホラーなホラーはそうそうないと思います!!
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