愛々傘

作者：静波

ＳＳバトル企画参加作品です。

投票募集期間期間　：2009年　6月15日〜6月22日

企画の説明：

　読者参加型企画です。

　執筆陣はお題に即したＳＳを書き、それを投票してもらうことで優劣を競います。

　詳細は企画サイトの『概要・ルール』をご覧ください。

この小説の対戦相手は

「双色」さんの『泥棒猫の置き傘』です。

　作品検索は

「ＳＳバトル企画」

「置き傘」からどうぞ。

　愛々傘。

　雨の降る日、その下に一緒に入った男女は絶対に両思いになれるという傘。

　僕の通う学校に昔から伝わる、どこにでもあるような都市伝説の類だった。

　とある日の学校帰りのこと。盛大に外れた天気予報のおかげで、校門前で立ち往生を食っていた僕。

　どうせ通り雨だろうと高をくくってはみたものの、雨の勢いは増すばかりで一向に止む気配を見せなかった。

　事が事だけに仕方ない。申し訳ないけれど、一本だけ傘を拝借させていただこうと傘立てを覗き込んでみたところ――それは、あった。

　柄も骨もすべて白塗りの傘。そんなデザイン、滅多にあるものじゃない。そしてそれは、噂に聞いていた『愛々傘』の特徴と酷似するものだった。

　気がついた時には、自然とその傘を掴んでいた。そして校門前で僕と同じように立ち往生している女の子のところへと、できる限り平静を装って近付いていった。

「え、えっと……傘がないなら入っていかない？」

「あ、山岸くん。って、いいの？」

　校内平均よりは少し眺めのスカート丈の、どちらかと言えば大人しめな印象を与える女の子。彼女は僕のクラスメイトで、そして密かに思いを寄せる相手でもあった。

　あんな噂を信じているわけじゃない。けれど、この傘が彼女と帰り道を一緒にする口実になるのなら、それでも十分だと思えた。

「も、もちろんだよ。困ったときはお互い様っていうし！」

「わあ、ありがとう。どうしようかと思ってたの」

　憎らしいくらい可愛い笑顔を浮かべる彼女に、脳が溶けてしまいそうな錯覚を覚えた。

　それからの帰り道のことはほとんど覚えていない。なにしろ僕は会話を途切れさせないよう必死で、一言前には自分が何を言ったのかも把握していないような状態だったから。

「今日は本当にありがとう。また明日ね、山岸くん」

　だから、彼女との別れ際。

「――好きです、小川さん！」

　自分がつい口にしてしまったその言葉も、ほとんど無自覚のうちに紡いでしまったものだったのだろう。

「……え、えええっ？」

　案の定、彼女はとても困った顔を浮かべていた。僕はすぐに謝るつもりで、必死に言葉を探していたのだけれど――、

「あ、あの……その、わたしも……」

「……え？」

「ご、ごめんね。上手く言えないんだけど……わ、わたしも、山岸くんのこと、好き！」

　最初は冗談だと思った。けれど彼女の真っ赤な頬と、震えるまつ毛と、必死な声から察する限り、それは冗談でも何でもないらしい。

　ぽつぽつと傘に雨粒が当たる音だけが、僕と彼女を世界から浮き立たせていた。

　あの傘は本物だ。

　部屋に戻ってきてからも、高揚した気持ちは落ち着きそうになかった。

　小川さんとは教室で顔を合わせれば挨拶する程度の関係。そんな彼女が、僕のことを好きになってくれる理由なんてないはずだ。やはりあの傘のおかげだとしか思えない。

　けれど、だとしても。小川さんは確かに言ってくれたのだ。僕のことを、好きだと。

　……無意識に頬が吊り上がってしまう。

　たとえ夢でも、覚めてほしくはなかった。

「孝太ー！　帰ってきてるんでしょ、孝太！」

「あー、何？」

　いつの間にか部屋に入ってきていたらしい母さんに生返事を返すと、母さんはこれ見よがしに溜息を吐いてみせた。

「何、じゃないわよ。帰ってくるなりボーっとして。何度も呼んでるんだから返事くらいしなさいよ」

「え、呼んでた？」

「……もういいわ。夏美に頼むから」

　もうひとつ大きく溜息を吐いて、母さんは部屋を出ていった。何か頼みごとをするつもりだったらしいけれど、矛先が妹に変わってくれたなら、もう僕の案じるところではない。

　僕はいそいそと携帯電話を開くと、登録したばかりの番号をディスプレイに表示させ、通話ボタンを押した。何度かのコール音のあと、いつもより控えめな彼女の声。

「あ、別に用事ってわけじゃないんだけど……時間、ある？」

「うん……大丈夫だよ」

　電話越しにも関わらず、はにかんだ小川さんの笑顔が見えたような気がした。

　改めて、愛々傘の効き目の凄さを実感する僕だった。

　通話を終えて時計を見ると、実に二時間強もの時間が経過していた。楽しい時間はあっという間だとよく言うけれど、僕たちはこんなにも話し込んでしまっていたのか。

　とっくにいつもの夕食の時間を過ぎている。母さんが呼びに来なかったのは、きっともう呆れてしまったからなのだろう。僕は急いでリビングに向かうことにした。

「ごめん、遅くなって」

　階段を駆け下り、扉を開ける。

　そこには食事の並んだテーブルと、一人物憂げに佇む母さんの姿だけがあった。

「……母さん？　どうしたの？」

「……帰ってこないのよ。父さんも、夏美も」

「帰ってこない？」

「連絡もなしによ。こっちから電話もしてみたんだけど、繋がらなくて。残業ってわけでもなさそうだし……ほんと、どうしたのかしらね」

　平静を装ってはいるのだろうけど、言葉尻からは隠し切れない不安が滲み出ている。母さんの心配性はいつものことだけれど、時計の時刻を見るところ、確かに二人の帰りは遅すぎるように思えた。

「夏美は？」

「おつかいついでに父さんを駅まで迎えに行かせて、それっきりよ。あの子も、遅くなるなら連絡くらいくれればいいのに……とにかく、ご飯はもう少し待っててちょうだい。二人が帰ってきたら呼ぶから」

「ん、わかった」

　短く答えて、僕はリビングを出た。そのまま二階の自室へと戻ろうとして――そこで、ふと思い至った。

　そういえば、あの傘、どうしたっけか。

　小川さんを送って、そのまま帰ってきたんだから……、

「……」

　悪魔の閃きが脳裏を過ぎる。体中の熱がさっと引いていくのを感じた。

　まさかとは思いながらも、確かめずにはいられなかった。ほとんど無意識のうちに足を急がせ、僕は玄関へと向かう。

　父さんを駅まで迎えに行った妹。そして外には、いまだにしとしとと降りしきる雨。

　一歩ごとに高まる焦燥。僕の胸の拍動に合わせるかのように、家の電話が鳴った。りんりん、りんりんと鳴り響く電子音。ややあってから、母さんが受話器を取る気配がした。

　そして、決死の覚悟で僕が傘立ての中を覗き込んだ、その瞬間のことだった。

「はい、もしもし。え、あなた？　あなたなのね？　ああ、よかった。私、心配で心配で……なんだ、夏美も一緒なの？　早く帰ってきてね。もうご飯もできてるし……え？」

　愛々傘。

　雨の降る日、その下に一緒に入った男女は絶対に両思いになれるという傘。

　了

　某アニメの効果で楽器が売れているらしいですね。それくらい他人に影響を与えられるものを、いつか自分も作ってみたいです。そういう自分も最近エレキギターを買いました。俺はわざわざ上京して何をやっているんだろう。近況でした。

　今回のSSテーマは『置き傘』ということでしたが、どうしても雨というイメージがつきまとうせいか、話を考えてみると暗い話ばかりが浮かんできてしまいました。固定概念に振り回されるのはよくないです。殻なんて破らなきゃ！　結局破れませんでしたが。

　意味のない前置きも含め、ここまで読んでいただきありがとうございました。他の参加者の方々の作品も良作揃いですので、よろしければ検索して読んでみてください。特に私の対戦相手である双色氏の作品は必見です。そして読み終えたら、ぜひとも投票コメントを残していただければと思います。できれば私の作品にと付け加えたいところですが、それは読者の皆様が判断することですので、これ以上の戯言は差し控えておこうと思います。

　これからもきっと続いていくだろうSSバトル、次回以降もどうかよろしくお願いします。静波でした。