憧れのケーキ
初投稿です。
楽しんでいただければ幸いです。
小学生の頃、ある友達の家に行くと決まってその子の母親の手作りのお菓子が出てきた。僕の母は料理が苦手でお菓子作りなんて言語道断、ホットケーキも強力粉で作るような人だったから、そこのお母さんは魔法使いかなんかだと思っていたんだ。
その日もまたいつものように学校が終わると一旦家に帰ってランドセルを下ろし、宿題だけ持って、同じ団地のそいつの家に遊びに行った。僕の住んでいた団地は50年ほど前に出来た団地で、どこの家も同じ様に殺風景な鉄のドアが並んでいたんだけど、そいつの家はちょっと変わっていて、お母さんの趣味の鉢植えが並んでいたり、手作りの表札が掛かっていたりして遊びにいくたびに非日常の場所に行くみたいな気分になった。
チャイムを鳴らすといつもはお母さんが開けてくれるんだけど、その日は珍しくお姉さんが開けてくれた。何でもお母さんは忙しくて手が放せないらしかった。
「學くん、いらっしゃい。敏弥はまだ部屋だけど、もうすぐ居間に来ると思うから。今日も宿題するの?偉いね。」
年上のお姉さんに誉められるのは、ちょっと嬉しくて、当たり前のことをしているだけなのに誇らしい気持ちになった。その後、敏弥と僕は宿題を終わらせたら、3時になっていた。おまちかねのお菓子の時間だ。甘い、ケーキの焼ける匂いがした。ちょっと苦いような不思議な香りだった。
「今日のお菓子はガトーショコラよ。生クリームと紅茶も一緒にどうぞ。今日のは手が掛かってるから、楽しんでね。」
敏弥のお母さんはそう言ってケーキをテーブルの上に並べて台所の方へ戻って行った。居間には僕と敏弥とケーキが残った。敏弥は慣れた手つきでケーキをパクついていた。僕はまじまじとケーキを眺めた。当時、僕の家でケーキと言うと苺のショートケーキであり、粉砂糖がかかった焦げ茶色のガトーショコラははじめて見るケーキだった。粉砂糖は雪みたいで添えてあるホイップクリームはガトーショコラが大人の食べ物であることを物語っていた。ガトーショコラにそっとフォークを刺すとシットリとしたはじめての感覚がフォークづたいに伝わってきた。おそるおそるケーキを口に含んだ。ガトーショコラの苦さとホイップクリームの甘さが口の中で合わさった。僕はその不思議な味に驚いた。フォークの動きは止まらない。あっという間にガトーショコラは皿の上から消えた。
その後、色々なガトーショコラを食べたけれど、あの日食べたケーキと同じ感動を味わえたことはまだない。あのケーキには本当に魔法がかかっていたのかもなあ、なんてね。
お読みいただきありがとうございました。