070――勇者対勇者(3)
ここは、バンが転移した後のザマイ・マサラ王国。
王城の一室に呼び出された騎士団と勇者達が激しい叱責を向けられていた。
「……で、結局の所、誰が言い出して、誰が承認したんですの?」
雁首並べた男達を厳しく詰めているのは三人の少女。
その内の一人で、この国の第三王女、姫騎士クックロココは、静かに怒りを込めて尋ねる。
「……」
バンはこの王国で独自にテイマーのクラスを生かした仕事を手掛けていたが、ある日突然消息を絶った後、彼を重用していた顧客達は戸惑いを隠せなかった。
そして、顧客の一人であり、その中では最も地位の高い者である王女クックロココが旗頭となり、親しい友人と共に彼の足取りを必死に追った。
幾多の妨害工作を乗り越えて得た調査の結果が、この馬鹿げた人権無視の生贄騒動だ。
この場にいる者は誰も声を出せない。
龍王国への使者選出の会議で、その役割を互いに押し付けて紛糾した挙句、その場にいないバンに押し付ける事で満場一致し、盛り上がった勢いで彼の自宅に押しかけて拉致した。
この一連の出来事は上層部には全て事後承諾だ。
後に報告を聞いた上役は醜聞を恐れ事実の隠蔽を決めこんだ。
「貴方達、普段は市井で随分高圧的に武勇伝を語ってると聞いてますけど、さっきから黙り込んでいるのは、どういう事ですの?猫に舌を取られましたの?」
武勇に優れる王女はダンマリを決め込んでいる、いい歳した男連中にイライラしている。
「はぁー……姫様。コイツら締め上げても、バンお兄ちゃんは帰ってこないよ……」
問い詰め側の一人、天才薬師のヤン・デルシアは悲しげに首を振った。
「ウチの騎獣ムーちゃんが心を開いている数少ない人が……」
「私も同じです……気難しい愛馬ファルコン号の気持ちが分かる貴重な方でしたのに……」
二人は憂いに満ちた表情で溜息を吐く。
「怒っても、嘆いても、無駄。コイツらの処遇は後で決めればいいわ」
女魔導師クーデルラはインベントリから、先程大臣から分捕った四角い鏡型の魔道具を取り出す。
「今は、バン君の無事を確かめるのが先です……魔石と媒体を出して」
彼女はクックロココから受け取った魔石とバンの髪の毛を魔道具にセットして、壁に掛けた。
「《 精霊よ、我が想い人バン・オーニワの姿を、写したまえ 》!!」
呪文を唱えた彼女は魔道具のスイッチを押し、鏡から光が溢れた。
「バン様……どうかご無事でいて……!」
祈るように胸の前で手を組んだクックロココはジッと魔道具の画面を見つめた。
皆が固唾を飲んだ次の瞬間、衝撃が走る。
画面の中では……バンと絶世の美女が仲良く並んで、お茶会をしている場面が映し出されていた。
「「「はぁーーー?」」」
バンは頬を染めながら、鮮やかな金赤色の髪でスタイル抜群な美女と身を寄せて語り合っている。
『ふふふ……このイチゴ、いつもより甘いな』
『は、はい!ガーラ様の為に丹精込めて作りました!』
『うむ、アースガード自治区での研修、誠にご苦労である。既にこちらの期待以上の成果を挙げておる、流石は“私のテイマー”だ。これからも引き続き、かの地での研修を頑張るのだぞ。さぁさぁ、折角だから、バン殿も一口食べてみるのだ。ほれほれ、“あーん”、だ』
美女は眩い笑顔でバンに、優美に摘んだ宝石のように輝くイチゴを彼の口元に寄せた。
『えっ?ええー?……あ、はい……頂きます……あむ』
バンはガーラの大胆な振る舞いに赤面しつつも口を開いてイチゴを受け入れた。
『ふふふ……どうだ?甘かろう?』
『……はっ……はいっ……!』
――ガチャーン
魔道具の鏡面が唐突に砕け散った。
室内にいる者がハッと気が付くと、クーデルラが無表情のまま鏡を――年代物のアーティファクトを――手に持っていた杖を投げつけて叩き割っていた。
部屋は重苦しい沈黙に包まれる。
屈強な男達は国内トップクラスの強者少女達から放たれる怒りの波動に震えていた。
「龍大陸へ……行かねばなりません……」
クックロココが決意を胸に口を開く。
「お供しましょう……!」
杖を回収したクーデルラも帽子のつばを持って立ち上がる。
「私も行きます〜、置いてかないでー」
ヤン・デルシアも慌てて大きめのリュックを背負い帰り支度をする。
三人は部屋を出て行き、部屋にはむさ苦しい男ばかりが残された。
ホッと安堵する騎士がいる一方……
「何で、バンの野郎ばっかモテるんだよぉおお!!外れクラスの癖にぃいい!!」
独身の騎士と勇者達は血の涙を流す勢いで慟哭している。
その嗚咽と咆哮は正に負け犬の遠吠えと表現するのがピッタリな見苦しい有様だった。
バンは自分の事をモテないオタクだと思っているが、実の所ソコソコにはモテていた。
前世でも細かい気配りに定評がある“いいひと”枠だったが、転生後は平均以上の容貌のホムンクルスとなって女性達のウケはさらに良くなった。
しかし、彼の身の回りにいた異性は皆“ツンデレ”の傾向があり、コミュニケーション能力は高いが年齢=彼女いない歴である彼にそのような高度な駆け引きはまったく認識できず、女性からの分かりづらい恋愛アプローチを無自覚にスルーし続けていた。
そのような鈍感な彼に『あの人の良さが理解できるのは自分だけ……』と密かに想いを寄せる女性は実際多かった。
その状況を外から見ていた――格下と見做した男がモテているのが気に入らない――独身男性達は、バンの存在を内心忌々しく感じていたのだ。
「俺たちも龍王国に行くぞ!畜生っ、アイツにだけ、いい思いさせてたまるか!」
「「「おう!!!」」」
大勢の勇者と騎士が一斉に外に飛び出して、後に残ったのは呆れ顔の既婚者だけとなった。
「なんなんだ、あいつら」
・・――◆◇◆――・・
元々、混沌としていたアースガード自治区周辺だったが、ザマイ・マサラ王国からの多数の乱入者が参戦し、さらに混乱に拍車が掛かった。
最も、混乱に乗じて自治区を撹乱するのが目的である、ナナヒとオチュードにとって、この流れはむしろ願ったり適ったりと行った所だ。
ナナヒは一日中白昼夢に浸っている。
彼が薬物を投与してキマってるようなハイな状態になっているのと対照的に、エミリは日々下がり続ける食事のレベルにテンションがダダ下がっている。
さらに静観気味であった魔族グループとは別に新たな魔族集団が転移して以来、連日魔族同士の衝突が度々起こった。
最初にいた魔族はイフリード側で、新たに来たのはマインド勢のようだ。
リツ一行は、あれからも作戦会議を繰り返し、計画を練りに練った。
スタッフの助言は有ったが、流石に当局と宗主国に反感を買うのは不味いだろうと思い至り、後日追求されたら“はぐれ傭兵団による、不穏な計画を察知したので監視の目的で参加した”と、いう名目にした。
ジローに対して極秘に刺客を放ち彼の無力化は謀るが、突入後は自治区側の事態の収拾に協力する作戦となった。
リツはこれなら自分の名声も保て、勇者としてのキャリアも守れる、と自らの策略に満足していた。
最も、私の道化とその非常識な狂信者達は、その程度の秀才が考える予想を易々と超えて粉砕していくのだが……。
・・――◆◇◆――・・
一日中何処かで諍いが起きていた自治区周辺だったが、全員が動きを止める事件が突然起きた。
それは日が沈みかけた夕暮れ時の事だ。
結界に包まれた自治区の頑丈な城壁が変形して、舞台のような出っ張りが迫り出した。
何事かと、周辺にいた者達は唐突に出現した舞台を、手を止めて眺める。
舞台の上に、一組の男女が現れて挨拶を始めた。
「魔大陸から来た皆さーん!こんにちはー!!ようこそ!龍大陸へ!」
「歌と踊りの祭典、アースガード・フェスティバル、本日開催です!」
「案内役は、私たち、サカロ&カラメラ!まずは一曲お聞きください!」
シンセサイザーで奏でられた音楽が辺りに大音響で響き渡った。
二人はテノールとソプラノのハーモニーで魔剣の王子と聖剣の聖女の伝説を歌い上げる。
観客となった暴れ者達は、美しい歌声に、愛の物語に、魔剣と聖剣が織りなす冒険譚に、聞き入った。
演奏が終える頃には、観客はこのショーにすっかりのめり込んでいた。
観客達は拍手喝采をデュオに送った。
その後も、様々な吟遊詩人が入れ替わりに現れては持ち歌を披露していったが、宴もたけなわとなったタイミングで、雰囲気が変わった。
照明が落ち、ステージにはスモークが焚かれ、司会のアナウンスが流れる。
「次に登場するのは、本日デビューとなります、期待の新人!その名も魔界のプリンス!影炎舞のキマリス!どうか拍手でお迎えください、どうぞ!!」
重低音の前奏とともに舞台のセリから上がって来たのは、ステージ衣装に身を包んだ魔族キマリスとバックダンサー達だった。
「キマリス……!?生きていたのか?!」
彼と面識のある魔族達は有る意味変わり果てた彼の姿に驚愕した。
キマリスはアップテンポのEDMに合わせて、難度の高い激しいダンスを披露する。
観客……特に女性達はその生命力溢れる踊りに魅了され、男性陣は背後で踊る女淫魔スクブス達の大胆な衣装に包まれた、けしからん肢体に視線が釘付けとなった。
――『俺は踏みにじる乙女の純真を、俺は咲き誇る背徳の花』
不敵な笑みで歌い、振り向きざまに観客にウィンクした彼に、主に魔族の女性達は黄色い声援を送った。
デビュー曲の選定に際して、キマリスは『もっと可愛いのにして欲しいデス』と駄々を捏ねたが、プロデューサーの説得により、無事にカッコイイ路線に落ち着いた。
キマリスの歌と踊りが絶頂の中ポーズを決めたまま演奏を終えると、観客は万雷の拍手を彼に送った。
彼は手を振りながらその声援に応えながら舞台の裾に消え、照明は落ち、舞台は闇に包まれた。
入れ替わりに司会が登場する。
「とても素晴らしい歌と踊りでした!正に新世界の幕開けにふさわしいスターの到来です!」
「続きましては同じく本日デビュー!お待たせしました!可憐な姫君の登場です!!」
「「龍王国の歌姫!王都で一番可愛い少女!妖精の女王イノ!!」」
一斉にライトに照らされた舞台の中央に、フリルをふんだんに使われた衣装に身を包んだツインテールの美少女が立っていた。
静止したポーズの彼女が洗練された仕草で手を振ると、妖精が舞い踊り、輝くパーティクルが周囲に煌めく。
――『あなたと出会った日から、七色の日々が始まりました――』
イノの透明感があるアカペラの歌声に観衆の心は一瞬で鷲掴まれた。
軽快なイントロと共に、ステージ上で軽やかなステップを踏む彼女の姿に全ての者が目を奪われた。
いつの間にか結界の内側に、ステージ斜め下の特等席に、彼女のアイドルデビューと聞いて駆け付けた、イノのファンクラブ、ヒズをリーダーとする親衛隊が全力でコールを送っていた。
「L・O・V・E・イノちゃーん!!」「カワイイ!」「世界でイチバン!!」
彼らは間奏中に踊っているイノに向かって七色に変化するサイリウムのようなモノを振っている。
妖精を周囲に侍らしたまま、高くジャンプして空を舞う彼女はその場にいた全ての存在に強烈な印象を与えた。
曲を終えて、ステージ上で一礼する彼女に一際大きい拍手が贈られた。
イノは満面の笑みで手を振りながらステージの裾に消えた。
再び司会者が現れた。
「素晴らしいステージでした!有難う!流石、龍王国が誇るエリート集団、宮廷メイド隊が一人です!」
「では本日のステージ演目は以上となります!」
「明日もフェスは続きます!また、この時間にお会いしましょう!」
「「では!ごきげんよう!!」」
ライトは完全に落ちて、城壁は沈黙と闇に包まれた。
辺りはすっかり夜になっている。
「一体全体、僕は何を見せられたんだ……?」
リツとその一行はただただ呆然としていた。
・・――◆◇◆――・・
その翌日もフェスは開催されて、自治区周辺には行商人による屋台も出現して、賑やかなお祭りのような有様となった。
初日は呆気にとられていたナナヒとオチュードだったが、一晩明けて冷静さを取り戻した二人は情報収集に専念した。
「結局何なんだ!アレは??」
辺境育ちのナナヒは人知を超えた音楽イベントにひたすら困惑している。
「情報屋からの話を統合すると……どうやら、外部との交易の為に俺たちの気を逸らすのが目的のようだ」
「ははぁー……なるほど、なるほどー!どうやら、奴らは籠城に焦れて来たという事か」
「ああ、そうらしい。だが、おかげで秘密の出入り口も特定できた。明日にも自治区内に突入するぞ」
「ようやく、お迎えできるのだな……ああ、聖女様……」
ナナヒが陶酔した目で虚空を眺めだした。呆れ気味なオチュードはエミリを省みる。
エミリは演奏中のステージを忌々しげに凝視している。
彼女の前世の記憶は転生の際に殆どが失われている。
しかし、前世の記憶の残滓が時折棘のように彼女の心に痛みを与える。
その痛みを彼女は極めて不快だと感じていた。
「エミリ、飯でも食うか?今日は久しぶりに良い肉と酒が手に入ったんだ」
オチュードはエミリの本性には気付いていたが、それを承知の上で惹かれている。
――『コイツは俺と同類だな。どうしようもないワルでクズだ』
エミリは深い溜息を吐いて振り向いた。
「……頂くわ」
・・――◆◇◆――・・
翌日、城壁の周辺には緊張と殺気が漂っていた。
オチュードは連携している集団に斥候を通じて秘密の出入り口の場所を周知しており、号令を掛ければすぐにでも、殺到できるよう体制を整えていた。
また、その計画は連携していない者たちにも間者を通じて伝わっている。
魔大陸からの戦士たちは号令を今か今かと待っていた。
そして、城壁の反対側の入口では別の秘密の通路を前に魔族達が待機している。
彼らが秘密結社を通じて手に入れた極秘情報だ。
人間たちが自治区に突入するタイミングで突入し、混乱に乗じて邪神とヴェールを拉致する計画だ。
彼らもまた、オチュードの号令を待ちかねている。
……どちらの陣営も、自分たちが何者かに誘導されているとは露ほどにも考えていない。
「いくぞ!!銅鑼を鳴らせ!」
オチュードは満を辞して指令を下し、先んじて入口に駆け寄った。
ナナヒとエミリはその後を追う。
オチュードの配下が銅鑼を叩き鳴らすと、そのけたたましい音は山脈に反響した。
その号令を聞きつけた周囲も一斉にオチュードを追う。
城壁の周辺一帯に地響きを立てて人の波が、一箇所に向けて殺到する。
その反対側でも号令を聞いた魔族たちが別の入口に向かって押し寄せた。
上空からの俯瞰視点だと、“入口”を通った人の波は、自治区内には出て来ない為に、まるで人波が城壁に吸い込まれて消えているように見える。
全ての戦士達が突入を終えた後、城壁の周辺は久方ぶりの静寂に包まれた。
・・――◇――・・
突入した戦士達は真っ暗な通路を直走っている。
大半の者達は欲に目が眩んでいる為か、何も考えずに走っていた。
まだ理性が多少あるものは何かがおかしいと違和感を抱いた。
その中でも知能が高い者は、通路が長すぎる、と気付いたが、人の流れは豪雨の中の川の濁流のようで、最早立ち止まることも引き返すことも出来なかった。
波の先頭にいるオチュードは暗闇の通路の先にある出口を目指して走っている。
自治区にある、富や財宝を根こそぎ掻っ攫うことを夢見て。
今回、大量の銀貨を手に入れたら、エミリに求愛するのもいいかもしれない、と。
昨日の食事時の反応だと、脈アリで手応えはあった。
ナナヒはずっと夢しか見てなかった。
嫌な現実を無視し続ければ、頭の中で思い描いた夢が真実になると、心の底から信じている。
ミノリを聖女と崇めていれば、いつか自分を、有りのままの自分を受け入れてくれると、子供じみた妄想にしがみついていた。
エミリは、全てにムシャクシャしていた。
自分を蔑ろにし続けているこの世界に。
いつまでたっても夢から醒めないバカ王子にも、野盗まがいなクズな男に惹かれ始めている自分にも。
最高の男を捕まえる筈だったのに、散々コケにされ続け、自分を取り巻く環境全てに失望していた。
リツはこの通路がおかしい事に気付いてはいたが、引き返すことは出来なかった。
彼は自分が世界で唯一の存在であると多くの人に承認される事に執着している。
勇者であり続けることこそが、前世では叶わなかった、誰かの代替でない“選ばれし何者か”になれる機会だと信じていた。
今の彼に、この闇の通路を突き進む以外の道は見えていない。
彼らは真っ暗な長い通路を抜けて、光溢れる出口を潜り抜けた。
・・――◇――・・
暗く長い通路を抜け出た先は――一面の荒野だった。
オチュードは流石に異常に気がつき、足を止めて辺りを見渡す。
荒野は真っ平らで、地平線の遥か先まで見渡せるほど広大で、周囲には何の遮蔽物は無かった。
一行は必死に自治区の街並みを探すが、その影すら見つけられなかった。
「転移罠か……?くそっ!!ここは、どこだ!?」
異常事態を認識した者は出口から脱出しようとするが――今しがた入ってきた入口は綺麗に消え去っていた。
戦士達はパニックに陥りかけ、彼らの恐慌を抑えようと、各集団のリーダー達は必死に宥めた。
そんな大混乱の最中、空中に巨大なスクリーンが浮かび上がった。
場にいた全員が注目する中、映像が流れる。
『ようこそ、勇ましき精鋭の諸君』
画面の中には、正装に身を包んだ私の道化が登場する。
『俺が今回この地に降臨した神族、祝福されし地アースガードを司るエンダー・ル・フィン、こと神無月了だ。以後お見知りおきを』
道化は優雅に一礼をする。
『さて、早速本題だが……』
道化は、その美しい顔に笑みを浮かべる。
背後に花が咲いたような笑顔に、見た者は一瞬見惚れた。
道化は、これから何が起こるかを知らない彼らに無慈悲にも宣言する。
『皆さんには今から殺し合いをしてもらいます』




