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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第10章 勇者バトルロイヤル

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069――勇者対勇者(2)

 メガロクオートからやって来た勇者リツと名乗る人物は、掴み所が無い印象だった。

 ミノリやバンと同様に転生召喚によってこの世界に来た勇者らしいが……勇士というよりは情報商材を売りつけるブロガーや上場ゴールを目指すベンチャー企業社長のような、熱意の割には虚業に携わる者にありがちな言葉の軽さが、どうにも引っかかる男だ。

 彼がゲンマに会いに来た理由は、中立地帯のダンジョン使用権を譲って欲しいとの事だが……。


「……」

「友人龍ゲンマ様は有史以来ずっと人類を守護されて来た尊い方と伺っております。私もコモンセンシス共和国で勇者として活動している身として感銘しまして、是非とも、その偉業に協力させて頂きたく、本日馳せ参じました」

「それで……どうして中立地帯のダンジョンの使用権が必要なの?」

「混迷を極める魔大陸を救済する為には、選ばれし者の勇者である私が人々の模範として振舞う必要があります。その為にもレベリングは必須なのです」

「強くなりたいなら……レベルを上げるんだったら、他に方法はあるんじゃない?王都でもここでも、レベリングするには十分だと思うよ」

「十分程度では足りません。ご存知かもしれませんが、勇者のレベル上げには、莫大な経験値が必要です」

「知ってるよ」

「その辺のダンジョンではここでの滞在期間全てを費やしても全然足りないのです。中立地帯のダンジョンの効率にはとても及びません」

「効率ねぇ……」

 ゲンマは苦笑した。

「そんなにレベルだけを上げて一体どうするつもりなのさ?君は何の為にレベリングをしているの?」

 ゲンマの質問にリツは一瞬答えに窮する。

「私は勇者として多くの支援を受けて活動しております。この期待に応える為にも日々研鑽に努める必要があり――」

「色々言ってるけど、要するにさぁ、君は将来、議員になりたいんだよね?」

 ゲンマの唐突でストレートな言い方にリツは絶句した。

「ボクが思うに、君は十分に名声を得たんだから、それ以上レベルは必要ないんじゃない?それより市民や後続の冒険者への支援を手厚くした方が良いと思うけど……まぁ、一時的に後援からの義援金が減るから嫌なのかなー?選挙って準備が大変だもんねー」

「何故、そんなことを言うのですか?」

 リツは流石に気分を害したようで、ゲンマをその切れ長の目で睨みつけている。

「僕はまだ現役の冒険者です」

「そんな話は今までに聞いてないなー。君が冒険をしていたなんて初耳だよ、()()君」

 ゲンマはリツの苛立ちを軽く受け流してニヤニヤ笑っている。


 結局その話し合いは、物別れで終わった。



「結局何なんだ?あの“勇者”は?」

 彼が去った後、応接室にジューベーが入れ替わりで訪れた。

「同盟国であり、メガロクオート傘下では最大国であるコモンセンシス共和国の冒険者ギルド支部でのトップランカーの一人、です」

「言っちゃ悪いけど、ちょっと程度が低くない?前情報で人となりは聞いていたけど……想像してたより落ちる感じだよ」

 ゲンマは呆れ気味に身も蓋もなく言った。

「冒険者としての志も低いし、実戦経験も浅そうだし……ギルドが進出して日が浅いとしても、他にマシなのいないの?」

「ソレガシも魔大陸は管轄外なので滅多な事は言えませんが……コモンセンシス共和国はクオート族の加護の元に繁栄しており、あの大陸でも例外的に治安が良く平和なのが裏目に出ているようで……実戦を体験する機会が龍大陸以上に少ないようです。そうなると、どうしても実力より政治力の方が物を言う局面が多く……」

「どこも問題は同じって事か……」

 龍大陸の冒険者ギルドもダンジョン専門の冒険者が多すぎる問題に頭を悩ませている。

 大規模な制度改革は既に行なったが、その効果が反映するには、まだ時間がかかるだろう。

「それはまだ大した問題ではないのですよ……彼らの困った点は、レアクラス所持者に汎用クラスへの転職を積極的に勧めている事です」

 元々、魔大陸の成長システムは制約が多い。

 コモンセンシス共和国では、新システムを導入しているが、現場での運営はまだ未成熟で未だ手探りな状態らしい。

 そして、冒険者育成のためのダンジョンも数少なく、内容もショボい。

 そういう事情が重なり、現場において育成コストが掛かるレアクラスの受け皿は無く人気も低い。

「彼らにも生活が掛かっている以上、不遇を無理強いする事は出来ません。しかし、これからの魔族との戦況によっては、レアクラス、レアスキルは幾らでも必要です。特に勇者――究極奥義の持ち主は複数人確保したいのですが……高名な勇者の彼が貴重な勇者見習いに転職を勧めているので……我々は本当に困っております」

「冒険者ギルド経由で何とかならないのか?」

「それが何とかできればねぇ……実際問題、育成するとなると、こちらに来て貰う必要があるので……縁故主義の傾向が強い保守的な魔大陸の住民の中で、故郷を捨ててまで成れるかどうか分からない勇者を目指しているジロー殿のような方は稀有な存在です。我々としても現時点では手詰まり状態です」


 その後も魔大陸や自治区運営に関する雑談をしていると、スマホのメッセージで広場で問題が起きているとの連絡が届いた。



 慌てて現場に駆けつけると、ジローがリツとその取り巻きらしき集団と対峙していた。


「何が起きた?」

 俺は、そこにいたミノリに事情を聞いた。

「清掃していたキマリスさんに彼らが絡んで……そこをジローさんが仲裁に入ってくれたんですが……」

 彼女は心配そうに様子を眺めている。


「……」

「何故君がここに……傭兵ギルドに所属していたのでは……」

 ジローとリツは予想してなかった再会に戸惑っているようだ。

 二人は暫しの間、静かに見つめあっていたが、リツの背後の取り巻きがいきり立った。

「お前が、リツさんに逆らった勇者見習いか?どうせ、生贄目的でここに送られたんだろう?素直に謝罪すれば、リツさんも許して仲間に加えてくれるぞ、はっ!」

 取り巻きたちはあからさまにジローを侮蔑した表情で見下した。


「俺は、もう見習いじゃ無い……勇者だ!」

 ジローの毅然とした態度に、リツは目を見開いて驚き、その後、憎しみを込めた目で彼を睨んだ。

「一体どうやってレベリングを……そうか、君が龍族に取り入って、中立地帯のダンジョンを密かに占有していたのか?!」

「はぁ……?」

 ジローはリツの見当違いの推理に呆れた。

「俺は中立地帯に行った事はない。今までずっと……」

「嘘だ!!そうでなければ、膨大な経験値を短期間で取得できる筈がない!!」

 ジローはリツの勘違いを正そうと口を開きかけるが、遮られる。

「――決闘だ!!」

「えっ……?」

「中立地帯のダンジョン使用権を賭けて、僕と決闘だ!あの至高のダンジョンは選ばれた者こそ優先して使うべきだ。君に勝って僕の方が優れた勇者だと証明してみせる!!」

 リツはもう冷静さを失っている。

「君は誤解している、俺は――」

 ジローは、説得を続けようとした。


「ふーん。それも面白いんじゃない?」

 ゲンマはニコニコしながら、彼らに歩み寄った。

「ジロー君に勝てれば、中立地帯のダンジョン使用権を譲っても良いよ。構わないよね、クロード?」

 背後で気配を消して成り行きを静観していたクロード先輩は頷いた。

「別に良いぜ――その代わり」

 先輩はリツ一行を一瞥して言った。

「ジローが勝ったら、レアクラスの持ち主に転職を事実上強制するのは金輪際辞めてくれ。はっきり言って俺たちはアンタらの目先の利益を優先した行いに迷惑している。これは冒険者ギルド執行部の総意だ」

 ギルド幹部という思わぬ大物の出現に一行は怯むが、リツは決闘の申し入れを撤回しなかった。



 そして今、かつての仲間だった二人は、自治区城壁の横にある決闘場で向かい合って立っている。

 お互い、思う所のある因縁の対決だ。


 決闘場に入る前の打ち合わせで、ジローはクロード先輩に喝を入れられる。

「あの、いけ好かない勇者野郎にムカついてたんだろ?正々堂々思いっきり、ぶん殴って来い!」

 ジロー自身の意向を無視して、なし崩し的に決まった決闘な為、本人としては複雑な心境のようだったが、そこは鍛え上げられた戦士らしく、即座に腹を括ったようだ。

「分かりました、過去のわだかまりに決着を着けてきます!」

「よしっ!奴らに修行の成果、本物の勇者の力を見せてやれ!」

「はい!!」


 現在、ジローとリツは沈黙のまま、睨み合っている。


 ミノリは友であるナス子、シモネム、バンと共に観客席で両手を組んで祈るように観戦している。


「では、勇者リツ対勇者ジローの無制限決闘の開始を宣言します。始め!」

 そして、見届け人であるゲンマが貴賓席から決闘開始の合図が出され、勇者同士の前代未聞な果たし合いは始まった。


「【闘波解放・覇道昇華】!!」

 開幕早々、リツはスキルを使い七色に輝く、自らにバフを掛けたようだ。


 彼は輝く残像の軌跡を残し、ジローに斬りかかった。

「喰らえ!!」

 ジローは無表情で、リツの斬撃を皮一枚で回避(かわ)す。

「まだまだぁ――!!」

 リツは流れるように連続攻撃を繰り出す。

 ジローはその全てをギリギリで避け続けるが、最後の攻撃だけ敢えて避けずに剣で弾く。

 リツは渾身の連続攻撃をあっさり回避されただけでなく、無造作に弾き返された一撃が思いの外重かったことに驚いている。


「レベルが全てって訳じゃない。修行の“質”の差は明らかだよ」

 ゲンマは特に意外でもない様子で呟く。


 ジローはスペルカードを懐から取り出して使用する。

「《 スペルカード発動:バリア・シールド 》!」

 彼の全面に光るバリアが展開した。

「《 キャロール 》!!」

 そして攻撃力上昇のマギアを唱える。

 彼は剣を構え、地面を蹴って、リツに攻勢を仕掛けた。


 斬りかかられたリツは、予想外に鋭い連撃に一転防戦に追いやられる。

 見る限り、力も速度もスタミナも、ジローの方が上回っているように見える。

 リツは反撃の機会を見出そうとするが、ジローの攻撃の手は途切れず、彼は次第に苛立ちを隠せなくなる。

「【闘波解放・攻勢反転】!!」

 リツはHPを消費してカウンターを発動するスキルを使い、ジローの攻撃を跳ね返した。

 ジローは反撃を喰らい、数メートル後ずさるが、即座に体勢を復帰させる。


「何故だ……」

 息が上がっているリツは呆然と呟く。

「何故君は――!!僕を勇者と認めなかったんだ!!」

 リツの叫びが闘技場に響く。

「【闘波解放・覇道貫通】!!」

 彼は互いの力量の差を悟り、長期戦は不利だと察したのか、捨て身の奥義を繰り出した。

 ジローは彼の質問に答えず、迎撃の構えを取った。

 勇者リツ渾身の奥義でバリアを砕かれてダメージを食らうが、冷静に剣で受け流して直撃を避けながらも、体勢を崩しかけたリツに対してスキルを使う。


「【アルタキエラ】」


 ジローの剣は黒い瘴気を纏い、魔剣のように変貌する。


 クロード先輩が最も大事と言っていた、勇者見習いのスキル。

 それはダメージを与えた分、相手のHPを吸い取る攻撃スキルだ。


 マギアによって高められたジローの剣の一撃は、リツの意識を一瞬で刈り取った。



 決闘はジローの勝利、内容的には圧勝だった。

 夕暮れの城壁の前で二人は向き合っている。


「君は一度も魔王の話をしなかった」

 ジローは無表情でリツに語る。

「俺は、自分のクラスが勇者見習いだと知った日から、このクラスの意味をずっと考え続けていた。勇者とは……いつか魔王と対峙する運命を持つ存在なのか、と。君が一度でも、来るべき決戦の日に備えた、その決意を語ってくれていたら……俺は君に全てを託していただろう」

 ジローは真剣な表情でリツを見つめる……しかし、

「……馬鹿馬鹿しい」

 リツは顔を伏せる。

「国と国との戦争が人一人の力でどうにかなる筈がない。勇者一人いたからって……組織的な大軍相手に何が出来るっていうんだ……そんなの、正気の沙汰じゃない!」


 まぁ、正論なんだがな。地球ではぐうの音も出ない正論だ。


 しかし――ここは異世界だ。

 地球の正論が通用しない狂った世界だ。


「ふんっ、ともかく決闘でケリがついた以上、今後レアクラスの持ち主を雇用を盾に脅迫するような真似はすんなよ。いいな?」


 クロード先輩の言葉にリツ一行は渋面を作り自治区を去っていった。


 表向きの理由は龍大陸の人間領域の視察だが……彼らとメガロクオートの関係性はこの決闘騒動で雲行きが少し怪しくなったようだ。



 カイセット達、それとリツ一行が呼び水になったのか……列強諸国を追い出された魔大陸からの勇者連中が徒歩でアースガード自治区にやってきて、日々城壁の外で騒ぎ始めるようになった。


 彼らは身の程知らずにも、龍族を、邪神を、討伐してやる!と息巻いている。

 俺は邪神じゃないっての。


 元々、この自治区には人間領域からの武芸者や行商人が多く訪れていたが、血の気の多い彼らは、些細なことで勇者達と小競り合いを起こしては騒音を撒き散らしていた。

 俺たちは面倒なので放置で無視を決め込んでいたが……自称勇者たちの数は減るどころか日増しに増えていく。

 どんだけ魔大陸から“勇者”が来てんだよ……。


「まるで、勇者のバーゲンセールだな……」

「ばーげん?」

 ゲンマは怪訝な顔をしているが、一度は言ってみたかったセリフだから仕方がない。


 しかも、この勇者騒動に加えて、魔大陸から来たと思われる魔族の集団まで自治区周辺に押しかけてきた。

 彼らがやってきた目的ははっきりしないが、噂の邪神の見極めか、それと行方知れずという事になっている失われた王魔族の末裔であるヴェールの捜索と考えられている。

 といっても、ここは龍族の牙城でもあるからか、彼らは遠巻きで見ているだけで近づいては来ない。

 どちらにしても、こちらから関わり合いにはなりたくはない。


 いまや、城壁の周辺では、そこら中で、勇者、魔族、人間領域の蛮族の三つ巴の乱戦が繰り広げられている。


 辟易した俺たちは緊急事態発生と見て、自治区に結界を展開した。



 俺はメンバーを招集して領事館地下の会議室で緊急の作戦会議を開いた。


「これじゃフィン王国の定期視察に行けないんだけど!」

 ジュンは予定が狂って、かなり不機嫌そうだ。

「人間領域からの行商隊も、ここ最近自治区に近づくことすら出来ないらしい。どうする?」

 オルトの商売にも差し障りがありすぎて困っているようだ。

「レイモンド君からも、ベース帝国との交易計画を見直す必要が出てきたってさ。しかし、魔族まで出張ってくるとはねぇ……こっちはまだ魔大陸には手を出してないってのにさぁ……」

 ゲンマもこの異常事態に頭が痛いようだ。

 俺はもう面倒臭いから、纏めてぶっ飛ばせばいいんじゃないかと、投げやりな事を考えていた。

「流石にそれは最後の手段にしようよ……デン君、何かいいアイデアはある?」

 ああ、そうだな。うちのブレインである我が弟のデンの意見も聞いておこう。


「うーん……そうですね。せっかく、これだけの人材が一箇所に集まってくれたんですし……何か派手なイベントでも開催したいですね!」


 ――はぁ?


 その場にいた全員が固まったままデンを見る。

 デンのニコニコ上機嫌な様子に、何故か俺は地獄の扉が開いたようなヤバイ気配を感じた。


 ・・――◆◇◆――・・


 私の道化はデンの突拍子もないアイデアを聞き、その発想に呆れつつも『それも面白そうだな』とか考えている。


 そういう男だ。


 抱えている問題が行き詰まって面倒になると“面白”を基準に決断するのは悪い癖だ。


 さて、アースガード自治区を離れたリツ一行だが、列強諸国を離れたのには理由があり、ジローとの決闘前に案内人であるミュラから警告を受けていたのだ。


「都市内で支配種族と深刻なトラブルを起こしたら、その時点で本国へ強制送還します」


 決闘自体は正規の手続きを踏んだとはいえ、龍族とギルド幹部の不興を買ったのは疑いようのない事実だ。

 未だレベリングに未練があるリツとしては、有力者とこれ以上の軋轢は避けたいが為に、視察を理由にしてほとぼりが冷めるのを待ちたかった。

 彼は慎重な性格で、常に費用対効果を重視して、無用なリスクは徹底して避ける傾向にある。


 しかし、彼のスタッフは、それとは違った思惑を抱え込んでいた。


 ・・――◇――・・


 リツはスタッフ達と共に天幕の中で焦った様子で話し合っている。


「勇者見習いにあんな力が秘められていると本国で知られたら……彼らに転職を勧めていた私たちの立場がなくなり、今後の活動が危ぶまれる」

 リツのスタッフで、まとめ役的存在のトリーマが囁く。

「今まで転職を勧めてきた勇者見習いの数は多い……彼らの中から訴訟を起こす者が出てくるだろう」

「そんなの……当人の自己責任だろ。まるっきり八つ当たりじゃないか」

 リツの言葉にトリーマは渋い顔をする。


 今まで、彼はリツの見えない所で、勇者見習いを始めとしたレアクラスの持ち主に恫喝を含めた強引な説得によって転職を押し付けてきた。

 その多くは、荷物持ちや斥候などの補佐役、もしくは会計や鑑定などのスキルが得られる裏方役職に転職させて、スター冒険者である勇者リツの活動を支えてきた。

 見習いから勇者への道は過酷な修行の連続ではあるが、その道への選択肢を彼らが知る以前に奪われたと知ったが最後、怒りに満ちて詰め寄られても、おかしくはないという状況だ。


「訴訟の後に和解できずに裁判となったら結果は判決が出るまで分かりませんが……この話が広まれば、今まで通りの活動は出来なくなるでしょう……培ってきた名声にも疑問の声が上がるのは間違いないです」

 ここに至って、リツにも事態の深刻さが飲み込めたのか、その端正な顔が青ざめる。


「それは確かに不味いな……でも、既にやってしまった事だ。どうしようもないだろう」

 トリーマは身を乗り出して声を潜めて囁いた。

「実は……今、取引を持ちかけられております……」

「取引……?」

「ええ、現在、魔大陸辺境にある小国の王子がこの地の傭兵や他の勇者を雇ってアースガードを襲撃をする計画を立てております……この機会に乗じるべきです」

「待て、流石にそれは、列強諸国への敵対行為だろう。勇者にあるまじき行動じゃないか」

「ですが、あのジローをこのままにしておく訳にはいきません。どの道このまま帰っても、あなたの勇者としての正当性が、ただ疑われるだけです。しかし、ジローの勇者としてのキャリアを始まる前に終わらせば、まだ再起の芽は残ります」

「彼を殺せと言うのか!どの道、冒険者ギルドと敵対することになるぞ」

「殺す必要まではありませんが、勇者として活動できない状態には持っていく必要はあります。それにギルド本部とは……もう和解は無理と見た方が良いです」

「……ミュラにはどう釈明をする?」

「彼女は言いました。都市内で事件を起こしたら本国へ送還する、と。逆に言うと、その程度の罰しか受けないという事です。列強諸国では、アカウント剥奪と追放以上の罰はそうそうありませんので無視してもいいでしょう。今現在、何もしないというのは一番の下策です。どうかご決断を……」


 リツは内面で激しく葛藤するが、最終的に損得勘定で決断をした。


 ・・――◇――・・


 自治区を出た後、ナナヒ王子は王都で偶然再会した、魔大陸の放浪傭兵団リーダー・オチュードと合流し、彼と組んでアースガード自治区に攻め入る準備をしていた。

 オチュードはナナヒが隠し持っていた軍資金をバラ撒き、この地の傭兵や荒くれ者を掻き集めた。

 さらには近くを徘徊していた勇者たちにも手当たり次第に声を掛けた結果、纏まりのない烏合の衆とはいえ侮れない戦力を秘めた大軍が出来上がりつつある。


「聖女ミノリ様……あなたの騎士ナナヒが、もうすぐ、お助けに参ります……!」

 ナナヒは物語の主人公気取りで自分にだけ都合の良い夢の世界に浸っている。

 エミリは背後からその様を冷ややかに見ている。

 もっとも彼女は、この状況から逃亡する機会を完全になくしているのだが……。

 彼女がカイセットの、先の事まで見越した慎ましい生活態度……主に食事面に付いていけなかった以上、仕方がない事だった。


 リツは低レベルな不良集団にスタッフと共に紛れ、周囲の下劣な空気にうんざりしつつも、これからする事は勇者であり続ける為に必要であると自らに言い聞かせていた――何があっても自分が勇者である事を忘れないように、と。

 しかし、彼は本当の勇者がどういう存在かを未だ知らない。


 オチュードは寄せ集めの軍勢に、檄を飛ばす。

 あの、富に満ち溢れた自治区を破壊して全てを略奪せよと。


 だが、ここにいる者は誰も気がつかない。


 軍勢の中に黒い巻毛の痩せた男、龍族の間者であるオクルスが紛れ込んでいることを。


 彼らの思惑は全て筒抜けだった。

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