006――決戦プリムム村・後編
扉が開き、ゲンマが戻ってきた。
「心の準備はできたかい?」
「ああ、さっさとすませてくれ」
ゲンマは上着を脱ぐように指示し、俺は上着を脱いでマギアの証を晒した。
彼は俺のマギアの証を軽くなぞると、唐突にその中央に指を突き刺した。
「ぐっ……?!」
俺は体の芯まで響く苦痛に身を捩ろうとするが体は動かない。彼は指を体内でこねくり回したあと引き抜いた。不思議なことに血は出なかった。
「はい終わり。早かったでしょ」
俺は苦痛の余韻に負けて膝をついた。息を整えて見上げたゲンマの目は珍しいものを見たという好奇心に溢れていた。普段の俺なら湧いて当然の嫌悪感が出てこないのが不気味でならない。
オルトが俺の横にしゃがみ肩に手を置いて心配そうな目で見ている。
「人間って本当に面白いね。いくら見ていても飽きないよ」
「ゲンマ、そろそろ日が暮れるぞ」
「わかってるよ。シグレ!」
ゲンマの傍の空間が歪み、忍者っぽい女が唐突に現れた。え?忍者?なんで?
「念の為、村人たちの避難と警護をお願い」
「御意」
「シグレも来ていたのか……」
「久方ぶりです、ジョイス……昔話をしたいのは山々ですが急ぎますので、失礼します」
そういうと彼女は残像を残して消え去った。
ジョイスは俺を向いていった。
「あいつは昔の仲間だったが……ゲンマが友人龍と知って自ら望んで眷属になったんだ」
「根に持つねー。合意に基づいてたのにさ」
「合意か、物は言いようだな……カンナヅキ、こいつは支配種族としては例外的に善良な奴だが、時々人間を誘惑するんだ。絶対に油断するなよ」
そういうのは先に言えよ。もう遅くない?手遅れとかじゃないよね?
□
外に出ると夕日に赤く照らされたサリシスが近づいてきた。
「カンナヅキ、大丈夫?顔色悪いよ?」
今ひとつ何を考えているのかわからない娘だが、そばにいるだけで心が落ち着くのは不思議だ。考えてみたら彼女がいなかったら、俺は今こうして立っていることもなかっただろう。あの必死さにどれほど救われたか。
「一つ聞きたいんだが……」
「うん」
「この世界では死んだ人は生き返らないのか?」
その問いを俺が口にした瞬間、彼女は目を見開いて、微かに震えた。
「サリシス?」
「……今……この村ではできない……」
彼女は伏せ目がちに絞り出すように言った。
「そうか」
それ以上言葉が続かないのを見て、俺はつぶやいた。
「じゃあ、気軽に死ぬわけにはいかないな」
「……ダメだよ、ダメに決まってる」
「だよな」
□
日が沈んだ森の方から地の底から響くような怨嗟の声が近づいてきた。
村はずれに集結した自警団に緊張が走る。
《フーガ》
ゲンマがエンチャントを唱えると俺の体が軽くなり足が地面から浮いた。
「んじゃ、行こうか」
彼は俺の襟首を掴み一息で上空まで移動した。
一足早く訪れた冬の空気で息が白くなる。
一言声かけてくれないかな?わざとやってるよね?
「声ならかけたよ。ほら、下を見てごらん、マギアを使って敵を定めて」
村と森を一望のもとに見下ろすと、森から村になだれ込むように黒い人影がわらわらと押し寄せてきた。この数はやばい。
《マサ・パルマ》
マギアを唱えると証が微かに熱を帯びて俺に敵意を持った対象にマーキングされていく。
「ざっと数百ってところかな。十分ひきつけてね、取り漏らした分はジョイスたちがなんとかしてくれるだろうけど……まぁ、戦力はあれだけじゃないでしょ」
俺はできる限り敵の姿を視界に収めようとした。
「なんでわかるんだ?」
「あの魔術師の態度に余裕がありすぎるってのと、この辺りの魔力濃度が高すぎる。よっぽど君のことをどうにかしたいようだね」
エンダー君は一体何をしたんだろうなぁ……でも、あんな安い悪役魔術師に俺の大事な人たちがいる村を蹂躙させるわけにはいかないのだ。
森から出てくる人影が途切れる。
「いいよ、とびっきりの火炎魔法撃っちゃって」
《マグ・フラ》 !!
マーキングした敵影は一斉に青い炎に包まれのたうち回り徐々に消えていった。
やった!と思ったのもつかの間、眩暈とともに世界が反転して急速に意識が遠ざかっていく。
「あ、あれ?」
大幅にレベルアップした旨のメッセージを聴きながら俺は気絶した。
□
「カンナヅキ!目を開けて!」
オルトが俺を揺さぶって叫んでいる。彼の体は怪我をしているのか所々出血していた。
「屍兵の後に魔獣の群れがきたんだ!ジョイス達が応戦してるけど押されてる!起きて!!」
俺は目を開けたが朦朧とする意識を纏められずにいた。
目の前で自警団が大型の猟犬に似た魔獣に追われ襲われてる様を見るが、起き上がろうにも気力が尽きていた。
「……起きなきゃ……くそっ……何か……何か……!!」
俺は何かを思い出しかけていた。必死にその何かを記憶の底から手繰り寄せ、一つの単語を思い出した。
――ソウルモンガー!!
空に向かって力の限り叫んだ。
夜空を切り裂くように黒い剣が飛来して目の前に突き刺さる。
俺はその剣の柄にしがみ付き、引き抜いた。
魔剣の歌声が辺りに響き渡る。
俺は沸き起こる歓喜に身を任せて、声を張り上げ剣と共に歌った。
自警団の傷ついたメンバーは回復し戦意を取り戻し、反対に猟犬たちは生命力を奪われ弱々しく鳴いた。
「敵の力が弱まったぞ!今だ!反撃だ!」
自警団は劣勢を反転し逃げ惑う魔獣を狩り尽くした。
俺たちは勝利を確信した。
「さあ、もうお前一人だぞ!」
ジョイスは魔術師に駆け寄った。
だが、魔術師は不敵な笑みを浮かべ言った。
「勝ったと思ったか?つかの間の勝利の味はどうだ?」
魔術師の足元の光る魔法陣から何かが現れようとしていた。
「時間稼ぎに間に合わなかったな。私の勝ちだ」
召喚されたのは巨大なツノの生えた牛のような魔獣だった。
体長六メートルはあろうかという黒い巨体は禍々しいオーラを周囲に振りまき、爛々と輝く複数の眼は狙った獲物から――つまり俺から決して目を離さなかった。
「魔獣ベヒーモス!?」
「うわー、これは大変だねー」
「強いのか?」
俺が二人に尋ねるとジョイスは渋い顔で黙り込んだ。
「まぁ、無理。勝てないね。僕が元の姿に戻ったら余裕……だけど……」
ゲンマは一拍溜めて言った。
「村の事は諦めてね」
ベヒーモスは黒い波動を伴い突進してきた。
俺はとっさにバリア・シールドを展開して止めようとするもあまりの衝撃で吹き飛ばされそうになる。オルトが支えてくれなかったら吹き飛ばされていた。
ジョイスは自警団に撤退命令を出し、副団長のデュオたちは躊躇いつつも後退した。
「ジョイスも二人を連れて撤退してくれないかな。はっきりいって足手まといだからさ」
「断る。俺がこの村の自警団長だ。俺が逃げるわけにはいかない」
俺は必死に魔獣の攻撃を防ぐも時間経過でエンチャントの効果が切れそうになる。が、オルトが咄嗟に代わりの障壁を展開する。
「頼むから一回くらいボクのいうこと聞いてよ」
「お前、相変わらず演技が下手だな」
ジョイスはポーションを飲み干していった。
「勝てないんだろ。一人じゃ」
「……死ぬよ。ジョイス」
「戦って死ぬのなら本望だ」
俺はソウルモンガーで障壁越しにベヒーモスを攻撃するが、傷をつけても即座に回復する相手の底なしの生命力に苦戦する。
「死なれる方の身にもなってよ。何も感じないとでも思ってるの?」
ゲンマの言葉に初めて俺にも理解できる感情を見た。
「お前が何と言っても俺は残る」
「……勘弁してよ」
「オルト、カンナヅキ、引け!」
俺はジョイスに言い返そうとしたが、オルトに強引に引っ張られた。
《マグ・フル》 !!
オルトは魔獣の顔面に雷のエンチャントを叩き込むが、まるで効いてなかった。
魔獣が咆哮し、その衝撃波で俺たちは一瞬金縛りになった。
怯んだ隙を突くように突進する魔獣の横面をゲンマが槍で突き、ジョイスは足を狙って剣を振るが効いているようには見えなかった。
オルトは硬直から逃れ俺の手を引き駆け出すと同時に魔獣は二人を蹴散らしてこっちに向かってきた。
どう考えても人の足では逃げきれないよな、と俺が思った時、頭上を何かが過ぎった。
「天昇流星脚!!」
突然乱入してきた何者かは、格闘ゲームのようなド派手なエフェクトを伴った攻撃をベヒーモスの顔面に繰り出した。
それまで熟練の戦士の攻撃をものともしなかった魔獣は激しくのけぞった。
乱入者はそれと同時に両手を前に突き出した。
「破山雷光掌!!」
白い光を放つ両手を魔獣の体に押し当てるとそこが大きく凹み、衝撃が反対側に突き抜け魔獣は血反吐を吐いた。
「つ、強い……人間の力じゃない……」
ジョイスは呻くように言った。
「あれは幻獣種だね」
「!幻獣?!絶滅したんじゃなかったのか!!」
「そのはずだけど……」
ゲンマは首を傾げた。
俺たちはただみているしかなかった。
魔獣はよろめきつつも必死に体勢を整えようと足を踏ん張る、が、容赦無く連続攻撃を加え魔獣の体は宙に浮いた。
「はぁ――!!光輝聖拳乱舞!!滅殺!!」
乱入者はまるで踊るように魔獣に攻撃を叩き込み続け空を登り頂点に達した時、固めた拳をベヒーモスごと地面に叩き込んだ。
ズシィ――――ン
地響きを上げてその巨体が地に沈むと魔獣ベヒーモスはゆっくりと黒い霧となって散っていった。
俺たちは唖然とした。そして召喚した魔術師も同様に呆然としていた。
乱入者が魔術師をキッと見ると、彼は慌てふためいて懐から巻物を取り出した。それを見て駆け寄ったが、タッチの差で巻物は燃え男は光るパーティクルを残し消え去った。
「……ちっ!」
乱入者は舌打ちをし、こちらを振り返り近づいてきた。
俺たちは礼を言うべきか逃げるべきか冷や汗をかきながら迷いに迷った。
乱入者は俺の目の前に立った。
間近で落ち着いて見ると、乱入者はクリーム色の制服のようなスーツに身を包んだ女性だった。
ボディラインがはっきりわかる襟の高いジャケットに、コーヒー色の巻きスカートから見える長い足は黒のレギンスに包まれ、実にナイスバディだなと我ながら場違いな感想を抱いた。
アッシュブロンドのセミショートの髪の側頭部からマスチフ犬を思わせるフサフサした黒いたれ耳が生えていた。
彼女は胸ポケットから四角い白いものを俺に向かって両手で差し出しお辞儀した。
受け取るとそれは名刺だった。
「てる・むーさ?」
俺はそこに書いてあった名前を棒読みした。
「はい!」
彼女は顔を上げ、にっこり微笑んだ。それはまさに女神のような輝きを放っていた。
「システムより派遣されて来ました!本日よりカンナヅキ先生を担当することになりました、テル・ムーサと申します!先生がピンチとのことで予定を早めて駆けつけて参りました!不束者ですがよろしくお願いします!!」