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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第10章 勇者バトルロイヤル

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063――邪神の使徒

「すみません、流石に調子に乗りました」

 目の前でミノリは両手を合わせて平謝りで頭を下げている。


「俺は邪神じゃない」

「重々承知しております」

「俺は邪神じゃない」

「大事な事なので二回言ったんですね」

「俺は、邪神じゃ、ないっ!」

「さらに言うんだ。あんまり言うと逆に怪しいんですけど……ああでも、そうお考えなのは龍王ガーラ様ですよ?」

「……マジかよ」

「ええ、龍王様に謁見の際にこの邪神の噂を伝えたところ、それは恐らく神無月先生の事だろうから心配は無用だ、と……それで、折を見て先生にも伝えてくれと頼まれまして……」

「……んがー」


 それじゃあ、何か?そのうち、ここに謎の自称勇者軍団が攻めてくるかもしれんのか?

 やっと周辺が落ち着いたと思ったら、また小競り合いしなきゃいかんのか……。

 これまでの情報を聞く限り魔大陸の連中は、脅威になる程ではないのは救いだが。



 しかし、メンバー達に特に動揺がないのはどういうことだ?

「魔族程度に手も足も出ないってレベルの連中でしょ?何とかなるんじゃない?」

 ジュンは涼しい顔で言う。

「最初は衝突するでしょうけど、将来の顧客候補って感じですね。うちの名産品をたんまり売りつければいいのでは?」

 デンも取らぬ狸の皮算用をし始めた。

「対話が可能なら交渉すれば良いですし、話が通じないのなら叩きのめせば良い話です。人間領域諸国の扱いと何も変わりません。慌てる程の事では無いかと」

 森川も平常運転だが……もしかして、この自治区って脳筋武闘派集団だったのか?

 お気楽なオタクの楽園を目指していたはずなのに、どうしてこうなった。

「先生を邪神呼ばわりするなんて失礼な人達ですね!正義の鉄槌が必要です!」

 怒ってくれるのはモモちゃんだけか……でも、その背後に高レベル天使部隊が展開しているせいか、一番安心できない……。


「まぁまぁ、その件はオクルスと冒険者ギルドがクオート族と連携しつつ情報収集しているから。今は報告待ちだよ」

 龍族のゲンマはのんびりしたもんだ。

 俺の知らんところで勝手に邪神呼ばわりされているというのが、イマイチ納得いかない、不条理すぎる。

「というより、本当に大丈夫か?俺の他にも生まれた神がいるんじゃないだろうな?」

 もしや、別にいるんじゃないのか?もっと見るからに邪神っぽい、うねうねしてる奴。

「姉さんの所にもシステムから神降臨の通知が来たんだよね、君が目を覚ましたタイミングで。しかも、人殺しのことばっかり考えてる神族って、さぁ……ほぼ、君のことでしょ」

 そうなのか……。

 新作の構想で残忍な殺人鬼の無慈悲さを表現するべく開幕で如何に派手な殺人をやってのけるか真剣に考えていたが……あくまで考えていただけだぞ。

 しかし、無用な戦いはしたくはない……ぶっちゃげ面倒くさいから。

 何とか穏便に誤解が解ければ良いのだが。


 ・・――◆◇◆――・・


 私の道化が荒々しい祭りの予感に気もそぞろになっている頃。


 ここ、コモンセンシス共和国の首都サントーマポリスの郊外にある屋敷では、魔大陸の人類解放連盟に所属する各国高官が集まり秘密会議が行われていた。


「例の邪神の件、詳しい話は分かったか?」

 議長らしき男が配下の者に尋ねる。

「情報が錯綜しすぎてて、良く分かりませんね。神降臨の情報は王族達に一様に伝えられてますが、それを邪神とか言い出したのは辺境国の修行僧らしいので……噂の真偽自体が不明で確認のしようがないです」

「この新旧魔族間戦争で大変な時期に更なる混乱の種を撒き散らすとは……旧体制勢力はどこまで愚かなのか……」

 議長は頭痛をこらえている。

「クオート族は、この件をどう説明しているのだ?」

 議長に別国の政府高官が尋ねた。

「マミリーン閣下は『本国は事態を把握している。慌てる必要はない』と仰せられてます」

 議長の副官は淡々と答えた。

「そうは言われても、情報がなければ、有事の際に対処できないだろう!」

 高官のボヤきに議長は深く溜息を吐いた。

「冒険者ギルド支部長にも問い合わせたが、同様な返答であった。恐らく向こうでは既に対処済みで、こちらが行動する必要はない、と言いたいのだろうが……」

「しかし、旧勢力の王族会は暴走しつつあるぞ、この動きを放置するのは危険すぎる!」

 議長はこの言葉に大きく頷いた。

「それに奴らの中で直接交渉しようと龍王国に使者を送り出す動きも出てきた。こちらも独自に龍大陸の情報を集める必要がある」

「クオート族の意向を無視して諜報部を動かすのか?」

 高官は怪訝な表情で言った。

「我々が行動するのは、あくまで旧体制勢力の動向を把握する為だ。これは条約協定で定められた自治範囲に含まれている。現在、冒険者ギルドを通じて勇者を派遣することを検討している」

「「「勇者を!?」」」

 現在、コモンセンシス共和国では冒険者ギルドの指導により、冒険者の育成を国是として行なっており、この国所属の転生勇者がリーダーを務めるパーティはその最高峰となる存在だ。

「冒険者である勇者パーティが未知の世界を探索する事は何ら不自然ではない。その同行メンバーに諜報部の息が掛かった者を参加させて、情報収集と現地での他勢力の牽制を行う予定だ」


 ・・――◇――・・


 場面は変わって共和国首都サントーマポリスの一等地にある冒険者パーティ“シュハリ”の拠点。

 共和国政府からの指名依頼を引き受けた勇者リツは無表情な面持ちで資料を眺めている。

「支配種族が直接統治する列強諸国……か。ここよりも文明レベルは高そうだが……実際この目で確認しないと分からない事だらけだね」

 地球から転生召喚された勇者リツは顎に手を当てて思案する。

 彼は元々旧体制側の小国で召喚されたが、先行きの不透明さから亡命して以降、諸国を渡り歩き、魔大陸でもっとも柔軟で将来性のありそうなコモンセンシス共和国に拠点を構える冒険者となった。

「詳しい事は、メガロクオート入国後の研修で確認すればいいか……それにしても、龍王だとか邪神だとか……本当に実在するのか?話を大げさに盛ってるんじゃないのか?」

 見た目は長身で中性的な風貌の彼は、努力と堅実をモットーに着実に実績を重ね、社会的信用を築き、今では揺るがぬ名声を確かな物にしている。

「道中は諜報部の人間がメンバーに加わるだろうし、恐らくクオート族の監視も付くか……流石に“乗り換え”は無理だろうな……仕方ない、今回は情報収集と点数稼ぎに徹するか」


 前世で物心付く前から努力を重ね自らの能力を高めてきた彼は、自分の存在を何より大事にしており、常に今以上に自分を高く評価してくれる環境を求めている。

 彼は能力を高める努力は惜しまなかったが、同時に過去の実績を実態以上に高く社会に評価させるロビー活動に多くの時間を費やしていた。

 その様に振る舞うのは彼にとっては当然すぎて自然な仕草ですらあった。

 冒険者の目線で見ると、それは情熱というより作業的な事業に近いが、彼自身はそうやって不安定な冒険者の社会的な負のイメージを払拭させ、安定したライフプランを提示するのが自らの使命である、とすら考えている。

 その目論見は実際に成功し、勇者リツを目標とする若き冒険者は数多く存在しており、彼等はほぼ無償で勇者パーティの活動を積極的に支援していた。

 リツはその現状には大いに満足している。


 それだけに、彼の意に染まらなかった、かつて仲間だった男を思い出す度に、心に暗い影がよぎるのだった。


 ・・――◇――・・


 ――時間はリツが龍大陸調査の依頼を受ける前に遡る。


 勇者リツのかつての仲間だった青年、レアクラス“勇者見習い”を持つジローはとある小国の領主に濡れ衣を着せられ追放を言い渡されていた。


「万年見習いで勇者のなり損ないのジロー!貴様に国外追放を言い渡す!」

 この地で生まれた勇者の卵であるジローだが、魔大陸のシステムで勇者にクラス替えするのは、人間種のレベル上限が低いが為に転職可能なレベルに至れないという点から困難であった。

 入手が難しいレアアイテムを用いて特殊な儀式を行えば、勇者に転職するのは不可能では無いが、人間種の平凡な能力値の平民である彼にそれを執り行なうコネも財力なかった。


 しかも、彼のステータス欄には謎の称号“神の使徒”が付与されていた。


 その称号は長らく意味のない物として扱われてきたが、ここ最近の邪神騒動によって、社会的立場に大きく負の要素として働き彼を窮地に追い込む。


「邪神の使い等という不吉な存在がいるせいで、我が国は災難に見舞われ続けている!とっとと出て行くがよい!」


 まぁ、要するに体のいい経費削減が目的のリストラだ。

 どこの世の中も予算が豊富な組織の方が少数派である。


 彼は数年を過ごした傭兵宿舎を最低限の手荷物だけ持たされ追い出された。


 ・・――◇――・・


「それってあんまりじゃないですか!」

 国外に出る前に諸手続きの為に訪れた傭兵ギルドの事務所で受付嬢はジローの話を聞き憤る。

「ジローさん、魔獣討伐を真面目に頑張ってたじゃないですか!」

「剣士は真面目なだけじゃ足りないんだよ……才能がなければ特にさ」

 ジローが、鑑定の儀でステータスが明らかになって以来、その人生は不運と不遇の連続だった。

 レベル縛りが強いこの大陸では、人間種の生まれながらのレアクラスは外れ扱いされることは非常に多いのだ。

「でもジローさん、これから、どうするんですか?今はどこもゴタゴタしてますよ」

「それだけど……クオート族の直轄地に行ってみようと思う」

 邪神騒動は最初は上層部だけの噂で、庶民層で知るものは少数であった。しかし、その裾野は徐々に広がりつつある。

 ここ最近の情勢の不安定さを考えたら、いつ集団ヒステリーに発展してもおかしくはない。

 日に日に募る身の危険を感じていた彼は、魔大陸からの脱出を計画していた。

「前もってクオート族の行商隊に話をつけておいたから、今すぐ合流して国外に出るつもりだ。彼らの足なら馬で移動するより速い。だから、追っ手が来ても心配ない。直轄地に到達次第、亡命を希望する予定だ」

「それがいいですね……私もジローさんは傭兵よりも冒険者向きだと思います」

 事務手続きを終えた彼は、退職金の銀貨を受け取り、受付嬢に別れを告げ、その日のうちにクオート族の行商隊に合流し、国外に逃亡した。


 後日、邪神の祟りを恐れた領主がジローに対して刺客を放つが、その時にはもう行商隊は国境を幾つも通過した後だった。


 ・・――◇――・・


 クオート族の行商隊は転送ストレージを積んだ車輪付きコンテナを、武装した四輪駆動ゴレムに引かせて魔大陸の街道を常に巡回している。

 複数あるコンテナの一つはトレーラーハウスのような居住空間で、想像していたよりも遥かに快適なのかジローは驚いている。

「いやー、よくぞ決心してくれました!ジロー殿。列強諸国はあなたを歓迎しますぞ!」

 行商隊の隊長であるマンジは満面の笑みでジローに飲み物を勧めた。

 メガロクオートの工場で大量生産されている炭酸入り果実水は、彼らの主力商品だ。

 好奇心の強いジローは別大陸から来た商人とすぐに懇意になり、魔獣討伐で手に入れた素材や遺跡の発掘品の取引を通じて親交を深めていた。

「本当にありがとうございます、協力がなければ国外まで無事に脱出できたかどうかも分かりませんでした。この移動費用は直轄地で仕事を見つけて、必ずお返ししま……」

 ジローが頭を下げようとすると、マンジは途中で押しとどめた。

「以前にもお話ししましたが、人間種の難民救助は支配種族の務めです。しかも、ジロー殿はレアクラスの持ち主。私は政府から多くの褒賞を頂ける予定です。だから元は取れているんですよ。あなたのことは友人だと思ってますが私は商人です、それも大変ガメツイ、ね。利に成らない事は滅多にしません。だから、お気になさらなくっていいんですよ」

 彼は気のおけない風に戯けた口調で未来の勇者の肩の荷を軽くする。

「レアクラスといっても……万年見習いですよ、成人をとうに過ぎた、この歳で」

 ジローはこれまでの苦難を軽く振り返り苦笑する。

「それも、今だけですよ。列強諸国の新アカウントなら上限レベルも変わりますし、ダンジョンは冒険者全てに解放されてます。将来あなたが名声を得れば、私の売り文句も変わりますよ!『勇者の友人』ってね」


 『勇者の友人』――そのフレーズにジローの心の傷は微かに痛んだ。


 ・・――◇――・・


 ジローとリツの出会いは七年前の事だった。


 その当時、ジローは仲間三人とパーティを組んで、傭兵ギルドの支援の合間に、冒険家として魔獣の退治や遺跡の探検をしていた。

 それは冒険というにはささやかで、彼らの生活は常に貧しかったが、若い彼らには掛け替えのない充実した青春の日々だった。


 ある日、森林近くの街道で弱り切って立ち往生していた見慣れぬ他国の戦士に出会う。


 それが、勇者リツだった。


 彼は隣国で転生召喚されたが、王族の傲慢な振る舞いに疑念を感じ、単身亡命を決意したと説明する。

 その言葉を信じて境遇に同情したジローと仲間たちはリツを仲間に加え、彼の希望である人類解放連盟を目指して旅を始めた。


 ・・――◇――・・


 旅を始めてすぐにリツが非常に優秀な戦士であり、頭の回転も早いことが判明し、パーティのメンバーは次第に彼をリーダーと認識するようになる。

 それまでは特に決まったリーダーを置かずに、意見が食い違った時はジローがまとめ役として時間を掛けて調整していた。

 しかし、リツの素早い指示と采配は常に的確で、気がつくとパーティはリツを中心としたグループに変わっていた。

 ジロー自身はリーダーとはグループ内に数多くある役割の一つとして割り切っていて、その地位にしがみ付く程に執着はなかったが、メンバーが全員そう思っている訳ではなかった。


「いいの?ジロー。このままだと、アイツに全部乗っ取られちゃうよ?」

 仲間で幼馴染でもあるレンジャーの少女フーケは半ば憤るように心配を口にする。

「別にいいよ。元々、俺のパーティって訳でもないし……」

 レンジャーのフーケ、魔術師のモロー、弓使いのウラーラ……ジローは彼らを対等の友人と考えていて、能力面では自分を上回っていると信じていた。

 そしてリツも、最近新しく加わった友人の一人と認識している。

 彼の知性と前世の記憶はジローの興味を多く引き、二人は友情を深めていた。

「モローもウラーラも口を開けば、リツ、リツ、って……みんなどうかしてるよ……悪いけど、あたしはアイツの事、そこまで信用できない。ジローも気を付けた方がいいよ。絶対油断しちゃダメ」


 フーケはリツ本人を前にしても不信感を隠そうともしなかったが、意外にもリツはフーケの斥候としての能力を高く評価して重用する。

 ジローはその事をリツのリーダーとしての優れた資質と認識していたが……それが思い違いであるのに気がつくのは裏切られた後だった。


 ・・――◇――・・


 そうして一行は人類解放連盟の領域内に到達した。

 彼らは小さな宿屋でささやかな酒宴を開く。

 これからの新しい冒険者としての生活に期待を抱きつつ、程よく酔いが回った頃、リツがジローに一つの提案をする。


「君は職業クラスを変えるべきだと思う」


 彼の一言で、酔いは完全に冷め、その場は凍りついた。

「現在、このパーティに足りていないのは、支援系の役割だ。盗賊かレンジャーにクラスを変えるべきだ」

 予想だにしてなかった言葉にジローは固まってしまった。

 彼は何とか口を開こうとしたが、声が出る前に隣に座っていたフーケが先にキレる。

「アンタ一体何様なのよ!いい加減にして!!」

 フーケの激昂をリツは軽く受け流す。

「僕は間違った事は言ってない。実際、現状で君が勇者のクラスを獲得できたとしても、このパーティで能力を活かせるとは思えない。それに、勇者のクラスはレベル上げに要求される経験値の量が莫大だ。一つのパーティで二人の勇者がいるのは効率が非常に悪い」

「そんなの、全部アンタの都合じゃない!ジローに犠牲になれというの?!」

「僕の都合じゃない」

 リツは軽い威圧を周囲に放った。

「僕らはパーティだ。一人一人が適切な役割を担い一つの組織として機能しなければならない。その観点から見ると、現在のパーティは明らかな欠陥がある。僕はそれを正したいだけだ」

 自分の存在自体が欠陥と言われたことにジローは深く傷ついた。

「私はリツに賛成よ」

 リツに心酔しているウラーラはあっさりとジローに見切りをつける。

「今だって大した貢献はしてないんだから、文句があればパーティを抜ければいいのよ」

 ジローとフーケは心無い言葉に信じられないという表情だ。

「そうだな。リーダーがメンバーに対して割り振った役割に不服があるなら留まる理由はない。それに、一つのパーティーに、いや、同じ国に二人の勇者は不要だ。勇者は民衆の憧れであり、象徴でもある。優れた勇者がすでに存在するなら、それより劣る紛い物は必要ない」

 モローは追い討ちをかけるように暴言紛いの言葉を次々に浴びせかけた。

 ジローは信じていた仲間からの心無い言葉に足元が揺らぐほどの衝撃を受けた。

「リツ……それが……君の望みなのか……?」

 彼は絞り出すように何とか言葉を発した。

「君の事は友人だと思っている」

 リツは質問には答えなかった。


 ・・――◇――・・


 そして、ジローとフーケはパーティを抜け、人類解放連盟を後にする。

 ジローは剣の道を断念することは出来なかった。

 それに有能なリツがこの先大成して成り上がるのは目に見えていた以上、同じ領域で彼に反発した立場のまま冒険者として活動するのは困難だと判断したのだ。


 その後、ジローはその周辺国で傭兵ギルドに加入した。

 先に述べた通り数年後、そこを追放されて列強諸国に亡命する。


 リツは勇者として活躍し、冒険者の鑑として名声を獲得した。

 多くの仲間や支援者に囲まれて忙しい日々を過ごしている。

 彼にとっては“予定通り”で、当然の流れであった。


 フーケは森の隠者に弟子入りして薬師として活動している。

 今もジローとは手紙のやり取りは続いているが、充実した生活を過ごしているようだ。


 物別れとなった弓使いのウラーラは、リツの仲間として名声のおこぼれに預かるが、二年前に夢魔族の精神攻撃を受けて発狂し、そのまま引退した。今も狂気は癒えないままだ。


 魔術師のモローは昨年の建国記念式典中に内に秘めた魔族の血が覚醒して、そのまま暴走する。結局、多くの犠牲者を出した挙句――仲間である勇者リツに討伐された。


 ジローは傭兵ギルドを通して元仲間の消息は大まかに聞いている。


 彼は今も考えている。

 あの時、自分はどう振る舞えば良かったのだろうかと……。


 しかし、彼はどうしても、リツの言う事が受け入れられなかった。


 彼の言ってることは正論ではあったが、その通りにする事が、心の底から正しい選択だと信じきれなかったのだ。


 ・・――◇――・・


 行商隊は無事にメガロクオートの領地である城塞都市カラーフロートに到達した。


 ジローはその日の内に、亡命手続きをして新アカウントを作成し、当面の生活資金となる難民援助を受け取って、冒険者ギルドにて登録を行なった。

 褒賞を受け取ったマンジはホクホクしている。

 レアクラス所持の難民救助は行商隊にとって高ポイントのイベントだ。

 彼は嬉しさのあまり、ジローを行きつけの店に連れて夕飯を奢り、夜通し飲み明かした後、その日は安宿に泊まった。


 翌朝、これから足場を固めて軍資金を貯めようと、朝食を食べながら、のんびり計画を立てていると、冒険者ギルド支部から呼び出しの通知が来た。


 ・・――◇――・・


 そして、ギルド支部の応接室に通された彼の目の前にギルド幹部であるウルラが座っている。

 世界最高峰の強者揃いの冒険者ギルド幹部の一人、アサシンのウルラは無表情でジローを見つめている。

 そして、その隣には身長二メートルのクオート族の大女、メガロクオート全権大使のマミリーンが足を組んで座っている。

 彼女は何が面白いのかずっとニヤニヤしている。

 強者二人の圧を正面から受けたジローは、たじろぎ、しどろもどろに言った。

「あの……お、俺が、何か……?」

「あなたのステータスを確認したが、いくつか聞きたい事がある。協力してくれるだろうか?」

 そうして、ウルラは彼の生い立ちから、ここに来る現在までの事を順を追って尋ねた。

 ジローは聞かれた事は包み隠さずに淡々と答える。

 聞き取りは一時間以上に及んだ。


 ウルラは丁寧に対話を重ねた後に本題に切り込む。

「これまでの経歴に関しては把握した。ところで、あなたの称号『神の使徒』だけど……今まで実際に有形無形問わず神族に関わった事はある?」

「いいえ……この称号が何を意味しているのか、俺にはさっぱり分かりません……」

 彼はこれまで通り、自らの心情を素直に口にした。

「“称号”は、過去にやった行動に基づくものと、未来にやらかす可能性を記したものの二種類あるんだ。心当たりがないんなら未来の可能性が高いってことだ。まぁ、君がすっとぼけてなければ、の話だがな!」

 今まで、黙っていたマミリーンは揶揄うように言い、豪快に笑った。

 見た目は山賊の頭領みたいな風貌だが、これでもメガロクオートでは五本の指に入る程の権力者だ。

 ジローは黙って首を横に振った。

「確かに俺は物覚えが悪い方かもしれませんが、神という魔族を超える上位存在に近しいモノに遭遇して忘れるとは思えません。魔族にエンカウントした時の事だって未だに夢に見るくらいなのに……」

 ジローは、過去のトラウマを思い返して身震いする。

「神族に会ってみたいと思った事はある?」

 ウルラは真剣な表情でジローを正面から見据えて言った。


 ――停滞していた運命に光が差し込む……少しずつ、歯車は噛み合い、ゆっくりと動き出す。


 ・・――◆◇◆――・・


 先日、俺がクーフリンにデンの発明品であるヒヒイロカネ探知装置を渡した所、大小様々な成果を得ることに成功した。


 そのほとんどは、埋没した旧支配者のアイテム群だったが、それでも希少金属を用いた古代の遺物だ。それはそれで貴重な発見には違いない。

 二週間程の探索の結果、何と三つの未踏ダンジョンを発見し、さらに未生成の段階のダンジョン二つを発掘――つまり未使用のダンジョンコアを二つ入手する事に成功した。

 これは快挙といっても良い大発見だ。


 デンはダンジョンコアを手にするや否や、息を吸う様に分解をし始め、その構造を丹念に調べ上げた。


「大まかな内部構造は予想通りです。不明だった細かい箇所が明らかになったので、ハードウェア面は全て理解出来ました。後は使用している術式の解析が完了できれば、ダンジョンコアの自作が可能になります。いやー、やっと前進できました!」


 デンは晴れやかな顔で、チームアルスターの面々に感謝を述べているが、リーダーのクーフーリン以外のチームメンバーの疲労っぷりはハンパなく、特に新入りのヒズは死人みたいな顔をして口からエクトプラズムがはみ出している。


 俺は、まだやる気満々のクーフリンを必死に宥めて、メンバーにしばらく休暇を取らせる様に強く言い聞かせた。



 そんなある日、ジューベーがメガロクオートから一人の客人をアースガード自治区に連れてきた。


「彼の名はジロー。最近列強諸国に亡命した魔大陸出身の勇者見習いです。先生に縁があるかもしれないので、ご紹介しておこうかと連れて来ました」


 ジローなる人物は、どこにでもいそうな普通の青年に見える。

 茶色の髪はボサボサで、顔立ちは至って平均的。

 やや長身の身体は無駄なく鍛えられていて、長い間実戦の場にいたのが窺える。


 確実に言えるのは、これが初対面である事だ。


「俺に縁があるとは?」

「彼は亡命後、冒険者登録しましたが、その際ステータスに“神の使徒”という称号があるのを確認しました。ギルドによる本人への聞き取りではこれまでに神族との関わりは無いとの事なのでタイミング的に先生の関係者かと」


 なるほど。

 俺の存在によって魔大陸で騒動が発生した今、勇者の卵である“神の使徒”が列強諸国に流れ着いた……何かの導きを感じるイベントだ。


 ジローは俺の顔をジッと見ていた。

 寡黙で不器用な剣士という印象の彼の表情から、その感情は読みきれないが、言語化できない思いが渦巻いているのは透けて見える。


「あなたが、神……ですか……?」

 怪訝な様子の未来の勇者は戸惑い気味に、そう呟いた。

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