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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第10章 勇者バトルロイヤル

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061――降臨祭開催のお知らせ

 アースガード自治区の季節は移り変わり、そろそろ春を迎えようとしていた。


 押し寄せた問題が一段落した俺たちは、ゲンマの引率で季節外れのバカンスに連れ出された。


「こんな、侘び寂び空間がこの惑星にもあったとはなー」

 行先を知らされず空の旅を経て、運ばれたのは龍大陸の北にある絶海の孤島ラーワ島だった。


 海水浴には早すぎるんじゃないか?と思ったが、島の中央にある山の麓にあったのは……なんと天然の温泉だった。


 この島には龍族とその眷属のための人気レジャー施設があり、普段は予約がいっぱいだが、今は閑散期ということで貸切で使って良いとの事だ。


「昔はここに溶岩湖があってねー。良く姉さんと浸かりに来たものだよ」

 あの山は龍族がこの惑星にやってきた頃は、活火山だったようだが、今では山頂に大きめのカルデラ湖があるだけだ。

 ただ地下にはまだマグマ溜まりが残っているおかげで温泉はあるし、赤道に近いせいか、周囲の気温も低くはないようだ。

 もっとも今の季節に海で泳ぐのは、海に素足を入れて見た所、まだ厳しい。


「あ゛〜〜〜〜〜」

 久しぶりの温泉浴に思わず変な声が出る。

 青空の下、そよ風が吹く中で、風光明媚な自然を楽しみながら浸かる温泉は格別だった。

 海が近いこともあり、湯はナトリウムを多く含んだ成分で上がった後も暫くは身体が暖かいままだろう。


 森川も珍しく赤く緩んだ顔でくつろいでいる。

 横にいるシモネムは初めての露天風呂に少し落ち着かない様子だ。


 垣根を挟んだ隣の女風呂からは、ずっと姦しい声がここまで響いている。

 ヴェールとアン姫は休暇を満喫しているようだ。


 その様子を垣根越しに遠い目で見るモジュローは溜息を吐く。

「はぁー、未来の淑女たる者が閉鎖空間とはいえ野外であられもない姿ではしゃぐとは……」

 教育係として苦言を呈しているが、相手はまだ子供だろ。初めての体験で浮かれるのも無理もない。

「そんなに甘やかしてどうするんですか、もう!大体、主人である貴方が自堕落なせいで下々のものに示しがつかないのですよ!……って!だから、頭を撫でるのは止めなさい!」

 せっかくのバカンスなのに、そうカリカリすんなよ。

 この後はお楽しみの浜辺でバーベキューだ。



 浜辺にて、辺り一面に肉の焼けるいい匂いが漂う。

 具材の下準備は事前に済ませておいたので、後はどんどん焼くだけだ。

 森川の給仕ぶりも手馴れたもので、シモネムとエリノアにテキパキ指示を出しつつ、すっかり肉奉行と化している。

 みんなは湯上りの軽装で、串焼きと飲み物を手に持ち、盛り上がっている。

 ダンジョンや大森林で取れた様々な食材に下味をつけて持ってきたが、特に人気なのはミノタウルスと鹿肉だ。

 俺はテルさんとモジュローが元気に肉を奪い合っているのをほろ酔いで眺めている。

「平和だなぁ……」

 冬のメガロクオートの重厚な海とはまた違った、宝石のような明るい大海原の穏やかな白い波を眺めながら呟いた。

 真昼間から貸切のリゾート地で飲む酒の味は格別だ。


 デザートを出すタイミングをボンヤリ考えていると、隣のゲンマが真上を凝視しているのに気がついた。


「どうした?」

「んー……誰かが降ってきたみたい」

「はぁ?!」

 誰かって誰だよ!

「ちょっと、行ってくるね」

 ゲンマはそう言い、サッと空に飛び出した。


 その直後、少女の甲高い叫び声がドップラー効果を伴って上から迫ってきた。


「うわぁぁぁあぁああああぁぁあ――――たーすーけーてぇぇええええ――!!!」


 ……どこから落ちてきたんだ?俺は首を傾げた。

 空は雲一つない快晴で、飛行物らしきものは見当たらない。


 少女は水面に落ちる前に、ゲンマに空中でキャッチされて、お姫様抱っこのまま浜辺に運ばれる。

 俺たちは着地したゲンマに駆け寄った。


「あわ……あわわ……」

 少女は年の頃はまだ十代だろうか。

 紺色の髪に赤い瞳でクロエ嬢のような白い司祭服を着ている。

 彼女はぎこちなく周囲を見渡して呟く。

「い……イケメンパラダイス……?」

 彼女は助かった安堵からか眠るように気を失った。



 俺たちは気絶した少女をすぐさま別荘に運んで寝台に寝かせた。

 サリシスは軽く診察し、目立った外傷がないのを確認して、彼女に回復のエンチャントを掛ける。

「回復魔法の効きが薄いかな」

 彼女は寝ている少女にポーションを適用しながら言った。

「じゃあ、この娘は人間領域から来たのか?」

「んー、ちょっと違うと思う。身に宿す精霊が通常より少ないけど、まったくないって程じゃないから」

 じゃあ、どこから来たんだろうな……ここは大陸から離れた孤島な訳だし。

「そもそも、この娘、人間じゃないよ」

 ゲンマが少女を指差してトンデモないこと言い出した。

「えっ?」

「この娘、ホムンクルスだよ。人間に良く似てるけどね」

 ホムンクルスってクオート族の高級外装に使われている奴だよな……ますます分からん。

 言われて少女を良く見てみると、確かに顔立ちが完璧に左右対称に整っていて、その肌は人形のように滑らかだった。

 人為的に作られた存在ならば、相当高価な部類に入るだろう。

 そんな彼女が単身空から降ってくるとは一体どういう状況なのか……。

 俺が頭上に?マークを浮かべていると、少女が目を覚ましたようだ。


「…………ふわっ……こ、ここは……?」

「ここは龍族の別荘地ラーワ島だよ」

 サリシスは少女を宥めるように肩に手を置いて優しく語りかけると、少女は目を見開いて起き上がった。

「龍……族……えっ、じゃあ、ここが、龍王国ですか……!」

 俺たちは顔を見合わせた。

「龍大陸はここから少し離れた所にあるよ。君は龍王国に何か用事があるのかい?」

 ゲンマは穏やかな声で話しかけた。


 彼女はパッと顔を輝かせて朗らかに言った。

「はい!私、龍族への生贄としてやってまいりました!聖女ミノリと申します!!」


 元気な少女の元気な人身御供宣言に俺たちは静止したまま凍りついた。


 一体全体、今、世界で何が起きているんだ……。


 ・・――◆◇◆――・・


 時は少し前に戻る。

 場所は魔大陸と呼ばれる龍大陸の北にある大陸でのことだ。


 私の道化である神無月了が半神の種族クラスを獲得した事は、彼の予想を大きく上回って世界に波紋を投げかけていた。


 彼が目覚めるとほぼ同時に、世界中の支配者層にシステムからの通知が送られた。

 通知の件名は『新たなる神族、降臨のお知らせ』だ。

 この“お告げ”に、魔大陸の支配者たちは大きく動揺する。


 彼ら魔大陸の指導者たちは、時代が大きく動く事を見越して盤上の手を動かし、その謀に遠く離れた龍王国も巻き込まれる。


 ・・――◇――・・


 ここは魔大陸の辺境に位置するヤロージュダイ王国。

 大きな国ではないが、魔族の勢力圏から離れた場所にあるのと、目立った産業がない慎ましい国だったおかげで魔族による搾取も他国に比べると控えめで、魔大陸の人間領域諸国の中では比較的平穏であった。


 しかし、魔族の世界で起きた混乱の余波はこの国にも伝わり、将来を不安視した王族は古代より伝わる禁断の秘儀である、“転生召喚”を試みる。

 彷徨える異世界の魂をホムンクルスに宿らせることによって、希少な職業クラスを持つ勇士を召喚できるのだ。


 もっとも、この転生召喚はこの国だけではなく魔大陸の各地で行われ、その結果、魔大陸には多くの召喚された勇者や聖女が出現している。


 ヤロージュダイ王国で召喚された聖女ミノリもその一人だった。


 十年前に召喚された彼女は聖堂会と呼ばれる祖霊崇拝を主とする互助組織で聖女として活動し、人々の信仰を一身に集める存在となった。


 王国は信仰の力で国内をまとめて激動の時代をなんとか乗り切っていた。


 神族降臨の通知は、そんな王国の王にも届き、首脳陣は対応を迫られる……。


 ・・――◇――・・


「神族か……新興魔族の対処だけでも悩ましいのに、頭の痛い事だ……」

 カリーク王は頭痛を堪えて言った。

 首脳陣のみで行われる密室での作戦会議で思わず弱音が出た。

「神といっても、その存在は千差万別。新しき神は人類の味方になり得る存在であればいいのだが……」

 側近は半ば祈るように言った。

「希望はなさそうです……」

 ご意見番でもある聖堂会の大司祭は悲しげに口を開く。

「何か情報があるのか?」

 側近の問いかけに大司祭は震えながら答える。

「“夢見”のスキルを持つものが聖堂会におりまして……その者が、かの神族の夢を見たそうです……夢の中で神族は……悍ましいことに、人間を如何にして残虐に殺めるか、それだけを一心に考えていたそうです……」

 この言葉に王と側近の顔は絶望に染まる。

「なんということだ……今まで、この国は聖女信仰によって何とか纏まっていたが……新たな神族が邪神として新興魔族に与する事があれば……もはや人類に希望はない」

 王の手は固く握りしめられる。

「いえ……まだ、希望はあります!」

 もう一人の側近である大臣は力強く言う。

「龍族に助けを求めるのです!」

「「「龍族!?」」」

 彼らにとっては魔族は現実の脅威だが、神族や龍族は伝説上の存在に過ぎない。

 そのような不確かなモノに縋り付くほどに魔大陸の人類は追い詰められているのだ。

「太古の時代、魔族は龍族の猛威に手も足も出ずに龍大陸から撤退したと言われております。彼らの力を借りれば、きっと魔族や神族を退けてくれることでしょう!」

「し、しかし、この国に龍族の助力を得るための取引材料はないぞ!」

「ええ……しかし、クオート族経由で集めた情報によると、彼らは生贄を捧げれば受け取ってくださるらしい……今の我々に出来る事は然るべき者を選別し、使者として龍族の王国へ送り届けることでしょう……」

 悲痛な表情の大臣の意見に、カリーク王は深い深い溜息を吐いた。


 ・・――◆◇◆――・・


 この会議から紆余曲折があり、龍族への生贄という名の使者に最終的に選ばれたのは大臣であるツーンドック公爵の令嬢シオリだった。


 そして深夜、彼女の部屋に、ある人物が極秘で訪れる。


「私に何の御用でしょうか?聖女ミノリ様」


 シオリはこの国の王子ナナヒの婚約者でもあったが、その仲は決して良好ではなかった。

 政略で定められたとはいえ、初対面から王子は彼女を毛嫌いし、一貫して冷たい態度を維持してきた。

 その上、ミノリの聖女デビュー以降、ずっと彼女に懸想して、機会があるごとに何かと言いよる行為を人目を憚らずに繰り返し、その心無い行いと醜聞に令嬢は胸を痛め続けていた。

 龍族への生贄も最初はミノリが選ばれる流れであったのをナナヒ王子が『民衆の信仰対象を簡単に手放してはならない』と力説して無理やり撤回させた結果、生贄の提案者である公爵の娘であるシオリがその役割を肩代わりすることになった。

 平たくいうと、とばっちりだが、婚約者に振り回されることに疲れていた彼女はその運命を受け入れることにした。

 それほどまでに、彼女はこの国での自分の将来を絶望していたのだ。

 彼女は近々、大規模な転送儀式によって龍大陸に送り込まれる予定だった。


「はい、シオリ様にお願いがあって、本日伺いました」

「……聞くだけ聞きましょう」

 シオリにとっては自分を苦しめた一端を担っている者が今更何を……と、怒りが湧かないこともないが、聖女が自分に何を望むのか知りたいという好奇心がそれに勝った。

「はい……実は、龍族への生贄の役目を、私が引き受けたいのです」

「……はっ?」

 その言葉は予想外だった。

「今何とおっしゃいましたか?」

「だから、私がシオリ様の身代わりとして生贄となりたいのです。是が非でも」

 シオリはミノリの顔を信じられないという思いでマジマジと見つめた。

「あなたは、殿下と思い合っているのではないのですか?」

「とんでもない」

 即答であった。

「そういう噂を流されているのは知ってますが事実無根です。それに婚約者様を前にあまり悪くは言いたくないんですが……」

 ミノリは遠慮して少し言い淀む。

「あ、婚約者といっても、“元”ですので構いません。貴方の忌憚なき意見をお聞きしたいです、無礼講でお願いします」

 シオリとナナヒの婚約は生贄選抜後に解消となっている。

「では、正直にぶっちゃげますと、殿下は好みのタイプではありません。確かにイケメンですけどね。女性の中には顔さえ良ければ欠点全部許せるって人もいるのは知ってますけど、私は顔の優先順位ってそんなに高くないんですよ。男の人ってやっぱり誠実さとか経済力が大事だと思うんです。婚約者がいるのに真実の愛とか言っちゃう脳内お花畑は勘弁してほしいっす」

「はぁ」

 シオリは聖堂会の宣伝する聖女のイメージとは掛け離れたミノリの物言いに面食らうも、その話の内容は大きく頷けるもので、むしろ好感が増した。

「しかも、あの殿下、全っ然!人の話を聞かないんですよー。なんなんですか、あの人。陛下は割とマトモなのに殿下だけ何か脳がおかしくありません?しかも、私が殿下のことを好きだってずっと勘違いしてるし、正直かなり無理です。生理的に無理」

「そこまで」

 今まで、シオリが婚約者の立場として殿下の尻拭いをする機会は度々あったが、こんな所でも迷惑をかけていたのかとシオリは恥ずかしくなったのか、ミノリに詫びを入れた。

「シオリ様は悪くないですよ!悪いのは全部あのバカ王子ですよ!」

「……バカ王子」

 その余りにあからさまな物言いにシオリはクスリと笑った。


「しかも、あのバカ王子、私の読んでた本を燃やしたんですよ!もう、絶対許せませんよ!!」

「はぁ?なんですって?!」

 シオリは令嬢としての振る舞いを一瞬忘れて激昂した。

「あのバカ、私が読んでいた本を取り上げて暖炉に投げ込んだんですよ!『世界の真実は本になんかに書いていない……さあ、僕と一緒に外の世界に飛び込もう!』とかほざきやがって!あの時はカッとなってぶん殴ってやりましたが、一生許す気はないです!!苦労してやっと手に入れた『エンシャント・クロニクル』の写本だったのに……」

 元婚約者の所業にシオリは血が煮えたぎる程の怒りを感じていた。

 ツーンドック家は代々愛書家を多く輩出することで有名で、その蔵書の多さは魔大陸中に知られている。

 その血はシオリにもしっかりと受け継がれていた。

「バカだとは思っていましたが……そこまでクズだとは……」

 ナナヒ王子はついにバカからクズに降格した。


「ともかく……そのような理由で何が何でも、あのクズから距離を置きたいんです」

「完全に理解しました。そのような大罪人と縁を結ぶなど……あり得ません」


 『本を燃やす人間を許すなかれ。本も燃やす人間は人をも燃やす』――それはツーンドック家の家訓でもある。


「しかし、よろしいのですか?龍族及び龍大陸の情報が不明な中、聖女様の待遇も未知数ですが……」

 この豊かではない辺境の小国の情報収拾能力では周辺諸国の情勢を得るのが限界で、深窓の令嬢からすると国交のない遠く離れた大陸は人外魔境のイメージしかない。

「あ、ミノリでいいですよー、聖女って柄じゃないし。んー……多分大丈夫じゃないですかね?たまに来るクオート族の行商人から直接話を聞く限りは龍王国って、この大陸のどの国よりも栄えているようですし。手に職がある人間なら暮らしには困らないって聞きました。だからお嬢様であるシオリ様より元庶民の私の方がいいと思うんですよ。私なら家事は一通りできますし、自分の身は自分で守れるから、十分一人でも生きていけそうです」

 クオート族の行商人は魔大陸全体を定期的に巡回して商いをしている。

 公爵家としては間接的には取引をしているが、令嬢であるシオリは彼らと直接対面したことはない。

 シオリはクオート族の書物の品揃えの良さには感心しているが、商売人の彼らは情報の価値を熟知しており、望む情報を得るのにミノリは、さぞ苦労したことだろうと察した。

「しっかり考えられているのですね……」

「まぁ、いざとなったら、全部うっちゃってメガロクオートか人類解放連盟に亡命するかなーと……それと、これはご相談なんですけど……転送予定日ですが、なんとか前倒しってできないですかね?」

「えっ?」

「いやね、あのクソ王子に万が一バレたら、面倒だなーと」

「確かに……武力介入くらいはしても、おかしくありませんね」

「ええ……正直、聖堂会でも外堀を埋めてくる連中がいて、全然信用できないんですよ。こっちは王妃なんて真っ平御免だってのに。しかも相手は本の価値も分からないバカですよ?奴らが気付く前に極秘で転送儀式を済ませちゃいたいんです。事後承諾ならあっちもどうにもできないでしょ?」

 シオリは聖女ミノリの深謀遠慮に感心した。

 しかし、それと同時に彼女無き後の王国の未来を憂いた。

 ミノリの聖女としての務めは十分以上でこの国の心理的支柱と言っても過言ではない。

 彼女がその心配を口にすると、ミノリは手を振って答えた。

「いーのいーの。一応、後任はいるしー」

「その後任のお方に不安しかないのですが……」

 実は、異世界から召喚された聖女はもう一人いて、それが聖女エミリだ。

 彼女は野心家だが、聖女としての評判はよろしくない。

「いや、私がいてもいなくても、そろそろ限界だよ、この国。もう独立状態を維持するのは無理でしょ。そう遠くないうちに滅びるか、大国に吸収されるかは避けられないよ」

「……」

 その予想は、父である公爵の悲観的な推測と同様であった。

 さらに、兄たちは密かに人類解放連盟との接触をしている。

「それより、シオリ様の方が心配だよ。私が転送された後、あのクソ王子が八つ当たりしそうだし……出来れば、今すぐにでも国外に脱出する準備をした方がいいよ」

「実はここだけの話ですが……兄がコモンセンシス共和国への亡命を勧めているのです……」

「ああ、人類解放連盟の大国だね。クオート族の後ろ盾があるから旧体制側よりは安全かな。いいじゃん」

「旧体制側の最大手グランダス帝国でもダメですか……?」

「現状、新興魔族の勢いを抑えきれてないからねー。あそこも近い内に、ここと同じ事すると思うよ」

「結局どこも龍族頼みって事ですか……」

「まぁ、動くなら早い者勝ちって訳ですよ。会ってみないと分からないけど、龍族が助けてくれる保証がない以上、多少高くついてもクオート族を頼った方が確実だよ」


 その後、二人は夜を徹して多くを語り合い、これまで互いに付き合いを避けてきた事を後悔する程に打ち解けあった。


「この本、兄様に勧められて読んで、とても面白かったの!何でも、“みすてり”という新しいジャンルの物語だそうよ。放浪賢者シリーズがお好きなのでしたら、お気に召すかと……」

「えー!これって、もしかしてミステリ小説?そんなのあったんだー。知らなかった!何で行商の人、教えてくれなかったかなー?」

「聖女には相応しくないと、お気を使われたかもしれませんね……」

「あー、それはありそう。面白い本なら何でも読むんだけどなー……著者はカンナヅキ・リョウ……日本人っぽいけど……知らないなぁ……あ、そうだ、向こうで落ち着いたら手紙書くよ、だから出入りのクオート行商隊を教えてほしいな!」

「まぁ!文通!素敵だわ!私、絶対お返事書きます!」


 そうして夜明けを迎えた二人は固い握手をして名残惜しげに別れたのだった。


 ・・――◆◇◆――・・


 自称生贄で自称聖女という魔大陸からの使者ミノリの出現で、俺たちはバカンスの予定を切り上げてアースガード自治区に帰還した。


 その後、閉鎖空間にて龍王ガーラを交えた緊急会議が行われ、長時間の話し合いの結果、当分の間、ミノリは自治区で身柄を預かることとなった。


「大体の事情は分かったが……」

 俺たちは地下会議室で、彼女がここに来るまでの経緯を聞いていた。

「で、何で、あんな所に転移してきたんだ?あそこ観光地だから、今のシーズンはほぼ無人島だぞ。しかもゲンマが空飛べたから無事だったけど、いなかったら大怪我してたぞ」

「いやー、それが私もさっぱりで……予定では龍大陸の北の海岸に転移する予定だったんですけど……座標がズレたんですかね?」

 ミノリは大雑把な性格らしく、飄々と呑気に茶菓子を頬張っている。

「それに、この身体、見た目より丈夫だから、多分軽い怪我で済んだんじゃないかな……いやーそれにしても、このお菓子美味いっすね!ミルクレープなんて久しぶりっすよー!」

 雑だな!いろんな意味で。

「まー、結果無事に龍王国に到達出来たし、龍王様とも謁見して要件は伝えたしー、ミッションコンプリートっすよ!これからは私のターン!ずっと私のターン!」

 彼女は立ち上がって、大きく振りかぶり――土下座をした。

「何でもしますから、雇ってください!!お願いします!!!」


 ……。

 ……お、おう。

 コイツ、本当に聖女なのか……?


 ・・――◆◇◆――・・


 ――一方その頃、魔大陸では……


「やっと消えてくれた……全く、目障りな女が……」


 ヤロージュダイ王国の聖堂会にある聖女専用の部屋で一人呟く少女……ミノリの後任である、聖女エミリだ。

 彼女は聖堂会内に張り巡らせた情報網により、ミノリとシオリの入れ替わり計画を察知するや否や、魔術師を買収して転移先の座標を操作したのだった。

 ただ、当初の思惑では海の真ん中に転移させる予定だったが、人間を転移させる魔法における、仕様上の補正が掛かり、強制的に最寄りの陸地の近くにワープしたのは彼女にとって想定外であり、ミノリにとっては不幸中の幸いであった。

 もっとも、エミリはミノリが無事であることはまだ知らない。


「それにしても……バカ王子が、あそこまでバカだったとは……」


 無駄に上昇志向が強いエミリにとって、聖女ミノリの存在は目の上のたんこぶでしかなかった。

 今までは能力が高く、大衆の人気もあり、卒なく何でもこなすミノリさえ排除できれば、自分が聖堂会を牛耳れるし、その勢いで王妃の座も狙える……と考えていたが、実際、世の中そう甘くはなかった。

 分刻みで決められているスケジュールに、複雑怪奇な儀礼手順、過酷な魔獣たちとの戦闘に、権謀術数渦巻く聖職者たちの足の引っ張り合い……これらの重圧は社会経験の乏しい少女には荷が重すぎた。


 それに何より……。


「なーにが『聖女様をお救いしなければ!』だよ!!バカじゃないの??」


 確かに、聖女ミノリの人気は高かったが、この混迷を極める魔大陸情勢の中、全ての政務を放り投げてまで施政者が自ら救出に出張る必然性は何もない。

 ましてやナナヒは王太子だ。

 しかも、王も側近も視野の狭すぎる頑なな王子を諫めることを半ば諦めている。


「……この国……もしかしなくても、もう詰んでんじゃないの……終わってんじゃん……」


 彼女は必死に考えた。

 自分だけが他より抜きん出て幸せになることに執着してきた彼女は、これから自分が何をすべきかを……。


「仕方ない……バカ王子に付いていくかー……」


 エミリは聖女として大衆を救おうとは微塵も考えていない。

 少しの間、上の立場に立って初めて、この国は沈みゆく泥舟だと確信した。

 ならば、一刻も早く脱出するのみ、と見切りは早かった。


「あのバカを適当に煽てて……後は向こうの権力者に全力で媚びて立場を確保……それしかない……」


 最初はミノリ亡き後の傷心の王子を慰めると称して籠絡し、王妃の座に就こうと策を巡らせてきたが、王子の行動力は無駄に有り余っていた。


 ただし、王子が多少今より理性的だったとしても、この王国の未来は大きく変わらなかっただろう。


 この後のヤロージュダイ王国は概ねミノリの予想通りの展開を迎える。

 苦渋の決断として大国であるコモンセンシス共和国の庇護を求めた結果、旧体制は解体され王族は離散した。


 賢明な大衆はそのことを当然の帰結として受け止め、悲しむ者は少なかった。


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