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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集

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j004――ジョイスとゲンマ(4)迷い猫

 あの事件から数ヶ月が経過した。


 俺の日常は相変わらず、ありふれた冒険者見習いの生活のままだ。

 地味な下働きと雑用の合間に鍛錬に励む日々。


 ゲンマはあれから随分落ち着いた。

 今まではどこか内心で年長者を軽く見ている風だったが、ジェニスさんと出会って以来、少しは社会の目を気にするようになった。


 ジェニスさんは様々な武術を習得している上に後進の面倒見もよく、俺達は鍛錬の場で多くの指導を受けた。


 若手冒険者として多くの未踏ダンジョンの探索を成し遂げている彼は冒険者界隈では有名人らしく、他の冒険者に試合を申し込まれる事が多々あった。

 その戦いぶりを見ていると、彼がスキルを持っていないとはとても思えなかった。


「結局のところ、スキルは単なる補助に過ぎない」

 鍛錬の合間に彼はそう呟く。

「習得にかかる時間を短縮出来るのはメリットだが、逆に言うとそれだけのメリットしかない。才能やスキルがあろうと、剣の道は一生続く長い道のりだ。日々やるべきことは何も変わらない。地道な修行あるのみだ」

 ジェニスさんは穏やかな人柄だが、指導に関して教え子の手抜きや怠慢は静かに正す厳しい教師だった。

 俺達が短い見習い期間に熟練者による貴重な薫陶を受けたのは幸運なことだ。


 ジュリとの付き合いも徐々に変化をしている。

 あの事件以来もライバル関係は続いているが、闇雲な突っかかりは減り、その内容は健全な競争に落ち着きつつある。

 気になるのは、彼女のゲンマを見る目だろうか。

 何気ない会話の最中で、ふと彼女の目線が自然とゲンマを追いかけているのに気付く。

 周囲の大人達はその変化を目敏く見つけ、生暖かい目で見守っている。

 もっとも、ゲンマはそんな彼女の変化にお構いなく、俺の後をついて回ってくる。

 コイツが女心を理解する日はまだまだ先だろう。



 俺とゲンマが住んでいるのは単身者用の集合住宅で二人で暮らすには狭い部屋だ。

 見習いとはいえ、冒険者として活動するには手狭で、インベントリに入りきれないアイテムの置き場所に悩んでいた。

 その事をカリダさんに相談すると、ギルドが所有しているボロ屋を紹介してくれた。

 将来、行政の区画整理候補として扱いを保留されている土地と建物だが、長い間放置していた為に荒廃が進み、住むには適してなかった。

 カリダさんは、火さえ使わなければ、どう利用しても良いと言ってくれたので、俺達は念入りに掃除と修繕した結果、廃墟一歩手前の建物は倉庫兼秘密基地に生まれ変わった。

 まぁ、火が使えないから、煮炊きは出来ないし、寝台も無いから泊まりはキツイ。

 それでも、一時的とはいえ、自分たちだけの自由に使える空間を手に入れられたのは嬉しいことだ。


 しかし、思わぬ問題もあった。


「おい、ゲンマ……お前また猫拾ってきたのか?」

 困ったことに、ゲンマは野良猫や捨て猫をアジトに連れ込んで食べ物を与えだした。

 現状、俺達だってカツカツの生活してるってのに……。

「だって悲しそうな目で擦り寄ってくるんだよー。振り切れないって!」

 俺がゲンマを詰めていると猫達はミャーミャー鳴きながら集まって、こっちをジッと見てプルプル震え出す。

 ……これには、まいった。

 俺は追い出せとは言えず、カリダさんに相談すると、愛猫家の彼女は職員特権で里親募集の依頼を発注して猫達の引き取り手を斡旋した。

 ゲンマは情が移った猫達との別れを惜しんだが、俺達にも生活がある。

「施しも程々にしろよ。俺もお前もまだ一人前じゃないんだから」

「うー」

 ゲンマは微妙に納得してないが経済問題はどうしようもないだろう。



 ジェニスさんは文武両道らしく、座学の講習でもお世話になった。

 冒険者がソロで活動して安定生還するには、常人の何倍もの知識と体力が必要だと言われているが、彼はそのお手本みたいな実例だった。

 普段はフラフラしがちなゲンマも、彼の前では借りてきた猫のように大人しく、その落ち着いた声で紡がれる講義に聞き入っている。

 ギルド内外で人望も厚い彼を幹部にと臨む声は少なく無い。


「そうか……君はプリムム村の出身だったのか」

 ある日の講習の後、雑談中に話の流れで俺の故郷が話題になった。

「ご存知ですか?」

「ああ、あそこのダンジョンでしか入手出来ないレア素材があるので気になっていた……所で、プリムム村といえば、まだ噂の段階なんだが……」

 ジェニスさんがいうには、プリムム村とスパピアを繋ぐ転移門が行政整理で閉鎖する計画が持ち上がっているとのことだ。

「そんな……今だって一週間に一回の間隔だというのに……!」

「近年、官僚の大規模査定が行われるので、彼らの実績を上げる為にそうなる可能性は高い。恐らく段階的に本数を減らして最終的には廃止される計画だと予想される。あそこは貴重なダンジョンではあるが、生産性は低く効率も良く無い。存続は難しいだろう」

 俺はショックを受けた。

「最近あそこに立ち寄った人間から聞くに、村は以前にも増して活気がなかったそうだ。特に宿屋の食事のレベルが目に見えて落ちたのにはガッカリしたと零していた」

 それはそうだろうな、と俺は内心で呟いた。

 伯父は都市部で長く下級官僚を勤めていた人物で、利益率を重視するあまり、森やダンジョンで採取した新鮮な素材を使って手間暇かけた伝統料理を作る事を止め、システムで一括購入できる食材を用いた他の地域でも良く見かけるような安い食事に切り替えた。

 寂れた村の冴えない宿屋ではあるが、これでは僅かにいた常連ですら離れていくのも仕方ないと諦観していた。


 あの村は時間が進むのが遅く、いつまでも代わり映えのしない場所だと思い込んでいただけに、否応なき変化の到来は俺を静かに打ちのめした。



 故郷の事を心配する間も無く、騒動は勝手に俺を巻き込む。


 ある日、ゲンマがアジトの奥にある私室に人目を気にするようにコソコソ出入りするようになったのに気がついた。

 一応、お互いの私室として定めた空間には出入りしないという暗黙の了解があったので、特に口を出さなかったが、食料や水を持ち込んでいる気配があるので、俺は注意を促すために、ゲンマの後をつけた。

 彼が部屋に入り、ドアに耳を押し当てると、内部からゲンマが誰かに話しかける声が微かに聞こえたので、俺はドアを開いた。

「こら、ゲンマ。お前また猫を連れ込んで――!!」


 部屋の中を見た瞬間、俺は絶句してしまった。


 乱雑にアイテムが押し込まれた箱が積み重なった部屋の中央には毛布が敷かれていて、そこに横たわっていたのは、一人の少女だった。


 線の細い色白な黒髪の少女で、大怪我をしているらしく体に巻かれた包帯は血が滲み、苦悶の表情で苦痛に耐え忍んでいる。


「おまっ……!バカ!酷い怪我じゃねーか!すぐに治療院に連れて行かないと――!」

 俺が動転して咄嗟にそういうと、少女は身を起こして必死の表情で俺に訴えかける。

「……ダメ……治療院は、連れてかないで……お願いします……おね……」

「起きちゃダメ!傷口が開いちゃうよ!」

 ゲンマは少女を宥めすかして、何とか休ませた。


「……誰だよ……というより、何なんだ、あの娘?」

 俺は部屋の隅でゲンマを問い詰めた。

「名前はシグレっていうんだって。彼女、追われてるみたい」

「追われてるって……まさか闇組織絡みか?」

「ううん……エルス共和国から逃げてきたみたい」

「はぁ、エルス?……って!まさか、召喚者か!?」


 風の噂で聞いたことがある。

 列強諸国の一つエルス共和国では支配種族エルス族が統治している。

 彼らは基本的に人間を実験材料や奴隷とみなしていて、特に上層部である八人のエルダーエルスはシステムの意向を無視して無茶な召喚実験を繰り返していると言われている。

 異世界から特殊な能力を持った人間を召喚しては自らの眷属として使役していると。

「システムを介した“契約”があるから、治療院に行くと強制的にエルスに送還されちゃうって……」

「それはマズイな……でも、このまま放置しておく訳にはいかないだろう」

 どうも、身体に制約付与の術式を刻まれているらしく、低級ポーションの効き目が弱いらしい。

 俺はどうしたものか考えた。



 悩んだ結果、俺は闇治療師の力を借りる事にした。


 治療院は旧支配者の時代から続く由緒ある組織で、その長である総院長アクアマリィは“白い妖魔”と呼ばれる魔族で、彼女は敬虔なメシア教徒で知られている。

 龍王ガーラ様とも親交があり、共にメシアの降臨を待ち続ける彼女は構成員である治療師の素行には大変厳しく、その厳格な規律は治療院という組織の社会的信用の高さを支えている。

 ただ、逆にいうと、治療院は大変融通が効かない組織とも言える。

 一度でも不正行為に手を染めた治療師には、重い制約を課すか追放という容赦がない処置を下す。

 冒険者ギルドの依頼内容が、治療院の規則に反するケースは非常に多いために、冒険者パーティの常駐メンバーに治療師が少ないのはその為だ。


 追放された治療師の一部が多くの治癒魔法を封印されながらも、そこで学んだ知識を生かして治療院の恩恵に預かれない種類の人間への治療行為を影で行なっている。

 それが闇治療師だ。


「とりあえず、応急処置はしておいた」

 闇治療師であるフルテクスさんの的確な治療と投薬で、シグレの容態は落ち着いた。

 今はゲンマが必死に看病している。

「ただ、これはあくまでも、応急の治療だ。出来れば早めにちゃんとした治療師に診せた方がいい」

 闇治療師としてのフルテクスさんの腕は、早い・上手い・高い、という感じだが、貧しい人間に対しては無茶な搾取はせず阿漕ではないという評判だ。

「言っておくが、これは出世払いだからな。ツケにしておいてるだけだからな!タダだと勘違いするなよ!」

 闇組織との関わりが多い人間ではあるが、俺の感覚では悪人ではなさそうだ。

「わかってるよ。所で、どうしたらいいと思う?彼女はエルスに戻りたくないそうだ」

「……んな事俺に聞かれても困るぞ。まぁ、システムの契約さえ解除すれば、恐らく治療院での治療も難なく受けられる。ジェニス辺りに相談してみたらどうだ?」

「ジェニスさんに?」

 予想外の人物の名前が出てきて、俺は少し驚いた。

「ジェニスはあの若さで社会の裏表両方の知識に精通している。システムに関しても何らかの抜け道を知っててもおかしくはない。それに他国の支配種族が絡む問題だ。確実にお前らの手には余るだろう」

 ぐうの音も出ない正論に俺は何も言えなかった。


 そんな会話をしていると、突然ゲンマは辺りを見渡してキョロキョロし出した。

「どうした?」

 俺が声をかけると、奴は真顔で囁いた。

「敵意を持った存在が周囲をウロついてる。かなりの手練れだよ……」

「うへぇ……」

 如何に他国とはいえ、敵は支配種族で絶対的権力者。

 そんな相手が差し向けてきた刺客に未熟な俺達が敵うとは思えない。

「どうしよう……」

 ゲンマの有能さには恩義を感じるレベルで助かっている反面、想定外のトラブルを引き寄せる才能には頭を抱えるしか出来ない無力な俺だった。



 話し合いの結果、フルテクスさんには帰って貰う事にした。

 この人は闇治療師だが、この辺りでは必要とされている人間であることに違いはない。

 闇社会よりの人間とはいえ、理不尽な事態に巻き込むのは申し訳ない。

「もう巻き込まれてるっての……とりあえず救援を呼んでくるから、早まった真似はするなよ。お前らは徹底的に隠れて戦いを避けろ。怪我人を抱えている上に相手が熟練者じゃ勝ち目はない」

 そう言って、彼はそそくさと秘密基地から退出した。


 俺たちは眠っているシグレを地下室へと移動させて、その入り口の上に荷物を置いて隠し、普段リビングに使っている部屋に戻った。

「ごめんね、ジョイス。君を巻き込んでしまって……」

 ゲンマはしょんぼりしている。

「いいよ……詳しい事は分からないが、傷ついている女の子を見て見ぬ振りはできないよな。ともかく助けが来るまで時間稼ぎに専念するぞ、いいな」

「うん」

 ゲンマは頷いた。

「ところで、“敵意”は今どうしてる?」

「ああ、そういえば……あれ?気配が感じない……?」

 ゲンマが急に黙りこくって冷や汗を垂らすの様を見て、俺は事態を察した。

「近くに――いるのか?」

「……多分」

 隠蔽系のスキル持ちか……マズイな。

 敵がどのくらいのレベルか不明だが、仮に不意打ちでもされたら、一溜まりもない。

 俺は今いる部屋を見渡した。

 ザッと見る限り、誰かいるようには感じない……。


「そこだ!」

 不意にゲンマが振り向き様にいつの間にか手に持っていたナイフを部屋の隅に向かって投げた。

 普通ならば何もない壁にナイフが刺さると思いきや、それは手前で弾かれた。

「ちぃ――!!」

 鋭い舌打ちとともに、隠蔽が解けて現れたのは、黒いフード付きマントを身につけた、見るからに暗殺者のような人物だ。

 その手には鋭い短剣が握られている。

「大人しく小娘を差し出したら命だけは助けてやる!」

 ソイツは低い女の声で威圧的に言い放った。

 申し訳ないが、とてもじゃないが信じられない。

 俺とゲンマは武器を持って身構える。

 敵は身を低くしたその瞬間、消えた。

「あぶない!ジョイス!」

 ゲンマが俺の横の空間に飛び蹴りすると、忍び寄ろうとした敵は後ろに飛び退いて再び消えた。

 ……これは、マトモに相手したら死ぬな。

 俺は咄嗟にインベントリに入れていた小麦粉の袋を開いて周囲に撒いた。

 今夜の夕食に使おうと思ったが背に腹は変えられない。

 床が粉で覆われて、その上に足跡が浮かぶ。

「ナイスだよ!ジョイス!」

 ゲンマは手に持った槍を振り回すと、敵が慌てて姿を現して回避行動に専念する。

「ガキどもが!調子にのるな!!」

 敵は激昂して鋭い連撃を繰り出した。

 ゲンマは押され気味ながらもその多段攻撃を受け流すが、最後の一撃で膝を着いてしまって一瞬無防備になる。

「ゲンマ――!!」

 敵の口元が愉悦で歪む――が、その攻撃はゲンマに届かなかった。


「間に合ったようだな」


 敵の渾身の一撃を弾いたジェニスさんがカタナを両手で構える。


「プロークシーの懐刀、オーラ=クーか?龍王国で、それも冒険者ギルドの縄張りで、好き勝手に無法行為をして、ただで済むと思うな!」

 敵を睨みつけるジェニスさんの言葉に相手は明らかに動揺した風にたじろぎ、次の瞬間、その姿は掻き消えた。


「……去ったか?」

「そうみたいです。助けてくださって有難うございます」

 ゲンマは深々と頭を下げた。

「ありがとうございます……」

 俺も礼を言った。

 ……よく分からないが……今の奴、かなりやばかったんだよな……生きててよかった。

「二人とも、無事で何よりだ」

 ジェニスさんは柔らかな微笑みを浮かべた。



 シグレはジェニスさん秘蔵のエリクサーで治療された。

 回復した彼女は黒髪黒目で猫のような容貌の神秘的な美少女だった。


「有難うございます……このご恩は、いつか必ずお返しします……」

 回復したシグレはジェニスさんに三つ指をついて礼をした。

「礼なら二人にして欲しい。実際に危険を顧みずに助けたのは彼らなのだから」

「はい……しかし、私は未だ契約に囚われの身……このままでは助けて頂いた皆様にご迷惑を掛けてしまうでしょう」

 彼女は憂いに満ちた表情で俯いた。

「どうにか出来ませんか?エルダーエルスって悪い奴なんでしょう?彼女を自由にしてあげれないんですか?」

 俺は思わずジェニスさんに訴えかけた。

 横でゲンマも両手を合わせてお願いのポーズをしている。

 ジェニスさんは顎に手を当てて思案する。

「ふーむ……まぁ、何とかしよう」



 その後、シグレは冒険者ギルドの一員となり、俺たちの仲間に入った。

 彼女に課せられた契約は、冒険者ギルドからの異議申し立てによって、基本憲章違反で無効となり、彼女は晴れて自由の身となった。

 よく分からないが、システムを通した契約って、そんな簡単に覆るのか?


「簡単ではない、というより、普通ならありえない」

 ジェニスさんはあっさりそう言った。

「契約自体の内容がありえないくらい酷すぎた。恐らくエルダーエルスの特権でゴリ押したのだろう。その上、手続きを冒険者ギルド長が自ら通したおかげでスピード解決できた。そうでなかったら、長期間揉めただろう」

「ギルド長が……?」

「私は彼に貸しがある。今回はそれを使っただけだ」


 ギルド長と言えば、世界最強ランクの猛者として知られている。

 そんな人物に何をしたら貸しを作れるのか。

 俺は全く見当もつかなかった。


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