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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集

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j002――ジョイスとゲンマ(2)騒乱の予感

 俺は社交的では無いし、この街にコネと呼ばれるものも持っていない。


 だからこそ、急に消えても騒ぎにならない人間とみなされ、人身売買組織から目をつけられたのだろう。


 そんな自分が闇組織が絡む犯罪に巻き込まれて、無事生還出来たのは、幸運という他ない……いや、はっきりいって、弟分のゲンマのおかげだ。


 基本憲章の及ばない人間領域で奴隷として死ぬまで酷使されたかもしれないと考えると、俺は一生かけてゲンマに恩義に報いても足りない……筈なのだが……。


「いいよ、別にー、友達なら助け合って当然でしょ!」

 何故かコイツは俺との関係を“友達”から動かす気がないようだ。

「それよりー、明日は野外採集!楽しみだねー」

 ゲンマはギルドでクエストを受けてから、ずっとソワソワして落ち着かない。

「遊びで行くんじゃないぞ。これだって歴とした任務なんだからな」

「分かってるよー。あー、早く朝にならないかなー!」

 ……明日朝早いって、言ってるのに……興奮しすぎだろ。

「というか、はしゃぎすぎて迷子になるなよ。一応、魔獣出没地域だ。森も見通しが悪く、日によっては霧も深い。道から外れたら家まで帰ってこれなくなるぞ」

「大丈夫だよー。別にボク一人でも帰ってこれるしー」

「はぁ?何言ってんだよ……」

 んな訳ないだろ……と喉まで出かかったが、コイツなら実際やりかねないんだよな……。


 あの事件以来、ギルドの計らいで鍛錬の時間を多めに取れるようになった。

 そうして判明したのは、ゲンマと俺との実力差は想像以上だったことだ。

 好んで使う武器が、俺が剣でゲンマが槍という違いはあれど、筋の良さは明らかにあっちが上だ。

 おまけにアイツは魔法の才能まで持っている。

 それに、絶妙に話をはぐらかしているが、複数のスキルを所持している気配もある。

 噂では裏からギルド職員に加入を打診している高ランクパーティが出てきているらしい。


 ゲンマがまだ成人前であることと、本人の意思を尊重するとして、ギルド側は一律で申し出を断っているようだが……周囲では何で俺なんかと連んでいる?と疑問に思われているようだ。


 何より俺自身が、ゲンマを対等の友達と考えるには埋めがたい才能の差を内心で強く意識していて、日々モヤモヤしていた。



 翌日、俺達は待ち合わせ場所であるギルドに行く。

 今日のクエストは、中堅冒険者であるヴァリエさんのパーティの補佐業務だ。

 ヴァリエさんはレンジャーのクラスで豊富な植物の知識を持った弓の名手で野外採集の手堅さには定評がある冒険者だ。


「いい天気で良かったねー!」

「お前は、浮かれ過ぎだっての……仕事なんだぞ」

 ゲンマの落ち着きのなさは紐でも付けておきたいくらいだった。

「ははは。日帰りの任務なんだから、そう気張らなくても大丈夫だよ」

 幸い、子供っぽいゲンマの振る舞いはヴァリエさんとその仲間には微笑ましく見えるようで、みんな顔が綻んでいる。


「はっ!野外任務は子供の遊びじゃない。スパピア支部の冒険者は仕事を舐めてるのか?」


 突然割って入った高く響く声に俺達はびっくりした。

 声の主は俺とそう違わない年頃の女の子だった。

 髪を短く切りそろえた、三白眼気味のキツイ目つきの少女だ。

「君は?」

 喧嘩腰な少女の態度に戸惑い気味なヴァリエさんは尋ねた。

「あたしは王都支部から来たジュリ。今日の任務に同行する予定だけど……連絡は入ってないのか?」

「そうか、君がジュリさんですか。思っていたより若い方で、気がつきませんでした。すみませんね」

 ヴァリエさんがそういうと、彼女はムッとして言った。

「こう見えても、あたしは冒険者ギルドに入って三年目だ。そこらの素人衆と一緒にして欲しくない」

 腕を組んだ彼女が俺とゲンマを顎で雑に指す仕草にイラっとした。


 ヴァリエさんは彼女の苛立ちを軽く受け流すように諭す。

「誰だって一番最初は素人です。それに、ここはスパピア。山脈近くの内陸部と海岸沿いの王都周辺と比べ気候や自然環境が大きく違います。今日はあくまでもスパピア周辺の野外活動に必要な基本知識とローカルルールを見習い冒険者に伝授するのが目的。今のところは君と二人の立場は同じという訳です」

「そういうことならば……了解した」

 ジュリはそう返答しつつも、ふんっと鼻を鳴らして、俺達からそっぽを向く。

 初対面で、いきなり喧嘩腰になられてもな。

「なんだか変わった子だねー」

 ゲンマは上機嫌のまま、ニコニコしている。



 その後、俺達はヴァリエさん達に連れられ、近くの森に行った。

 今日はここで、指定の薬草を採取する予定だ。

 俺達は薬草の群生地の草むらで、草とにらめっこする。

 少し離れた場所ではジュリが他の冒険者の手ほどきで弓による狩猟で鳥撃ちに挑戦している。


「ジョイスーこれでいいのかなー?」

「どれどれ……あー、こっちのはいいけど、これは違う草だろ。輪郭がギザギザしている」

「んー、難しいー!」

 この辺りの植生はプリムム村と似通っていて、故郷の大森林での経験が通用するようで、採集は順調に進んだ。

「中々、筋がいいですよ。ジョイスさん、おかげでいつもより早めに帰還できそうだ」

 ヴァリエさんにそう言われ、俺は慣れない褒め言葉に少しむず痒くなり、首の後ろを掻いた。



 目的の薬草が集まった時点で日が真上に差し掛かり、俺達は近くにある休憩所で昼食を取った。

「ジョイスのお弁当美味しい!」

 最近の鍛錬のおかげか、剣術スキルのレベルは順調に伸びているが、それ以上に料理スキルのレベルが伸びているのが解せない……。

 まぁ、ゲンマが毎日喜んで食べてくれてるのは嬉しいが……複雑な気持ちだ。

「冒険者を辞めても料理人でやっていけそうですね」

 惣菜を一口摘んだヴァリエさんがそういい、メンバー全員が頷きながら笑っていうと尚更解せぬ。

「ふんっ!」

 ジュリは何か気に入らないのか、不機嫌そうに不貞腐れた。


「そうそう、例のリムスですが……」

 昼飯を腹に詰め込み、水筒のお茶を飲みつつ雑談していると、ヴァリエさんがそう切り出した。

「あれから行方知らずのまま、ギルドにより指名手配の手続きが取られました。そのうち捕まるか、あるいは人間領域に逃げ出すか……なんにせよ、冒険者としては終わりです」

 リムスは俺が監禁されていた廃墟にはおらず、あれからずっと警吏の捜索の手から逃げ続けているらしい。

「何をしたんですか?そのリムスって奴は」

 ジュリは怪訝な顔で尋ねた。

「常習で子供を誘拐して闇組織に売り飛ばしてました……龍王国では、決して許される事ではありません」

 ヴァリエさんは顔を引き締めて苦々しく言う。

「何で冒険者がそんなことを……」

 ジュリの気の強そうな瞳は僅かに悲しげに陰った。


「噂ですが……近く、ギルド幹部に異動があると囁かれていることに関係があるかもしれませんね」

 この年長者の女魔術師の言葉に、俺、ゲンマ、ジュリは訳が分からず、頭の上に疑問符が浮かぶ。


「これはギルド体制の話が前提になりますが……基本的に冒険者ギルドは実力主義の世界です。ですが、純粋に戦闘力だけを基準に幹部を選出すると支配種族に比べて寿命が短い人間種が圧倒的に不利になります。ギルド構成員の大多数が人間種なのに運営に関われない状態が長く続くと、いつか組織に歪みが生じてしまう可能性があります。だから、ギルド幹部には最低一人は人間種を入れる規則になってます」

 見習い冒険者は普段は日々の暮らしで精一杯で、ギルド運営の話となると、文字通り雲の上の世界の話だ。

「この、いわゆる、たった一つの“人間枠”を巡って過去、野心溢れる高ランク冒険者達による熾烈な諍いが引き起こされてきました」

 ヴァリエさんはお茶を一口含んで溜息を吐いた。


「現在の“人間枠”である、カネーラは高齢で近年は滅多に人前には出てきてません。あと数年で幹部の交代が起こると考えている者は多いのです」

「幹部って、どうやったらなれるんですか?」

 俺が何も考えずに、疑問を口にすると、大人達は微妙に苦笑する。

「なろうとして、簡単になれるものではありませんが……方法はいくつかあります」


 ……年長者を前に、とんでもなく思い上がった事を言ってしまったかもしれない……いや、違うんだ、俺がなりたいんじゃなくって!純粋に疑問に思っただけなんだ!


「まぁ、まぁ、夢は大きい方が良いさ。まだ、若いんだ!」

 俺が赤面したのを見て、メンバーの戦士は揶揄い気味に背中を叩きながら笑った。


「穏当な手段は現幹部が後継者を指名する事です。大抵は一番弟子を指名することが多く、今まででもっとも多いケースです。しかし、遺言を残さずに冒険者が急死することは珍しくない。そう言った場合は立候補者を募り、システムを介して全ギルド構成員の秘密投票による選挙が行われます。この場合はかなり荒れるでしょう。キャッシュも派手に動くし、抗争で陣営同士が争い、血が流れる事件も多々起きると予想できます」


「今回の事件はその選挙を見越した物だと?」

 ジュリは険しい表情で重々しく訊く。

「あくまで噂に基づく推測です。それにカネーラは弟子は取らない主義で、後継者指名なしで選挙が行われる可能性はかなり高い」


「闇組織と繋がりがあるような人物が立候補して、冒険者の支持が得られるんですか?」

 俺の質問に年長のメンバーは笑った。

「直接そんなことを配下に命令するような迂闊な奴だったら、とっくに足がついてギルドから追い出されてますよ。短期間で成り上がるような奴らはもっと狡猾だし、何も言わずとも勝手に忖度する連中が自然に群がるもんです。リムスもそんな輩に唆されたんでしょう。加えて、高ランクの依頼を達成するには闇組織の協力が不可欠な場合も多いので、単に関わりがあるというだけで悪と断罪するのは難しいのです」


「そんな……人身売買を裏で行うような、悪人が幹部になってしまったら、冒険者ギルドはどうなってしまうんですか!」

 ジュリは大きな声をあげた。


「その危険はあります。多数決がいつも正しいとは限りませんが、他に公平な制度はそうそうない。だから、何れの方法でも、最終的な決定権はギルド長が持っています。場合によっては全く違う人物を独断で決定する権限だってあります。だから、立候補者には一定の社会的信用があることが大前提です。この世界でギルド長を欺ける存在はそう多くない」

 ヴァリエさんは微笑みながら頷いた。


「ギルド幹部となる方法は、後継者として指名されるか、冒険者による選挙……要はその二つということですか?」

 俺はヴァリエさんに尋ねた。

「実はもう一つあります――それは現幹部に決闘を申し込んで勝つことです。そうすれば、負けた幹部と交代することになる……もっとも、()()ギルド長のお眼鏡に叶った相手に勝てれば、の話です。ほぼ実現不可能でしょう」

 ヴァリエさんはギルド長と面識があるような口ぶりだ。


「今の有力候補ってどんな人なのー?」

 ゲンマが呑気な口ぶりで頬杖しながら聞いた。

「今の最有力幹部候補はペルフェクトスとフェルムですが……どちらも黒い噂は付き纏ってますね。しかし、実力では間違いなくトップクラス。ペルフェクトスは普段は英雄のように振舞ってますが、腹に一物抱えている雰囲気で私はイマイチ信用できません。フェルムは成り上がる為には形振り構わずで、ギルドの仕事面では大きな実績はありますが品性は低く、私生活での醜聞にも事欠かない。そんな人物ですから選挙が始まれば、節操なく大量のキャッシュと銀貨をばら撒くでしょう」

 ヴァリエさんはウンザリしたように深い息を吐いた。

「なんにせよ、近々……といっても、数年以内に冒険者ギルドはお祭りで大盛り上がりってことだ。リムスの件も、その準備の一環だろうな」

 ヴァリエさんの仲間の戦士はそう言うと、年長組は一様に頷いた。



 帰り道、ジュリは暗い顔で俯きながら歩いている。

「どうした?疲れたなら、荷物持つぞ」

 俺が声をかけると、彼女は首を振って「大丈夫だ」と答えた。

「はぁ……冒険者は全員が善人だ、とまでは思わないが……せめて、幹部くらいは名誉を重んじる誇らしい人であって欲しいものだ……」

 その言葉には同意しかなかった。

「そうだな……ま、幹部選挙なんて上層部のイベントに俺達みたいな見習いに縁があるとは思えないが……穏当に過ぎ去って欲しいよ」


 俺がそういうと、彼女は何故か、突然いきり立った。

「なんだ、それは。情けない!男だったら、俺が幹部になる!くらいは言ってみせろ!」


 いや、無理だろう。流石にそこまで身の程知らずな夢を見てないぞ、俺は。


「俺は冒険者を目指してるんだ!派閥政治やら裏工作に現を抜かすなんて冒険者らしくないだろ。俺はそんな腐った官僚みたいな奴には、なりたくない!」


 俺が本音を強く発すると、ジュリは一瞬目を見開いた後、破顔した。

 初めて見る彼女の素の笑顔だ。

「確かにな!あたし達は冒険者だ!ああ、早く冒険の旅に出たいよ!」

 最初は感じの悪いキツイ女だと思っていたが、こんな眩しい表情もするんだな。

 大人のヴァリエさん達は俺達のやりとりを、いかにも微笑ましげに暖かい眼差しで見つめていた。


 それにしても、ヴァリエさんが言っていた事が内心、気になっていた。


 冒険者を続ける上で、闇組織との関わりは避けられない、ということを。


 俺自身も、いつかは、そうする必要に迫られるんだろうか……俺を売り飛ばそうとした奴らと連携するなんて、今の心情では到底無理な気がするのだが……。


 そんな漠然とした不安を帰り道の途上でふと漏らすと、ゲンマは涼しい顔で、

「心配しなくて良いよ!なんとかなるから!」

 と、例によってのほほんとした表情で言いやがった。


 ……何言ってんだよ……もう、悩みを言って損した。


「お前は悩みがなくっていいよな、気楽で羨ましいよ」

 俺が皮肉混じりに言うと、ゲンマは、

「ふふーん。まぁね!」

 と、胸を張った。


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