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005――決戦プリムム村・前編


 システムの『担当者』が来るまであと二日というところで市の日がやってきた。

 日が昇る前から行商隊が村のはずれに到着して天幕を貼って市の準備を始めた。

 ジョイスの予想では市が終わるまでは奴らも手を出さないだろうとのこと。

「エンベロとイソレタがまだ来てないって?おかしいな、わしらより先に出発したはずだが」

 ジョイスと馴染みのある行商隊プロブ隊のリーダーはそう訝しんだ。

「そうなのか?」

「ああ、途中で採取しながらいくと中継地で言ってた」

「森が随分騒がしいが、最近何か人間領域であったのか?」

「そういえば百五十年続いたそこそこの王国でゴタゴタがあったようでな……」

 そう言うと男は左手で何かの仕草を繰り返し、ジョイスは銀貨の入った袋を渡した。

「ヘッヘッヘ、すまねぇな。最近フィンとか言う王国で王様の次男が兄と父親を殺して王の座を力づくで奪ったせいで国内と周辺が荒れてる」

「それは人間領域では普通のことではないのか?」

「はっ、大体は長男が継ぐのが普通さ。でも次男は正妃の息子でな、長男は妾の子なのさ」

「何人も嫁を娶るからそうなる……一番優秀なのが跡を継げばいいものを」

「噂では三男が一番優秀だったって話だがな。王はそいつが継ぐことを望んだが若すぎるって理由で断念したらしい」

 ジョイスは横目で俺を見たが、俺は憶えがないと首を振った。

「まぁ、王子が自分から皿洗いなんてするわけがないな」

「ははは、王族は王宮の外に出ることなんて滅多にありゃせん。ましてや労働なんてするはずないて」

「その新しい王様ってどんな奴なんだ?」

「屍人使いだ。母親から継承した妖術、召喚術サモントレスを使うらしい」

「……それはまた面倒な」

「周辺国でも同盟を結んで包囲網を作ろうとしているようだが手こずってる」

「連携なんて取れるのかあいつら」

「流石に文官はまだまともな方だからな。というかできなければ滅亡じゃて」

「そんなに強いのか」

「ああ、今の所、完全に圧倒している」

「あんたたちは大丈夫なのか?」

 リーダーはおどけるように肩をすくめた。

「わしらは流浪の身、ほとぼりが冷めるまで遠くに潜んでるさ。どれほど妖術を重ねようとも、人間じゃ支配種族には勝てんよ」



 いつもの半分の規模らしいが、それでも市にはいろんなものがごった返していた。

 ただ、見識のない俺ではどれが掘り出し物かガラクタか分からなかった。

 周囲は素材を大量に補充する村人とライブラリの文書を写した巻物や工芸品で銀貨を得る商人そして掘り出し物を血眼で探す冒険者で混雑していた。

「あ、カンナヅキ、どこ行ってたの?」

 ポーションの素材を詰め込んだ大きな籠を背負ったサリシスが駆け寄ってきた。

「インベントリに入れないのか?」

「こんなにたくさん入らないよ?」と、小首を傾げていった。

 そうなのか。どうにもこの世界の常識が掴めないな。

「じゃあ、あたしは一旦家に戻って素材置いてくるね」

「手伝おうか?」

「大丈夫だよー、ゆっくり見てけばいいよ」

 鳥の鳴き声が聞こえ頭上を見ると、あのヤタガラスが飛んでいる。


 少し経ってジョイスが難しい顔をして近寄ってきた。

「斥候からエンベロ隊が近づいてきたとの報があったので接近して確認したが、空の馬車だけ乗り捨てられていた。こっちが警戒していることを察知したらしい」

「何か仕掛けてくると」

「ああ、ところでサリシスはどこだ?念の為一人にならない方がいい」


 サリシスは戻ってこなかった。


 俺たちはサリシスを探したが見つからなかった。

 宿に確認に戻ると手書きのメモが扉に付けられていて、『墓地に来い』とだけ書かれていた。



 自警団と森に接している墓地に駆けつけると、サリシスはモニュメントの上に縛り付けられていて、その周囲には見慣れぬ武装の死臭の漂う屍兵が数人取り囲んでいた。

 俺たちが駆け寄ろうとすると、目の前に知らない魔術師風の男が立ちはだかった。


「やっと見つけたぞ、エンダー・ル・フィン。呪われし者よ」


 誰だよ。

 多分俺はそう言う顔をしたと思う。

「どうやら記憶を無くしたと言うのは本当らしいな。おとなしく使い魔の手にかかっていればこの村は無事だったろうに」

「どう言う意味だ!」ジョイスは吠える。

「日が暮れると同時に屍兵の群れがこの村を襲いかかる手はずになっている。お前たちにはどうにもできん。もっとも今その男を差し出せば見逃してやらんこともないぞ」

 男は不敵に笑った。

「ふざけるな!!」

 オルトが叫ぶ。俺はジョイスを見た。

「信用できるか!どっちにしろ村を滅ぼすつもりだろう!」

 ジョイスは力強い声で即答した。

「はっはっは、応じていたら楽に死なせてやろうと言うのに馬鹿な連中だ。もっとも人質がいる以上お前たちには打つ手はない!」

 絵に描いたような悪役ムーヴをかました男はモニュメントを見上げた……が、そこにサリシスはいなかった。

「なんだと……!?」


 敵も驚いていたが、俺たちも驚いた。

 頭上から何かが降ってきて、俺たちのすぐ前に土煙を上げて着地した。

 その背後のモニュメントの周囲に一陣の風が吹き屍兵はその場に崩れ落ちて塵に還っていく。


 土煙が落ち着いて現れたのはサリシスを抱えた背の高い青年だった。

 オレンジ色の髪で頭に一角獣みたいなツノが生えている派手な服を着た20代前半の青年だった。


「ヤッホー、ジョイス、久しぶり!」

 緊張感のカケラもない能天気な声で話しかけながら青年はサリシスをジョイスに渡した。

「眠ってるけど異常はないよ、安心して」

 ジョイスは口をパクパクしていた。

「なんで……お前が……」

 青年はそれに答えず、何処かから槍を取り出して魔術師に向かって構えた。

「さぁて、悪い子はお仕置きするよ、色々聞きたい事もあるから覚悟してね」

 魔術師は後ろに飛びのいて闇に消えた。

「ふん、加勢が一人増えたところで滅びの運命は変えられんわ……せいぜい足掻くがいい」


 俺はジョイスに誰だ?と聞いた。すると青年は輝く笑顔で喋った。

「ボクは通りすがりの親切なお兄さんさ!」

 あ、こいつダメだ。なんか分かり合えない気がする。主に属性的に。溢れるリア充感に拒絶反応で蕁麻疹がでそう。

 俺は重ねて誰?と聞いた。

 ジョイスは苦しそうに俺と青年を見ている。青年は口に指を置いてジョイスに何かをアピールしている。

 ジョイスは深くため息をついていった。

「何しにきたんだ、ゲンマ」

 ジョイスがそう言うと背後で息を飲む声がした。俺が後ろを振り返ると村人は皆平伏していた。

「あーもう、こういうのが嫌だから黙ってて欲しかったのに。相変わらず気が利かないなー」

「言わないと話が進まないだろ!だいたい来るんだったら前もって連絡くらいしろ!!」

「本当に誰なんだ?」

「ゲンマ様はガーラ様の弟君だ。“友人龍”の二つ名を持っている人間の守護者だ」

 オルトが小声で教えてくれた。

「えー、なんで教えてくれなかった?龍と知り合いだなんて絶対面白いじゃん、あの話に書きたかったなー」

 そんな面白エピソード伏せるなんて……機会があれば是非詳しく聞きたい。

「言えるか馬鹿。こんな天然が、あの慈悲深き人間の友、叡智の友人龍だったなんて幻滅にもほどがある。子供が泣くぞ」

「酷いなぁージョイス」

 ゲンマは嬉しそうにクスクスと笑った。

「俺がそれを知った時どれだけガッカリしたか……!子供時代からの憧れが一瞬で崩れ去ったぞ!」

 ジョイスは声を荒げ、それに反応するようにサリシスが動いた。

「ん………………お父さん……?」



 俺たちは一旦村長宅に移動し、今後の作戦について話し合うことになった。

 ゲンマは長椅子に足を組んで座ってくつろいでいた。

「ドミニス村長から姉さんに救援要請通知が来てね。それで一番身軽なボクが馳せ参じたってワケ」

「……本当にありがとうございます。感謝の言葉もございません」

 村長は頭を下げた。

「国境線上の問題はこの村だけの問題ではないよ。国全体の問題に等しい。だからかしこまらなくていいよ。それよりいざという時のために覚悟してほしいかな」

「覚悟だと?」

「最悪この辺一帯が焼け野原になるかもね」

 部屋の空気が一気に重くなった。

「そこまで事態は悪いのか……」

「君が考えてるよりはるかにね、ジョイス」


「作戦はいくつかあるかな。まず普通に今ある戦力で屍兵と戦う。犠牲はたくさん出るけど」

「それ以外にあるのか?」

「数が少なければそれでもいいけど、楽観はできない。何より屍兵に倒された者も屍兵になる」

 ゾンビのお約束だな。白兵戦は不利だ。

「他の作戦は?」

 ゲンマは目を閉じ、人差し指を立てくるくる回しながら言った。

「ボクのブレスで全部焼き払う。ただ森とこの村が巻き込まれるかな」

「却下だ。それじゃ助かっても村のダメージが大きすぎる」

「オススメはできないかな。ボク的には楽でいいけど。でも彼らの持ってる手段が他にある可能性は高いし。切り札は取っときたいかな」

「じゃあ、オススメの作戦はなんだ?」

 ゲンマはくるくる回していた人差し指を不意にこちらに向けた。

「君。英雄になる気はあるかい?」


「俺が?」

 ゲンマは緑色の瞳の瞳孔だけを赤く輝かせてこっちを見ている。

 その目で見つめられると、まるで自分の底まで見透かされてる気分になる。

「君、持ってるんでしょ。カンナヅキ君?エンダー君?どっちだっけ?」

「神無月だ。俺に何ができるというんだ?」

「マギア。ボクが君のマギアの証にちょっと細工すれば、全体攻撃のマギアに繋げる事ができるけど、どう?」

「お前!まさか、カンナヅキを眷属にするつもりか!」

「人聞きが悪いな、ジョイス。ボクはそんな事しないよ」

「どういう事だ?」

「……マギアの証は自然にできるモノじゃなく上位者に刻まれるモノなんだ。マギアの素質があるものが魔源回路に通ずる代償に上位者への忠誠を永劫誓うことになるって……」

 オルトは心配そうに言った。

 ……えー?そういう仕組みなの?マジで?上位者とか全然知らんけど……。

 俺は露骨に嫌そうにゲンマを見た。

「すぐに終わるよ。条件付けを全部上書きするほどの時間的余裕はないよ」

「正直、俺、この人信用できないんですが……」

 周囲の村人がギョッとしている。……うん、不敬なんだろうな、間違いなく。でもこればっかりはなぁ……この人のことよく知らないし。

「そんな大した変化はないよ。そうだねぇ、さっきから虫でも見るような目でこっちを見てるけど、処置後は一緒に飲みに行って盛り上がるくらいの関係にはなるよ」

「……それ結構大きい変化だろう?」

「……これが大きい変化に思えるって……普段から相当心を閉ざしてるんだね……」

 ほっといてほしい。マジで。日陰者をなめないでほしい。というか哀れみの目で見るな。

「他の手はないのか?」ジョイスは聞いた。

「今打てる手はこんなところだね。ボクの使える魔法でこの状況で使えそうなのはないし。カンナヅキ君が全体攻撃でフラを使うのが一番だね」


 作戦会議が終わり、俺、ジョイス、オルトの3人が部屋に残った。

 ゲンマは村長たちと別室に行った。

「すまん、カンナヅキ……」

「いいよ、この件もだいたい俺のせいみたいだし」

「でも、お前は何も知らないんだろ」

「……信じてくれるのか?」

「人を見る目はそれなりにあるつもりだ。お前はこれまで嘘はついてない。ただ隠してることはありそうだがな」


 俺はここで、全てを打ち明けた。

 自分が異世界から来たことを、こことは全く違う理の世界から、気がついたらこの村の転移門に、このエンダー・ル・フィンの体で瀕死の状態でいたことを。

 二人は信じがたいという顔をしたが、なんとか飲み込んでくれた。

「だったら、ますますカンナヅキは関係ないじゃないか!」

 オルトは自分のことのように憤ってくれた。

「エルス共和国で異世界から人間を大量に召喚しているという話は聞くが……それが関係しているかもな……でも、今はそれどころじゃない」

 ジョイスがポロッと気になる事言ってるけど、確かにそれどころじゃない。あー気になるぞ。それ。


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