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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集

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79/112

a017――アースガードの姫君たち・おてんば姫の蜂蜜泥棒

 ここはベース帝国の中心、帝都メガロポリス。


 その街角にある噴水のある広場にて吟遊詩人がバンジョーで子供達を呼び寄せる曲を奏でる。

「さぁさぁ、祝福された地アースガードの楽しいお話が始まるよ〜。坊ちゃん嬢ちゃん、それに、お手隙の紳士淑女の皆さん、愉快な午後のひとときは、如何ですか〜」

 吟遊詩人のテノールが響き渡ると、その周囲にたちまち少年少女が集まり、人だかりができた。

 大人たちも、やや離れた距離で遠巻きに見ている。

「今日のお話は『アースガードの姫君たち・おてんば姫の蜂蜜泥棒』姫君たちの優雅なお茶会は無事に始まるのかな?さぁ、物語が始まるよ〜」


 ・・――◇――・・


 ここはアースガードの一角、聖樹の森。


 神獣に守られし聖樹族は卑劣な耳長族によって聖域から追い立てられた後、大いなる導きによって、かの地に住まう。

 彼らの恵みにより黄金の林檎がたわわに実る森の庭園で、アースガードの姫君たちは、お茶会を開きます。


「ではこれより、午後のお茶会を始めましょう!」

 お茶会を主導するのは龍の姫。

 地底帝国の姫君で、癒しの力を持つ彼女は姫君達のまとめ役。

 龍の血を示す二本の角を揺らしてます。


「お茶会には最適なお天気ですね!今日はお茶請けにマフィンとクッキーを持ってきました!」

 バスケットから領主様お手製のお菓子を取り出したのは猫の姫。

 高貴な血筋のとっても愛らしい姫君。

 好奇心に満ち溢れた宝石の瞳はキラキラと輝きます。


「うむ。暑すぎず寒すぎずで風が強すぎないもん!拙者は干し肉と乾パンを持ってきたぞ!」

 勇ましく朗らかな声を上げるのは怪力姫。

 アースガードで一番元気いっぱいの明るい姫君。


「えええ……お茶会に干し肉は少々優雅さに欠けるのでは……?」

 龍の姫は微妙に悩ましげに眉を顰めます。


「甘いものを食し続けると塩気が欲しくなるもの。その先見の明や良し、で、ございまする」

 そして、アースガードにやってきた新しい姫君。

 我らが敬愛してやまない林檎姫。

 幼い身ながら、秘めた知恵と勇気は誰にも負けません。


「本日は帝都流の揚げ菓子を持参し申した」

 林檎姫は帝都でおなじみの焼きたてチュロスをテーブルに広げます。

「わぁ、美味しそう!早くいただきましょう」

 猫の姫は林檎姫とは、とっても仲良し。

 まるで本当の姉妹のようにいつも一緒に過ごされます。


「まぁ、大変!」

 突然、龍の姫が悲鳴をあげます。

「この砂糖壺、空っぽです!」

「「「えーっ!!」」」

 なんという事でしょう。

 こんな気持ちの良いお茶会日和でお砂糖を切らしてしまうとは。

 小さな淑女には砂糖のないお茶会なんて文字通り味気ないもの。

 とはいえ、ここは館からは離れた場所、今から厨房へ行き来したらば午後も半ばとなりましょう。

 姫君たちはガッカリします。

「仕方ありません……一旦戻りましょう」

 猫の姫の耳と尻尾はしょんぼり下がり気味です。

「あっ――拙者良い事思いだしたもん!」

 怪力姫は得意げな顔でポーズを決めます。

「すぐそこのイチゴ畑に置いてあるアピスの巣箱にあまーい蜂蜜が入ってるんだって。お茶にいれても美味しいって領主殿が言ってたもん!」

「「「蜂蜜……」」」

 アースガードの名産品の一つである蜂蜜を生み出す魔物アピスは甘味を求めた領主様が魔物使いの姫君にお願いし、お引き寄せになった大事なもの。

 彼女らが作る天上の甘味は美しいイチゴ共々、偉大なる龍王ガーラ様にも愛されている貴重な品です。

「大変興味深いですが……淑女が盗みなんて、はしたない真似をしてはいけません!」

 常日頃、他の者の模範にならんと頑張る真面目な龍の姫は難色を示します。

「見つかったら、あるじ様とお兄様に叱られてしまいます!」

 慈愛に溢れた大人しい猫の姫も首をブンブン振ってます。

「でも、お砂糖なしのお茶会なんてアンマリだもん!それに、少しくらい減ってもすぐに元通りになるからバレないもん!」

 この言葉に皆の心は大きく傾きます。

 時に自然は気まぐれなもの。

 特に理由がなくとも、いつもより蜂蜜が少ないこともあるでしょう。

「リスクを取る価値はあるとおっしゃるのだな?」

 林檎姫の問いかけに、怪力姫は自信満々で頷きました。


 ・・――◇――・・


 その後、大きな温室に向かった四人は監視の目をくぐり抜けて侵入し、イチゴ畑を目指します。

 温室には魔物の姫の配下であるグノムと忙しそうに飛び回る働きアピスと温厚な魔物しかいないので、ダンジョンでレベリングした姫君たちが力を合わせれば隠密行動するのはそう難しくもないのです。

 そうして、(ヤム)の葉を掻い潜り、アーモンドの木の合間を潜り抜け、やっとイチゴ畑に辿り着きました。

 目的であるアピスの宮殿ともいえる巣箱周辺を守る騎士アピスの威嚇を回避(かわ)し、遂に到達します。


『何ですか、貴女達は?ここが女王である妾が住まう宮殿と知っての狼藉か?』

 巣箱の中から、赤いカーペットが舌のように伸びて、女王様であるレギナアピスが現れました。

 彼女は細い手足に括れたウェストの持ち主で、気取った足取りで歩み寄ってきました。

 小さい身ながら黄金のティアラに虹色のファーが付いたマントを身に纏い、その手には権威の象徴である輝く王笏が握られてます。

 威厳たっぷりに腰を揺らしながらツンと澄ましてます。

「お願いです、女王様。蜂蜜をほんの少し分けていただけませんか?」

 猫の姫は尻尾を揺らしながら可愛くお願いしました。

『この宮殿は小さくとも、龍王ガーラ様から賜った領地。ここに溜め込まれた恵みは全て御方への捧げ物なのですよ。その法を曲げるにはそれなりの理由が必要となります』

 女王様は華麗なステップを踏みながら毅然とした態度で道理を諭します。

『列強に連なる支配種族ではない、ただの小娘に施せる恵みはここにはないのです。理由がないのなら早くおかえりなさい』

「わ、私は地底帝国の王女で黒龍の孫です!」

 龍の姫は咄嗟にそう言いました。

 しかし、女王様は王の義務として眷属達を使ってこの大陸の情勢は掴んでます。

『地底帝国は龍王国とは国交を結んではおりませんね。それどころか未だ列強諸国と認められてないのは知ってますよ』

 女王様は八の字のステップを刻みながら龍の姫の願いを断ち切りました。

「私のあるじ様はこの地の領主様ですよ!」

 大人しい猫の姫も頑張って慣れない虚勢を張って女王様に訴えかけました。

『ここで取れる蜂蜜は領主様でさえ滅多に口にできない貴重品。あるじを差し置いて、どうして下僕である貴女が口にできると?』

 猫の姫は女王の正論に反論出来ません。

「うちのおじいちゃんは元村長さんで……」

『却下』

 怪力姫の願いは無残にもバッサリ切られます。

「きびしいもん」

 女王様のステップは途切れることはなく、そのテンポは徐々に速くなります。

『分かったなら、早く帰りなさい。ここにある物は貴女達ごときでは口に出来ないのです。さぁ、さぁ』

 女王様は姫君達を嘲るようにクルクル回りながら踊りました。


 この女王様の振る舞いに対して、我らが林檎姫は一歩前に出ます。

「妾はベース帝国の帝王の末娘、林檎姫である。ベース帝国の親善大使として、アピスの女王自らのお出迎えに感謝いたしまする」

 この林檎姫の言葉に女王様はピタリと足を止めます。

『ベース帝国……』

 彼女は眷属からの情報で帝国が列強諸国ではないがとても大きく、歴史ある国であることは知っています。

 そして龍王国とは持ちつ持たれずの関係であることも。

「世に名高いアースガードの蜂蜜の味を我が父である帝王に伝える機会があればと願ってましたが……このような対応で残念でありまする」

 知恵に長けた豪胆な林檎姫は女王様の不遜な態度を暗に皮肉ります。

『お、お待ちなさい。林檎姫よ』

 女王様は閉めの言葉を紡ごうとした林檎姫を慌てて引き止めます。

『ほ、本来なら法を曲げるのは吝かではありませんが、今日の良き出会いに免じて、妾の裁量で貴女にだけ“味見”を許可しましょう――ただし』

 彼女は腰に手を当てて言いました。

『一口だけですよ』

 侍従アピスが小さな瓶に入ったスプーン一杯分の蜂蜜を恭しく差し出します。

「十分でございまする。ありがたき」

 こうして、姫君達の中で林檎姫だけが、まんまと蜂蜜をせしめる事に成功したのです。


 その時、背後から凛とした声が響き渡ります。

「貴女達、ここで何をしているのかしら?」

 姫君達が振り返ると、そこには美しくも厳しい淑女であらせられる大地の女神様が後光を輝かせて立っております。

「……ひゃぅ」

 怪力姫は声にならない悲鳴を押し殺しました。

 他の姫君も青い顔をしてます。

「何があったのか、ちゃんと説明してくださる?最初から」

 お叱りは免れない事を悟った姫君達はがっくりと項垂れました。


 ・・――◇――・・


 その後、事情を把握した女神様のお説教は小一時間続きました。

「いいこと?まず完璧な淑女は決して準備を怠らないの。そもそもの問題点はそこね」

「そ、その通りです……言葉もありません……」

 龍の姫は激しく落ち込んでます。

「ただ、それでも時には力が及ばない事もあるでしょう。そういう時は他者の助力を上手く借りる事が大事よ」

 大地の女神様は両手を二回叩くと、その傍らに侍女である蟻の姫が現れ跪きます。

「お呼びでしょうか?女神様」

「研究所に行って、この砂糖壺を満たして来てちょうだい」

「かしこまりました」

 空の砂糖壺を受け取った蟻の姫は言付けの通りに走り去ります。

「出来る淑女となるには人の使い方も憶える必要があるの。分かった?」

「はい、分かりました」

 姫君達は素直に頷きました。


 蟻の姫が砂糖壺を運んできて、姫君達のお茶会はようやく開催され、反省もそこそこに、美味しいお菓子とお茶で楽しいひと時を過ごしたのです。

 そして、ただ一人、蜂蜜を手に入れた林檎姫は、素晴らしい蜂蜜入りのお茶を優雅に味わうのでした。


 こうして、女神様の諭しによって、未来の淑女である姫君達は少し成長したのです。

 今後、同じような事が起きた時、林檎姫と龍の姫はお付きの侍女に、猫の姫は忠実な使い魔に、そして怪力姫は友である戦士に、それぞれお願いするようになりました。

 ただ、若き戦士が砂糖と塩を間違えてお茶会が大混乱する事になりましたが、それはまた別の話……。


 ・・――◇――・・


「これで、アースガードの姫君達の話はおしまい。休憩を挟んで次の物語は『時計塔の対決』、帝都に悪の天才モリス・アリオッチ現る!対するは正義の名探偵ラビット・ピーチ!戦いの場は巨大な歯車が蠢く時計塔!血湧き肉躍る冒険活劇のお話だよ〜。休憩の間、林檎姫も愛したチュロスと飲み物はいかがかな?合わせて銅貨五枚で販売中〜」


 子供達は先を争うようにお菓子を買い求める。

 裕福な子供は手持ちのお小遣いで買って食べ、貧しい子供も幾人かで銅貨を集めて買い、一人分のお菓子を分け合って食べている。

 彼らが後々大人になった時に幸福な子供時代を象徴する思い出になるだろう。


 ところで……今、吟遊詩人が語ったアースガードの姫君達の話は、ほぼフィクションだ。


 私の道化は、事あるごとに他人が書いた自身が登場する物語に対して『事実と違う』、と文句を零しているのに、自分が実際にあった出来事を元にした物語を執筆する時は見てきたような嘘を平気で書き綴る。

 本人はそれがプロの小説家の真骨頂だと思っているようだが、私に言わせればダブルスタンダードもいい所だ。


 その上、帝都の吟遊詩人達は道化の書いた物語を、その場のノリと勢いだけで好き勝手にアレンジしているので、タダでさえ脚色まみれの物語は作者の手を離れ、結果として事実とはかけ離れたファンタジーな内容になっている。


 実際に起きたのは――小さなレディ達の名誉に関わる事だが――優雅とは程遠く、皮肉屋の小説家ですら身も蓋もない現実から目を背けるのも無理からぬ荒々しい惨劇だった。


 詳しくは語らないでおこう。


 ただ自然が溢れる田舎の子供には珍しくない出来事、とだけいっておく。


 事実に即しているのは、砂糖がないので蜂蜜を拝借しようとした事、混乱を収束させたのは大地の女神と呼ばれるジュンである事、蜂蜜を口にしたのが林檎姫だけである事くらいだろう。


 そもそも、姫君達がアピス――性質は温厚で大人しい魔物だが、巣を襲う敵には容赦がなく、その体内に持つ毒は死には至らないが、刺されると激しい痛みを伴い、その治療には熟練の治療師でも苦慮する――に刺された腫れが引くのに三日程掛かったので、結局その日にお茶会が開催されることはなかったのだ。


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