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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第9章 旧支配者の呼び声

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060――ハローワールド

 色々あったが日常生活に復帰した記念に、念願のお好み焼きパーティを開こうと準備をしていたら――想定がズレた。

「あれ?……う、うまい!?」

「へぇー、どれどれ……あ、これは美味しい。もっと食べたいなー」


 発端はホットプレートをデンに頼んでお取り寄せした所、付属してきたタコ焼きプレートにジョイスが興味を持ったことだ。

 そういえば、エルス共和国では今川焼きもどきの屋台があったっけな。

 地球から召喚された奴が伝えたんだろうか?

 俺は試しに身近にある材料でタコ焼きを再現してみた。


 小麦粉に潰した(ヤム)を混ぜて味付けした生地をプレートに流し込んで焼きながら、具を載せて串でクルクルと丸める。

 この世界の(ヤム)はジャガイモと里芋を足して二で割ったような根菜で、僅かに粘り気があり、山芋の代わりにならないか試してみたかった。

 具はタコの代わりにダンジョン産の触手モンスター・セーピアを茹でて細切れにした物とチーズを具にしてみた。

 紅生姜の代替はジョイス特製のピクルスを微塵切りにして投入。

 完成した異世界版タコ焼き第一号を口に放り込むと、その味わいは想像していたよりも香ばしく、表面はカリッとしてるが中はホクホクして素朴だが飽きない味だ。

 また、セーピアから出る旨味がいい仕事をして、タコよりも奥深い滋味を醸し出している。

 試作のタコ焼きは瞬く間に無くなった。


「これはいいな。軽食にもオヤツにも酒のツマミにもなる。作るのも簡単だし、原価も安い……これで一儲けできるか……?」

 ジョイスは相当気に入ったようだ。ん?儲け?

「鍛冶屋にこのプレートを大きくしたのものを作らせて……屋台で売れそうだね……人を雇って機材と食材を提供、売り上げの――三割くらいかな?毎月上納させて……」

 オルトの頭脳も演算を開始した。

「王都支店からの情報だと、食い詰めた元官僚が今だに路頭に迷っているらしいですわ。彼らを召抱えて、下部構成員を仕切らせれば……」

 ローラお嬢様も黒い微笑を浮かべて、具体的な事業計画を練り始める。

 三人は阿漕なフランチャイズビジネスを展開するようだ。王都で。

 まぁ、元官僚相手ならガーラは何も言わないとは思うが、ほどほどにな。


 しかし、オルトとローラはともかく、ジョイスが事業展開にノリノリなのは、いったいどうしたことだろうか?

 ダンジョンリニューアル以降、濡れ手で粟で相当稼いでいるはずだが?

「孫のダンジョンデビューは万全の態勢で備えたい。最低でもアダマンタイト装備一式は必要だろう」

「ん?」

 おや?気のせいか、ジョイスがトンデモない事を言っているような気がする……。

「気のせいじゃないよ……ジョイス、それはちょっと気が早いし、過保護すぎるよ」

 ゲンマが珍しく正論で諭した。

「何をいってる、万が一怪我でもしたらどうするんだ?それに騎獣と馬車も必要だ。徒歩での旅は危険すぎるからな。それに格納するための厩と管理する従者も必要だ。キャッシュはいくらあっても多すぎることはない」

「いや、だから、それは早すぎるって」

 ジョイスは常識人だと思っていたが……初孫の破壊力を侮っていたかもしれない。

 まだ生まれてない時でこれなら、実際来たらどうなってしまうんだよ。

「それに、移動する時はボクが運ぶから馬車は必要ないよ」

 おい、ゲンマ。ドサクサに紛れてウチの子をどこに連れていくつもりだ。

「だから、今じゃないよ、今じゃ。ずっと先の話だよー」

 なんだろう、ゲンマの面白がってるだけの表情を見ていると、一個も信用できない……。

「お前、一応は王族の領主なんだぞ。それじゃ気軽に冒険の旅なんてできないだろう。冒険者としての自立心を育むためにも、小回りのきく移動の足は必要だ」

 自立心……育つのか?この環境で。俺は少し不安になった。


 そんな皮算用が交錯する傍らで、俺は子供達にタコ焼きの量産をせがまれる。

「いいから、早く追加を焼いてください!カンナヅキ!あっ、テル・ムーサは少し自重してください!」

「ふふふ、チーズを多めに入れてくださいねー」

「あなたはさっき人の分まで食べたじゃないですか!私は育ち盛りなんですよ!」

「ふふふーん。早い者勝ちですよ?」

 相変わらず、モジュローとテルさんは熾烈な争奪戦を繰り広げる。

 それを温かい目で見ながら、ヴェールはアン姫の頬についたソースを拭き取っている。


「タコ焼き!ソース!マヨネーズ、サイコー!!あと、ビールが欲しい!」

「マヨマヨマヨマヨマヨマヨマヨマヨ」

 ナス子ヨネ子の二人にも喜んで貰えたようだ。

 意外だったのは、デンが日本のマヨネーズを知っていたことだろうか。

 聞いた話、大学寮のルームメイト経由で存在を知ったようだ。

 その流れで、袋ラーメンも食した事があるという。

「何度か夜食でご馳走になりました」

 今度取り寄せてもらおう。

 ちなみに、ヨネ子さんは早速マヨネーズを箱買いしたそうだ。


「たこパって楽しいですよね!」

 モモちゃんもご満悦だ。

 メンバーたちは自分たちでホットプレートを囲んで和気藹々と作っていた。

「でも、普通じゃツマラナイですよね!っていうことで――ジャーン!ロシアンタコ焼き!この中に一個だけカラシ入りが混じってまーす!順番に一個づつ取ってってくださいね!」

 モモちゃんがニンマリ微笑むと、メンバーは皆、緊張で引き締まった顔でタコ焼きを観察して、見極めたタコ焼きを口に放りこんでる。

「……なんで、そういうことをするのですか?あなた達は。普通に作って食べればいいじゃないですか!」

 モジュローは食べ物に対する冒涜!とプリプリしている。

 あとでオヤツも作るから機嫌直せよ。

 ちなみに、カラシ入りタコ焼きはスタッフ(シモネム)が美味しくいただきました。

 南無ー。


「でも、セーピアは厳密には“タコ”とは違うよねー。セピ焼き?」

「なんでもいいよー。あたしもおかわり!」

 ゲンマとサリシスは通常営業だな。


 というか、みんな食いすぎだぞー、はははー。


 ははは……。


 深刻な事態が起きている時の現実逃避は実に捗る。

 大掃除の休憩時に漫画一気読み然り、締め切り前に息抜きのパズルゲーム然り……。


 その頃、自治区の外では現在進行形でエラい事が起きていた。



 最後のメシア都市に纏わる交戦は熾烈を極めた。


 レイアはホムンクルスを作成して、禁忌を犯した罪により魂を封印された強力な旧支配者を復活させて側近・四天王として侍らしている。

 その一人が召喚術の使い手のようで、エルス共和国は魑魅魍魎が蔓延り大混乱が巻き起こった。

 特に巨大魔獣である、ティアマット、ロック鳥、レヴィアタンによって、都市の多くが壊滅的な打撃を受ける。


 進軍を止められないまま、敵はメシア都市に雪崩れ込み、あっけなく占拠した。


 その後、彼らは勢いに乗じて、包囲するエルス軍、冒険者ギルドの先鋭たち、それにシステムのエージェントからなる連合軍と対峙する。


 四天王たちの攻撃は熾烈で、籠城する彼らを穏便に武装解除するのは不可能であった。


「俺たちは何もしなくていいのか?」

 連合軍が苦戦していて情勢が思わしく無いと聞き、俺はゲンマに尋ねた。

「こないだまで寝たきりだった人間を放り込まないといけない程、深刻な事態じゃないよ」

 ゲンマはタコ焼きを一つ口に放り込み、盤上の駒を動かした。

「でも苦戦しているんだろ?」

 俺はエールを一口飲む。

「そうはいっても、敵の手の内が分からないからねー。姉さんが警戒しているんだ」

 俺が駒を動かすと、ゲンマは「んんー?」と唸って腕を組んで考える。

「万が一、誰かが捕まって精神支配でもされようものなら、それこそ収集つかないでしょ。だから、ボクらは絶対動くなって厳命されてるんだ」

「なるほどなぁ」

 ゲンマはニヤリと笑って自信満々で駒を動かす。

 あ、そこは厳しいかも。

「それに、兄さんが参戦する予定だし。エルス側から打診があったらすぐ出撃するみたい」

「ほー」


 ゲンマには二人の兄がおり、赤龍カルブンクルスは普段は龍大陸の沿岸を飛び回って巡回警備をしていて、赤龍サブルムは王都宮殿の宝物庫で眠りながら魔石のチャージをしているらしい。

 派遣されるのは赤龍カルブンクルスとのことだ。


「いくら強くても、旧支配者程度じゃ龍族をどうにかできるほどじゃないでしょ」

「そういうものか」

 俺は意識を盤面のに集中させて長考に入った。



 その後、戦局はゲンマの言葉通りに進行した。


 召喚された巨大魔獣は連合軍を大いに苦しめたが、それも龍族が乱入してくるまでのこと。

 上院議長のフェサードは戦力面での不利を悟り、龍王ガーラに救援を要請し、赤龍カルブンクルスは即座に現地に駆けつけた。

 それからはもう、一方的な展開となった。


 赤龍カルブンクルスの遠距離からのブレスの一撃でティアマットが消失。

 その後、果敢に襲いかかったロック鳥は無造作に掴まれてそのまま握りつぶされる。

 海中に逃れたレヴィアタンはトゲのついた長い尻尾で釣り上げられ、あっけなく絞め殺された。


 敵味方双方は実際に目の前で繰り広げられた龍族の力に圧倒されて言葉も出ない。


 カルブンクルスの次のターゲットは敵の本拠地に向かった、が、


 あの、第三メシア都市でも使われた、ブラックホークが突如浮上して、辺り一面にレイアの声が響き渡る。


『文句があるなら、魔大陸にいらっしゃーい!』


 そして、ブラックホークは北に向かって高速で飛び去っていった。


 カルブンクルスはそのまま追撃しようと翼を広げる。


 ――『待て、追うでない』


 その動きはガーラの念話によって押しとどめられる。

 ――『敵の能力は未だ未知数。深追いはするべきではない』


 龍王ガーラの命に渋々引き返すが、血の気の多いカルブンクルスは久々に遭遇する未知の敵との戦いが消化不良で憤懣やるかたない様子だ。




 ――後でゲンマとギルド長からの話を纏めると、戦いはそんな風に終わったらしい。



 領事館の地下会議室。

 対面には、救助活動を終えてエルスから戻ってきたクーフリンがいる。

「無理することないんじゃないか?」

 俺は彼にそう声をかけた。

「全部支配種族に任せても誰も責めないと思うが……」

 誰だって肉親と血で血を洗う戦いを望むはずがない。

 たとえ相手が狂人とはいえ……。

「気遣いは嬉しいが、これは俺のけじめだ。他人任せには出来ない」

 彼の目は強い決意に満ち溢れている。

「だけどなぁ……」

 俺は胸のモヤモヤが晴れずに渋った。

「そこまでいうなら、君が代わりに“英雄”になれば?上位存在と関わって試練を乗り越えたって点ではクラス取得の条件は満たしてるけど?」

 ゲンマは呑気に言った。

「彼女がこのアースガード自治区に何をするつもりか分からないけど、多分碌でもないことでしょ。それに事前に備えられるし、不幸な兄妹同士が戦う必要も無くなる、どう?」

 二人は俺の顔をじっと見た。

 無言の静寂が流れ、俺ははっきり言った。

「俺は“英雄”にはならない」

 二人の目を睨むように俺は断言する。

「俺は小説家だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 俺は小説家以外の存在にはなりたくない。


 これから父親となる者としては失格かもしれないが、これだけはどうしても譲れないという正直な気持ちの現れだ。

「はぁ、これはもう、しようがないね。でも君がそう決めたんなら仕方ないな」

 ゲンマは半ば呆れつつも面白がっている感じだ。

「この件には第三者を巻き込みたくない……」

 クーフリンは安堵の溜息を吐いた。

「じゃあ、もう一つのプランだね。君は上位存在になりかけている。だから、君がクーフリン君に試練を与えて“英雄”にしてあげることが出来るんじゃない?」

 いや、何もわからんから。急に言われても困るぞ。

 クーフリンは期待に満ちた目でこちらを見てるが、俺は全く実感が湧いてない。

「試しに眷属にしてみたら?今までと何か違うかもよ?」

 そう言われて、俺は本人の許諾を取ってサインスタンプのスキルを使ってみた。

 確かに、以前より、目に見えて設定項目が増えている……。

「付与事項に“英雄候補”と……“試練の設定”って項目が出てきてるな……というか、本当にいいのか?」

「構わない。現状を打破できるなら悪魔とでも契約するつもりだ!」

 ……俺は悪い神様にはなるつもりはないぞ。

 新しく追加された設定は複雑で、後からでも変更可能のようなので、とりあえず仮契約をしておく。

 詳しい話は後日詰めていこう。

 クーフリンは感極まった様子だ。

「長い事停滞していたが、やっと前進できた……俺に出来ることなら何でもする。何なりと命じてくれ!」

 ん?何でもだと?



「という訳で、今後は彼の指導に従ってくれ」

「は……はぁ……」

 俺は悩んでいたヒズの扱いをクーフリンに丸投げした。

 問題児の纏め役は慣れてるようなので任せておけば大丈夫だろう。

「チーム・アルスターにようこそ、ヒズ。チームメイトを紹介する。モリー、ダグ、マッハ、それにパリエースだ」

 ソルラエダの一員だった重戦士パリエースはエルス共和国で共闘して以来ずっとクーフリンに付き従っている。

「正義のために戦えるなんて光栄の極みだ!」

 システムのエージェントとしてのボランティア活動は贖罪を求める高レベル戦士には打って付けの再就職先だったようだ。

「俺が面倒見る以上、必ず、一人前の戦士に仕上げてみせる。早速今日からレベリング開始だ!」

「は……はいっ!頑張って付いていくぞ!」

 ヒズは当座の目標が出来て生きる気力が湧いたようだ。

 良かったなー。

「……あーあ……鬼リーダー、やる気まんまんだよ……」

「新しい犠牲者だな」

 モリーとダグはそんな二人を引き気味に見ていて、マッハは口元が引きつっている。



 俺は自治区の城壁から沈む夕日を眺めていた。

「先生」

 振り返るとモモちゃんが立っていた。

「隣、いいですか?」

 俺が頷くと、彼女はちょこんと座る。

 ピンクの髪は以前よりも光輝き、風になびいてサラサラと流れている。

「その髪ってどうしてるの?染めてるとか?」

 俺は何とは無しに尋ねた。

「えっ?ああ、これですか?前の世界では定期的に染めていたんですけど、こっちに来てからは、これが地毛になったんですよ。おかげで髪質を傷めずに済んで助かってます!」

「へー、そうなんだ」


 そこで会話が途切れる。


 ……コミュ障にこの沈黙は辛い。


「……モモちゃん」

 俺は決心を固めて話しかける。

 このタイミングで告白しないと男でない。そんな気がした。

「俺……」

「好きです!先生!」

「は?」

 彼女を見ると、思い詰めた表情でこちらをじっと見ていた。

「デビュー作を読んで以来、ずっと先生を尊敬をしてました!でも、初めてお会いしてから……その……男性としても意識するようになって……あの……」

 彼女は真っ赤になってシドロモドロになっていく。

「でも、こっちに来てから、前の先生とのギャップが中々埋められなくって……というか、先生、急に美形キャラになったもんだからビックリして慣れるのに時間かかっちゃって……だから!その……!」

「俺も好きだ。モモちゃん」

 彼女の目を見ていった。

「俺はダメな人間だし、君がいうほど善良な奴じゃない。その上、サリシスの事も大事に思っている。そんな不誠実な男だけど……」

 俺は深く息を吸った。

「ずっと、君が好きだった。いつも一生懸命で明るい君が大好きだ」

 俺たちは見つめ合ったまま、時が止まった。

 そのまま、永遠に続けばいいと思ったが、彼女の目に涙が溢れる。

「先生……」

 彼女が胸に飛び込んでくる。

「了って呼んでよ……この世界じゃ誰もそう呼ばないけど……」

「りょ……了……さん……?」

 俺たちは日が沈むまで城壁の上で抱き合った。


 問題は山積みだし、敵は未だ数多くいる。

 それでも、新しい世界は常に押し寄せてきて、俺たちは翻弄され続ける。


 上等じゃないか。

 相手にとって不足はない。


 新しい世界、作ってやろうじゃないか。


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