059――ゲンマ――真なる願い
昏睡状態から目覚めた俺は、すぐにでも普通の生活に戻りたかったが、ドクターストップが掛かった。
「焦る気持ちは分かりますが、一ヶ月間も飲まず食わずで恵みのエンチャントのみで眠り続けていたのです。無事を確認できるまでは安静にしていてくださいね」
モナ先生はニコニコしつつも威圧してきたので、従わざるを得ない。
ステータスに謎の種族クラスが追加された件に関して相談したら、この世界では稀に良くある、との事だった。
俺が寝ている間に例の母胎で難病の遺伝子治療が行われたそうだが、その副作用ではないかと、特に驚きもなく受け止められた。
今まで、そういう事例は一定確率で起こり、人によっては先祖である魔族の血が目覚め、あるいは新種であるミュータントが発生しているようだ。
もっとも、人間が多少突然変異した所で、支配種族を脅かすほどの力を得る訳ではなく、概ね普通に社会に受け入れられて暮らしているらしい。
ただ、『半神』という種族は聞いたことがないとのことだ。
「体調面での不具合や違和感はありますか?」
「いえ、今の所、そういうのはないです」
「そうですか。僅かでも変だな、と感じたら早めに言ってくださいね」
あっさりしたものだ。
ここが大らかな異世界で本当に良かった……。
純血思想にうるさい世界観の排他的な社会だったら、迫害されていたかもしれない。
俺は安定した治世を続けている龍王ガーラに心から感謝を捧げた。
□
この世界の住人はそんな感じだったが、地球から来たメンバー達に戸惑いはないだろうか。
「先生は元から神でしたが、それが何か?」
森川は冗談でも言っているのかと思ったら真顔のままだった。
「えっ?」
「えっ?」
むしろ、真顔で受け止めた事を怪訝に思っている俺に困惑している。
「そうですね。システムがようやく事実を承認してくれましたね」
デンまで何を言っているんだ?
お前、科学者だろ?科学万能主義の。何なら無神論までオマケに付いてくるタイプだろ。
「兄さんが倒れてから実感したんです……この宇宙の中心は兄さんなんだと……少なくとも……私にとってはそうです!」
今回の件は認めたくはないが……一応自分に原因があるから強く言えないけど……理性的な弟を発狂させる程の心配かけていたのか?だったらスマンカッタ。
「当然でしょう。あの至高のお姉さまが絶対的に盲信している対象が只の人間であるとされていたことの方が今までおかしかったのよ。やっと現実が私たちに追いついてきたわね!」
ジュンよ、お前が言ってることの方がおかしいからな!
「僕はカンナヅキが無事なら、それでいいよ」
オルトはにっこり微笑んで俺の手を握った。
ああ、普通が嬉しい、オルトは俺の癒しだ……そうホッとしたのも束の間、
「……でも、希少な種族クラスに目を付けた輩が良からぬことを企むかもしれない……もっと外貨を獲得して自治区の防衛力を高めなきゃ……」
オルトは険しい表情で強い決意を新たにした。
……人殺しも辞さない目つきで何故か安心できない。
そして、そんなオルトの呟きに背後のメンバーは一様に激しく同意と言わんばかりに頷いている。
「良く分かりませんが……自分は何があってもマスターを信じて付いていきます!」
シモネムの物言いが相対的に普通に感じる。そのままの君でいてくれ。
「先生ー!先生ー!!きゃー!!きゃー!!」
そして、モモちゃんは語彙力が崩壊したままだった。
……想定の範囲内とはいえ、ウチのメンバーは取扱危険物揃いだ。
誰一人として、単独で野に放ったら世界が危険だ。
そこへいくとサリシスは落ち着いているな。
なぁ、サリシス……
――ヴィイイイイイイーーーーン!!
サリシスは魔石ミキサーを両手で押さえ込んで黄金林檎を粉砕中だった。
「えー?なんか言ったー?カンナヅキー?」
そのマイペースさ加減、相変わらず全くブレないな。
特に不調を感じていない俺は、みんな過保護だなー、と思った。
しかし、サリシスが差し出した黄金林檎の生ジュースを口にし五臓六腑に染み渡った感触で、あっ本当に今まで寝たきりだったんだな、と実感した。
「そこは、“あーん”って食べさせるイベントチャンスですよっ、サリシス様、モモ様……!」
テルさんは部屋の隅っこで囁いている。
モナさんに、もうしばらく大事をとって体に負担をかける運動や刺激の多いコトは避けるようにと通達が来ていた。
「若いって良いですねぇ……でも、もう少ーし、我慢してくださいね?」
モナ先生はクスクス笑っている。
……俺はそんなに見境がない男に見られてるのだろうか。
モジュローは深い息を吐いた。
「さあ、そろそろ、お開きにして……ゆっくり、休ませましょう」
彼の促しで、皆が寝室から退出していく……。
――結局、今日もゲンマは顔を見せなかった。
■
翌日、俺は見舞いに訪れたヴェールとアン姫と歓談した。
俺の昏睡中、気丈なアン姫は心配を募らせるヴェールを必死に支えていたようだ。
「あるじ様!ご無事で何よりです!」
ヴェールは尻尾を振って喜んでいる。
「地獄から見事生還されるとは。流石、叡智の探求者エンダー様であらせまする」
どうでもいいが、二人ともちょっと痩せたんじゃないか?
ちゃんとご飯食べてるか?
「すみません……あるじ様が心配で、食事が喉を通らず……でも今日から、頑張って沢山食べます!」
「山盛りかれーらいすを食べて、ぼいんぼいんを目指しまする!」
お、おう……まさか、テルさん……こんな小さい子に何を吹き込んでいるんだ……。
「元気になったら、お好み焼きパーティーを開くから、楽しみにな」
「「はい!」」
色々あったが、ちゃんと目が覚める事ができて本当に良かった。
二人が去った後、ジョイスがお粥を持って俺の寝室にやってくる。
「何にせよ、大丈夫そうだな」
この世界に来て最初に食べた、あのミルク粥を白米で作ってくれた。
ジョイスの料理は相変わらず、食べやすくて地に足のついた美味しさだ。
「子供にとって父親は出来れば近くにいる方がいいからな……やがて来る孫のためにも早く元気になってくれ」
そういえば、俺としてはジョイスが、俺とサリシスの仲をあっさり認めてくれたのは意外と言えば意外だった。
正直、もっと揉めるかと覚悟をしていたのだが……。
「まぁ、孫が出来てしまってからゴネても、サリシスに本気で嫌われかねないからな……それに……」
ジョイスは途中で言い淀んだ。
「……ゲンマのことで、お前には負い目があるからな……」
何で?ゲンマがどうかしたのか?
「ゲンマとは俺がまだ子供の時から、一緒に冒険者見習いとして共に修行をしてきた、兄弟といってもいい強い絆で結ばれた仲だ。アイツのためなら死んでもいいと思えるほどにな……だが……」
ジョイスは俯き呟いた。
「アイツが……赤龍族のゲンマと知ってからは……その思いを素直に受け入れる事が出来なかった……」
確か、子供の頃からの憧れの存在だったんだよな。それがどうして……?
「初めて、ゲンマが赤龍の姿で目の前に現れた時……その有り様に圧倒されてしまった。龍王国建立以来人類を見守ってきた叡智の友人龍の姿に強い“畏怖”を感じた。それは人としてのゲンマとの思い出を吹き飛ばす程だった」
脳裏に龍族としてのゲンマが浮かび上がる。
「俺は何も考えず、衝動的に龍族のゲンマに跪いて臣下の礼をした……その時のアイツの表情が忘れられないんだ」
過去を語るジョイスは遠くを見るような目で虚空を見つめる。
「アイツは心底傷ついた表情をしていた。龍族を見たのは初めてだというのに、アイツが俺の振る舞いにショックを受けて心に傷を負ったのが即座に分かってしまったんだ」
ジョイスの過去の話なのに、俺はその場にいたかのようにアイツがどんな表情をしたのかを容易に想像できた。
誰も悪くないにも関わらず、大事な友人を失ってしまうのは、悲しい事だろう。
「その時、俺は痛感したんだ。自分が凡人であると。俺は英雄の器ではない、とな。所詮は只の平凡な人間の男だと、思い知ったんだ」
そんな事があったのか……しかし、俺から見て、二人の友情はまだ継続しているように思えるが……。
「俺は葛藤した結果、友人龍としてのゲンマを今まで通りに受け入れる事は出来ないが、ゲンマがこれまで通りに人として人間世界に関わり続けるなら友達のままでいると言ったんだ。それが俺に出来る限界だった」
成る程なぁ……確かにアイツ、黙ってれば神々しいもんな。
「そして、その後、俺とシグレの冒険者としての成長のピークが過ぎて伸び悩んでいる時に、アイツは眷属にならないかと言ってきたんだ……その言葉に俺は悩みに悩んだ……」
ゲンマの眷属となれば、それまで以上の力が手に入り、末長くゲンマの側にいる事が出来る、が……
「結局、俺はその申し出を断り、シグレは受け入れた……確かに、力は欲しかったが、俺の能力では眷属になっても今まで通りの自我を保っていることは無理だろう。俺は英雄になるよりアイツの友達のままでいることを選んだんだ」
ジョイスは俺の顔をジッと見つめる。
「アイツは多くは語らないが……お前が龍としてのゲンマを受け入れてくれた事をとても喜んでいる……それは俺には出来なかった事だ」
それは、良くも悪くも俺の他者の認識が大雑把なんだろうな。
むしろ、龍形態の時の方が好ましいくらいだし。
でも、それは負い目に感じるほどではないと思うが……。
「どんな理由があろうと、親友を突き放したことには変わりがない。友人龍の友情、その重さをお前に押し付けた事にはな……でもな、カンナヅキ。俺は友人龍ゲンマを見た瞬間、自分の宿命を理解したんだ」
「宿命?」
「ああ、俺は友人龍であるゲンマの為に、人間の友として死ぬ。それが俺に与えられた役割なんだと」
俺は二の句を継げなくなった。
「ちょっと、大袈裟なんじゃないか……?」
何とかそういうと、ジョイスは自嘲気味に微笑んだ。
「ふっ……自分でも自意識過剰な馬鹿だとは思っているがな。それでも……」
彼は真剣な眼差しで俺の目を見た。
「アイツの事、お前に託すよ。俺が出来なかった分まで……支えてやってほしい」
ジョイスはそう言って俺の肩に手を置いた。
■
それから俺の体調に問題がない事が確認され、やっとモナ先生に普通の生活する事が許可された。
結局ゲンマが見舞いで顔を見せる事はなかった。
俺は奴に会いに行こうとしたが、先にやらなければならない仕事があった。
「【サインクリーナ】」
結界で厳重に管理された拘置所に隔離されたヒズの術式をスキルで解除する。
彼の体から禍々しい紋様は消え去った。
しばらく見ないうちにヒズは変わり果てた姿になっていた。
酷く衰弱していて、体育会系特有の恵まれた体躯は一回り縮み、十歳は年老いて見える。
彼は俺が無事に回復した事に、涙を流して喜んでいた。
「良かった……無事で良かった……これで恩知らずの人殺しにならずに済んだ……うっ、うう……」
どうも、この人物は見た目と態度とは裏腹に小心者だったようだ。
「罪の償いはするつもりだ……何でも言ってくれ!」
そう言われてもなぁ……正直、コイツは好きなタイプではない。
というか、生涯かけても、分かり合える気が全くしないタイプだ。
森川も俺の横で渋い顔をしている。
「俺としては法に適った対処でいいんだが……」
「それでは大した罪は問われないと聞いた。でも、そんなんじゃ俺の気がすまない!もっと重い罰をくれ!!」
……ぶっちゃげ、めんどくさい。
俺は少し考えておくと告げて、そのまま、抑留して貰う事にした。
□
領事館のゲンマの居住区を訪ねると、ユリアさんが応対してくれた。
「ゲンマ様なら屋上で瞑想されております」
俺は一人で屋上へと向かった。
塔の外壁を伝う階段を登って、屋上に到達すると、龍形態のゲンマが目を閉じて佇んでいた。
彼は微睡んでいるようで、ゆらゆらと微かに揺れていた。
そのままゲンマを見ていると、その目がゆっくりと開かれ、物憂げに空を見上げる。
そして、彼は俯いて溜息を吐いた。
「おい、ゲンマ」
俺が声を掛けると、彼は驚いてこっちを見た。
しばらく、ゲンマと見つめあったまま硬直する。
すると、何故か、奴は慌てて翼を広げて逃げようとした。
「待てよ!どこに行くんだよ!」
俺が大きな声を出すと、そのままの姿勢で固まった。
『……』
俺は早足でゲンマに歩み寄った。
「なんで、逃げようとすんだよ」
『……』
なんか言えよ。おい。
『……お、怒ってない?』
「はぁ?!」
『怒ってないの……?』
それ以前に何が起こったのかが分からないんだが。
「お前がお館様に願い事を使って、助けてくれたんじゃないのか?」
『……それは、そうだけど……』
「っていうか……お前だったら、ここにいても、俺が怒ってるかくらい分かるだろ。どうした?いつもだったら、真っ先に駆けつけてくるのに」
『……ボクだって、聞きたくない話には……耳を塞ぎたくなる時はあるよ……』
ゲンマはそういって黙りこくった。
「お前の願い事って結局何なんだ?」
俺が聞きたかった事を言うと、ゲンマはポツリポツリと話し出した。
『君が、お館様に向かって、ボクを友達だって言い切ってくれた時、すごく嬉しかったんだ。長年の願いが叶ったみたいで……』
それは想像できる。ジョイスの話から推測可能だ。
『でもさ、あれから、君と過ごす毎日がすごく楽しくって……そしたら、欲が出てきちゃったんだ……“友達とずっと一緒にいたい”って、そう願ってしまったんだ』
ゲンマは小さく溜息を吐いた。
『君がボクのせいで酷い目にあって……お館様に頼んで助けてもらおうとしたら……心からの願いじゃないとダメだって言われたんだ。ボクは命でも魂でも捧げてもいいって言ったのに……それは本当の願いじゃないからダメだって……』
ゲンマは俺の目をジッと見つめた。
『ダメだね、龍は、欲が深くて……だから、お館様にも嫌われてるのかな……』
俺はゲンマの頭をそっと撫でた。
「お館様はお前のしている事は評価してると思うぞ」
『……そうかな。でも……許されない事を願ったって自覚はあるよ。ジョイスにしたら絶交されるくらいの……というか、本当に怒ってないの?』
そうはいうものの、アースガード自治区に帰りたいというのはみんなの、何より俺自身の願いでもあった。
ゲンマだけに責任を押し付けていい問題じゃない。
それに、終わらない黄昏の世界である地獄の迷宮都市を一人で彷徨う間、俺はずっと心細く不安だった。
その感情を何千年も抱え続けてきたゲンマに、その願いは間違っていると誰が言えるだろうか。
「正直な所、まだ、何が起きたのか良く分からないからな……もしかしたら十年後くらいに実感が湧いて怒るかも」
『そういうのが一番困るんだけど!怒るなら、今怒ってよ!』
「んなこといわれてもなー」
俺が苦笑していると、ゲンマは佇まいを正して俺に向き合った。
『でも、これだけは誓うよ。ボクのせいで君の人生を大きく狂わせてしまった……だから、この世界の全てが君の敵になったとしても、ボクは君の隣にいるよ』
ゲンマの澄んだエメラルドの瞳の奥で赤い虹彩が燃えるように輝く。
この世界は決して平穏じゃない。
狂った女神レイア、抜け目がない支配種族、得体の知れない旧支配者、実態が掴めていない魔大陸の勢力、まだ見ぬ未知の上位存在……全てが敵となるかは不明だが、味方となる保証はない。
それに、俺は決して善人じゃない。
いつか、メンバー達のように狂気に飲まれる可能性だってある。
この先の未来のことを考えると正直、不安材料しかない。
しかし……
「まぁ、俺がおかしくなったら、ちゃんと諌めてくれよ?」
俺がたてがみを撫でると、ゲンマは目を細めて頷いた。
狂った世界で生き延びるのはシンドイが、少なくとも、俺は一人じゃない。
「今後とも、よろしくな」




