表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第9章 旧支配者の呼び声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/112

057――タルタロス・死の罠の迷宮都市

 永遠とも思えた自由落下の感覚が途切れ、気がつくと俺は知らない街角に立っていた。

 人の気配がない廃墟のような都市は、石壁の建物に囲まれた細い路地が入り組む迷宮のような場所だった。

 あてもなく彷徨うも住人は見当たらず、それどころか時間の経過もなく、ずっと黄昏時のままだ。

 しばらく歩いていると、動く人影を発見するも、それは明らかに屍人や骸骨で、彼らは何かに奉仕しているように決まった動きを繰り返していた。


 ここは恐らく死後の世界なのだろう。


「どうすりゃいいんだよ……」

 俺はどうなっているんだろうか……自分が死んだという実感はないのだが。

 周りを取り囲む建物には窓はついていても入り口は無く、まるでゲームに出てくるハリボテの街並みのようだった。

 近くの石レンガで出来た高い建物に何とかよじ登って、周囲と遠くを見渡すと地平線の彼方まで都市は広がっていた。

「……流石にノーヒントは厳しい……」

 俺はそう呟きつつ下に降りて、路地を手探りで歩いていると、目の前の丁字路に誰かが立っていた。

 質素なフード付きのローブを着て右手には杖を左手にはランタンを手にした羊飼いのような人だった。

 その人は左手を高く掲げると、その手に持ったランタンは眩く輝いた。

 無条件でこれは正しい、と見た者にそう感じさせる光がその中に封じ込められているようだ。

 羊飼いは掲げた手を大きく左に振ると、そのランタンから光球が飛び出し、それは形を変えて青い蝶になってゆらゆらと漂っている。

 フードを目深に被った羊飼いは俺に向かって杖で青い蝶を指し示す。

「アレに着いていけばいいのか?」

 尋ねると顔の見えない羊飼いは頷いた。

 俺は少し悩んだ。

 相手が敵か味方かは分からない……その上この人物からも生者の気配は感じられない。

 しかし、あのランタンの輝きからは一切の悪意を感じなかった。

 あれは絶対的に正しい光だ。

 それに今は手詰まりだし、闇雲に歩くよりはいいか。

「ありがとう。よく分からないけど、助かった」

 俺は無言で立ったままの羊飼いに礼を言い、青い蝶の軌跡を追う。



 青い蝶の導きは迷路のような都市の、表通りを、路地裏を、時に隠された通路を通り抜け、着実に都市の郊外へと近づいていった。

 この都市を脱出する道のりは順調にみえた。


 蝶が大通り抜けたタイミングで、蝶の姿がかき消え、空気の質が変化した。

 周囲に異様な悪臭が漂い、俺は敵意を察知して、魔剣を抜いて身構える。

 大通りに面した凹んだ壁の空間に亀裂が入って捻じ曲がり、見た事がない異形が絞り出されるように出現した。


 地に降り立ったのは、足の長い犬みたいなシルエットの怪物で、細い金属の針を寄せ集めたような身体はモザイク状に瞬いていた。

 “奴”は獲物を前にした猟犬のように、間合いを図りながら俺の隙を伺っている。

 頭部と思われる箇所が上下にバックリと割れて、細い舌が見え隠れする。

 その口からは黒い粘液が滴り落ちている。

 魔剣は叫ぶように歌い、“奴”を威嚇した。

 俺は使えるエンチャントが無いか調べてみたが、都市の中であるせいか、この場で有効な物は見当たらない。

 死後の世界でもシステムの制約は律儀に守られているようだ。

 俺は取り敢えず、身を守るための結界を張る。

 互いに睨み合って構えたまま、無為に時間が経過していると、“奴”は不意に動き出した。

 “奴”の体当たり攻撃は結界に阻まれるが、鋭い鉤爪のついた前腕による突きの衝撃は強く、俺は後ろに大きく退いた。


 ――強い……!


 かつて、低レベルの時に遭遇したベヒーモスより遥かに脅威を感じる敵だ。


 俺は突き出された前腕を魔剣で斬りはらう。


 ――ザシャア


 前腕は砂のように一瞬、崩れ落ちるが数秒の後に形を整え、元通りになった。

「え?それズルくないか?」

 俺は予想外な敵の仕様に思わずボヤくが、“奴”は御構い無しに攻撃を繰り出し、こちらは防戦に専念させられる。

「《 キャロール 》!!」

 俺は攻撃の合間、一瞬の隙に攻撃力上昇のマギアを自分に用いて、相手の胴体を切りつけた。

 “奴”の体を覆う針が崩れて、赤い筋が走る黒い骨が現れる。

 その内部に――守られているように鎮座する赤く脈動する黒い宝石――が、存在した。

 俺は雄叫びをあげて魔剣をその宝石に突き立てて砕くと、“奴”は苦悶の声をあげてその場に崩れ落ちた。


 俺は“奴”の残骸から目を離さずに荒い呼吸を繰り返す。

「……やった……のか?」

 祈るような思いで針の山を見ていると、“それ”は微かに蠢く。

 俺が思わず後ずさると、その針の山は真横に飛びかかり、通りかかった彷徨う屍人達に襲い掛かった。

 弱々しく抵抗する屍人を次々に貪り捕食する悍ましさに慄く俺の目の前に、あの青い蝶が再び現れて、路地へと先導する。

 今のうちに、さっさと逃げろと言わんばかりに、こちらを急かしている。

 俺は脇目も振らずに走り出した。



 青い蝶を追って懸命に走っていると、都市の城壁が見えてきた。

 道の数十メートル先に、大きな門のようなものが視界に入り、俺は少し安堵する。

 しかし、走る俺に影が覆い被ったと思った次の瞬間、目の前に再び“奴”が空から降り立った。

 “奴”は屍人を十分に捕食したからか、先ほどより二周りは大きくなっている。

「いや……それは無理だろう……」

 俺は咄嗟に結界を張るも“奴”の攻撃は威力を増していて、俺は衝撃だけであっさり結界ごと吹き飛ばされた。

 尻餅をついた俺に“奴”は容赦無く追撃を加えようとする。

 もうダメだ、ここまでかと思った。


 その時、


 “奴”の攻撃が届く直前に、時計のエフェクトが垣間見え、“奴”の動きが静止した。


 俺があっけに取られていると、何者かが襟首を掴んで、後方に引っ張った。

 次の瞬間、“奴”が痙攣した後、攻撃が振り下ろされ、俺がさっきまで居た跡地には大きな穴が空いている。

 何もしなかったら、間違いなく死んでいたか、大怪我を負っていただろう。

 “奴”はこちらに第二撃を与えようと踏み出そうとする。

「《 スター☆バースト 》!!」

 聞き覚えのある声が静寂なる都市に響き渡る。

 場違いなまでにキラキラしたパーティクルが“奴”に襲いかかり貫いた。

 “奴”の身体はキラキラした星型の粒子に腐食されるように燻って塵となり、骨と宝石はその場に力なく地面に崩れ落ちた。

「いえー!やったね!!」

 俺は立ち上がり、信じられない思いで命の恩人を見つめた。

「なづっちゃーん。大丈夫だった?間に合ってよかったー」

 夢で何度も邂逅した……

 星の民の娘……

 スピカが勇ましくもドヤ顔で立っていた。


 ――殺伐とした地獄に救世主が!!


 彼女はいつもの白黒のセーラー服ではなく、日曜朝の女児向けアニメに出てきそうな背中に白い翼がついた装飾過多なコスチュームを身に包んでいる。

 ふわふわの水色の髪は三つ編みで一つに纏め、麦の穂のようなティアラを装着し、先端に宝石と天秤をあしらったロッドを手に持っている。

「身支度の時間を短縮できれば、もっと行動に余裕が持てました……」

 彼女に苦言を呈したのは群青色の肌のエルス族の少年だった。

「モンちゃん相変わらず乙女心を理解してないね!だから、モテないんだよ!」

「ともかく、一旦都市の外に出ましょう。ここは危険すぎます」

「“奴”は倒したんじゃ無いのか?」

 俺は“奴”の残骸に目をやると、いつの間にか、その場から消えていた。

「あの“猟犬”の本体はこの迷宮都市そのものです。アレを倒すことは、ほぼ不可能に近い……とにかく、門の外へ急ぎましょう」

 青い蝶は揺らめきながら近づいてきた。

 それを見た少年は息を飲む。

「“羊飼いソフィア”の導き……助かりました。導きの後を追いましょう」

 俺たちは急いで蝶の後を追い、無事に都市の外に脱出した。



 俺たちが門を潜り抜けると、そこは何もない荒野だった。

「……これで助かった……のか?」

 俺が力なくそういうと、少年は首を振った。

「“猟犬”は一度狙った“獲物”はそう簡単には諦めません。それでも、その体内である都市から脱出しなければ、逃れる希望はありません」

「希望はあるのか?」

「この地獄(タルタロス)から脱出することが出来れば“猟犬”も追ってくることは出来ません。導きのままに従いましょう」

 まだ安心はできないが、絶望するには早いようだ。


 俺はスピカに向き合って彼女をマジマジと見た。

「所で……それ、何のコスプレ……?」

「こ……コスプレって言うなし!コレは星の民の正装!勝負服だよ!!」

 彼女は頰を赤らめつつも堂々と後光を背負いながら胸を張った。

 スピカの笑顔を見てる内に緊張から解放されて涙腺が緩みかけた。

 地獄に仏とは正にこの事だ。

「……本当に助かった……正直もうダメかと……」

 彼女は大げさにポーズをキメて高らかに言った。

「ふふーん。なづっちゃんの為ならば!たとえ火の中、水の中!お呼びとあらば即参上!スピカは正義のスーパーヒロインだもんね!」

 彼女はそういって両手を広げて、タコみたいな顔になった。

「さぁ!ご褒美の熱い抱擁、かーらーのー、熱烈キッス!さぁ、カモン!!」

 ……。

 ……何で、そう、一々、自分から雰囲気ブチ壊してくるかなぁ……くっそかわいいけど。

 ふと、横の少年を見ると、ゴミを見るような冷たいジト目でこちらを見ている。

「所で、この子……お前のボーイフレンドか?」

 俺がそう尋ねると、少年は呆れて、スピカは動揺し出した。

「はぁ?!」

「ち、違うし!モンちゃんは舎弟とか下僕(パシリ)とかそういうので……えーと、言うなれば……アッシー君?」

 死語かよ。

 何気に酷い事言ってるな。

「ともかく、助けてくれて、ありがとう。あの攻撃が回避(かわ)せなかったら危なかった」

 俺は少年にも助けてもらったお礼を言った。

 すると彼はハッとして、その場に跪いて頭を下げる。

 見事な土下座だった。

「そ、その節は……申し訳ございませんでしたー!!」

 どうした急に??

 というか、誰だ、君は?

「私の名は……モメント。エルダーエルス、上院議員の一人です……」

「えぇっ??」

 名前だけは聞いたことがあるな。

 森川曰く、時間操作魔法の使い手だったか。

「噂は聞いていたけど……まさか子供だったとは……」

「あ、いや……これは魂を最小単位で分割した結果です。立場上、危険地域である地獄(タルタロス)に全力で来る訳にはいかないので……」

「実際は普通におじさんだよー。今回は道案内だけでいいって、あたしが言ったんだ」

 で、何でいきなり謝ってるんだ?

 今まで会った事ないよな?

「実は……貴方が王都に滞在している頃、新しい叡智の探求者に出会った、とイテレータに聞き、挨拶だけでもしようと王都にいるアルゲンという魔術師に仲介を頼んだのだが……」

 あー。そんなことあったなー。

「じゃあ、あいつらが言ってた、エルダーエルスって……」

「はい、恐らく私です。しかし、まさか、彼奴らがあのような愚かな手段に出るとは予想だにしてなく……本当に申し訳ない!」

 あ、いや、いいよ。その件は。

 あの誘拐事件に関しては、あいつらの独断っぽいしな。

 それに、あの事件に巻き込まれたおかげでヴェールとも出会えた。

「俺は気にしてない。それに、助けてもらったから相殺ってことで。お互い水に流そう」

「ありがたい。私は、パレスとも赤龍族とも敵対する意思はない。中立派の立場上、表立っての支持は出来ないが、非公式の情報交換なら協力は惜しまない」

 予想外な所からの援軍に驚くが、今はどんな助けでも大歓迎だ。

「ちなみにアルゲンは指名手配後に、保護を求めてこちらに来たのだ。私は龍王国に引き渡すつもりで身柄を確保していたが、直前で逃げられてしまった。状況的に今はシングルトンかプロークシーの元にいると思われる。不手際が続いて、すまない」

 ああ、いいよいいよ。シングルトンの命運も尽きて風前の灯火だし。

 もしかしたら、自分から出頭してくるかもな。



 俺たちは青い蝶に付いて歩きながら、様々な話をした。


「モンちゃんは良くここに来るんだよねー」

 スピカは気安くモメントに話しかけてる。

 付き合いは相当長そうだ。

「頻度はそれほどではありませんが、ここにしかない希少素材は数多くあり、時々こっそり取引に来ています。ここの住人の中には交易を行ってる者も多数存在するので……」

 エルダーエルスともなると冥府にも出入り自由なのか……。

「それにしても、羊飼いソフィアの導きには助かりました。私でもこの辺りの地理は明るくないので……襲撃を避けつつ出口を探すとなると、かなりの時間がかかったことでしょう」

「そういえば、“羊飼いソフィア”って、何なんだ?」

都市伝説(フォークロア)だよ」

 スピカが一言で答えた言葉にモメントが詳細を付け加える。

「人が人生の選択に思い悩み、黄昏時に分かれ道に行くと、彼女が現れ、イデアの灯火で進むべき道を指し示す……そんな伝説上の存在です。恐らくは上位存在の一種でしょう」

 ほほー。流石エルダーエルス。物知りだな。

 まだまだ、俺の知らない伝承はありそうだ。


「それより、あたし小腹すいちゃったなー。なづっちゃん、なんかお菓子持ってない?」

「ダメだ!」

「えっ?どうして?」

 神話や物語に出てくる類型の中には、冥界においてタブーとされている行為がいくつかある。

「冥界で物を食べると、その世界の住人と確定して現世には戻れなくなるんだ。それと、後ろを振り返るのもNGだな。大抵良くない事が起きる……俺は詳しいんだ!」

 スピカは訝しんだ。

「……それは迷信なのでは?カンナヅキ殿」

 モメントは首を傾げているが、俺は絶対に油断しない。

「いや、まぁ、もう少し、我慢しろよ。一応追われてるんだし」

「それもそうだねー」

「これは噂以上の変わり者ですね……」

 モメントは怪訝な顔をしているが、俺たちはひたすら荒野を歩き続けた。



 青い蝶を追っていると、モメントが空を指差した。

「あれが外界に通じる“門”です」

 空に黒い穴が空いていて、そこから白い糸が垂れ下がるように細い建造物が立っていた。

 ……どうにも蜘蛛の糸を連想させる。不吉だ……。

「軌道エレベータかな?材質は何で出来てるんだろう?」

 スピカの感じた印象はまた違ったモノのようだ。

「“門”は常に場所を無作為に変えてます。急いだ方がいいでしょう」

「まぁ、何でもいいや。早く行こう!」

 俺たちが走り寄ろうとすると、悍ましい咆哮が辺り一面に広がった。


 ――ギギャオオオオオオーーー!!


 金属質の金切り声のような雄叫びと共に空から降ってきたのは、あの“猟犬”に翼が生えた巨大な竜のような怪物だった。

 “奴”の目線は俺に固定され、決して逃すまいという執着でギラギラ光っている。

「《 スター☆バースト 》!!」

 スピカはすかさず先程の攻撃を加える。

 星型の粒子は“奴”の急所である心臓の付近の銀の針を吹き飛ばすも、宝石は無傷のままだった。

「《 ステラ☆ストリーム 》!!」

 彼女の構えた杖の先端から光の帯が飛び出し“猟犬”に絡まるが、完全に拘束する程ではないようで、“奴”は振りほどこうと必死にもがいている。

 “奴”が暴れている隙に俺たちは大岩の陰に隠れた。

「あの大きさだと、今の私では、動きを止められない。出来ても二、三秒が限度だ」

 モメントが危機感も露わに言う。

「スピカ、もっと強力な攻撃はないのか?」

「うーん、あるにはあるけど……一発しか撃てないよ?」

「そうか……無いよりマシだ」

 俺は二人に大雑把な作戦を伝えた。


 “奴”が身に付着した光の帯を振りほどき、俺の姿を探している。

 俺は物陰から飛び出して駆け出した。

 “奴”は俺をその顎を大きく開き咆哮しながら襲いかかる。

 俺はジグザグに走り回って必死に攻撃を回避(かわ)す。

 俺は打ち合わせの地点に到達し、振り返って奴に対峙した。

「《 プロイベーレ 》!!」

 モメントが時間停止の魔術で足止めをすると、“奴”の時は止まった。

 チャンスは一瞬しかない。

「ソウルモンガー!!!」

 俺は手を差し伸べて愛する魔剣を呼び寄せる――上位世界でゲンマに一撃を加えた時のように。

 黒の魔剣は歓喜の声を上げて“猟犬”の心臓目掛けて飛来した。

 しかし、魔剣は“奴”の背中に刺さるも貫くには至らなかった。

 “奴”の顔面が嘲笑するように歪む。

 しかし――これは想定内だ。

「地獄の番犬よ!星の乙女の鉄槌を喰らえ!」

 スピカの周りに光の粒子が集まり、ロッドの先端に巨大な光球が宿る。

 彼女は“奴”に向けてそれを掲げた。

「《 ガンマ・レイ☆バースト 》!!!」

 地獄(タルタロス)全体を照らすような眩い輝きが迸り、極太ビームがロッドから放たれ、“奴”に襲い掛かった。

 ビームは“猟犬”を貫き、その身を包む針は剥がれ落ち、消し去った。

 “奴”は、ほぼ骨格だけを残した姿になる。

 相手の耐久値に大きなダメージを与えたのは確か……だが、致命傷には至ってない。

 というより、ソウルモンガーは“奴”の心臓部である宝石に刺さっているが、貫通はしてなかった。

「……あ、やべ」

 ――さすがに、これはマズイと焦った。

 “奴”は勝利を確信して舌舐めずりをする。


 その時、


 空の大穴から、黒い槍のようなモノが飛んできて“奴”の心臓にピンポイントで直撃し、それの後押しによってソウルモンガーは宝石を打ち砕いた。

 一瞬の出来事だった。

 “猟犬”は怨嗟の声を上げて崩壊していった。


「今のは何ですか?」

「……うわぁ」

 モメントは小首を傾げつつ空の大穴を見つめ、スピカは何故かドン引きしている。

 俺はノーコメントでソウルモンガーを回収して鞘に納めた。

「これで危険は去った、と、考えていいのか?」

「何が起きたかは、良く分かりませんが……もう追っては来ないでしょう。何とか無事に帰還できそうです」



 俺たちは“門”なる入り口に到達した。

 間近で見ると、それは金属と強化ガラスで構成された筒状の建造物で、無駄な装飾を省いたシンプルなデザインは非常に洗練されたモダンな印象だ。

 扉部分は見た目バリアフリーなエレベータのようだが。

「どこかに扉を開けるスイッチが有る筈です」

 入り口の横にある操作盤に手をかざすと仄かに光り、内部の機械が動く音が聞こえる。

 空の彼方から高周波が近づく気配がし、ガラスの隙間から、カゴ部分が降りてくるのが見える。


 ――シュイィィィィーーン


 近代的な音と共にカゴが到着して、数秒後に扉が厳かに開く。

 青い蝶はヒラヒラと中に入っていく。

「さぁ、乗りましょう」

 モメントに促されて、俺たちはエレベータに乗り込んだ。


 俺たち三人が乗り込むと、扉が自動で閉まり、カゴはゆっくりと加速して上昇する。

 見る見るうちに地獄(タルタロス)の地面が遠ざかっていき、俺たちは安堵の溜息を吐いた。



 ホッとした俺たちはその場に座り込んで、しばらく他愛ない会話を楽しんでいると、不意にカゴが停止した。

 扉が開き、青い蝶が外に向かってゆらゆらと飛んで行った。

 俺は、蝶に着いて外に出ていくが……


「どうやら、同行はここまでのようです……」

 二人は結界に阻まれているかのように外に出られないようだ。

「そんな……」

 俺は少し不安になった。

「ここまで来たら後は大丈夫だろう。導きを信じて進むがいい」

 俺はモメントと握手を交わした。

「本当に助力に感謝する。ありがとう」

「お安い御用だ。近々、其方の領地にも訪れよう」

「なづっちゃん……」

 スピカは真面目な表情で俺を見つめた。

「あたし……いつか、きっと、なづっちゃんに追いつくから。バカだから時間掛かっちゃうけど……いつか必ず、叡智の図書館に行けるように頑張るから!」

「スピカ……」

 俺は彼女を抱きしめて別れを惜しんだ。

「また、会おう」

「うん、必ず……待っててね!」


 エレベータの扉は閉まり、二人を載せたカゴは上昇していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ