055――狂茶会
――レイア・ヴァレンタイン?
……誰だっけ……?どっかで聞いた名前だな……。
ああ、そうだ、地球での森川の元上司だったか。
森川の異世界転移に関わってると疑われる人物だが……それが何故ここに?
彼女はプラチナブロンドを肩で切りそろえて風に靡かせた色白の美女で、その瞳はアメジストのような菫色だった。
当人の森川は呆然としている。
「何故貴方がここに……」
相反している彼女は不敵にフンッっと鼻で笑った後に、俺たちを一瞥する。
一人一人の顔を見渡し、モモちゃんで視線を止める。
レイアはムッとした表情で睨み付けると、モモちゃんはビクッとして俺の腕にしがみついた。
この行動にレイアは歯ぎしりして悔しげに言葉を吐き捨てた。
「やはり、抜け駆けしていたのね。私が思っていた通り!」
……はぁ?何を言っているんだ?
「いつ一線を超えてもおかしくないと思ったけど、異世界に来てまで出し抜くなんて!本当に油断のならない悪魔!……許せない!」
メンバーは全員怪訝そうに彼女を見た。
「大体、何で私だけ仲間はずれなの?酷くない?先生に対して興味がない“さんすと”までいるのに……どうして?みんなのこと同好の士だと信じていたのに!あんまりだわ!」
彼女の一方的な物言いに俺たちは唖然とする中、デンがボソリと呟く。
「まさか……猫戦車……さん……?」
猫戦車……確か……俺の非公認ファンクラブのフォーラムで狂信者と呼ばれるメンバーの一人…………えっ?ちょっと待って、怒涛の展開に頭が付いてこない。
「はぁーー???貴方が?えええー???」
森川は珍しく驚愕して動揺している。
モモちゃんとジュンは驚いて言葉も出ない様子だ。
「いや、そんなこと言われても……貴方、ずいぶん前から音信不通だったじゃないですか」
デンはこんな時でも冷静で落ち着いている……頼もしい。
「ちょっと仕事が忙しかっただけじゃなーい!連絡取ろうとすらしないなんて、一声掛けてくれてもいいでしょ!」
「……無茶言わないでください」
……。
…………あ、俺分かった気がする!
「もしかして……これ、オフ会か?」
「だいぶ違いますよ、先生」
俺の渾身の現実逃避のボケはテルさんに即否定された。
「え?貴方が猫戦車さんでレイア・ヴァレンタインなら、なんで、私をこの世界に召喚させたんですか?」
森川は最もな疑問を口にした。
「そんなの決まってるでしょ……」
彼女の目が怪しく光った。
「先生の一番のファンはこの私……貴方達を異世界に追いやれば、私が地球で一番のファンになって、先生を独り占め出来る……ふふふふふふ」
彼女の微笑みには狂気が滲んでいて、俺は背筋がゾッとした。
「そんなことで……森亭さんの人生を滅茶苦茶にしたんですか!」
デンは怒りを抑えつつも冷静を保とうとしている。
「元々、破綻してたじゃない」
レイアは無表情で返答した。
「運の悪さと拗らせて肥大した自意識で死にかけてた男に救いの手を差し伸べてあげたんだから、感謝してほしいくらいよ。それとも、一思いに殺して欲しかったぁ?私としてはそっちの方が楽だったけどぉ、同じ狂信者仲間として、それじゃあんまりでしょう?私って優しいー。まるで女神みたい!」
彼女の身勝手で物騒な物言いのどこからツッコミ入れたものか、困惑する。
「なのにさぁー、何で先生含めて残りのメンバーまで勝手にこっちに来ちゃうのー??おまけに新刊まで出すなんてー……私がやったこと全然意味ないじゃなーい。もう、これ以上焦らさないで!」
というか……俺が……諸悪の根源なのか……?
「いや、それも違いますから、先生。ヤンデレビッチの戯言で混乱しないように!」
テルさんの毒舌は相変わらず容赦ない。
「ヤンデレビッチ……いやーん、そんな褒めないで〜」
レイアは赤面してクネクネする。
いや、褒めてないだろ……。
「一途でセクシーって意味でしょう?女冥利に尽きるわぁ〜」
……ポジティブすぎる……頭がおかしいってのはよく分かった。
「色んな意味でヤベェー奴来ちゃったな、おい……」
テルさーん、口調口調!
「だ、ダメです!先生はみんなのアイドルだから!独り占めは許しません!」
我に帰ったモモちゃんは必死に叫んだ。
「はぁー???貴方がそれ言うー??正に“おまいう”だわー」
レイアはメンバーが一斉に構えるのを冷ややかな目で眺めている。
その時、それまで沈黙していたゲンマが前に出た。
彼の横顔は珍しく真顔だった。
「結局――キミは何でここにいるの?」
レイアは面白くなさそうにゲンマを一瞥する。
「赤トカゲに用はないんだけどー?」
爬虫類呼ばわりされたゲンマから僅かに殺気が漏れる。
「アッハァ!怒っちゃったぁー?本当の事言われて怒ってるのってマジウケるよねー」
ゲンマは身じろぎもせずにレイアを睨み付ける。
「まぁ、いいわ。今回は仕事を優先して撤退して、あ・げ・る」
彼女は指を振りつつウィンクした。
「この島から逃げられると思っているの?」
「ははは!――トカゲごときが私を捕まえられると思ってるのー?」
彼女は右手を高く掲げる。
「カモーン、ブラックホークちゃーん!」
レイアは指を鳴らした。
次の瞬間、上空から風切り音と共に風圧が襲いかかり、俺はその場に膝をつく。
空を見上げると、黒い蜘蛛のようなシルエットの巨大な物体が宙に浮かんでいる。
その飛行体からワイアーが射出されて、研究所の屋上にあったコンテナを掴み、ホバリングしながら、こちらに近づいてきた。
レイアは超人的な跳躍力でコンテナに飛び乗って、俺たちに手を振った。
「じゃあねー、ばーぁい、先生。また遊びましょう!」
黒い飛行体は俺たちを嘲笑うかのようにゆっくりと上昇する。
俺たちが呆然としていると、道の向こうから人が近づいてくる気配を感じた。
ギルド長とアルスターの面々だ。
「……なんだありゃあ」
経験豊富なギルド長デンスも唖然とする傍らで、クーフリンは目を見開き、叫んだ。
「レーニャーー!!」
普段は冷静なリーダーである彼の目には激しい愛憎が渦巻き、その声に一切の余裕はなかった。
彼女はその様を冷ややかに見つめる。
クーフリンはコンテナに接近しようと縋るが、飛行体は急上昇して空の高みに上り詰め、消え去った。
「……ぐっ、レーニャ……!!」
彼は項垂れたまま、その場に跪き失意に打ち拉がれている。
そんな彼に、チームメイト達は駆け寄り慰めている。
俺たちは嵐のようなイベントに戸惑っていると、ギルド長は追い討ちを掛けるように言った。
「悪いけど、畑の方で変異種が一部活性化を始めて抑えきれないらしい。今、クロード達が対処しているが厳しい。加勢してくれ!」
俺たちは落ち着く間もなく問題のトマト畑へと駆けつけた。
□
畑まで走っていくと、魔法の発動音や剣の斬撃音が周囲に響く。
激しく交戦しているようだ。
クロード先輩のどなり声が聞こえる。
「援軍が来た!前線を後退させる!!結界を貼って、退け!!」
菜園の入り口をくぐると、満身創痍のギルド員達が走ってきた。
「敵が、来ます!」
「状況は?」
ギルド長は魔術師と駆けつけたギルド員に指示を飛ばす。
「活性化を確認後、すぐに女王は封印しましたが、兵士十五体と騎士五体が封印の外に漏れ出ました。現在は兵士五体と騎士三体まで減らしましたが、苦戦してます」
「こっちの犠牲は?」
「三人やられました……」
「……そうか」
ギルド長は沈痛な表情で俺たちの方に向いた。
「マギア、エンチャントが使える者はすぐ準備してくれ。遠距離攻撃が出来ない者は後方支援を、初見で接近戦をするには危険な相手だ。領主殿は魔剣での支援、ゲンマ様は最悪の事態に備えて待機をお願いする」
「私は?」
モモちゃんは手を挙げた。
「攻撃魔法と回復魔法が使える魔獣を呼び出してくれ。一気に片付けたい」
「わかりました!」
俺たちは急いで態勢を整えた。
何とか突貫で迎え撃つ準備をすると、クロード先輩が走ってきた。
「結界を突破された!来るぞ!!」
菜園の畝の向こうから不気味な影が接近する。
月夜に照らされたその姿はトマトの頭部に蔦を編み込んだ手足を付けて二足歩行で歩く魔獣で、一見するとユーモラスな印象を感じさせる造形だが、その鉤爪状の前腕から滴り落ちる犠牲者の血に意識を現実に引き戻される。
ゆらゆらと歩みを進める奴らは俺たちの気配に気がつくと、頭部が横にばっくり開き細い牙が並んだ三日月型の口で醜悪な笑みを浮かべた。
その口の中に、人間の手のような肉塊が一瞬見え、ぞっとした。
「奴ら見た目より耐久力が高い。全力で応戦しろ!」
俺は魔剣ソウルモンガーを抜いて空に掲げる。
魔剣の歌が周囲に響き渡った。
ゲンマは強めの結界を張り巡らせ、森川は重力魔法で敵の侵攻を抑え足止めする。
「ラミアさん部隊!フォーメーションH!一斉攻撃!」
モモちゃんが呼び出したラミア数体に指令を出すと、魔獣は火炎魔法をトマトの兵士に浴びせかけた。
普通の人間の兵士相手ならひとたまりもない攻撃だが、彼らは魔法攻撃に耐性があるのか、傷つきつつもこちらへの歩みは止めようとしない。
「外来種は根絶!!滅殺!!!」
ジュンはインベントリから取り出したショットガンをトマト達に向けて容赦無く連射する。
さすが環境保全の鬼。外来種に対する殺意が強い。
トマト兵士の頭は散弾で無慈悲に弾け飛び、その体は崩れ落ちた。
この様を見てギルド長が指示を飛ばす。
「物理攻撃の方が有効のようだ。矢をエンチャントで強化して備えろ!」
これを受けて、森川は重力、マッハは加速を、弓使いのギルド員が持つ矢にエンチャントを付与した。
強化された弓矢の攻撃とデンのマシンガン掃射も加えて、トマト兵士達は無事退治できた。
ホッとするのも束の間、ギルド長の指令は続く。
「騎士が来るぞ!油断するな!」
森の奥から地響きが伝わってくる。
現れたのは黒い騎獣に跨ったトマト騎士だ。
騎獣は黒光りするボディから四つ足が生えたアシカのような魔獣で緑色の短い鬣を持ち、頭頂部から一本の角が生えていた。
「あれは……ナス……ですかねぇ……?」
森川は戸惑い気味に言うが、確かにお盆の季節に見かけるお供え物の精霊馬のような外観だ。
トマトに続いてナス……お前まで人類に反旗を翻したのか……。
トマト騎士は鉤爪を槍のように長く伸ばして、騎獣の脇腹を蹴り、奇声をあげながら、こちらに突進をする。
その機動は見た目の重厚感に反して機敏で素早い。
――キシャァァァァアアァァー!!
人類と植物の死闘が今始まった。
□
その後トマト騎士は、二時間の激戦の果てに討伐された。
長く苦しい戦いだった……。
なんだよ、あの耐久力……特に突然変異種の青い奴はマジで硬かった。
ケチャップとかピザとかラタトゥイユとかいってる場合ではない。
そりゃトラウマ通り越してタブーにもなるわ。
トマト畑は龍形態になったゲンマのブレスによって念入りに焼却処分となった。
俺はモモちゃんがテイム出来ないか試みたかったが、ギルド長とジューベーの説得によって断念した。
「奴らの個体を従属出来たとしても、その派生物がどうなるかは未知数です。それに、奴らの変異のスピードは早い。もし万が一テイムに耐性を持って強化された種が現れたら、取り返しがつきません」
話を聞くと、トマトはメガロクオートで遺伝子操作によって産み出された作物で、植えて最初の二、三年は普通のトマトだが、しばらく経つと、突然変異によって魔獣化した上に、集団で組織的な軍隊を組んで人間の集落を襲うようになったそうだ。
クオート族は冒険者ギルドと連携して突如として襲い掛かったトマト禍を鎮めたが、メガロクオートに残された爪痕は大きかった。
「それに奴らは一度根付くと長い間に渡って地中に潜伏して後々再生する。現にメガロクオートでは夏になると奴らの襲撃に怯える地域が幾つも残っている」
この一件で、メガロクオートでは動植物の遺伝子操作はタブーとなり、トマトやナスは勿論のこと、ジャガイモやコメなどの作物を再生する研究プロジェクトも無期限凍結したようだ。
「今までは何とかメガロクオート内で抑えきれていたが、まさか他の地域に流出してしまうとは……頭が痛いな」
「ここが島なのはまだ救いですが……油断は禁物ですな」
冒険者ギルドは今後の対応に頭を悩ませているようだ。
トマトの件が一段落すると、話題は自然と謎の女レイアへと移る。
「あの、コンテナの中身は何だ?」
俺が尋ねると、ゲンマは溜息を吐いた。
「今、ギルド員と眷属達が研究所に残された記録を調査している所だけど……多分、ホムンクルスの素となる液剤らしい」
パシオがイノを模したホムンクルスを複数体侍らしていたが、一体何を企んでいるのか……。
「さぁねぇ……碌でもない事は確かだけど……」
ゲンマはクーフリンに視線を向ける。
「彼女の事知っているんでしょ?ちゃんと説明してくれる?」
クーフリンは昏い顔をしている。
「……話すと長くなる……帰還したら事情は全て話す」
彼女が何者なのか。如何なる組織に属しているのか。
赤龍族であるゲンマに対する態度からして、その潜在能力は計り知れない。
異世界を自由に行き来して、この世界の存在を手玉に取っている彼女が、これまで敵対してきた者とは桁違いに厄介な相手であるのは間違いないだろう。
「それにしてもなぁ……」
俺から見てフォーラムでのレイア――猫戦車の書き込みの内容は普通のファンのものだったし、それ程強い印象は残っていない。
裏チャットでつるんでいた他の狂茶会のメンバーはまた印象が違うのだろうか。
「いえ……正直なところ意外なのは私たちも同じです。少なくともこんなことを仕出かす人とは全く思ってなかったです」
森川は戸惑いつつもそう言った。
「裏チャットでは過激な発言もしてましたが……ネットの書き込みでは良くあるレベルなので警戒はしていませんでした。黒うささんの方が危うい印象は強かったくらいです」
デンとジュンも頷いている。
森川の洞察力は高く、俺は信頼している。それを偽れるほどの相手となると……。
俺は気が滅入ってしょうがなかった。
ゲンマは俺の肩に手を置いた。
「ともかく、自治区に帰ろう。今日はみんな疲れてるし。少し休んでから、今後のことを話し合おうよ」
確かに俺たちは変な女と凶暴なトマトの相手でヘトヘトだ。
□
俺たちが港に移動しようとすると、道の先に誰かが立ち塞がっている。
少し前に会って話をしたヒズだが、何か様子がおかしい。
彼の全身に真っ赤に光る紋様が刻まれて、その目は赤く光っている。
まるで、プロークシーに操られていたワカバ少年のようだった。
推測するに、シングルトンの仕業か……?
彼の手には捻じ曲がった禍々しい黒い短刀が握られ、それは何らかの魔術的処置が施されているのか、辺りに黒い瘴気が漂っている。
「ゲンマァ!!死ねぇーー!!」
彼はゲンマ目掛けて突進してくる。エンチャントで身体強化を付与されているのか、人間とは思えないスピードだった。
俺は直感で、あの短刀で刺されたら、たとえゲンマでもタダでは済まないだろうとの天啓を得た。
その時、
身体が勝手に動いた。
気が付いたら、俺はヒズとゲンマの間に立っていた。
脇腹にあの黒い短刀が突き刺さり、俺は全身を引き裂かれるような激痛を感じる。
「いやぁああぁぁあぁぁーーー!!!」
モモちゃんの悲鳴が心に突き刺さる。
俺は意識が奈落に滑り落ちる感覚の中、力なく呟いた。
「そりゃあ、ないよ……」
俺の魂は果てしない底なしの穴に落ちていった。




