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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第8章 歴史の交差点

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052――縋る過去

 モモちゃんが呼び出した騎獣に乗って、空中から夜の辺境を見渡す。

 果てしない大森林は闇に包まれて、冷たい大気は世界を覆い、静寂は耳に刺さった。

 俺たちが待ち合わせ場所に指定された地点に到達すると、すでに相手方は待ち構えていた。


 オクルスの手引きで、今回の会談は成立した。

 相手は、エンダー君の父エンバーク王が取引した死霊使いの一族の長だ。

 彼らに害意が無いことは確認している……が、初対面の確執ある一族。

 お互い緊張しない方がおかしい。


「龍王国アースガード自治区領主、エンダー・ル・フィンだ」

「……儂はイコロ族の長、ドレッド……本日は御目通り頂き感謝致しますじゃ」

 彼らは跪いて、しばし平伏する。

「面を上げくれ。敵意がないのは事前に聞いている」

 俺がそう言っても彼らは顔を上げなかった。

「儂の子が一度ならず二度までも……取り返しのつかない愚かな行為を致した。ただで済むとは思えんのじゃ」

「何があったか、聞かせてもらえるか?」

 俺は出来る限りゆっくりと穏やかな声で話を促したことで、族長ドレッドは身を起こし語り始めた。


「儂ら一族は人間世界の民から不浄の者として忌み嫌われております。かつてフィン王国と周辺国の抗争に巻き込まれ、一族を蔑んだ彼の国に呪いを掛けたのは数世代も昔の話じゃ。三十年前、儂は王族でありながら自ら交渉の場に訪れたエンバーク王に敬意を感じ、その呪いを解こうとしましたが、息子ドランクが欲を出したのじゃ」

 即席の焚き木を囲んだ会談の場で胡座をかいた族長は淡々と経緯を語った。

「優れた術を持つ一族が国の一つも持てないのはおかしいと言い、エンバーク王に娘ドレインを正妃に縁組するよう主張し、これに同意する者が一族の大半を占め、儂はこれを抑えることができなかった。それ程一族が長年蓄積した不満が大きかったのじゃ」

 死霊使いの一族は人間領域では、様々な役割を担っている。

 それは葬式や屍人の処理といった理解出来るものから、動く屍人の対処、あるいは呪術や解呪といった超自然的な事象まで司っている。

 しかし、人間領域ではその全てが不可侵の賤業と見なされ、彼らはいわゆる“ケガレ”として有史以来扱われている。

 ルサンチマンがあっても不思議では無い。

「儂はこの申し出をエンバーク王が断る事を期待していたが……王が民を思いやる気持ちは大きかった……しかし、結果はご存知の通り。娘は王族の器ではなかったのじゃ……」

 焚き火が爆ぜる音が暫しの間沈黙を埋めた。

「イコロ族としては今回の件で却って肩身が狭くなったのもあり当分の間、人里には関わらないとした……しかし、ドランクは愚かにもドレインの復讐……を口実に打って出ると宣うた……もう、儂らはアレを見放すことを決めたのじゃ」

 族長は年老いた皺深い顔で俺を見据えた。

「領主様方がアレをどう扱おうと不問とする事はお約束致す……儂らに力が無いばかりに身内の暴走を止められない事をお詫び申す」

 族長とその側近は頭を下げた。

「その件については了承した。それより、フィン王国の呪いなんだが……」

「大地の呪いに関しては、解呪の儀式を執り行いましょう……」

 族長は深いため息を吐いた。

「ドランクは愚かにも、死霊使いは死霊を操っていると思い違いをしておるのじゃ」

「違うのか?」

「儂らに出来るのは精霊に働きかけることだけじゃ」

 俺は無言で話の続きを促した。

「この世界は目に見えない精霊が万有を支配しておられる。かの支配種族が治める地ではシステムの女神がなさっている御技の一部を儂らは担っているのじゃ。人間世界では精霊を身に宿す事を毛嫌いしておるが、精霊は大自然のあらゆるところに偏在しておる。一族は精霊を無視する多くの民の代わりに精霊と対話する。死霊たちを使役する事はその役割の一部……不肖の息子は肝心要を理解しようとはせんでした」

 目に見えないものを存在しないと決めてかかったり、あるいは実際以上に軽視する者は少なくない。

 現代の地球においても、普通の人間の認識はそういうものだ。

「本来、解呪の儀式を行っても失われた大地の力を取り戻すまでに数年の歳月が必要じゃが……大地の女神様のお力があれば、それより早く回復なさるでしょう」

 俺は族長とイコロ族に感謝と労う言葉をかけると、彼らから肩の荷が下りたような安堵の波動を強く感じた。



 族長との会談を終えて自治区に帰還した翌日、森川に客人が訪れた。

「お久しぶりっス……」

「……」

 訪ねてきたのは、エルダーエルス・イテレータの配下で、都市エモートの自警団長アイサムの部下のバズだった。

 プロークシーに召喚された者の一人で、見た目は体育会系の朴訥なアメリカ人だ。

「あなたからの謝罪の意は受け取りましたが……」

 森川は若干冷ややかな受け答えをする。

「はい、それでも、直にも謝罪した方が良いと考え……」

 そこまで言った所で彼の横にいた女性が首を振って遮った。

「だから、そういうのはダメだよ。許すことを加害者が強制しちゃいけないよ」

 彼女が厳しい目で戒めて、ハッとしたバズは無言で森川に頭を下げた。

 その様子を見て森川は深い息を吐く。

「私としては、貴方に特に思う事はないです。あの当時の事を全て水に流す、まででは無いですが……」

 森川が召喚されてから中立地帯で俺と出会うまでに受けたパワハラが相当酷かった事を考えると、彼の対応は寛大と言ってもいいだろう。

「はい。私も特別な理由がなければ負担を掛けるべきでは無いと思ってました……しかし……」

「どうしても、伝えたいことがあるっス!」


 二人の話を纏めると、俺たちがエモートを発った後も、バズとヒズは自警団員として都市の治安維持の仕事に携わり続けた。

 その流れでバズは現地の女性冒険者と知り合い、付き合いを深めて、彼女とこの世界で家庭を作る事を決意したそうだ。

 彼がエモートに骨を埋める決断をした事をアイサムを含めた自警団員は祝福したが、相方のヒズが荒れに荒れ、ヤケ酒の勢いで暴れた上にエモートを飛び出して現在行方不明らしい。

 アイツ、マジでしょうもないなー。いい歳した大人なのに。

「ヒズはまだ、イノちゃんを忘れられないみたいっス……万が一にもモリカワに、また迷惑を掛けるかもしれないと思ったらジッとしてられなかったっス……」

「ヒズさんは思い込みの激しい方ですので……この事はお伝えした方が良いと思い、新婚旅行の途中、ここに参りました。ご迷惑でしたらすみません」

 二人は丁重に頭を下げた。

「はぁー……何なんですか、あの輩は……」

 森川は空を仰いで暫し遠くを見つめた。

「お話は分かりました。わざわざ、ご足労いただき感謝します。忠告は確かに承りました」

 森川は礼を尽くした二人に精一杯の社交辞令で応対した。



 チーム・アルスターの一員で新入りらしい、マッハは赤毛をポニーテールにした活発そうな女性だ。

 フォルミカとは打ち解けていて、日中はずっと一緒に行動している。

 俺たちと会うと微妙に緊張しているようだが、所作を見るに礼儀作法がちゃんとしている彼女としては要人への対応を間違えたくないのだと思う。

 しかし、ゲンマは彼女と初めて会った時に上から下まで舐め回すようにジロジロ眺めた挙句に「ふぅーん……なるほどねぇー、まぁ、ゆっくりしてってよ」と言ってニヤニヤするという、かなり失礼な振る舞いをした。

 初対面の有力者にこんな事されたら、萎縮するのも無理はない。

 見かねた俺はゲンマの態度に関して代わりに謝罪をした。

「……あ、別に構わないです……龍族の温情に感謝致します……」

 彼女は恐縮しながら冷や汗をかき後ずさった。

 派手な見た目と違って、若いのに謙虚な人のようだ。



 年末が目前となった頃、自治区に緊張が走った。


「姉さん……?」

 王都からフォルミカの姉チカーダが訪れ、対面するなり彼女に縋り付いた。

「……た、助けて!もう頼れる人がいないの!」

 どうも、王都在住の彼女が買い物で家を留守にしている間に、二人の子供がいなくなったとのことだ。

 旦那は仕事でエルス共和国に長期出張中で困っているようだ。

「なら、まず警吏に申し立てれば……」

「連れ去ったのは母さんなの!近所の人がそう言ってたの!」

 この言葉にフォルミカとエドの表情は強張った。

「どういうこと?」

 ゲンマの疑問に二人はフォルミカの実家の事情を話した。


 その話を要約すると、彼女の母親は秘密結社に貢いでいて、官僚だった下の姉も遺族年金目当て毒殺された疑いがあるというのだ。


「念の為言っときますけどー、()()じゃないですからね!アタシは生活に負担をかけるような無理なお布施は、こっちからお断りしてましたからー!」

 元イフリードの首領のウォクスはプリプリ怒りながら念押しした。

「ただ、秘密結社は複数掛け持ちしてる会員も珍しくはないですー。でもお話の御婦人にアタシは心当たりはないですねー。他所の結社かアタシが抜けた後の会員でしょうかー?」

 って事はリマインドが濃厚か?毒殺っていうと、パーヴォとアルゲンも関係してそうだが……。

「結社の話は後回しだ。それよりも、子供たちの救出が先だろう」

 俺たちはオクルスに調査と救出を命じた。



 王都にいるオクルスの分体によって、隠れていた母親の居場所は簡単に突き止められ、その身柄は確保された。

 オクルスの取り調べで、やはり彼女はリマインドの会員で長年多額の寄付金を貢いでいた。

 母親は、フォルミカが家を出てから、収入の先細りを心配して、遺族年金を増やす為に、チカーダの二人の子供のうち、兄の方を手元に置いて、妹を奴隷商人に売却したとの事だ。

 はっきり言って正気の沙汰とは思えない。

 救出された子供は直ちに母親の元に送り届けられた。

「お母さーん――!!」

「坊や!!……ああ、坊や……!!」


 二人が抱き合うのを見てフォルミカは安堵するも……激しく落ち込んだ。

「私に勇気が無いばかりに……こんな事態を招いてしまった……」

「何を言っているんだ!例え親でも、こんな恐ろしい事をするような人間に関わっちゃダメだ!」

 エドはフォルミカを抱きしめて、そう叫んだ。

 今のパワーレベリングした彼女なら兎も角、ここに来た当時の虚弱少女ではどうにもならなかっただろう。


「奴隷商人というのは、足取りは掴めているのか?」

 俺はオクルスに聞いた。

 フォルミカの姪は奴隷商人に捕まったままだ。

「ええ。最近、王都と辺境を騒がしている一団の仕業です。システムのエージェントが追っている連中と同一と思われるので、彼らと連携しましょう」



「奴らは王都の没落した官僚一族を狙い撃ちにして、龍王国では禁止されているにも関わらず違法奴隷商人に人間を売り飛ばしている。これまで、ずっと奴らを追っているが、魔術師やエルス族が背後にいるせいで、いつも当局に引き渡す途中で転移の巻物で逃げられる。俺たちだけでは被害をこれ以上、食い止めることはできない」

 領事館の会議室でクーフリンは難しい顔で言った。

「冒険者ギルドでも、奴らの動向は追っているが、最近は王都に訪れた他国の旅行者や庶民層の子供までターゲットにしている。裏社会が奴らと手を結ぶ兆候が出てきたんで、早めにどうにかしないと手遅れになる」

 ギルド長デンスもしかめっ面で言う。

「奴らの本拠地はフィン王国の例の悪徳領主の領地に拠点があるようです。領主とエルス族のゲットという脱獄囚が結託して仕切ってます。この機会に悪党を根本から徹底的に叩きのめしましょう」

 オクルスは既に本拠地の内部まで偵察済みとのことだ。

 アースガード自治区、冒険者ギルド幹部、そしてシステムのエージェント、チーム・アルスター。

 これだけ錚々たるメンバーが揃ったら、解決できない問題はない。

 しぶとい悪党も流石に年貢の納め時だろう。


「私も行きます!!」

「何を言ってるんだ!こういうことは熟練者に任せるんだ!」

 自分も救出隊に加わると言いだしたフォルミカを夫のエドが必死に止めている。

 うん、流石に無謀だ。

「フォルミカ様。お嬢さんは私が必ず無事に助け出しますわ!だから、貴女は自治区の防衛をお願い。そして……お姉さんの側にいてあげて。きっと不安でしょうから……」

 マッハは彼女の両肩に手を置いて真剣に諭した。

 フォルミカが姉の方を見ると、彼女は子供を抱えたまま青い顔で震えている。

「……わ、わかりました……ヒーローの皆様にお任せします……」



 俺たちは日が沈んでから、予め準備していた転移の巻物を使い、違法奴隷商人の拠点の近くに移動した。

 拠点は内戦で打ち捨てられた城の廃墟を利用していて、その地下牢に拉致者を捉えているようだ。

 既にオクルスとシグレ率いるゴブリン忍者隊、それと自ら志願したマッハを先行して内部に潜伏させ、陽動部隊の攻撃を合図に奴隷狩りの被害者たちを救出後、安全地帯に誘導出来る態勢にしている。

 スマホのメッセージで全員配置に付いた旨を確認する。

「よし。じゃあ予定通り――作戦開始!」

 ゲンマの号令を聞いた俺はインベントリからスペルカードを取り出した。

「《 スペルカード発動:メテオ・ストライク 》!」

 敵の拠点に隕石の雨が降り注ぐのを合図に救出隊の襲撃が開始された。



 拠点内は唐突な範囲攻撃に混乱し、あちこちで乱戦状態になった。

 その隙に、潜入していた隠密隊は被害者を救出して、次々に転移の巻物で帰還してきた。

 マッハも無事、フォルミカの姪を抱えて戻ってきた。

 最悪の事態を回避したので、ひとまず安心だ。

 既に身体に術式を入れられた者が数人いたが、俺のスキル・サインクリーナで全員解除する。

 彼らは涙を流して俺たちに感謝した。

「これで、全員救出しました。後は残党狩りをするだけです」

 被害者たちを自治区に転移させた俺たちは廃墟に攻め込んだ。


 内部に入ると、敵の構成員は烏合の衆のように慌てふためいていた。

「《 アンチ・ベネディック 》《 テリトス 》!!」

 クオート族のエージェント・ダグが敵にデバフを掛けている。

 相手の大多数は戦意を喪失して逃げ惑い、冒険者ギルドの面々によって、次々に拘束された。


「黙ってやられるかぁぁぁ――!!」

 城壁で怒号を上げて鞭を振り回しているエルス族の男――かつてエモートの奴隷市場で遭遇したゲットは追い詰められてる。

「観念しろ!もう、逃げられないぞ!」

 対峙するクーフリンはゲットに大見得を切る。

「ふっざけんな!!あんな地獄に戻るくらいなら、お前ら全員皆殺しだ!!」

 ゲットの持っている鞭から炎がほとばしる。

 彼の目には明らかに狂気の色が滲む。

 クーフリンは振り回される炎の鞭が描く輝く軌跡を皮一枚で回避し、彼の懐に潜り込んだ。

「……既に通告はした」

 それはゾッとするくらい冷たい、死刑宣告だった。

 ゲットの目が見開かれたのと同時に、クーフリンは彼の首を切り落とした。

 その亡骸は城壁の下に落ちていった。


 違法奴隷商人の実働隊のリーダーの死によって、この騒動も幕を閉じる……と誰もが思った。


 しかし、俺たちが彼の死体に歩み寄ろうとすると、一人の魔術師風の男が物陰から飛び出し、素早く駆け寄った。

 そいつは、あの因縁の魔術師、イアーゴだった。


「おい、まさか……!!」

 と、いった時はもう遅く、イアーゴはゲットの死体と共に転移の巻物で消え去ってしまった。



「奴隷取引を仕切っていたゲットを討伐出来たんで、しばらくは王都市民が拉致される事件は減るだろうね。それに被害者も救出できたし、まぁ、いいんじゃないの」

 ミッション完了後、硝煙が立ち上る廃墟でゲンマは良かった探しをするが、ギルド長とクーフリンは苦い顔をしている。

「……だが、拉致の手引きをしていた男……パシオには逃げられた。それにイアーゴにゲットの死体を持ち去られたのも、悪徳領主が死霊使いと手を組んだ情報がある以上嫌な予感がする」

「ふーん。まぁ、結局悪徳領主の居城は叩き潰す予定だし。そこでまとめてやっつけちゃえばいいんじゃないの?」

「……そりゃそうなんだがなぁ……」

 龍族の大雑把な物言いに全員戸惑った。


 その後、俺たちは残党や被害者が他にいないか廃墟周辺を見て回った。


 ふと、俺は視線を感じて周囲を見渡すと、廃墟の崩れた城壁の上に誰かいるのに気がついた。


 ノースリーブの黒のジャンプスーツを着た女で肩の辺りで切りそろえたプラチナブロンドを風に靡かせている。

 スーツのジッパーを下ろしていて、冬だというのに大きめの胸の谷間を見せつけているセクシーな女だった。

 黒のベネチアンマスクで顔を隠しているので正体は分からないが、多分いい女なんだろう。


「誰だ?」


 彼女は返答せず、俺のことをしばらく見つめた後、ニヤリと笑い、手を振って言った。


「ばいばーい、先生♪」


 彼女はそのまま後ろを向いて去っていった。


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