051――英雄への道
ファンダメンタル島の事件に関しては一旦棚上げとして、俺は別の新作を執筆していた。
メガロクオートの取材を生かして現地で聞いた別の伝承を題材に何か書けそうだとネタを纏めていると、サリシスが書斎に訪れた。
「……」
「どうしたー?」
「カンナヅキ」
彼女は微笑んで首を微かに傾けた。
「検査、受けようね?」
……もう、誤魔化しきれないか。
地球にいた時から、健康診断とか役所で手続き等のイベントは限界まで後回しにしていた身としては気が進まないどころじゃない。
正直気が重い……というより考えるのも嫌だ。
「ダメだよ。こういうのは早く済ませたほうがいいんだから」
……正論だな。
だが、それで簡単に、はい、そうですか、という俺では――
「カンナヅキ?」
「ごめん……分かったよ」
□
俺はサリシスの案内で、例の母胎院なる施設に連れて行かれた。
治療院で治せない病に罹ったものは、ここで検査と治療をするらしい。
俺は白い貫頭衣に着替えた後に、液体に満たされた棺のような装置の中に横たわった。
生暖かい海の底にいるような感触に包まれ、気がつくと幽体離脱しているような心地よい状態を楽しんでいた。
一時間ほど装置の中で微睡んでいたが、ブザーの音がして蓋が開き、俺は外に出された。
思ったより悪い感じじゃなかった。
検査の結果は後日、知らされるらしい。
□
その後、冬の季節に珍しく四人の来訪者が現れた。
俺たちは領事館の地下会議室でその一人と対面する。
「彼はシステムエージェントチーム、アルスターのリーダーであるクーフリン様です。普段は辺境の治安維持に関わってます。今日は他のメンバーと共に自治区で休暇を過ごすために来ました……もっとも、表向きの理由ですが」
テルさんが紹介した男はブロンドを雑に束ねた長身の二十代の美青年で見るからに正統派ヒーローって印象だ。
初対面の重鎮の面々に若干緊張しているようだ。
「表向き?」
「はじめまして、クーフリンと申します。個人的にクラスについて悩んでいて、こちらにその問題に関する識者が多く居られると聞き、お話を伺いたく……」
「あー、無理して敬語使うな。ここに礼儀を気にする奴はいない、普通に話せ。まどろっしくてしょうがない」
ギルド長は早々に無礼講を宣言すると、彼はホッとしたように息を吐いた。
「すまない。どうも、堅苦しい口調に慣れてないので助かる」
俺たちは一通り、簡単な名乗りをして、彼の相談の先を促した。
「で、俺たちに相談したいこととは?」
「“英雄”のクラスについて情報があれば聞きたい」
彼の発言に一同軽く驚いた。
「英雄とはな……大きく出たもんだ」
「どうしても取得しなければならない。取得条件に関する情報……些細なヒントでもいい。対価は……今は持ち合わせはないが俺に出来ることなら何でもする。傭兵として戦いの場数は踏んでいるのでどんな汚れ仕事だろうが引き受けられる。頼む!」
彼は深々と頭を下げた。
「アンタ相当強いな!今、何でもするって言ったな?」
クロード先輩はニヤニヤしながら言っているが、先輩が美形には目が無いことはここにいる全員が知っている……俺たちは全員、不信の目で先輩を見た。
「なんだよ!変なことは言わねぇよ!これでも俺は紳士で通っているんだからな!アンタ、中立地帯の闘技場トーナメントに出てみないか?挑戦者がいなくて興行主が困ってるんだ」
この申し出にクーフリンは微妙に表情を陰らせた。
「エージェントの立場上、目立つ事は避けたいのだが……」
「じゃあ、仮面か何かで顔を隠せばいいだろ?その方が話題作りになる。そもそも俺と互角に戦える奴が、そうそういないから対戦相手がいねーんだよ。報酬は別に弾むから考えてくれよ!」
「……ふむ、検討してみる」
二人の会話を聞いていたギルド長は口を開いた。
「冒険者ギルドの方でもシステムとの連携込みで頼みたい仕事はある……だが何故、そのクラスが必要なのか、理由を訊いてもいいか?」
この質問に、クーフリンは顔を引き締めた。
「それとも、言えないような理由か?」
「……今は全てを言えない……すまない」
彼はインベントリから一振りの剣を取り出してテーブルに置いた。
「これは……?」
「この剣を装備するのに英雄のクラスが必要らしい」
モジュローはその剣を手に取り、じっくりと観察して――驚いていた。
「……なんですか?これは……」
「どうした?モジュロー?」
「『鑑定不能』と出ました……こんなアイテムは初めてです」
ゲンマが興味深げに手にとって簡素な鞘から剣を抜こうとするが……
「あー、確かに、これは抜けないねー」
クロード先輩も俺も同様に剣を抜こうとしたが、接着剤で固めたように剣は鞘に張り付いていた。
「これは、異世界の遺跡から見つかった……古代の遺物だ」
クーフリンは剣をインベントリに戻しつつ、そう言った。
「異世界……なるほど……この世界の理の流れから外れた遺物ということですか」
モジュローが神妙な顔で頷く。鑑定スキルも万能ではないようだ。
「その剣を使って何をするつもりだ?」
ギルド長はクーフリンを真剣な目で見つめながら尋ねた。
「……それは言えない……だが、アンタたちには迷惑はかけないと約束してもいい」
「強情な奴だな。まぁ、情報だけなら別にいいだろう」
クロード先輩は呆れながら頭を掻いた。
「先に言っておくが、英雄クラスの取得条件ははっきりしていない。だが、それを持った人間とは過去何度か関わった事はある」
「どんな些細な事でもいい。気が付いた事があったら教えてくれ」
「彼らの経歴は様々で、出自も能力もバラバラで規則性はないように見える……だが幾つかの共通点はある」
「それは何だ?」
「一つは人間種である事。もう一つは上位存在との関わりだ。彼らは何らかの上位存在との強い縁を持ち、様々な試練を課せられてクリアしていた。本人が望む望まないを問わずにな」
「上位存在だと……それはどの上位存在だ?」
忘れそうになるが、この世界には神にも等しい上位存在が割と身近にいるんだよな。
少なくとも実在している事は確かだ。
「まぁ、システムは違うんだろうな……俺が会った事があるのはパレスの方だったか……随分昔の話だ」
クロード先輩は俺とゲンマをチラッと見るが、俺は何も知らないぞ。
俺たちは首を振った。
「機会があったら聞いてみるよ」
ゲンマはそう言ってニッコリ笑った。
「頼む。どんな代償を払ってもいい……どうしても必要なんだ」
クーフリンは深々と頭を下げた。
□
自治区の広場にある公園に行くと、ヴェールに見たことのない種族の幼女が泣きながら引っ付いていた。
「はわ〜……姫様〜姫様ぁ〜〜〜」
背中に黒い羽が生えた烏天狗みたいな少女が頬ずりしている。
ヴェールは知らない子にしがみつかれてパニクってた。
「あわあわ、どうしましょう、あっ!あるじ様!ま、迷子です!ここに迷子がいますっ!」
いいから落ち着け。
「モリー、何している……」
クーフリンは呆れ気味に少女に声をかけ、襟首を掴んで、ひっぺがした。
どうやら、この子もエージェントのようだ。
「ああーん。姫様〜」
「……まったく、ちょっと目を離すとすぐこれだ」
「違うんだよー、くーちゃん。ついにあたしにも忠誠を捧げる対象が――」
この子も魔族なんだろうか。
うちのヴェールは相変わらず魔族にモテモテだな。
「わかったわかった……話は後で聞く。それよりダグはどうした?」
「む!その声は、我が友、ふーちゃんではないか?」
ギルド幹部のジューベーは串焼きを手にした青白い顔の男に話しかけていた。
頭に金属片を付けている所を見るにクオート族だろうか。
ジューベーに話しかけられて何故か不愉快そうな顔をしている。
「何でお前がここにいるんだよ……」
「いやー、久しぶりであるなぁ〜、元気ぃ?」
「あー?お前の顔見たから、一気に気分悪りぃ。せっかくの休暇に手抜きの顔見せんな。死ね」
「おお?相変わらず喧嘩腰であるな!じゃあ、再会を祝して果たし合いでも致すか?ソレガシはノールールで受けて立つぞ!」
「ふざけんな!治療師と戦闘職で勝負になるわけないだろ!いい加減にしろ!」
「ははははは、またまたご謙遜を〜。じゃあ、ここのダンジョンの案内でも致すか?冒険者ギルド幹部であるソレガシが先導いたしますぞ!」
「休暇だっていってんだろ!馬鹿か!デバフ掛けるぞ!クソ侍が!!」
仲良いな。元気があってよろしい。
クーフリンはキレてる方のクオート族の肩に手を置いた。
「ダグ、ここでモメるな。これからアースガード自治区と冒険者ギルドとは協力関係になるんだ。いらん軋轢を起こすな」
「知るか!俺は今、休暇中だ」
「ソレガシは全く気にしてませんぞ!お構いなく」
クーフリンは溜息をつき、頭痛を堪えるように眉間に手を当てる。
システムのエージェントって問題児の集まりなのか?
モリーは名残惜しげにヴェールにすり寄っている。
「先生、見た目に騙されちゃダメですよ?彼らは前科持ちのワルですからね」
テルさんは耳元で囁いた。
□
システムのエージェントたちが自治区での休暇を楽しんでいる間、俺は領事館の地下会議室でウォクスを詰めていた。
「……いやー、アタシも色々忙しい身でしてー」
「いい加減、諦めて情報出せよ。知らないと始まらないんだよ」
「……」
ここの所、機会を見つけては元秘密結社首領のウォクスに秘密結社の事を聞き出そうとしていたが、奴はその度にはぐらかして回避してきた。
「いやー。情報ってのは知っていれば良いってもんでもないですよー。お聞きになってるのは確実に後になって知らなきゃよかったって言う部類の情報ですよー?」
「聞かないと判断できんだろ、いいから吐け」
ウォクスは深く溜息をついた。
「はぁー……お聞きになりたいのは“リマインド”のことですかー?」
「そうだ」
彼はテーブルの上に置かれた、俺がメガロクオートで買ってきたスナック菓子を無造作に口に入れてお茶を一口飲んだ。
「旧支配者の話はあんまりしたくないんですがねー。あいつらどこに耳があるか分かったもんじゃないですから……昔々……この惑星に文明ができる以前の話ですー」
観念したウォクスは渋々語り出した。
「こことは別の惑星で人間を祖先に持つ複数の種族が覇権を求めて争い、長い戦いの末に一つの種族が勝利し、その族長が王となって負けた種族を束ねて統合しました。これが後に“マインド”と呼ばれる種族連合、俗に言う魔族となりました」
ここ以外にも文明を持った惑星があるのか。
「ですが、負けた種族も全てがマインドに恭順した訳ではありません。マインドの支配に従わない種族は惑星を脱出してこの星に移住しました。これが旧支配者の祖先です」
旧支配者も異星人ってことか。
「その後もマインドで内乱が起こる度にこの星に逃亡者がやってきて、高度な技術をこの地にもたらしました。旧支配者は自分たちを“イフの偉大なる種族”と自称して文明を築き、長きに渡る繁栄を手にしたのです」
「イフ?……エルスと関係あるのか?」
「何で分かるんですか??」
ウォクスは目を見開いて驚いている。
プログラミング言語ではIFとELSEはセットみたいな物だからな。
俺でなくても森川やデンでも気がつくだろう。
「ええ、その通りです。エルス族は龍族の脅威に焦った旧支配者イフが上位存在を召喚して、その願いに基づいて生み出した支配種族です」
なるほど。どの支配種族も土着の存在ではないのは確定のようだ。
龍族は宇宙から飛来して、エルス族は旧支配者が上位存在の願いで作られて、クオート族は人間が星の民と協力して生み出した、と。
「話は戻りますが、イフの種族がこの地に文明を築く過程で、マインドもこれに干渉するようになり、二つの勢力は激しく対立します。これは支配種族が台頭してからも続き、現在はイフの種族を祖とする組織“イフリード”とマインドを祖とする“リマインド”の抗争となってます」
「魔大陸の新興魔族ってのはどっちなんだ?」
「どっちっていうか……さぁ?」
「はぁ?どういうことだ?」
「魔大陸の現在の状況を一言で言うと“混沌”、ですね。まーったく纏まりがなくって、しっちゃかめっちゃかですー。イフ派もいれば、マインド派もいるし、下克上したいだけの後先考えないバカがのさばってる一方で種族調和派、現支配種族支持派も台頭している、と。クオート族が龍族の威光を借りたいのも無理はないですー」
「そもそも何で、そんな混乱状況になったんだ?」
「それが良く分からないんですよー。あまりにも急激に同時多発で混乱状態になったんで、アタシの情報網じゃ原因が掴めませーん。オクルスさんや冒険者ギルドの調査待ちですー」
急激な変化って事は元々火種を抱えていたか、裏に黒幕がいるか、ってことか。
キナ臭い話になってきたな。
■
そしてついに恐れていたことが起きた。
「いやぁああぁぁぁ――!!」
“事案”発生である。
「いや、ちょっと待ってください。それは濡れ衣です!」
冒険者ギルド幹部のルクルムと名乗る男がヴェールを見るなり、いきなり這いつくばって足を舐め出したのだ。
「いや、いや、いや、それは違います!ワタシはただ忠誠の儀を捧げただけで、変な事はしていないです!信じてください!」
「ふ、ふぇぇ……あるじ様ぁ……」
「大丈夫だ、ヴェール。俺がついているから!」
そうは言っても、当のヴェールが怯えきって泣いている。
しかも見るからにロリコン伯爵な風態。言い逃れはできまい。
「不名誉な称号まで付けないでください!誤解だ!」
いつのまにか、モリーが跪いているルクルムの頭を踏みつつ腕を組んでいる。
「何ぃー?貴様、姫様に不埒な真似をしてタダで済むと思ってるのー?ああ?」
「くっ……何故だ……何故、逆らえん……」
「ふっはっはっは、妖魔族ごときが、この夢魔族の女王たるモリーちゃんに勝てる訳ないじゃん。魔族の種族序列は絶対なのだー」
モリーは満面のアルカイックスマイルでルクルムの頭をグリグリ踏んだ。
「ぐぬぬ……なんたる屈辱……」
「何やってんだ!調子にのるな!」
「ふぎゅー!」
ルクルムの上に乗っていたモリーはクーフリンの手刀を食らって悶絶する。
「頼むから、うちのメンバーを妙な遊びに巻き込まないでくれ」
クーフリンが苦言を呈すとクロード先輩が横から謝罪した。
「あー、悪い。同じギルド幹部として謝る。おい、ルクルム、辺境だからって羽目を外しすぎるなよ、変態プレイは程々にしろ!」
とりあえず、ここはクロード先輩の顔を立て、一旦判断を保留し、このルクルムなるギルド幹部は要注意人物として経過を注視することにしよう。
「冤罪だ!!」
■
その後も、アルスターのメンバーは自治区で休暇を過ごした。
夢魔族の少女モリーは自治区内の魔族の末裔たちを集めて何やら怪しげな会合を夜な夜な開いている。
オクルスを問い詰めたところ、内容はヴェールの“ファンクラブ”とのことだ。
ヴェール曰く、モリーは少々がめつい所はあるが概ね優しい良い子だと言ってる。
クオート族の治療師ダグは半ば強引にジューベーに連れ回されては生きのいいスラングまみれの罵詈雑言を垂れ流している。
文句を言いつつも強く拒絶しない辺り、二人は旧知の仲というのも本当の話らしい。
チームの新入りらしいマッハという赤毛の女性はフォルミカと仲が良いらしく、日中はずっと一緒に行動している。
社交性の高い彼女は、年の近いエリノアや属性の近いヨネ子を通じて自治区の女性たちとも親交を深めて辺境の暮らしを満喫する。
そうした彼女の活動は内省的すぎるフォルミカにとって、自然な社会性を身につける良い経験になるだろう。
リーダーのクーフリンは謙虚な強者として、ギルド長にも気に入られ、幹部たちにも受け入れられている。
特にクロード先輩は未来のスター闘技者としてかなり期待をしているようだ。
「“名声”を高めていくのも英雄を目指す上で無駄じゃないと思うんだがな。英雄とは民衆の象徴や、聖像でもあるからな」
「……なるほど、そういう考え方もあるのか」
それでも、何故英雄を目指すのかについては頑なに言おうとはしなかった。
■
検査の結果がシステムからの通知で届いた。
俺は胸の動悸を抑えながら内容を確認する。
結論としては、“治療可能”とのことだ。
ただ、治療の為には、あの母胎という装置に一ヶ月ほど浸かる必要があるようで、なるべく早く来院するように、と書かれていた。
サリシスにも内容を見せて確認して貰う。彼女は心底ホッと安堵していた。
「あー、良かった。この病気、個人差が大きいから、人によっては中々治らないから不安だったの」
心配かけてすまんな。俺は彼女を抱きしめた。
なんとか隙を見て治療しに行かないと、みんなに負担をかけてしまう。
□
相変わらずイベントは押し寄せてくるが、何とか落ち着いた年の瀬になりそうだと、安心していると、オクルスから面倒な情報が寄せられた。
「フィン王国の一地方に不満分子が集結しているようです」
小麦の横流しをして銀貨をせしめていた悪徳領主と国外逃亡していた元王族が結託しているとの事だ。
それだけ聞くと烏合の衆って印象だが……。
「元宮廷魔術師のイアーゴって男が合流したそうです。以前、プリムム村を襲撃した輩のようで、懲りずにアースガード自治区を襲撃する計画を練っているようです」
あー、あいつかー。まだ生きとったんかー。
「それ以外にもエルス族の非合法奴隷商人が加わってます……それと、気になる噂が入っております」
「噂……?」
「ええ、なんでも悪徳領主が死霊使いと契約した、と」
今年こそ、のんびりまったり寝正月……という俺のささやかな願いが遠ざかっていくのを感じていた。




